幕間二 それは、ある日の出来事
第27話 それは、ある日の出来事
その少年は、ゆっくりと喉を嚥下させた。
次いで軽く目を瞠る。
「――美味しいね、これ!」
そこは、よく整理整頓された質素な部屋。
新城学園の男子寮の一室。鷹宮に割り当てられた個室だ。
少年――神楽崎太助は、コーヒーの香りを楽しみながら、再び口に含む。
「うん! 本当に美味しいよ!」
「ははっ、そう言ってくれると嬉しいよ」
そう答えたのは、この部屋の主人――鷹宮修司だ。彼らは今、床に置かれた背の低い丸テーブルの上にソーサーを乗せ、コーヒーを楽しんでいた。
「コーヒーは僕の数少ない趣味でね。豆から挽いているんだ」
「へえ~」
と、感嘆をもらして
「うん。本当に美味しいや。けど、それにしても……」
キョロキョロと部屋の中を見渡して、
「意外と質素なんだね。鷹宮君って。もっと豪勢な内装を想像していたよ」
「はは、僕ってそんな成り金みたいなイメージがあるのかな」
「えっ、あ、ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「いやいや、こっちこそすまない。少し意地の悪い言い方だったかな」
言って、カップをソーサーに置き、頭をかく鷹宮。
神楽崎は少し面持ちを引き締めて尋ねる。
「気にしないで。ボクの方も失礼な先入観を持ってたし。……けど、鷹宮君が入学してきたってことは、もしかして鷹宮家って神刀を欲しがっているの?」
その質問に鷹宮は一瞬沈黙するが、結局隠しようもないのではっきりと答えた。
「……やはりバレバレか。確かにそうだよ。僕の目的は《救世具》の奪取にある」
鷹宮家に限らず、六大家は《救世七宝》を権威の証として常に欲している。
そのチャンスをみすみす逃す手はない。
今回、他の六大家には該当する世代がいなかったようだが、恐らく来年には石神家の次期当主である《
「……そっか。確かに鷹宮君なら、あの御門さんにも勝てる可能性があるしね」
自分には無理だと悟っているのか、神楽崎がそんなことを言う。
そして、入学式でこの上なく目立っていた黒髪の少女の姿を思い浮かべて、
「けど、御門さんかあ……」神楽崎はふふっと笑う。
「もしかして鷹宮君ってさ、御門さんのことが好きなんじゃないの?」
「――なっ!? な、何を言い出すんだ!?」
面白いぐらい動揺して見せる鷹宮。神楽崎はポリポリと頬をかいた。
「あははっ、どうやら大当りみたいだね。六大家同士なら交流もあるのかなって、単純にそう思っただけなんだけど……」
「ぐ、ぐう……」と思わず呻く鷹宮に、神楽崎は笑みを深めて言う。
「本当は、神刀のことよりも御門さんと仲良くなりたんじゃないのか?」
「い、いや、それは……」
神楽崎の鋭い指摘に、鷹宮は言葉を詰まらせた。
が、しばらく経つと大きく嘆息し、
「鋭すぎるぞ、神楽崎。確かにその通りだ。僕は翔子さんと……」
「……ふふ、やっぱりそうなんだね」
そう呟くと、神楽崎は真直ぐ鷹宮を見つめて提案する。
「ねえ、鷹宮君。それ、ボクも手伝おうか?」
「……え?」
「まあ、具体的なデートの内容とかは、ボクじゃアドバイスなんて出来ないけど、仲良くなる切っ掛けとかなら、例えばこの生徒手帳に書いてある――」
そう切り出して、神楽崎は鷹宮に秘策を提示する。
鷹宮は興味津々にその話に耳を傾け、
「……へえ。確かに、この内容は使えるかもしれないな……」
かなり乗り気になる。鷹宮は改めて、まじまじと神楽崎の方へと目をやった。
「けど、いいのか神楽崎。その、要するに、僕は神刀も翔子さんも両方手に入れようと考えているんだぞ。君だって神刀が目当てなんだろ?」
「はは、正直なところ、ボクがこの学園に来たのは友人を作るためなんだよ。信頼できるような人と出会いたかったんだ。流石にボクの実力で最優秀者になるのは無理だよ」
と、気まずげな表情を浮かべて神楽崎は頬をかく。
対し、鷹宮はくいっと眼鏡を上げてから両腕を組んだ。
「……なるほど。そういう考え方もあるのか。……うん、分かったよ。ありがとう神楽崎。折角だし君の厚意に甘えさせてもらうよ」
こうして二人は翔子と仲良くなるための作戦を講じ合った。
その談議は思いのほか楽しく、時間は瞬く間に過ぎていった。
そして一時間後、ふと鷹宮が気付く。
「ん? ああ、コーヒーがなくなっていたね。おかわりいるかい?」
「あ、うん。お願いするよ」
鷹宮が空になったカップ二つを手に席を立った。
それから部屋の奥にある簡易キッチンへと向かう。
残されたのは神楽崎一人だけ。
少年はおもむろに両手を後ろにつくと、天井を見上げた。
そして長い沈黙の後、彼は不意に双眸を細めて――。
「……やれやれ。小娘一人ぐらい強引にモノにしちまえよ。ったくよ。本当に手間のかかる坊やだぜ。不器用すぎてほっとけねえじゃねえか」
と、
少年の姿をした化け物は、クカカッと嗤った。
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