第33話 友達になれたかもしれない君へ②
悠樹とザガが死闘を開始した傍らで――。
「……さて、それで小娘よ。そなた何が知りたい?」
由良は腕を組むと、隣に立つ翔子へと視線を向けた。
翔子は半眼で、自分より背の低い白い髪の少女を睨みつけた。
「……問えば教えて下さるのですか?」
「悠樹に約束したからの。して改めて訊くが、そなたは何が知りたい?」
由良は済ました顔で翔子の視線を見つめ返した。
「まずは悠樹さんの霊獣について、と言いたいところですが、あなたの口ぶりから大体察することは出来ました。そのことは悠樹さんにとって気軽に触れられたくないことなのでしょう。ならばあなたからではなく、悠樹さんご自身から教えて頂くことにします」
「……賢しい娘じゃのう」
「それはどうも。さて、その代わりですが、一つ教えて頂けますか?」
「……何をじゃ?」
「悠樹さんが《魔皇》であるのならば……もう一つの噂、『《
翔子の問いに、由良は渋面を浮かべた。
「……これはまた、妾達の根本とも呼ぶべきことを聞くのう」
「……? 根本、ですか?」
「ああ、根本じゃ。何故ならば、妾達の最終目的は七つの《救世具》すべてを入手して調べ上げ、
「――――なッ!」
聞き捨てならない台詞に、翔子は思わず怒声を上げそうになったが、グッと堪える。
翔子が知る限り、悠樹も由良も思慮深い人間だ。
何の意味もなくそんな言葉を吐くとは思えない。
恐らく相応の理由があるはず――。
「……何か理由があるのですね。聞かせてもらえますか」
「……本当にそなたは賢しい娘じゃな」
激情のまま言い寄るのならば無視しようと思っていた由良は、ふうと溜息をつき、
「妾と悠樹は《救世具》に人生を狂わされた――いや、丸ごと奪われた者なのじゃ」
「《救世具》に……人生を奪われた……?」
「具体的に言えば、過去を抹消されたのじゃよ。《救世具》に今まで生きてきた軌跡を一切なかったことにされたのじゃ」
翔子は目を瞠った。彼女の家――御門家は《
「そんな話は初耳です。伝承では《救世七宝》の権能は破邪の雷光のみのはず」
怪訝そうに眉根を寄せる翔子に、由良は皮肉気な笑みを浮かべた。
「……破邪の雷光か。のう小娘よ。《救世具》の力の源とは何か知っておるか?」
「……それは、大地から吸収する無尽蔵のエネルギーだと……」
「それな。まったくのデタラメじゃぞ」
「………はあ?」パチパチと目を瞬く翔子。
「まあ、『大地から吸収』と宣えば、火山などのイメージから大抵の者は納得するからの。しかし真実は別じゃ。そもそも《救世具》にはそんな機能はないようだしの」
「な、何を言っているのですか! ではあなたは伝承が偽りだと!」
「……偽り、と言うよりも意図的に改竄されたようじゃの。恐らくは《救世具》の神聖なイメージを壊さぬためにの……それがいつしか改竄されたことさえ忘れられたのじゃ」
淡々とそう告げる由良に、翔子は息を呑んだ。
改竄。それは《救世具》に秘匿しなければならない事実があったということだ。
「……鳳由良。あなたは一体何を知っているのです?」
翔子はまるで《妖蛇》に対するような眼差しで、由良を睨み据える。
そんな彼女に、由良は疲れ切ったような口調で自分の知る真実を告げた。
「……《救世具》の力の源は大地ではない。人間の生命力――寿命なのじゃ」
「――――え」
「じゃが、使い手の寿命を削っては主人を守る道具として本末転倒じゃ。だからこそ《救世具》は力を一定以上消費した時、
由良は、初めて閉じ込められた時の蒼い森の世界を思い出していた。
あの時の恐怖は今でも夢に見る。
「そして、その《祭壇》で《救世具》の眷獣――妾は《
一気呵成に語り終え、由良は大きく息を吐いた。
そして、唖然とした表情で自分を見つめる翔子に、苦笑じみた笑みを向けて。
「ここまで言えば、妾と悠樹が《救世具》を破壊したがる意味も分かろう?」
「………過去がない人間………まさか、あなたと悠樹さんは……」
翔子の独白に、由良は静かに頷く。
「うむ。要するに妾達は《救世具》の生贄にされた人間なのじゃよ」
一瞬の沈黙。
それは想像通りの言葉だった。しかし、それでも翔子は唖然とした。
まさか、目の前の少女と悠樹が《救世具》の生贄などとは……。
「――ま、待って下さい!」
翔子は動揺しつつも、由良に問い質した。
「けれど、あなたと悠樹さんは生きてらっしゃるではないですか! 生贄にされても生き延びられるのなら、噂ぐらいにはなるのでは――」
「……生贄にされて生き残れる者など皆無に等しいじゃろうな。恐らく一度の補充で選ばれる生贄は一人か二人。たとえ《追跡者》であっても、そんな人数で《白翼獣》を撃退するのは実質不可能じゃ。奴らの力は
異形の大蛇、獅子の怪物を思い浮かべ、知らずの内に由良の手が汗ばんでくる。
あの危機的状況を悠樹は親友の献身による禁忌の使用で、由良は《黄金符(ラストカード)》の狂気じみた連続使用で乗り切ったのだ。
「妾達はどうにか倒すことに成功したが、《救世具》に生贄にされた者はまず助からん。ほとんどの者は抵抗さえ出来ず《救世具》の糧になったのじゃろうな……」
翔子は呆然として言葉もなかった。
もしも、その話が真実ならば《救世七宝》とは神の武具などではなく、命と引換えに力を得る悪魔の武器ではないか。しかも引換えにする命は《救世具》の使用者ではなく、無関係な他人の命だと言う。あまりにも身勝手な道具であった。
「まあ、神様が力と引換えに生贄を要求するのはよくある話だからの。しかも、生贄の過去まで綺麗に消しておるから秘匿性もバッチリじゃ。何とも親切設計じゃのう」
由良は皮肉気に笑った後、真剣な口調で続ける。
「とは言え、今の話はまだ推測が多分に混じっておる。だからこそ、妾達は《救世具(アークス)》のサンプルが欲しいのじゃよ。これが『《
そう問われ、翔子は苦々しい表情を浮かべた。
正直、鵜呑みにするのには荒唐無稽すぎる話ではあるが……。
「………そうですね、にわかには信じがたいお話ですが、あなたがうそを言っていないことは分かります。《救世具》に何か秘密があるのは事実なのでしょう……」
「ま、流石にここで長々と説明も出来んからの。詳細はこの戦が終わってからじゃ。悠樹といえども第八階位(トパーズ)相手にいつまでも一人はきついじゃろうからな」
由良の台詞に翔子はハッとする。
そうだった! 自分は何を呑気に話し込んでいたのだろう。今まさに悠樹が戦っている時に――ッ!
「――鳳さん! 私も………えっ」
翔子は大きく目を瞠った。いつの間にか、由良が獣衣を纏っていたのだ。
右腕を完全に覆う細身の甲冑。そして翼を模した大きな弓。
その色は、すべて雪の如き純白――。
息を呑むような美しさに翔子は見惚れてしまった。思えば由良の獣衣を見るのは初めてのことだった。何故かこの少女は合同実技の時も獣衣を纏っていなかったから。
「………凄く、綺麗………」
我知らず感嘆の声が唇からもれてしまう。
対し、由良の頭に生えた白いネコ耳が、ピコピコと動く。
「それはどうも。妾の獣衣である《白皇》はやたらと目立つからのう。出来ることならば、あまり人前では披露したくないのじゃ。白い色は悠樹の《大和》と対のようで気に入ってはおるのじゃが……まあ、それよりも」
由良は翔子を見据えて問う。
「妾は悠樹に加勢するが、そなたはどうする? 逃げたくば逃げてもよいぞ?」
「何の冗談ですか? 悠樹さんが戦っておられるのですよ。ならば当然加勢致します」
と、凛々しく答える翔子に、由良は大袈裟なぐらい目を丸くした。
「おおー。さっきまで不細工な面で泣いておった小娘の言葉とは思えんの~」
「なっ!? な、泣いてなどいませんよ? あ、あれはそう! 策略です! 悠樹さんに合理的に、あ、甘えるためのっ!」
と、勢いのままそんな言い訳をする翔子だったが、由良の方は内心で唸っていた。
(……ぬ、ぬう。実際、策略になっとるところが恐ろしいのう……。なにせ、悠樹の奴は女の涙にとことん弱いから……)
「な、何故沈黙するのですか! 何か仰って下さい!」
「あー……分かった分かった。それよりも戦術じゃ。闇雲に加勢しても邪魔になるだけじゃからの。妾が指揮を執るがよいかの?」
と、翔子の顔を見据えて問う。
真剣な眼差しで告げられた言葉に、翔子は表情を改めてこくんと頷いた。
「……ええ、構いません。どうやらあなたの方が実戦経験は豊富のようですし、何より悠樹さんの戦い方にも精通されているようですしね。不本意ではありますが」
そんな翔子の返答に、由良は不敵な笑みを浮かべると、
「合い分かった。では、まずは戦況の見極めから始めるとしようかの」
そう言って、眼前で繰り広げられる死闘を見据えるのだった。
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