第11話 《瑠璃光姫》②

(……少々圧されてしまいましたが)


 翔子は小さな呼気を吐き出しながら、ふと思う。


(これで悠樹さんも少しは安心してくれたでしょうか?)


 と、そこまで考えたところで、翔子は自分自身に呆れてしまった。

 ――ダメだダメだ。一体何を考えているのか。

 確かに、あの優しい友人に余計な心配はさせたくないのは事実だが、敵を前にして戦況が優勢になっていることや、自分の身が安全かなど考えてよい内容ではない。

 翔子は気を引き締め直し、改めて敵に意識を強く向ける。

 敵――鷹宮修司は、すでに立ち上がり刀を正眼に構えていた。

 かなりのダメージを受けているはずなのに、それを悟らせない堂々とした構えだ。


(流石は鷹宮家の直系)


 翔子はすっと双眸を細めた。


(先程の斬撃といい、間違いなく一流の《追跡者》ですね。ですが――)


 続けて、十字槍の穂先をわずかに落とし、じりじりと間合いを詰める。

 すでにこの領域は彼女のモノだった。

 先程は不覚にも先制を許し、危うい状況に小細工を弄してしまったが、今度は違う。

 ――今こそ本来の技でねじ伏せる!


「修司さん。先程の連撃お見事でした。返礼として今度は私の連撃をお見せしましょう」


 鷹宮の顔に緊張が走る。そして防御のため、刀の構えをわずかに上へと動かした。

 すると、次の瞬間だった。

 鷹宮の動きを待っていたかのように、翔子の手元から五条の銀光が閃く!

 光の束は次々と鷹宮に襲い掛かり、そして――。


「うおおおおおおォォ――ッ」


 絶叫と共に、再び鷹宮の身体が宙を飛んだ。今度は壁際にまで吹き飛ばされた少年は、壁に寄りかかったままずるずると腰をつき、小さな呻き声を上げた。

 それを見て、翔子は素直に驚嘆した。


「……これは正直驚きました。私は一息で五連まで突きが放てるのですが、その内、四つも防ぎきるなんて……。おじい様以外では初めてです」


「うっぐ、お誉めに預かり……光栄だよ」


 鷹宮は呻きながらも刀を杖にして立ち上がり、真直ぐ翔子を見据えた。

 彼の双眸には、未だ戦意の炎が宿っている。


「その闘志もお見事です。あなたへの敬意の証としてこの戦い、私の《黄金符ラストカード》の使用を以てしめさせてもらいます」


「な、なん、だって……」


 鷹宮は唖然とした表情で目を瞠る。

 同時に周囲の生徒達が、大きくざわめき始めた。


「う、うそだろ! まさか《黄金符》を持ってんのか!」「えっ!? ええッ!?」「いやいや俺らと同い年だろ? 幾らなんでもあの歳で《黄金符》の獲得なんて……」


 そんな騒乱とした空気の中、翔子は厳かに呟いた。


「《黄金符ラストカード招来コール……――《百華鏖殺ハンドレッド・エンド》」


 その瞬間、翔子の胸元の前に、黄金に輝くカードが現れた。

 鷹宮も含め、見物している生徒達も唖然とする。

 そして黄金のカードは、すっと差し込まれるように翔子の胸元へと消えていった。


 直後、変化が訪れる。

 翔子の後方に、大量の銀色のカードが現れたのだ。


 生徒達が息を呑む中、それらのカードは銀霊布に変化すると上空へと駆け登っていった。

 銀霊布は数か所に分かれて収束し、数秒後には宙空に留まる白銀の槍と化した。しかもその数は二十本。槍達はゆっくりと移動して、片膝をつく鷹宮の前に陣取った。


「……《黄金符》、か」


 鷹宮は静かに喉を鳴らした。


「片腕を完全に覆うほど霊力が強い霊獣だけが生み出せる特殊顕現。適性ある者のみが獲得できると言われるという文字通りの『切り札』か」


 そう呟き、眼前の槍衾に目をやる。彼の顔には強い緊張感が宿っていた。

 二十本の槍。すなわち武具を複数顕現して操作しているのだ。《黄金符》は生まれ育った環境で顕現の形が定まると聞くが、御門家は代々複数顕現を得意とするらしい。


 まさに、目の前の光景そのものである。

 間違いなく、この槍の陣は彼女の《黄金符》の効果だった。


「……凄いな。君は僕と同い年で、本当に《黄金符》を獲得したんだね」


 脅威を抱きつつも、鷹宮は素直に賞賛の言葉を口にした。

 その声から、彼の真摯さに気付いた翔子はわずかに頭を下げた。


「ありがとうございます。修司さん。ですが……」


 そこで彼女は、ふうと小さく息を吐き、


「幸運にも獲得こそ出来ましたが、未熟な私では同時に生み出せるのは精々二十槍まで。しかも遠隔操作も先程のようにゆっくりとしか動かせません。これは本来ならば、まだ実戦では使えない《黄金符》なのです」


 槍衾に囲まれた鷹宮は、つい自嘲の笑みを浮かべた。


「……不完全な《黄金符》でも、僕にトドメを刺す程度なら充分ということか」


 自尊心が傷つけられ、流石に皮肉気な言葉を返す。

 が、それに対し、翔子は真剣な面持ちで首を横に振った。


「いいえ。たとえ未完成であっても、これこそが私の最高の技だから出したのです。それにこの《黄金符》には一つだけですが、祖父にも出来ない特殊な能力があります」


「特殊な能力?」


 鷹宮が訝しげに眉をひそめた。

 翔子は槍を構えたまま、こくんと頷いた。


「この槍達は、技のトレースが出来るのです」


「技の……トレースだって?」


 ポツリと反芻する鷹宮。が、すぐに鷹宮はハッとした。

 そういうことか! 要するに、彼女が《黄金符》で行う攻撃方法とは――。


「――くッ!」


 鷹宮は小さく呻くと、獣衣を纏う右腕を前にして腕を十字に組み、限界まで霊塵の強度を引き上げた。攻撃の内容を理解した完全な防御の姿勢だ。

 その最善手とも言える少年の行動に、翔子は敬意を宿した笑みを浮かべた。

 即座に自分の攻撃方法を看破するとは、やはり鷹宮は《追跡者》として一流のようだ。


「状況判断力もお見事です。ですがこれにてこの戦い、終幕とさせていただきます」


 そう告げると、翔子は微かに十字槍の切っ先を下ろした。

 現在、彼女と鷹宮の距離はおよそ十メートル。槍の届く間合いではない。だが、それは大した問題ではなかった。別に彼女の十字槍が届かなくてもいいのだ。彼女はただ、技の見本をやって見せればいいだけなのだから。

 翔子は小さく呼気を吐いた。


 そして――彼女は二度目の五連突きを繰り出す!


 その技は、身構える鷹宮の前に浮かぶ白銀の槍も忠実に再現した。

 それも二十本一斉に、だ。

 ほぼ同時に繰り出された連突きは合計百撃にも及んだ。


 ガガガッガガガガガガガッガッガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガッガ――ッ!!


「うおおおおおおッ!?」


 双眸を大きく見開いた鷹宮の口から絶叫が迸った。

 その間も襲い来る無数の槍は、容赦なく鷹宮を打ち続ける。

 そして数秒後、コンクリート製の壁には人型の亀裂が刻みつけられていた。

 少年はがくんと膝を崩し、力なく倒れ伏すのであった……。

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