第四章 《瑠璃光姫》
第10話 《瑠璃光姫》①
「あのなぁお前ら……特に鷹宮。そういうことする気なら事前に言っとけよ」
と、いきなり事情を聞かされ、2組の担任である新堂教諭が渋るのに対し、
「そ、その、新堂先生。ここは生徒達の自主性を重んじてあげてもいいかと……」
と、1組の担任――二十代半ばほどの谷口女教諭がおずおずと宥めて。
かくして、翔子と鷹宮は教師陣の了承のもと、《霊賭戦》を行うことになった。
渋々といった顔の新堂教諭が中央に立ち、翔子と鷹宮が十メートルほど離れた位置で向かい合っている。周囲には八十名ほどの生徒達が陣取っていた。
興奮と緊張が空気を満たす中、遂に新堂教諭が厳かな声を上げる。
「――では、これより《霊賭戦》を行う! 双方名乗りを!」
「1年1組所属。六大家――鷹宮家三男・鷹宮修司!」
と名乗り、鷹宮は右腕を振るった。直後、出現するカード。それは銀霊布に変化して右腕に絡みつき、前腕部と二の腕を覆う蒼い甲冑に変わる。手に握るのは一振りの刀だ。
「1年2組所属。六大家――御門家長女・御門翔子!」
翔子もまた名乗りを上げて右腕を振るう。鷹宮と同じく出現したカードは銀霊布となって絡みつき、右腕を完全に覆う白銀色の甲冑と化した。手には十字槍を携えている。
同時に彼女の黒髪にはネコ耳も生えてきて、一度だけピコリと動いた。
「おおッ、凄っげえな御門の姫さん。右腕を完全に覆ってんぞ」「……ああ、翔子お姉様、なんて綺麗なの」「なっなっ、お前さ、どっちが勝つと思う?」
と、観戦を決め込んだ生徒達から次々と声が上がり、俄然騒がしくなる。
そんな中、舞台の主役である二人は、無言のまま互いの間合いを計っていた。
あまりの緊迫感に、周囲の声も徐々に小さくなり、そして……。
――ドンッ!
いきなり鷹宮が人工芝に刀の腹を叩きつけた! 強化された膂力によって、ごっそりと抉り取られた土塊は、散弾の如く翔子に降りかかる!
翔子は咄嗟に右へ大きく跳び退き、土塊をかわした――その刹那、
――ギイィィン!
響く剣戟音……。今のわずかな隙に鷹宮が一気に間合いを詰めたのだ。刀身と十字槍の柄がギリギリと鍔迫り合う。そしてガツンと互いに武器を振り払うと、間合いを取り直そうとする翔子に対し、鷹宮が猛攻をたたみ掛ける!
――袈裟切り。逆袈裟。横一文字。
閃光の三連撃! それを翔子は険しい顔で槍の柄を素早く動かし凌いだ。
しかし、鷹宮の連撃は止まらない。息もつかせぬ乱撃はさらに続く。
ウオオオッ、と興奮気味に生徒達は声を上げた――。
「……ふむ。悠樹よ。同じ剣士として鷹宮の腕をどう見る?」
その時、防戦一方となった翔子の姿を見据えて由良がふと尋ねる。
が、その問いかけに対し、悠樹は渋面を浮かべた。
「いやいや、僕の戦い方のどこが剣士なのさ」
同時に自分の獣衣の姿を思い描いて。
「どこからどう見ても、思いっきり素手じゃないか」
完全顕現時の悠樹が扱う戦闘方法は、極めて
基本的には『打つ』『投げる』『極める』の三種のみ。後は『
尋常ではない
「まあ、それでも部分顕現の時は一応剣を使うじゃろ? 些細な差異じゃ」
と、告げる由良に悠樹は嘆息しつつも、鷹宮の猛攻に視線を向けて分析する。
数秒の時間が経過してから、悠樹はポツポツと語り出した。
「……そうだね。かなり強いし何より戦術が巧いよ。徹底して御門さんに槍の間合いを取らせない気だ。相手を侮らない堅実な戦法か。見習いたいよ。だけど……」
そこで一拍置いて躊躇いがちに告げる。
「ちょっと僕、鷹宮君に悪いこと言ったかも……」
「……? どう言う意味じゃ?」
由良の問いかけに対し、悠樹は少し気まずげな様子を見せて頬をかいた。
「鷹宮君さ、あれだけの乱撃でも御門さんの顔だけは狙ってないんだよ。しかも本気の一撃だけはわざわざ峰を使っている。最初から御門さんを傷つける気なんてなかったんだ」
その言葉に由良は渋面を浮かべた。
「やれやれ。そなたも鷹宮もあの小娘には甘いのう。じゃが、それは失策ぞ」
「……失策って?」
「あの小娘を侮りすぎじゃ。あれは手を抜けるような相手ではない。たとえそなたであってもな。見てみよ。あの小娘がいよいよ本領を発揮するぞ」
「……本領?」悠樹が首を傾げて由良の横顔に目をやった――その時。
「――え? お、おい! マジか! 誰か今の見たか!」
不意に、近くにいた生徒の一人が驚愕の声を上げた。
続けて、あちこちで「う、うそだろ?」「……私見たよ。多分、さっきの一秒もかかってない」などと、他の生徒達もざわめき始める。悠樹は眉根を寄せた。どうやら自分が目を離した一瞬に驚くような事があったらしい。
(……? 一体、何が……)
悠樹は視線を主役の二人に戻し、
「――――え」
目の前の光景に、彼もまた驚きの声を上げた。
――ギイィン!
金属音と共に刀を弾かれ、鷹宮は大きく後退する。
そして思わず我が目を疑った。
今、彼の刀を弾いたのは槍ではない。十字型の短剣だったのだ。
(武器が変わっている? ――いや違う!)
鷹宮はハッとして息を呑んだ。
翔子が右手に握る十字型の刃。それは短剣などではなかった。十字槍の柄が極端に短くなった姿だった。彼女は鷹宮が認識できないほどの速さで柄の長さを縮めたのだ。
「く、くッ!」
間合いを取り直しつつ、改めて鷹宮は驚愕する。刀を握る手の力も緊張で強くなった。
確かに獣衣の甲冑とは違い、武具の方は変幻自在。《追跡者》の意志で自由に形状を変えることが出来る。その気になれば槍を斧や剣に変えることも可能だ。
しかし、どんな些細な変化でも、普通は十数秒の時間はかかってしまうものだ。
それを柄限定とはいえ、彼女は刹那に行ったのである。
(……何て
内心の動揺を隠せない鷹宮。額から流れる汗は、緊張や疲労からだけではない。
小柄な少女に異怖さえ感じて、鷹宮は表情を強張らせていく。
よもや、これほどの才能を持っていようとは――。
が、呑気に動揺もしていられない。そこへ、すかさず翔子は攻勢に出てきたのだ。
そして形勢は一気に逆転した。
今度は翔子が鷹宮に刀の間合いを取らせず、短剣の間合いで連撃を繰り出す。
絶えず鳴り響く剣戟音。鷹宮の顔にはどんどん焦りが浮かび、翔子の艶やかな黒髪は十字槍の刃が振るわれる度に大きく揺れた。
「――くそッ!」
どうにか猛攻を凌ぎながら、鷹宮は舌打ちする。
本来、翔子が得意とする得物は槍だ。短剣は不得手のはず。
だというのに、本領ではない武器とは思えないほど洗練された連撃である。
明らかな劣勢に鷹宮は渋面を浮かべた。武の力量においても、彼女の実力は想像を大きく超えていた。そして剣戟は一向に衰えない。
(――くッ! 速いッ! 何とか間合いを―――なッ!)
鷹宮の双眸が大きく見開かれる。唐突に、翔子が後方に跳んだのだ。
そして十字槍の穂先を鷹宮に向けて構えていた。
牽制のつもりなのか。しかし、短剣が届くような距離ではないのだが……。
そこで鷹宮はハッとする。
(ま、まさか!)
と、青ざめて横に跳躍しようとするが、もう遅い。
――ズドンッ!
人中に直撃した強い衝撃に、鷹宮は抵抗さえ出来ず弾き飛ばされた! 二回三回と地を転がりようやく勢いが止まる。鷹宮は咳き込みながらも体勢を立て直した。
幸いにも霊塵のおかげで負傷はしなかったが、流石に衝撃によるダメージは大きい。
(くそッ……迂闊だった)
胸板の痛みを強引に抑え込んで、鷹宮は眼前の少女を睨みつける。
(縮められるのなら、伸ばすことだって可能という訳か……)
鷹宮は眼前の少女を睨みつける。
五メートルほど離れた彼女の持つ十字槍は、再び槍のサイズに戻っていた。
翔子はあの一瞬に柄の長さを元に戻し、穂先を弾丸のように撃ち出したのだ。回避できるはずもない。そしてこの有利な状況でも彼女には油断はなく、静かに槍を構えていた。
(……強い……。これが御門家の《
鷹宮の喉が無意識の内に鳴った。
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