第12話 《瑠璃光姫》➂

「――うおお、凄っげえェ! マジで凄げえェ! 御門さん最高ッ!」


「うわぁ、あれが御門家のお姫様かぁ、自信なくすわ」


「アタシ達と同い年ですでに《黄金符》を獲得済みって幾らなんでも無理ゲーすぎない?」


 と、様々な声を上げて翔子の勝利に沸く生徒達をよそに。


「―――……」


 悠樹は無言のまま立ち尽くしていた。その瞳は完全に明後日の方向を見ている。


「う~ん、五連突き×二十本か。先の如意槍といい、本当にえげつない小娘じゃな」


 と、由良が嘆息混じりに呟く。

 それから無残な様子で倒れ伏した鷹宮を見やり、


「あれでも一応加減はしたようじゃが、鷹宮の奴、死んでおらんよな?」


「……僕に聞かないでよ」


 と返しつつ、悠樹はちらりと翔子達の様子を窺った。

 翔子はすでに獣衣をほどいていた。

 そして悠樹の視線に気付いたのか、微かな笑みを浮かべながら、こちらに向かってきていた。彼女の後方には倒れたままの鷹宮の姿も見える。まだ獣衣がほどけていないので死んではいないだろう。彼の隣には栗色の髪の少年――神楽崎が駆け寄っており、青ざめた顔で鷹宮に呼び掛けているようだ。

 その光景を前にして、悠樹はとても遠い眼をした。


「……あのさ由良」


「……? なんじゃ?」


「あの子に完全顕現なしで勝てと?」


「無論じゃ」


 由良の返答は何とも素っ気ない。

 悠樹は引きつった笑顔を浮かべた。


「ねえ由良……代わってくれないかな?」


「無理じゃ。妾が接近戦を不得手にしとるのは知っておろう。相性が悪すぎる」


「ははは……確かに……」


 肩を落とし大きな溜息をつく悠樹。由良は苦笑混じりに告げる。


「まあ、そなたが頑張るしかないじゃろ」


「あのさ、じゃあ、せめてどっちかの・・・・・黄金符ラストカード》を使ってもいい?」


 と、縋るように尋ねてくる悠樹に、由良は眉をしかめつつ首を横に振った。


「……アホウ。どっちも使えんわ。一つは人前で使うなど論外じゃろうし、もう一つは溜めが長すぎる上に、その間、隙だらけになる。そもそもあれを使えば、あの小娘死ぬぞ」


「う……」思わず声を詰まらせる悠樹。


 確かに自分の《黄金符》の効果は相手の命を奪いかねないものだ。手加減も難しい。どうやら翔子の予想以上の実力に、大分動揺しているようだ。


「結局、今の条件で三枚目の《黄金符》でも獲得して強くなるしかないのかぁ」


「ま、そう言うことじゃな。大丈夫。そなたには妾が付いておる。一緒にガンバろ」


 豊かな胸を反らして満面の笑みでそう告げる由良に、悠樹は溜息をつくしかなかった。

 そして、再び翔子に視線を向ける。

 悠樹のライバルは、とても柔らかな笑顔を浮かべていた。

 淑女にしか見えない彼女の仕種に、悠樹はつい苦笑を浮かべた――そんな時だった。



 不意に、その少年の指はピクリと動いた。



(……僕は、負けたのか……?)


 その少年――鷹宮修司は、朦朧とした意識でうっすらと目を開く。

 鷹宮はまだ気を失ってはいなかった。

 とは言え、頭はくらくらして体中が痛い。音もよく聞こえない状態だ。

 鷹宮は痛む身体を動かし、ぼんやりと辺りを見やった。

 ぼやけた視界に映るのは背を向ける黒髪の少女。

 そして青ざめた顔で自分を見つめ、何かを叫んでいる少年――神楽崎だ。まだ出会って二週間ほどだが、クラスの中でも一番気の許せる友人だった。

 しかし、そんな親しい友人の声もよく聞こえず……。



【クカカッ、随分とひでえ目に遭っちまったな坊主】



 唐突に聞き覚えのない声が脳裏に響く。鷹宮は眉根を寄せた。


(……? 誰だ? お前は……)


【まあ、誰でもいいだろ。そんなことより、このままあの女を行かせてもいいのかよ?】


(……仕方がないだろう。僕は彼女に負けたんだ……)


 歯を軋ませて、自分の敗北を認める鷹宮。

 しかし、謎の声は小馬鹿にするかのようにクカカッと笑う。


【オイオイ。お前の目的は勝つことじゃなくて、あの女を手に入れることだろ?】


(―――なッ!)


 思わず息を呑む鷹宮。確かに彼は翔子に思慕を寄せていた。


【クカカッ。別に隠さなくてもいいぜ。鷹宮家に命じられた神刀奪取なんてどうでもいいんだろ? お前がこの学園に来た目的はあの女だけだ。五年間、密かに想い続けたあの女をこのチャンスに自分のもんにするためだろ?】


(ど、どうして、そのことを……)


 鷹宮は絶句した。謎の声はクククッとほくそ笑む。


【けッ、『耳』ってのはどこにでもあるもんだぜ。それよりも見てみな。あの女の顔を】


(……翔子さんの顔?)


 未だ焦点がおぼつかない瞳で鷹宮は翔子の横顔を見つめた。

 彼女は笑みを浮かべていた。この二週間、何度か遠くから見てきたが、彼女のあんな笑顔は初めて見る。この勝利に喜んでいるのだろうか……?


(……いや違う)


 あれは勝利に対する笑顔ではない。

 あれは自分のためではなく、誰かのために向ける笑顔だ。

 彼女の視線の先には一人の男がいる。

 確か名前は、四遠悠樹……。


【おやおやぁ、ありゃあ、もしかして恋する乙女の顔ってやつですかねぇ】


(――ッ!)


 謎の声の憶測に、鷹宮の鼓動は跳ね上がった。

 まさかと思いながらも、彼女が十五歳の少女であることも思い出す。

 好きな男がいてもおかしくない年頃だ。


【クカカ、流石にショックを受けてっか。ま、そうだよな。お前色々理屈こねてたが、本音としちゃあ、この《霊賭戦エレム・ベット》に勝ってあの女にいい所を見せたかっただけだろ?】


 そう指摘され、苛立ちに眉をしかめる鷹宮。悔しいが、完全に図星であった。

 翔子に告げた『私闘の抑制』など、事前に考えておいた体のいい口実にすぎない。

 ただ、鷹宮は一人の少年として、恋する少女に自分の強さを見せたかったのだ。 


(……だが、僕は無様に負けてしまった……)


【オイオイ待てよ。お前はまだ負けてねえだろ?】


(……? どういう……?)


【お前の獣衣はまだ消えてねえだろ? 勝負はまだついてねえんだよ】


(……しかし、僕の身体はもう……)


【動かねえってか。はン。ならいいのかよ。このままだと、あの女は四遠ってガキのもんになっちまうぜ?】


 ギシリ、と心が軋んだ。――嫌だ嫌だ嫌だ。彼女が誰かのものになるなど……ッ!


【なあ、素直になれよ。欲しいんだろ? あの女を抱きてえんだろ? あの女のすべてを自分のもんにしちまいてえんだろ?】


 まるで耳元で囁いてくるかのような謎の声。

 鷹宮の意識が徐々に混濁してくる。

 この声に従ってはいけないと本能が告げているのに、抗えなくなっていく。

 世界がぐるぐると回り、翔子や神楽崎の姿も歪んでいき、そして……。


【さあ、立ち上がんな鷹宮修司。そして勝て。勝ってあの女を自分のもんにしな】


 最後に聞いたその言葉で、鷹宮の意識は弾けて消えた。

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