幕間一 閉ざされた世界にて

第14話 閉ざされた世界にて

 ――き、気まずい……。

 悠樹は何とも言えない居心地の悪さに緊張していた。

 その原因は左隣に立つ少年にある。

 鷹宮修司。つい先日、喧嘩腰に応対してしまった相手だ。

 彼の方もまた忙しげに視線を泳がせている。

 何故このような状況になっているかというと、ここがトイレだからだ。悠樹が用を足していたところに鷹宮が後からやってきたのだ。

 鷹宮は隣に立つまで悠樹の存在に気付いていなかったようで、横に並んで初めて気付き目を瞠っていた。露骨に「しまった」という顔までしていたぐらいだ。

 かくして実に気まずい雰囲気のまま、二人の少年は突っ立っているのである。


(ど、どうしよう……何か話した方がいいのかな?)


 この雰囲気に耐えきれなくなってきた悠樹が、そんなことを考え始めていると、


「面白そうな状況にィ――俺っち参上ッ!」


「ザ、ザックさん!?」


 今度は右隣に巨漢の少年 (偽)・玉城坐空が現れた。

 そして玉城はガハハッと笑うと、


「おう悠樹。随分と面白そうな状況じゃねえか」


「……これのどこが面白いのさ……」


「ガハハッ、これから面白くなるのさ。ところで悠樹よ」


「……何さ?」


「今日の昼飯……御門の姫さんの手作り弁当は美味かったか?」


 ――ピシリッ。

 と、鷹宮の表情が固まった。

 いや、表情だけではない。全身が石像のように固まっていた。

 しかし、隣に立つ悠樹はその様子には全く気付かず呑気に答える。


「うん。美味しかったよ。流石に重箱には驚いたけど、味は由良並みの腕前だった」


(――ッ! くッ、翔子さんの手料理を……食べただと……ッ!)


 驚愕で鷹宮の双眸が見開かれた。


「ほほう。白い姫さんも料理をするのかい?」


「うん。一緒に暮らしていた時は交代で料理してたよ」


(な、なんだとッ!?) 


 真直ぐトイレの壁を見据えまま、息を呑む鷹宮。


(一緒に暮らしていただと!?  まさかこの男、鳳さんと同棲していたというのか!?)


 長身の少年は、ただただ呆然とした。

 どうやらクラスメートの少女が言い放った『ダーリン』という言葉は真実らしい。

 鷹宮は横目で悠樹を見やり、ごくりと喉を鳴らした。


 畏敬さえ抱く事実。何ということか……。

 ――『大人』だ。そう。『大人』なのだ。


 この同い年の少年は、実は経験豊富な『大人の男』だったのだ!


「ふ~ん。ところでお前さん、どっちの姫さんが本命なんだ?」


 と、そんな鷹宮の動揺をよそに、悠樹達の話は続く。


「えっ、ほ、本命って……何言ってんだよザックさん!」


(な、なに? 本命、だと? いや待て待て、それは鳳さんのことだろ!?)


 鷹宮は激しく動揺し、玉城の方に視線を向けて会話する悠樹の姿に目をやった。

 後頭部を見せる少年を見据えて再び喉を鳴らす。

 まさかこの男、同棲までしておいて彼女が本命ではないというのか!


(――そうか! くそッ! さてはこいつ!)


 そこでハッとして、驚愕の計画に気付く。


(まさか二股を……翔子さんまで狙っているのか!)


 辿り着いたその恐ろしい推測に、鷹宮の両肩が微かに震え出した。

 一方、悠樹は真横にいるというのに、その様子に一切気付きもしない。

 ただただ、純情そうなフリ(※鷹宮視点)をして言葉をどもらせている。


「い、いや、確かに二人とも凄っごく可愛いけど……」


「ははッ、甲乙つけがたいってか。モテる男は辛いねえ~」


(……甲乙つけがたい、だと……。ぐぐぐっ、こいつ、やはり二股する気か!)


 ギリギリ、と鷹宮は歯を強く軋ませる。

 何とも羨ましい……もとい、許しがたい男であった。

 よもやあれほどの美少女達を、二人とも手に入れようと画策していようとは!


(おのれ! 四遠悠樹!)


 激しい義憤に鷹宮の心は燃える。この男は絶対に許せない卑劣漢だった。

 このまま放置しておくことなど断じて出来ない!

 だが、そんな決意も今だけは面に出さず、鷹宮はその場から静かに移動した。


「ガハハッ、ん? おや鷹宮の坊ちゃん。もう行っちまうんで?」


「……えっ?」


 玉城の言葉につられて悠樹が振り向くと、鷹宮がすでに手を洗い終え、立ち去ろうとしていたところだった。鷹宮は黙々とドアに向かっていた。

 しかし、ドアの前で一度振り向くと、


「……もう用は済んだからね。それよりも四遠君。一つ君に言いたいことがある」


「え? な、何かな?」


 おどおどとした態度の悠樹に、鷹宮はきっぱりと宣言する。


「四遠悠樹……君は僕の敵だッ!」


 それだけを告げると鷹宮はトイレから退出していった。

 後に残された悠樹は、ガハハッと笑う玉城を背に一拍遅れて叫ぶのだった。


「……えっ、なんでっ!?」

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