第21話 闇より忍び寄る邪悪②
「ねえ、これからどうする?」
「そうね。ちょっと買いたい物があるから街に行かない?」
ガヤガヤガヤ、と。
その日、1年2組の教室内はいつにもまして賑やかだった。
それもそのはず。今日は金曜日。週末を前にして浮かれるのは、日々修練に明け暮れる《追跡者》の卵達であっても例外ではない。
「なあなあ、四遠っち! お前今日暇か? 今からゲーセン行かね?」
「……ん?」
そんな騒々しい中、不意に声をかけられて、悠樹は帰り支度の手を止めた。
椅子に座ったまま振り返ると、そこにいたのはクラスメートの大谷雄一だった。クラスのムードメーカーであり、悠樹とも親しい少年である。
「あ、大谷君。ごめん、折角だけど今日は用事があって……」
「え~~何だよ用事って――」
不満げな声を上げようとしていた大谷の動きが止まった。
悠樹の傍に立つ少女の存在に気付いたからだ。
小柄な身体に搭載された抜群のスタイル。他者を魅了してやまない紫水晶の瞳と、雪のように白い髪。まさしくとびきりの美少女だ。大谷の顔から徐々に表情が消えていく。
「? えっと、大谷君? どうかした――」
「……死ねばいいのに……」
「え!? なんで!? 大谷君!?」
いきなりの辛辣な言葉に思わず声を上げる悠樹だったが、大谷は何も答えない。
ただただ怨敵を見るような眼光のまま、「……リア充が」と吐き捨て去って行った。
悠樹は唖然として級友を見送るだけだった。自分は何か悪いことをしたのだろうか?
と、その時、大谷と入れ替わるように、悠樹に声をかけてくる者がいた。
「――おっ、よう悠樹。それに白い姫さんも一緒かい」
「おう。一緒に下校かい? 相変わらず仲が良いよなぁお前さん達は」
「あははっ、そりゃあ仲は良いけど、今日は違うよ」
「……? と言うと、今日は何かあんのかい?」
首を傾げる玉城に悠樹は答える。
「うん。今日は二人で久しぶりに《
「ほう……。ってことは仕事をする訳か」
感嘆の声をもらす玉城。《影門館》とは、特に組織や『家』の後ろ盾のないはぐれ《追跡者》達が利用する裏世界の諜報機関のことだ。全国各地にあるその施設は、主に引退したはぐれ《追跡者》達が運営しており、《妖蛇》と思しき人物の身元調査や討伐の斡旋、政府との仲介役などと多岐に渡ってはぐれ《追跡者》をサポートしてくれるのである。
「まあ、学生といえども現役の《追跡者》だからね。ちゃんと仕事もしないと……」
肩をすくめて悠樹は言う。
「ガハハッ、結構結構。しかし、年々 《妖蛇》の数は増え、しかも狡猾になってきているからな。気を付けて……って、姫さん? どうした?」
「……のう玉城よ。少し話がある」
そう告げて由良は玉城の腕を引き、教室の片隅に移動すると、
「(玉城よ……。『例の件』なんじゃが、他にアドバイスはないのかの?)」
悠樹には聞かれないように小声で話しかける。
玉城は怪訝そうに眉をひそめながら、同じく小声で返した。
「(オイオイなんだよ。俺っちがアドバイスした秘技『浴衣着崩し』はどうしたんだよ?)」
「(今は寮生活じゃぞ。無茶を言うな。それに、どうも『浴衣着崩し』はいまいち効果が分からんからのう。何か他の『武器』が欲しいのじゃ。あの小娘に後れを取らんためにも!)」
拳を握りしめてそう語る由良に対し、玉城はニヤニヤと笑う。
「(ガハハッ、姫さんもライバルの出現で大変だな……っと)」
そこで、不意に玉城は表情を少し真剣なものに改めた。
「ああ、そういや、姫さん達に伝え……」
と、言いかけたその時だった。
――ガラガラガラッ、と。
いきなり教室の前側のドアが、勢いよく開かれた。
悠樹達を含め、教室に残っていた生徒の視線が一時だけ入口に集まる。
「……あン? 月森?」
玉城が眉をしかめた。そこにいたのは月森だった。月森はジロリと教室内を見渡した。
そして悠樹の姿を見つけるなり、ズカズカと近付いてくる。
「……ふん。いたか、四遠」
「え? 月森さん?」
悠樹は軽く目を瞠った。月森の方から話しかけられるのは初めてのことだ。
珍しい組み合わせに、由良と玉城も何事かと悠樹の元へ集まった。
「珍しいな。どうかしたのか? 月森」
と、玉城がそう尋ねるが、月森は答えず、代わりに由良の方を見やる。
「……なんだ、鳳もここにいたのか。都合がいいな」
「ん? 妾を知っておるのか? そなたとは面識がなかったと思うのじゃが……」
由良は今まで月森と話したことはなく、顔を合わせるのも今が初めてだった。
すると、月森はほんの一瞬だけ表情を歪めて、
「お前は目立つからな。名前ぐらいは知っている。それよりお前と四遠に話があってな」
「……僕と由良に?」
と呟き、訝しげに眉根を寄せる悠樹に「ああ」と答えて月森は淡々と告げる。
「話ってよりも伝言だな。さっきな。そこの廊下で1組のちびっこい小僧――カグ……何だったけか? まあ、そいつに会ったんだよ」
「カグ……? もしかして神楽崎君?」
悠樹は首を捻って尋ねた。月森はボリボリと頭をかき、
「ああ、そんな名前だったか。まあ、そいつに、お前とそっちの白い嬢ちゃん宛てにいきなり伝言を頼まれたんだよ」
茶髪の青年は、悠樹を一瞥して言葉を続ける。
「あのチビ、かなり焦ってたみたいでな。随分と言葉が支離滅裂だったんだが、どうやら鷹宮の坊やが御門のお嬢ちゃんを裏山の錬技場に呼び出したらしいぜ」
「――えッ!」驚きで目を剥く悠樹。
「とりあえず自分は先に行くとか言ってやがったが、出来ることなら、お前らにも来てもらいてえそうだ。一応伝えたからな」
言って、月森は悠樹の返答も聞かずに教室内から立ち去っていった。
残された悠樹と由良は真剣な眼差しで互いの顔を見つめ、玉城は腕を組んで呟く。
「……裏山の錬技場か。そいつはまずいかもな。さっき言おうとしたことなんだが、どうも最近の鷹宮の坊ちゃんにいい噂を聞かねえんだよ。もしかすっと、それを咎めて一戦あるかもしんねえな。まあ、御門の姫さんがそう簡単に後れをとるとは思えねえが……」
「……うむ、確かに鷹宮では小娘にかなわんじゃろうな」
と呟く由良。同時に彼女はちらりと悠樹の方へと視線を移した。
次いで深々と嘆息する。由良の相棒は真剣な顔つきで悩んでいた。
(……御門さん)
悠樹は必死に考えていた。自分は一体どうすればいいのか、を。
きつく拳を握りしめる。
頭の冷静な部分では理解していた。もう、翔子には関わるべきではない。
そもそも鷹宮と翔子のトラブルは、悠樹には一切関係のないことだ。
神楽崎の心情には共感するが、だからと言って、わざわざ介入するメリットなどない。
むしろ下手に首を突っ込んで、これ以上、翔子に情を抱く方がよほど問題だ。
このままだと由良の指摘通り、本当に翔子と戦うことが出来なくなる。
本気の刃を、彼女に向けられなくなってしまう。
悠樹は静かにかぶりを振った。
(一番大事なのは神刀を手に入れることなんだ。それを忘れちゃいけない)
そして視線を落とし、握りしめた拳を見つめる。
正しい答えはすでに分かっている。分かってはいるのだが……。
(やっぱり僕って)
悠樹は深い溜息をついた。
やはり自分は、どこまでも馬鹿で甘い人間だった。
「……やれやれ」その時、由良が頬を緩ませる。
「練技場に行くのか? 悠樹よ」
そしてすべてを見通したような由良の問いに、悠樹は静かに頷いた。
「うん。ごめん由良。神刀は欲しいよ。けど、神楽崎君の心配はよく分かるし、何より御門さんはもう僕の友達なんだ。戦闘の可能性がある以上、放っておけないよ。それに……」
「……? それに……なんじゃ?」
首を傾げる由良。まだ他にも理由があるのだろうか。
すると、悠樹は少し躊躇いがちに口を開いた。
「……もし、鷹宮君が暴走しているのなら、止めてあげたいとも思うんだ」
意外な言葉が出てきた。由良は眉根を寄せる。
「……何故じゃ? どうして悠樹が鷹宮のことまで気遣う?」
悠樹と鷹宮はクラスが違う。会う機会など、偶然か合同実技の授業でぐらいだ。
今の間柄を示すのならば、精々知り合い同士。あえて気遣うほどの相手でもない。
由良が腰に片手を当てて首を傾げていると、
「うん。確かにあまり接点はないよ。けど、合同実技の時、鷹宮君の綺麗な太刀筋を見て思ったんだ。あれは努力を疎かにする人には出来ない剣だ。まだゆっくり話したことはないけど、もし機会があったら、友達になれるんじゃないかなって思ってたんだ」
そう言って、悠樹は気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
由良は少しばかり呆れてしまった。まさか、鷹宮の方とまで友誼を結びたいと考えていようとは。あの少年とて決して弱くはないというのに。
(……やはり甘いのう。悠樹は。じゃが)
由良は悠樹の顔を見つめて柔らかに笑う。
「……そうか。そうじゃの。生真面目な鷹宮は、そなたと気が合うかもしれんの」
結局、泣く子と笑う子には勝てない。
悠樹の笑顔の前に、つい由良も甘くなってしまう。
「ははっ、案外似ているかもね。僕と鷹宮君」
「なぁに、似た者同士、大いに結構じゃねえか! ならやることは決まったな!」
不意に会話に混じってきた玉城が、バンバンッと悠樹の背中を景気よく叩く。
「ちょ、痛いよ! ザックさん!」
「ガハハッ、まあ、激励さ! ……そうだな。ついでにもう一つ言っとくか」
「……ザックさん?」
少し様子の変わった玉城に、悠樹が眉根を寄せると、
「……なあ、悠樹よ。俺らみたいな戦いに身を置く人間にとって、同年代のダチってのは結構貴重なんだぜ。俺のツレなんざもうほとんどいねえしな……」
玉城は哀愁さえ漂わせてそう呟いた後、ニカッと笑い、
「だから早く行ってやんな。あの坊ちゃんと友達になりてえんだろ?」
「…………ザックさん」
「ガハハッ、ちょいしんみりしちまったか。じゃあな。おらァもう帰るわ」
言って、玉城はのしのしと歩き、教室から出ていった。
彼を見送った後、悠樹は由良に視線を向ける。彼女はやれやれと肩をすくめて、
「まあ、あの小娘のお守りのようで気にくわんが、これも級友のためかの」
「……ありがとう由良」
なんだかんだ言いつつも、いつも協力してくれる相棒の少女に、悠樹は感謝を込めた笑みを向けた。そして、彼女の手を取って悠樹は告げる。
「うん。じゃあ裏山に急ごう! 由良!」
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