第22話 闇より忍び寄る邪悪③

(……修司さん)


 御門翔子は、黙々と前を先行する少年の後を追っていた。

 そこは、屋外錬技場へと通じる裏山の山道。

 すでに歩き始めて二十分。もうじき大広場へと到着するだろう。

 恐らく、その場で自分達は――。


(……修司さん、どうして)


 翔子は、哀しげに眉根を寄せる。


『鷹宮修司に奪われたこいつらの霊獣を取り戻して欲しい』


 それが、あの日、香山から告げられた依頼だった。

 香山の話によると、あの合同実技以降、鷹宮は誰かれ構わず《霊賭戦》を吹っかけては霊獣を奪いまわっていたらしい。赤神達六人はその被害者の集まりだったのだ。

 正直、最初は信じられなかった。翔子は鷹宮を真面目な人間だと認識していた。とてもそんな横暴な行為をする人間には見えなかったのだ。

 だが、苦悩に満ちた赤神達の表情に偽りはなかった。そうなると信じざるを得ない。


 ――『私闘の抑制』を謳っていた鷹宮が、何故私闘を繰り返すのか。

 とにかく、翔子は一度鷹宮と話し合うつもりだった。しかし、彼の返答は、


『……僕も話がある。今日の放課後、僕と一緒に裏山――屋外錬技場に来て欲しい』


 その言葉で翔子は察した。彼に話し合う気はないのだと。

 となれば、不本意ではあるが、生徒会長として力尽くでも対処するしかない。

 翔子は鷹宮と共に裏山へと向かい、そして――。


「……到着したよ。翔子さん」延々と続いた山道をようやく抜け、屋外錬技場――裏山の一角を伐採して作った大広場へと二人は辿り着いた。

 翔子は一通り周囲を見渡してから、


「……修司さん」


 少年の名前を呼ぶ。すると、彼は無言のまま蒼い獣衣を纏った。

 右腕に纏った二の腕までの甲冑と、一振りの刀――。

 完全に臨戦態勢だ。


「……修司さん。やはり話し合う気はないのですね?」


 それでも翔子は最後通告を行う。対して、鷹宮の答えは、


「僕らは武門の生まれだ。話し合うよりこちらの方が早いだろう」


「……そう、ですね」


 もはや話し合いは困難だと察した翔子は、自身も白銀の獣衣を纏った。


「仕方ありません。ならば、決着をつけてから、ゆっくりと話し合いましょうか」


 言って、剣サイズの十字槍の穂先を鷹宮に向ける。

 こうなってはもう割り切るしかない。叩きのめしてから話を聞くまでだ。

 が、眼光を鋭くする翔子に、鷹宮は不意に片手を突き出して、


「いや、その前に翔子さん。この戦いは分かりやすく賭け試合にしよう」


 そんなことを告げてくる。


「……賭け試合? 《霊賭戦》をここで?」


 翔子は眉を寄せた。対し、鷹宮はそれには答えず話を続ける。


「この戦いの勝敗で一つ賭けをしたい。その条件だが、まず僕の方だけど、この戦いに負けた場合、僕が奪った霊獣をすべて返還し、今後『私闘』は行わないよ」


「――ッ!」鷹宮の言葉に翔子は一瞬目を見開く。が、即座に冷静になって判断する。正直いかに説得して霊獣を返還してもらうか悩んでいたのだ。これはある意味手っ取り早い。


「……それは本当ですか?」


「ああ、鷹宮家の家名にかけて誓うよ」


「…………」


 翔子の黒いネコ耳が、ピコリと動いた。

 最高の言質まで取れた。自らの血筋に誇りを抱く《追跡者》が家名に誓った以上、約束を違えることはないだろう。無論、鷹宮には鷹宮の思惑があるのだろうが、彼の実力はすでに把握している。油断は出来ないが、負ける相手とも思えない。状況から鑑みれば、これは翔子にとって都合のいい賭けだった。


「……分かりました。その賭け試合。お受けしましょう」


 翔子は決断した。有利な条件を別にしても、結局この決闘を受けなければ問題は解決しないと思ったからだ。


「……そうか。ありがとう。翔子さん」


 鷹宮は翔子の了承を聞いた後、大きく刀を振りかぶった。

 対する翔子も十字槍を正眼に構えた。と、その時――。


「おっと、そうだ。翔子さん。まだ言ってなかったね」


「? 何をです?」


「僕が勝った場合、君からもらうものだよ」


「それは……私の霊獣なのでは?」


 何を今さら、と眉をしかめる翔子に対し、鷹宮は首を横に振る。


「違うよ。僕はこれが《霊賭戦》だとは言っていない。僕が欲しいものは別にある」


「……別のもの、ですか?」


「ああ、そうだよ。僕が欲しいもの。それは――」


 一拍置いて、鷹宮は告げた。


「君自身だよ。君を僕の妻にする」


 ………………………。

 …………………。


「…………え?」


 戦場でありながら、翔子は思わずキョトンとした声を上げてしまった。

 しかし、鷹宮はそんな少女の様子には構わず、重心を深く沈めて、


「――いくよ! 翔子さん!」


 そう告げるなり、翔子めがけて突進する!


「え、え? あッ、くッ!」


 咄嗟に斬撃を十字槍で受け止め、翔子は大きく後ろへと飛んだ。ローファーが勢いよく地面を削り、砂煙が舞い上がる。そんな中、翔子は唖然とした表情を浮かべていた。

 ――え? い、今、彼はなんと言った……?


(え? つ、妻? 妻にするッ!?)


「な、何を言っているのですか! あなたはッ!」


 十字槍を正眼に構えつつ、翔子が悲鳴のような声を上げた。

 しかし、鷹宮は刀を素早く振り上げると、


「……この戦いは君も了承したはずだ。違うかい? 翔子さん」


 再び一足跳びで間合いを詰めるなり、強烈な横一文字を放ってきた。

 その鋭い太刀筋に以前のような甘さはない。


「け、けど、修司さんッ!」


 正面から斬撃を受け止める翔子。彼女は完全に困惑していた。

 いきなりプロポーズなどされれば当然だ。


「ひ、卑怯です! そんな虚言で惑わすなんて!」


「虚言なんかじゃないよ。僕は本気だ」


 淡々とした鷹宮の声。そこから彼の本気を感じ取り、翔子は絶句した。

 そして、繰り出される袈裟斬りの一閃!

 ――ギンッ!

 二つの刃が鍔迫り合いに入る。

 互いの呼吸が感じ取れる間合いで、翔子と鷹宮は視線を交わした。


「……しゅ、修司さん」


 翔子は困惑した表情を浮かべて、少年の名を呼ぶ。

 すると、鷹宮は真直ぐな瞳で翔子を見つめ、再度告げてきた。

 揺るぎない、はっきりとした声で。


「もう一度言うよ。僕が勝った場合は君自身をもらう。君を僕の妻にする」

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