第二章 新城学園の新入生
第4話 新城学園の新入生①
――風倉市。
そこは自然との調和をコンセプトに、山間に建設された近代都市だ。
総人口は約三百万人。二十八の区を持つ都市で医療機関や娯楽施設なども充実しており、他都市との交通の不便ささえ除けば、自然に囲まれた住みやすい街である。
そんな風倉市の一角にて。
秘匿性を考慮し、都心から少し離れた第十七区の山間に、私立新城学園は創立された。
現生徒数は三百二十二名。三年後にはおよそ千百名が所属する予定の学園だ。
その新築の白い校舎は四階建てで、他にも体育館、運動場、プール。少し離れた区域に男子寮と女子寮が建築されている。見た目は完全に普通の学校である。
しかし、当然ながらその中身は普通ではない。
この学園の特徴は、授業の種類が午前までの第一部と、午後からの第二部に分かれていることだ。
第一部は守秘義務を持つ一般人の教師達が通常授業を。そして第二部からは現役 《追跡者》達が講義や訓練を受け持つことになっていた。
そうして三年かけて《妖蛇》の知識や戦術・戦略の勉強。
そして今、その校舎の屋上で一人の少女がか細い溜息をついていた。
紺を基調に縁取りなどを白のラインで装飾されたブレザーと、灰色のスカートを身に付けたその少女の名は――御門翔子。現在、暫定で生徒会長を務める少女だ。
彼女は屋上を囲むフェンスを片手で掴み、眉をハの字にして落ち込んでいた。
(ううぅ……。どうして私は、あんな馬鹿げた真似をしてしまったのでしょうか……)
もはや気分は、どん底まで落ちてしまいそうだった。
実は今回の入学を、翔子はとても楽しみにしていたのだ。
自分を副賞にされた件などは確かに不快ではあったが、祖父の言う通り、自分が最優秀者になれば何の問題もない。事実、彼女が今生徒会長を務めるのも、《追跡者》としての実力が群を抜いていたことに加え、入試においても最高成績を修めた結果だった。
ゆえに、
ともなれば、折角なので、翔子は高校生活を楽しもうと計画していたのだ。
(……ええ、そうですとも。もう中学時代のようなことは御免です)
翔子は冷たい汗を流して身震いした。
思い出すのも恐ろしい中学時代。当時の翔子は『ぼっち』というものだった。
彼女は少々の堅苦しさこそあるが、人当たりが悪い訳ではない。
しかし中学時代、翔子には一人も友達がいなかった。
どうにか友人になろうと周りの人間に話しかけても、気まずげな表情で「また今度」「今日は用事が」など言われ避け続けられた。ある日、同級生の女子達が話しているのを偶然聞いたのだが、どうも翔子と一緒にいると容姿を比較されて嫌なのだそうだ。
ならば、男子の方と仲良くなろうかとも考えたのだが、こっちはもっと酷かった。
ほとんどの男子は翔子のことを『姫』と呼び、何故か古風な尊敬語で話してくる。一体いつの時代なのか。しかも一部の男子に至っては翔子の前に立つとガチガチに緊張して言葉さえ通じなくなっていた。
結局、翔子は「この人達は一般人だから」と自分に言い聞かせて諦めたのだった。
しかし、この学園にいる生徒はすべて彼女と同年代の《追跡者》。
もしかしたら、翔子の容姿などものともしない豪胆な者がいるかもしれない。
そんな人と友達となり、そして願わくはもう一つ……。
(こ、恋人を……。副賞など関係なく将来を誓い合えるような素敵な殿方と――)
思わず頬を赤く染める翔子。
それが翔子のもう一つの願い。彼女も年頃の少女なのである。
ともあれ、そんな思惑もあり、翔子はこの学園で友人と恋人を作ろうと密かに目論んでいたのだ。そのためには、まず自分から友好的な態度を示さねばならなかった。
だというのに――。
『最初に宣言します。我が御門家が神刀・《真月》を譲渡することはありません。何故ならば三年後、最優秀者の座を勝ち取るのは、この私なのですから』
それはつい先程行われた入学式でのことだ。生徒会長としてにこやかに挨拶するつもりだった壇上でいきなり宣戦布告をしてしまった。使命感が先走った結果である。
当然、この言葉は生徒達の反感を呼んだ。三百名を超す人間の敵視はとても怖かった。
こんな状況では恋人はおろか、友達さえ出来るはずがない。
「ううぅ、どうすれば、この状況を挽回できるのでしょうか……」
ガシャン、とフェンスに額を打ちつけて心底後悔する少女。
俗に言う『高校デビュー』に失敗して、どん底まで落ち込む翔子であった。
◆
(しっかし、随分と豪胆な女の子だったなぁ……)
新城学園校舎の一階にある一年ニ組の教室。
時刻はHR前。多くのクラスメート達が談笑に興じる中、四遠悠樹は自分に割り当てられた机の上で片肘をつき、そんなことを考えていた。
思い出すのは、あれだけの人数を相手に堂々と宣戦布告した美しい少女。
そして彼女が神刀の副賞であると聞いた時は本当に驚いた。由良など同じ女性として景品扱いされた彼女に同情したのか、「よいか悠樹! 絶対返品じゃからの! 手に入れるは神刀だけじゃ! よいな!」と、何度も悠樹に念押ししていたものだ。
恐らく彼女――御門翔子こそが、この三年間における最大のライバルになるのだろう。
(……御門家の《
悠樹は自分が着ている
嗚呼、しみじみと思う。この学園に入学できて本当に良かった、と。
――合格発表の日。悠樹は思わず泣いた。
歓喜の号泣などではない。それは、死線を生き延びた者の安堵の涙だった。
あまりにさめざめと泣くものなので、心配になってきた由良が膝枕をして慰めてくれたほどだ。ちなみにその時「……うわあ、由良ってやっぱり柔らかいなぁ。それに凄くいい匂いもするし」と思ったのは悠樹だけの秘密である。
なお言うまでもなく、由良の方も無事入学していた。
ただ残念ながら、クラスは1組・2組と分かれてしまったが。
(ともあれ、ここからが本当の戦いだ。三年後、何としても神刀を――)
「――おっ、何だ、やっぱ白い姫さんだけじゃなく、王様も入学してたのか」
不意に、ポンと肩を叩かれる。
悠樹が首を傾げて振り向くと、そこには
身長は恐らく百八十センチ後半。筋肉質な身体に角刈りの髪形をした巨漢だ。かなりの老け顔で、とても少年とは呼べない風貌をしていた。親しげに声をかけられたが、見覚えのある顔ではない。悠樹は再び首を傾げた。
「……えっと、どなたですか?」
「はあ? オイオイ、俺っちのことが分かんねえのかよ? 俺だよ俺。ほら情報屋、玉城さん家の坐空さんだよ」
「………は?」悠樹はポカンと口を開けた。
――
悠樹と同じはぐれ《追跡者》であり、副業で情報屋もしている謎多き人物だ。由良経由で一年ほど前に出会い、何度か一緒に仕事をしたこともある。
ただ記憶にある玉城は、まるで熊のような髭を蓄えた人相で……。
「えっ!? ザ、ザックさん!? だって髭は!? いやいやいやそれ以前に――」
愕然とした表情で悠樹は叫ぶ。
「あんた確か三十代だろッ!? なんで制服着て高校にいんの!?」
少年のツッコミに、玉城はひょいっと肩をすくめて、
「オイオイ、何言ってんだ。俺っちは今年で十六歳の少年だぜ」
と、笑みを浮かべながら、三十代後半にしか見えない風体で嘯いた。
悠樹はパクパクと口を動かす。何だこれは。一体どういうことだ? まさか自分が知らないだけでこの男は実は同い年だったということか? この老け顔で?
訳が分からず混乱する悠樹。すると、何故か玉城が呆れたように嘆息して、
「……おい。信じんなよ王様。流石に十六はねえよ。俺は今年で三十六だよ」
「えっ、じゃ、じゃあ、なんで高校に?」
「そりゃあ入学したからに決まってんだろ。正真正銘お前さんの同級生さ」
「はあッ!? い、一体どうやって入学したんだよ!?」
悠樹のもっともな問いに、玉城は神妙な顔で腕を組み、
「……王様。人生の先輩として一ついいことを教えてやろう」
「な、何を……」
困惑する悠樹に、玉城は厳かに告げる。
「お金の力は偉大なんだ」
一拍の間。悠樹は「ああ、なるほど」とポンッと手を打ち、
「あんた裏口入学か!?」
思わず声を荒らげる。新設校……いきなりの問題発覚である。
しかし、玉城は特に悪ぶれた様子もなく、ガハハッと豪快に笑い、
「いやいや、手を加えたのは年齢だけさ。入試の方はちゃんと実力で突破したぞ。まぁそれよりも、お~い! 月森! ちょっとこっち来いよ!」
不意にクラスメートの一人を呼ぶ玉城。
「……ああン? 俺になんか用かよ? 玉城」
そう呟いて、不機嫌顔ながらも近付いてきたのは、玉城にも劣らない巨漢の人物。誰とも関わらず一人ふてぶてしい態度で椅子に座っていた生徒だ。
玉城と同じように腕まくりし、ネクタイを少し緩めたチンピラ風の男である。
逆立つ茶髪の毛といい、いかにもガラが悪そうだ。ちなみに彼も相当な老け顔だった。
「紹介すんぜ、王様」
そう言って玉城は『月森』と呼んだ生徒の肩に手を回すと、悠樹にこう告げた。
「こいつの名前は月森竜也って言うんだ。まあ、こいつも俺の同類だな。おっさん顔の高校生じゃねえ。『おっさんの高校生』さ」
「………………え」
長い沈黙の後――悠樹はブフォと吹きだした。
「はあ!? お、おっさんの高校生ッ!? 何だそれ!? なんでそんなのがいるの!?」
「そりゃあ神刀欲しさにだよ。なっ、お前もそうだろ? 月森」
「うっせえな。知るかよ。顔見知りだからって馴れ馴れしんだよ、てめえはよ」
そう吐き捨てると、月森は玉城の手をはねのけ、苛立った様子で席に戻った。
乱雑に扱われた玉城は、やれやれと肩をすくめた。
「あいつももうじき三十路だってえのにつれねえよな。けどまぁこの学園、どうやらあいつとか俺とか、年齢詐称組がそこそこ潜んでいるみたいぞ」
「そ、そうなの……? この学園って、おっさんが……潜んでいるのか」
唖然として呟く悠樹。これには流石に驚くしかない。
年齢を詐称した点では由良も同じなのだが、彼女はまだいい。制服姿を拝見したが、正直ドキドキするほど可愛かったし、何より似合っていた。
だが、このおっさん高校生達は違う。完全にコスプレの世界だ。玉城にしろ月森にしろ誰か真剣に止めてやろうとする人間はいなかったのだろうか、と心底思う。
「………ザックさん」
「……いや王様。そこまで憐れんだ目はせんでくれ。俺だって結構悩んだんだぞ?」
流石に気まずさを感じたのか、玉城は頭をかく。が、すぐに陽気な笑みを見せ、
「ガハハッ! まっ、ともあれ、これからはクラスメートだ。よろしく頼むぜ王様!」
そう言って、バンバンッと悠樹の背中を叩くのだった。
そんなどこまでも豪快な年上の友人に、悠樹は思わず苦笑する。まあ、由良の例だってあるのだ。このケースも想定すべきだったかもしれない。
悠樹は改めて玉城と向き合った。
「うん。こちらこそよろしく。けどさ、その『王様』ってのだけはやめてよ」
「ん? ああ、こりゃあ悪かったな。少しリスクのある呼び方だったか」
と言って、玉城が気まずげに頬をかく。『王様』と言うのは、玉城がよく使う悠樹のあだ名のようなものだ。由来は悠樹の異名である《魔皇》から来ている。
実は、悠樹の全身を覆う獣衣は真っ当な代物ではない。はっきり言えば禁忌の業だ。
真っ当な《追跡者》に知られると、かなり厄介なことになる。
だからこそ、《魔皇》を連想させるようなあだ名は避けたいのである。
「んー……俺も大抵真っ当じゃねえから、あの獣衣について根掘り葉掘り訊くつもりはねえんだが……一つだけいいか?」
「……なに?」
怪訝な視線を向けてくる悠樹に、玉城が小声で問う。
「(あれって
悠樹も小声で返す。
「(ああ、それは大丈夫。やろうと思えば、部位限定の顕現も出来るんだよ)」
「(ほおー……意外と融通きくんだな)」
感心したように呟く玉城。悠樹としては苦笑するばかりだ。
と、その時、
ガラガラガラガラッ――
不意に教室の前方のドアがスライドして開いた。
一瞬、担任教師でもやって来たのかと思い、悠樹と玉城は音のした方に目をやった。
しかし、そこにいたのは一人の女生徒だった。
身長は百六十センチ程。腰まで延ばした艶やかな黒髪に、今は無表情だが本来は温和そうな瑠璃色の瞳。すらりとしたスレンダーな肢体に、凛とした雰囲気を纏う美しい少女。
この学園の暫定生徒会長である御門翔子だ。
「……おい、あれって御門の……」
「……チッ、すかしやがって。俺らなんて眼中になしかよ」
一斉に教室中から敵意の混じった視線が送られる。
しかし、そんな険悪な空気にも彼女はまるで揺るがない。何事もなかったかのように歩を進めて、窓際の席まで移動すると音も立てず着席した。
そこで悠樹はようやく気付いた。彼女が自分のクラスメートであることに。
「え? 御門さんって、うちのクラスだったのか?」
「……どうやらそうみてえだな」
玉城が肩をすくめながら相槌を打つ。
「ま、最大のライバルを間近で探れて好都合……っと、今度こそ担任が来たようだ」
と言って、玉城は自分の席に戻っていった。ちらりとドアの方に視線を送ると、確かに三十代半ばのジャージ姿の男性がいた。制服ではないのでおっさん高校生ではない。
きっとこの男性が、このクラスの担任教師なのだろう。
悠樹は居住いを正して座り直す。そして一度、御門翔子の後ろ姿を見据えた。
(鉄面皮美少女……か。それに、おっさん高校生って、要は熟練の《追跡者》だよな……)
……一体何なんだろう。この曲者すぎるメンバーは。
まだ授業さえ始まってもないのに、ここがとんでもない魔境のように思えてきた。
力なくかぶりを振って、悠樹は大きな溜息をついた。
この分だと、まだまだいわくつきの人物が潜んでいそうだ……。
そんな漠然とした不安を感じる悠樹であった。
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