第3話 《魔皇》の試練②

 結論から言えば、彼女――鳳由良はやっぱり怒っていた。


「まったく。何をしとるのじゃ。第四階位フローライトなんぞそなたが手こずる敵でもなかろうに」


 ボリボリとお土産のスナック菓子を頬張りながら、彼女はそう宣う。

 そこは少年達の住処である、おんぼろマンションの一室。

 リビングのフローリングの上に正座させられた少年は、ちらりと由良の顔を窺った。

 ソファーの上で胡坐をかく彼女は、何とも現実離れした美しさを持っていた。


 まず真っ先に目に入るのはその髪だ。新雪を彷彿させる、ふわりとした白い髪。

 ラフにカットされたその短めの髪は右耳にかかる一房のみ少し長く、黒紐をダイヤグラムのようにして纏めている。眉やまつ毛に至るまですべてが白い。まさに異相だ。


 その上、彼女の瞳の色は、紫水晶アメジストのように輝く紫色である。

 日本人ではまずありえないこの容姿は、彼女の話によると隔世遺伝らしい。

 まあ、どちらも由良の美麗な顔立ちにとてもよく似合っていたが。


 次にスタイルだ。彼女は身長こそ百五十センチほどではあるが、実に見事なプロポーションをしていた。それこそ、モデルさえも裸足で逃げ出してしまいそうなほどに。


(……多分こういうのを、トランジスタグラマーっていうのかな?)


 ふと、そんなことを考える少年。

 今の姿もそうなのだが、彼女は最近、家ではよく浴衣を着崩して愛用していた。思春期真只中の彼にとって、この姿はどうにも目の毒になる。

 ……眼福であるのも否定できないが、正直、やめてくれとも思っていた。

 少年にとって彼女は大切な人だった。二年前自分を拾ってくれた命の恩人。恐らく世界でただ一人だけの自分と同じ境遇の人間。断じて邪まな目で見てよい女性ではない。


 ――そう。自分は彼女を守ると誓った騎士ナイトなのだ!


 しかし、しかしだ。

 あの白いうなじや豊満な胸元、艶めかしい太股ときたら……ッ!


(ううぅ、しかも元は名家のお嬢様だからか、由良って結構無防備なんだよなぁ)


 はあっと少年は大きく溜息をついた。


「な、なんじゃ? どうした悠樹? 何故いきなり溜息をつく?」


 キョトンと首を傾げる由良。少年――悠樹は再び、大きな溜息をついた。

 四遠悠樹。それが少年の名前だった。

 言うまでもなく、彼こそが《妖蛇》アサンを葬った《追跡者》である。

 身長は百七十センチほど。歳は来年で十六歳。線の細い顔立ちにクセのない黒髪。美少年という恥ずかしい呼称まではつかないが、充分整った容姿をしている少年だ。

 他人からはよく着やせしてみられる鍛え抜かれた身体には、白いパーカーと黒いジーンズを着込んでいた。その動きやすさから、彼が最も好む服装だった。


 ともあれ、悠樹は由良の問いにかぶりを振り、


「……いや、何でもないよ。それよりごめん。もしかしたら第五階位アバタイト級かもしれないって思って駆除のタイミングを見計らっていたんだ」


 《妖蛇》にはランクがある。《妖蛇》の王――最強の四体・《四凶トップ・フォー》が自ら定めた位だ。

 宝石のモース硬度から引用したらしいその位は、最下級の第一階位タルクから始まり、年月と経験を重ねることで、最上級の第十階位ダイヤモンドへと至ると言われていた。


 そして上位になるほど《妖蛇》は狡猾かつ強力になる。特に第五階位アバタイト以上になると厄介な異能持ちも数多くいる。だからこそ、今回はかなり警戒していたのだ。


「あー……いや、なに。警戒するのは悪いことではない。結局異能持ちだったようじゃしの。その、まぁなんじゃ。やけに遅いから心配したというか、不安になったというか……」


 と言って、由良はどこか気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 悠樹は沈痛な面持ちで、再度「……ごめん」と呟く。

 由良は彼の《追跡者》としての師匠でもある。本来はコンビで仕事に当たるのだが、最近は独り立ちの試練として、悠樹一人で行動することが多かった。

 きっと、普段よりも帰りが遅い弟子の安否を気遣って胸を痛めていたのだろう。


 と、そんなことを悠樹が口にしたら、


「え? あ、違う……弟子だからとかじゃなくての……もっと別の意味で……」


 蚊が鳴くような声で呟く由良。そんな彼女の様子を見て、悠樹が不思議そうに首を傾げていると、由良は小声で「この朴念仁が……」と呻き、


「ええい! この話はもうやめじゃ! それよりも悠樹! 凄いニュースがあるぞ!」


「凄いニュース……?」


「うむ。そうじゃ。ちょっと取って来るから、そこで待っとれ」


 と、眉根を寄せる悠樹を残し、由良は自室に向かった。

 そして三分後。彼女は白い紙袋とノートPCを持ってリビングに戻ってきた。

 由良は紙袋の方をソファーの上にポンと放り投げると、


「これじゃこれじゃ」


 そう言って、リビングに置いてある背の低いテーブルの上にノートPCを置いた。すでに起動しているそのノートPCには、とあるホームページが表示されている。

 その画面を、由良の肩越しに悠樹は覗き込み、


「……私立新城学園?」


 そこに記載してある文章を読み上げる。


「ええっと来年開校される全寮制の高校? 現在願書受付け中って……これ何?」


「知らんのか? これは最近噂になっとる政府肝いりの《追跡者》育成校じゃ」


 由良の言葉に、悠樹は軽く目を瞠った。


「――え? それって本当の話だったの?」


 思わずそんなことを呟く。が、それも仕方のないことだった。

 基本的に《妖蛇》は安全な食事を第一に考えている。だからこそ、偽装を施して正体を隠し、危険ならば逃亡もする。人喰いは綿密に計画し、表沙汰になることも避けていた。


 結局のところ、《妖蛇》の本質は『蛇』であり、『潜む』ことを好むのだ。


 この国の上層部はそんな《妖蛇》を下手に刺激する事を危惧し、駆除に関しては《追跡者》に一任していた。現状、政府の役割は宝石角の換金と《妖蛇》の被害隠蔽ぐらいだ。


 それが、今になってこんな積極的な動きを見せるとは……。


「まあ、最近は《追跡者》の質も下がっておるし、妾達のような、はぐれ《追跡者》さえも少なくなってきておるからな。政府も流石にテコ入れが必要だと思ったのじゃろう」


 と、由良が告げる。ちなみに、はぐれ《追跡者》とは何かしらの理由で所属する組織や家を追われ、個人で仕事を請け負う者達のことだ。


「ふ~ん。けどさ、こんなの人が集まるの? どうもメリットより、デメリットの方が多そうな気がするけど……」


「うむ。妾もそう思っていた。じゃが今は定員割れするほど志望者がいるらしい」


「――へ? なんで?」


 首を傾げる悠樹。すると由良は無言のまま振り向き、真剣な眼差しで悠樹を見据えた。

 紫水晶の瞳に見つめられ、悠樹は思わずドキリとする。


「……重要な話じゃ。よく聞け悠樹」


 神妙な声音の由良に、悠樹もまた真剣な表情で頷いた。

 由良は一度瞳を閉じてから、話を続ける。


「御門兵馬という男を知っておるか?」


「いくら僕でもそれぐらいは知ってるよ。六大家の一つ、御門家の現当主で《百槍樹フォレスト》の異名を持つ、現代最強の《追跡者》の一人でしょう」


 由良はこくんと頷き、


「その男なんじゃが、そやつな、この学園の筆頭理事でもあっての。この件に対し、とんでもない『餌』を用意しおったんじゃ」


「……『餌』? もしかして入学すると、とてもお得な特典がつきますとか?」


 と、冗談めいた口調で問う悠樹に、由良はわずかに微笑む。


「はっ、まさにその通りじゃ。ただし最優秀者限定の卒業特典じゃがな」


 その台詞に、悠樹は訝しげに眉をしかめた。


「……率直に訊くよ由良。御門兵馬は一体何を用意したの?」


 由良は一瞬だけ沈黙して、


「……神刀じゃ」


「――ッ!」


 想定外の言葉に、悠樹の瞳が大きく見開かれる。


「御門家が所有する神刀・《真月フルムーン》を、三年後の最優秀者に譲渡すると言い出したのじゃ」


 由良が厳かにそう告げる。悠樹は未だ言葉もなかった。


 ――神刀・《真月フルムーン》。


 それはかつて《神使コンダクター》から授かったという世界に七つしかない《救世具アークス》の一つだ。

 総称で《救世七宝セブンス・アークス》とも呼ばれる、極めて貴重な聖遺物である。


 それら《救世具》の威力はまさに絶大で、伝承では無尽蔵にも等しい大地のエネルギーを吸収し、あらゆる不浄を灼き尽くす破邪の雷光を放つと伝えられていた。


 かの七つの神宝にまつわる文献には、こう記されている。

 およそ千三百年前。人々は《妖蛇》に抗う術もなく蹂躙され、危機に瀕していた。


 しかし、そんな時、金色の髪を持つ一人の青年が人々の前に現れた。


 異国からの旅人だったのか、右手に分厚い書物を抱えたまるで宣教師のような風体の青年である。後に《追跡者》達から《神使》と崇められる人物だった。


 人々の惨状を憐れんだ異国の青年は、屈強な七人の戦士を選び、彼らの前でおもむろに書物を開いた。すると、そこから七つの光球が飛び出して来たではないか。

 それらの光は《追跡者》の始祖たる七人の手元に納まると、瞬く間に武具の形を象った。

 驚く七人に、書物を閉じた異国の青年は微笑みかけ、


戦士ソルジャー達よ。その七つの《救世具アークス》を以て運命を切り開くのです』


 そう告げて、戦士達が持つ七種の武具に対し一つずつ銘を与えた。

 そして青年はにこりと笑うと、七人の戦士を自分の弟子として迎え入れ、およそ半年間に渡って基本的な戦術や術式の指導を行った後、いずこかへと一人去っていったそうだ。


 だが、日本は狭いようで広いものだ。

 いかに強力な神宝を携えても、たった七人で国全体のフォローは難しい。

 そこで始祖達は試行錯誤の末、《救世具》の能力の一部を解析・応用して多くの人間が使える《霊獣降来法エレム・ライド》を創り出したというのが通説だった。


 しかしまあ、そんなお伽噺の真偽はどうであれ、今重要なのは――。


「――由良ッ! それは本当なのかッ!」


 由良の両肩を掴み、悠樹は声を荒らげる。彼が過剰に反応するのも当然だった。

 何故ならば、七つの《救世具》をすべて入手することは悠樹達の悲願なのだから。

 しかし、現在、《救世具》の大半は行方不明。

 判明しているのはたった二つのみであり、しかも六大家の御門家と久遠家がそれぞれ管理しているため、迂闊に手出しできない状況だった。

 それが、まさかこんな形で入手できるかも知れない機会が訪れるとは――。


「由良ッ! 本当にその学園に入って一番強くなれば、神刀が手に入るのかッ!」


 興奮のあまり、由良の肩を掴む手に力が籠る。

 彼女は痛みに少しだけ眉をしかめて、ぼそりと呟いた。


「……悠樹。痛い」


 ハッとして、悠樹は慌てて両手を離した。

 由良の浴衣の間から見える白い肌は一部赤みを帯びていた。


「ご、ごめん……由良」


 泣き出しそうな顔で悠樹はそう呟くと、激しい後悔に苛まれる。

 自分は一体何をしているのだ。我を忘れて由良を傷つけてしまうなんて。

 が、当の由良は気にした様子もなく、優しげに微笑み、


「些細な事じゃ。気に病むな。それより悠樹。そなたどうするつもりじゃ?」


 と、最も重要な事柄を問う。

 悠樹は後悔を一旦心の片隅に置き、気持ちを切り替えて意志を伝える。


「勿論入学するよ。こんなチャンスは二度とない」


 真直ぐな眼差しで悠樹は由良を見据えた。

 そんな少年の頼もしい姿に口元を綻ばせながら、由良は言葉を紡ぐ。


「ふふ、そう言うと思っとったわ。確かにこのチャンスを逃す手はない。新城学園の願書はすでに取り寄せておるぞ。二人分・・・な」


 悠樹は無言で頷く。流石は由良。そつがない。


(まあ、三年ってのは少し長いけど、《救世具》が一つでも手に入れば、今の状況だって変わるかもしれない。ひょっとしたら『奴ら』を葬ることだって……ッ!)


 と、どんどん期待も膨らんでくる。とにかく今回は自分が入学して最優秀者を目指し、由良には外からサポートを……と、考えていた矢先だった。


「いやぁ、しかし楽しみじゃのう。学園生活なんぞ初めてじゃ」


 愛らしい笑顔で、由良がそんなことを言い出した。

 悠樹の頭に疑問符が浮かぶ。……はて。一体、由良は何を言っているのだろうか?

 しばし考え、ある可能性に至った悠樹は、恐る恐る尋ねてみた。


「あ、あのさ由良。まさかとは思うけど、由良まで入学する気じゃないよね?」


 すると、彼女は、


「ん? 入学するに決まっとるじゃろが。さっき二人分と言うたろ」


 あっけらかんとそう答えてくる。悠樹の目が点になった。

 鳳由良。浮世離れした美貌を持つ彼女の姿は、まるで十五・六歳の少女のように見える。

 しかし、悠樹は知っている。それは彼女の実年齢ではないことを。


 二年間の共同生活から、悠樹は由良の実年齢におおよその当たりをつけていた。

 恐らく彼女は十九歳前後。そう……御年十九歳なのだ!



「――ダメだッ! 無茶なことはよすんだ由良ッ!!」



 思わず悠樹がそう叫んでも、誰に責めることが出来ようか。

 ――ただし。


「……ほほう。それは一体どういう意味かのう?」


 当の本人である彼女を除けばだが。

 微笑を浮かべた由良は、すっと悠樹の頬に両手を回した。続けて少年の頭を動かし、自分の豊かな双丘に近付ける。意図せずに柔らかな胸が触れて悠樹の鼓動が跳ね上がった。


「ゆ、由良……?」いきなりの状況に、内心ドキドキする悠樹だったが、


「――ッ!? ゆ、由良!? グガ、ガガガ……!?」


 ミシミシミシミシミシッ――

 突如、悠樹の頭が悲鳴を上げる。それは、いわゆる『頭骨固めヘッドロック』と呼ばれる技だった。

 悠樹の顔が青ざめた。――ヤバい! これは頭蓋を粉砕する気だ! 

 自分はこんなところで死ぬ訳にはいかない! 今は亡き親友のためにも!

 何としても生き延びるため、悠樹は渾身の声を張り上げた。


「ゆ、由良……NOッ! NOであります! お聞き下さいマムッ!」


「……? 何を聞けと言うのじゃ?」


 由良の両腕のロックがわずかに緩んだ。その隙に悠樹は一気に言葉をたたみかける。


「マムッ! あなたは美しすぎます! 高校生としては妖艶すぎるのですッ! 自分はマムが男どもに言い寄られるのではないかと案じておるのでありますッ!」


 その言葉に、由良の腕から完全に力が抜けた。


(――チャンス!)


 次の瞬間、悠樹は飛び出すように身体を動かし間合いを取った。はあはあと息を継ぎ、ただ静かに彼女の様子を窺う。


「え、え? そ、そんなことを心配しとったのかの? の?」


 しかし、緊張する悠樹をよそに、由良は両頬に手を当てて呆然と佇んでいた。

 そして白い頬をみるみる朱に染めていくと、徐々に俯いて……。


「まったく。まったくもぅ。余計な心配をしおって。妾の伴侶なら、とっくに確定済みだというのに……歳の差がなんじゃ。今時四歳差などゴロゴロおるわ。まったくもぅ……」


 小声すぎて聞き取れないが、何やらぶつぶつと呟いている。

 悠樹が怪訝な表情を浮かべていると、不意に由良が顔を上げ、


「ええい! とにかく妾の入学はもう決定事項じゃ! よいな悠樹!」


 と、宣言する。悠樹としては死にたくないので「YES」としか答えようがなかった。


「まったく。それより悠樹。そなた今、崖っぷちにおる自覚はあるのかの?」


「へ? 崖っぷちって?」


 今の凶悪な『頭骨固めヘッドロック』以外に、まだ何か危機があるのだろうか?

 悠樹が首を捻っていると、由良が呆れたように嘆息した。

 そして、ソファーに置きっぱなしだった紙袋をくいっと拾い上げると、


「ほれ。妾からのプレゼントじゃ」


 バサバサバサバサッ――

 と、テーブルの上に紙袋の中身をぶちまける。それは大量の本だった。

 悠樹は眉をしかめながら、その内の一冊を手に取る。


「……これって参考書? 英語の……?」


 未だ状況が分かっていない悠樹に、額に手を当てながら由良は告げる。


「のう悠樹よ。そなた、今の学力はどの程度じゃ?」


「……え? 学力って……」


「妾の記憶が正しければ、そなたは二年前から一度も勉強などしとらんだろ」


 パクパクと口を動かす悠樹に、由良はとどめの言葉を突き刺す。


「そなたの学力は中一で止まっとる。不可抗力だったとはいえ最終学歴は中学中退じゃ」


 悠樹は一瞬真っ白になるが、すぐに反論の声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ由良! この学園って《追跡者》の育成校だよね? 一般的な勉強なんて関係ないんじゃ……」


「……アホウ。それでも表向きは普通の私立高校じゃ。確かに《追跡者》であることは入学の絶対条件じゃが、普通に入試はあるぞ」


 今度こそ悠樹は真っ白になった。……まさか、今さら普通に勉強しろと?


「え、あ、じゃあさ! 由良はどうなのさ! 学校なんて行ったことないって……」


 追いつめられた人間は本能的に同じような境遇の者を求めるものだ。何の解決にもならないのだが、一縷の望みを抱いて悠樹は由良を見つめた。

 すると、彼女は可愛らしく小首を傾げて、


「ん? 妾か? 妾は学校こそ通わなんだが、幼少時より厳しい英才教育を受けておる。なんなら、今から東大の過去問でも解いて見せようかの?」


 完全に予想を覆す発言をした。

 悠樹の顔が凄まじい勢いで青ざめる。こんな状況、一体どうすればいいというのだ。

 かつてない絶望に打ちのめされる少年。――と、そこに白き天使が舞い降りる。


「案ずるな悠樹。そなたには妾が付いておる」


「ゆ、由良ぁ……」目尻に涙を溜め、悠樹は由良を見つめる。

 もしや、彼女にはこの絶望的な状況を打破する秘策が――。


「幸いにも、まだ入試まで二ヶ月ほどある。その期間、妾が徹底的に勉強を見てやろう。つうか、二ヶ月で二年分の知識を詰め込んでやるわい」


 ………………。


「なに、人間死ぬ気になればどうにかなるものじゃ。二ヶ月間、基本的に外出禁止。《妖蛇》の討伐も妾が行う。そなたは何の憂いもなく勉学に励むがよい」


 由良は、表情が固まった悠樹の肩にポンと手を置き、


「ガンバろ。なっ」


 にっこりと笑ってエールを贈るのであった。


 後に悠樹はこんな風に語る。

 この二ヶ月間は、自分がどうやって生活していたのか憶えていない、と。

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