18話ライルノット家の謎



「はっ、はっ、はっ!」

走る、走る、走る。


ビル様との特訓の合間にある昼休憩の時間。そんな時間帯に俺は城の裏にある、普段誰も通らないような芝生の道を走っていた。


「ふぅ、ここらへんかな?」


俺は所定の位置に立ち、後ろを振り返る。

ここは王城の後ろにある中庭。その中庭の中心には昔使われていた見張り台が堂々と立っている。だが、ここは昔の場所であるため、人はほとんど来ない。


だから俺はこの場所を選んだ。


「死ぬ準備はできましたか?」

すると、中庭に通ずる一本道から一人の女性が巨大な斧を引きずり、現れた。


昨日のようなメイド姿はしておらず、ピチピチな黒いスーツを身にまとっていた。


多分、昨日までのメイド服姿はこの王城に侵入する為のフェイクだったんだろうな。

そう推定すると、今回のルーシーはガチで来るってことだ。


「はっ!いいぜ、いつでもかかってこいよ」

手をクイクイと動かし、ルーシーを挑発する。


「っ、·····貴方という人はっ!」

ブチイと鈍い音が、ルーシーから聞こえた気がする。

どうやら、完全に怒ってしまったようだ。


「死になさい!」

そして彼女は斧を軽々しく肩に担いでから、一気に俺との距離を詰めてきた。


対して俺は·····

「すぅー、お願いしまーす!姫様ぁぁ!!!!」

「え?」

天に向かって大声でそう叫んだ。


すると、見張り台のてっぺんから、一つの人影が見えた。

その人影はだんだんと地面に近づいていき、そしてドゴォォォォォン!という爆発的な音と共に、その人物は俺とルーシーとの間に降り立った。


「全く、本当にどうしようもなく卑怯な奴隷ね、私に目的がなければ極刑ものよ?」

舞い上がった土煙はその人物の姿を覆い隠す。だが、この落ち着きがある声の持ち主はこの王城に一人しかいないだろう。


土煙はだんだんと薄くなっていき、その人物の輪郭を露わにしていく。


そう、都市レイブンの第二王女、レイブン・アダリーシアである。


「すいません、姫様、お手数をお掛けしてしまって」

「はぁ、まぁいいわ」

額に手を当て、心底クズを見るような目で俺を見る。


なぜ、ここに姫様がいるのか?


それは今から四時間ほど遡る。


「見張り台の上にたって、異常がないか見張っていて欲しい?」

「はい」

朝六時の早朝、俺は王女様の部屋を訪れていた。

普通はこんな朝早くに訪れたならば極刑ものなのだが、今日だけは無理言って入れさせてもらった。


「なぜ、そんなことをする必要があるのかしら」

「それは·····」


な、何も考えてなかったー!俺はただ、姫様に見張り台の上で待ってて貰い、俺を襲ってきたルーシーを捕らえてもらおうかと思ってたんだけど、確かに姫様的になんのメリットもないし、むしろ奴隷からの命令ということで怒るかもしれん!


考えろ、考えろ·····姫様が納得できるような言い訳を·····。


「·····おそらく暇つぶしができるかと·····」

膝まづきながらもちらっと姫様の顔を見る。

「はぁ、貴方は私をなんだと思っているの?」

ため息をついていた。もうそれはもうものすごく深く。


「ちなみに聞くけれどそこで何が起きるのかしら」

「あ、えーと、簡潔に言うと俺が襲われます」

「え」


顔を地面に向けている為、姫様の顔は見えないが、声の感じからとても戸惑っているように思えた。

まぁそりゃそうだわな。


「襲われる?一体誰に?」

「··········」

姫様に言ってもいいのだろうか?うーん、まぁいいか、あいつ俺のこと殺しに来たし、名前ばらすくらいいだろう。


「ライルノット・ルーシーという者です」

「!、ライルノット?、本当にその者の名はライルノットなの?」

姫様は心底驚いていたようであった。

何故に?

俺には姫様が驚いた理由が分からなかった。


「そう·························、気分が変わったわ、貴方のその申し出受けてあげる」

姫様はしばらく黙りこんだ後、小刻みに笑うように俺の申し出を受け入れてくれた。


「ありがとうございます」

深く、深く、感謝の言葉を述べた。もうマジで姫様に感謝しかない。


「ところで、何故、その者は貴方を狙っているの?」

「多分、俺が手にしたクサナギを奪取したいからだと思います」

「それで、貴方を殺そうとするなんて、随分と過激な人間のようね」

「ははは」

俺はかわいた笑みを零すしかなかった。


ごめん、ルーシー、今お前の印象悪くしちゃった(てへぺろ♪)



という今までの流れを再び縄で縛られ、姫様の自室に連れてこられたルーシーに向けてドヤ顔で説明していた。

「あなた!卑怯にも程がありませんか!?」

「うるせぇ!バーカ!」

足をバタバタさせ、悔しさを体で表現するルーシー。

だが、俺はそんなことなんぞ知らん。


俺は俺がやるべきことをやったのだ。多分、これが一番ルーシーにとっていい選択なのだろう。

姫様がルーシーの過去を見て、それを憐れみ、全てを解決してくれる。

そうこれが最善なのだ。


「なるほどね、貴方、随分と壮絶な過去を送ってきたのね」

姫様は強化魔術の一つである、深層観察という魔術を使い、断片的ではあるが、ルーシーの記憶を垣間見ることに成功していた。


「壮絶な?私はただの奴隷ですよ?そこまで壮絶な人生を辿ってきたとは思わないのですが·····」

「··········」

何を言っているの?というような表情でとぼけるルーシー。

そんなルーシーを眉をひそめ、憐れむような目で見る姫様。

そしてもう全てが解決したと思いこみ、楽観的にその光景を見ている俺。


その三竦みの関係がそこにはあった。


「奴隷としての身分の解消にはその奴隷の持ち主のサインと血が必要·····または·····」

姫様はぶつぶつと何かを怪しげに呟いてからはっ!と俺の方を見た。


その姫様の口角はえくぼが見えるくらい上がっており、目が閉じるくらい笑っていた。

けどその笑顔にはポジティブな成分など含んでおらず、悪感情しかなかった。


やべー、この先の展開俺にも読めたわ。


「貴方、この女と一緒にライルノット家の元に行きなさい、そしてこの女の奴隷紋を消してきなさい、これを私を利用した罰としてあなたに命令します」

姫様が喋り出すと同時に跪いた俺であるが、よく反応できたなと自分でも思う。

今の俺の心は絶望が支配していた。


だってそうでしょ!?なんでここまで準備しといて、俺が行かなくちゃならねぇーんだよ!おかしいって!


「···············姫様、それは真ですか?」

「ええ、真よ、いい?絶対に成功して戻ってきなさい」

「··········はっ」

いつもより元気の無い声で答えた。









コツコツとヒールの甲だかい音が王城の廊下を鳴らしていた。

端の部屋から端の部屋までおよそ百メートルはあるであろうこの廊下は王様の親族しか通ることを許されない。


レイブン・アダリーシアはルカからもらったピンク色のドレスを身につけ、レイミルからもらったカエルのブローチを左胸につけて、その廊下を上品に歩いていた。


その後ろには静かに初老の男性、ビル・アイフゾクトがついていた。


「ふぉっふぉっ、姫様も照れ屋さんですなぁ、三人がいない時限定でそれを身につけなさるとは、と言うよりも三人がいない時はいつもその格好をしていらっしゃって、おぉなんともお可愛い」

「黙りなさいビル。次、その事に触れたら、貴方の首が飛ぶわよ、仕事的な意味ではなく、物理的な意味でね」

前を歩いていたアダリーシアは振り返り、キッと目を細め紫色の瞳でビルを睨みつける。


「ほっほっ、すみませんなぁ姫様、少々おふさげが過ぎましたわ」

小刻みに笑いながら軽く謝るビル。


この男、次もやるつもりである。


そう思ったアダリーシアは「はぁ」とため息をついてから前を向いた。

二人は大きな扉の前に立っていた。


この扉の先には王様と女王様の寝室がある。


その扉をアダリーシアはコンコンと二回ノックする。


「だれじゃ?」

「私ですお父様、レイブン・アダリーシアです」

扉の先から重厚な声が聞こえてきた。


「おお、リアか、どうしたのじゃ?」

「どうしたもこうしたもお父様の容態が気になっただけです」

アダリーシアは淡々と扉に向かってそう答える。


「何、仕事をするにはなんの支障もないぞ」

「そうでしたか、それは良かった、三日前に急に部屋に引きこもるようになったので、少し気になってしまって」

「ほっほっ、すまんのぉ、だが大丈夫じゃ、明日には復帰するからのぉ」


「··········ライルノット」

アダリーシアはギリギリ部屋の中にいる王様に聞こえるくらいの声でそうつぶやく。

「っ!?一体どこでそれを!?はっ!」

その言葉を聞いた王様はあきらかに戸惑っているようであった。その戸惑いを隠すように王様は押し黙る。


「あ、すみません、つい口が滑ってしまいました、あ!そうだ、私にはやることがありました、ではお父様、お大事に」

ドレスの裾をつまみ、上品にお辞儀をしてからアダリーシアとビルはその場を後にした。



「やはり、お父上様は何か隠しておられますな」

「ええ、それに何かを隠しているわね、そしてそれはライルノット家が関与している」

王城の長い廊下を歩きながら、そう応答する二人。


レイブン・アダリーシアはビルとその直下の騎士団を使い、父である王様の周りを調べさせていた。

その理由とは、不自然に休養した父が怪しかったからである。


別に休むことが悪いことな訳では無い、無論誰にでも休みは必要だ。

だが、身体が衰弱し、王族専用の病室で寝込んでいる母の見舞いに行かないのはおかしいのだ。


父は昔からの愛妻家である。母が病弱になってから一度も見舞いを欠かしたことが無い。

だが、ここ一ヶ月程の父は一度も見舞いに行っていない。

さらに最近は寝室に閉じこもり出てこようともしない。


それを彼女は怪しんだのだ。


そして父の身辺を調べさせた結果、三週間前から毎日のようにこの王城の地下にある宝物庫に通っていたらしいのだ。


さらに怪しさが増した父に、さらなる調査をした。

そして三日前、丁度レイミルがクサナギを倒した日のこと、一人の騎士が気になる調査結果を提示した。

その内容とは、”ライルノット家にいる怨霊を使えば街の破壊もできるし、目くらましにもなるか”とボソッと父が呟いたという。


「ライルノット家、一体あの家には何があるというのかしら」

「ライルノット家に何があるか分からない状態でレイミル殿を送ってしまったのは悪手だったのでは?」

「ええ、そうかもしれないわね、ビル、貴方もライルノット家に向かいなさい、そこでもし、レイミルが死にそうなことが起こったら、助けてあげなさい後、ついでに、ライルノットについての情報収集もしてきなさい」

「はっ」

と言って、ビルは廊下の側面に何個もある部屋のうちの一つに入った。その部屋の全ては王族やその従者の為の更衣室である。

従者はいつもここで着替えてから、仕事を始め、王族はパーティーなどの催しの時だけ、ここを利用する。


ビルが更衣室に入ったのを見たアダリーシアは数多ある部屋の反対側に位置している外の景色が映る窓を見る。

「·····ライルノット家とは一体なんなのかしら」


アダリーシアの紫色の瞳が見据える先にはザーッとレイヴンの街を包み込む雨雲があった。















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