第21話 ある日の願い
「ねぇ、ルーシー、知ってる?この世界には最果てっていう場所があるんだって」
「最果てぇ?」
日が真上に登る頃、ライルノット家の屋根の上で、二人の少女が楽しそうに談話している。
「そう、最果て!そこにはこの世の全てが詰まってるんだって!今までの世界の記憶とか、死んで行った人の魂とか!あらゆるものがそこにあるの!」
髪を腰ぐらいまで垂らし、ボロボロの安っぽい服を着た少女はキャッキャッと髪を揺らしてもう一人の女の子に熱弁する。
「むー、そんなこと言われてもわかんないよぅ」
対する黒髪の少女は高価で丈夫そうなドレスを身にまとっている。
一見、まるで仲が良さそうには見えない二人であるが、以外にもこの二人は気が合い、いつも一緒にいる。
「そっかー、ルーシーには難しかったかー、バカだもんなー」
「バカじゃないよ!」
ぎゃっーと両手を振り上げ、ボロ服の少女を威嚇するルーシー。
「あはは、ごめん、ごめん」
「むー」
少女は宥めるようにルーシーの頭を優しく包み込むように撫でる。
ルーシーは軽く扱われて不満だ、とは思っても少女に頭を撫でられるのは大好きなので、何も言えなかった。
「私はね、その最果てに行きたいんだ、最果てに行って、世界の全てを見てみたいんだ」
「でも·····さっちゃんは」
ルーシーは急にしおらしくなり、顔をうつむける。
やはり、後ろめたい気持ちがあるのだろう。
「うん、確かに私は奴隷だよ、それに名前も覚えて貰えないくらいどうでもいいゴミみたいな存在だ」
「そんなこと·····っ」
自分のことを余りにも卑下する、少女に対して、そんなことは無いと否定したかったが、自分にそんな資格はないと思い、ルーシーは口をつぐんだ。
「でもね、私はそれでいいんだよ、たとえ誰からも名前を覚えられていなくとも、私は生きることが出来る、それに、生きてさえいればいつかきっと最果てに行くことができる、そうすれば私は世界で一番最初に最果てに行くことができた英雄になれるんだ!きっと私の名前を覚えなかった奴らは後悔するだろうね、ああ、あの時彼女の名前を覚えていれば〜って」
そう言って彼女は肩を竦めはにかんで笑った。
その笑顔は吸い込まれそうなぐらい綺麗なものだった。
「わぁ!すごくでっかい夢だ!いいなぁ私もそんな風にでっかい夢を持ってみたいよ」
ルーシーは羨望の眼差しで少女を見つめる。
少女はその熱い視線に少し照れ、頬を掻きながらも「ありがとう」と答えた。
「でも、私はとても弱いから、いつか壊れて化け物になってしまう日が来るかもしれない」
そして少女は光の無い暗い暗い、どす黒い瞳でルーシーをじっと見つめる。ルーシーは何を言っているのか分からず、首を傾げる他無かった。
「もしそうなった時、ルーシーに私を殺して欲しい、私を人のまま殺して欲しい」
「え?」
彼女の衝撃的な発言により、ルーシーは言葉に詰まる。
「あーごめん、ごめん、勝手にこんなこと言って、今のは忘れて」
ルーシーのそんな顔を見てか、空気を変えるために手をヒラヒラとさせ、彼女は今の話を無かったことにする。
けど、到底誤魔化しきれない、苦痛の表情が彼女にはあった。
「さっ、ちゃん」
大粒の涙が地面に落ちる。その涙がじわじわと地面を侵食して、その侵食は次第に止まる。
そうだ、全て思い出した。あの時の記憶を、あの時の大事な大事な、約束を。
「おい!、おい!大丈夫かよ!?」
どこからか声が聞こえる。焦ったような声だ。
多分、私をここまで連れてきたあの少年だろう。
「大丈夫」
ふらふらとしながらも、少年の手を払い除け、何とか立ち上がる。意識が朦朧とする。吐き気が止まらない。
けど、行かなくちゃならない。あの、泣き叫んでいる憐れな私の
そして、私が殺さなくちゃならない。あの日のさっちゃんのお願いを果たすために。
不思議だ。記憶を思い出した今、普通ならあのデブリとかいう男に怒り狂っていてもおかしくないのだが、むしろ、私の心は海のように穏やかだった。さらに言えば、私の隣にいる少年へ抱いていた嫉妬もいつの間にか消えていた。
多分、私の心が今満たされたからだろうな。私の心にさっちゃんっていう人間が埋まったことで、心が大分軽くなったんだ。
そして、いつからだろう。さっちゃんが壊れ始めたのは··········いや、多分始めからだったんだ。始めから彼女は·····
「さっちゃん、今、行くからね」
私は一歩を踏み出す。その一歩は今までのように他人の命令からのものではなく、自分自身で決めた一歩だった。
壊れゆく、ライルノット家をただ呆然と見つめる一人の化け物がいた。
化け物は真っ二つになったライルノット・デブリを見下ろす。
(デブリは殺した。これでルーシーの契約は消え、記憶も元に戻ったはず·····)
化け物はすぐに醜い存在であるデブリから目を離し、人が行き交う大通りの方に目を向ける。
今、この化け物が現れたことにより、城下町は混乱状態だった。司令塔たる人間もいないため、人々は忙しなく逃げ回るしか無かった。
『さて、私も仕事しないとね』
そして化け物は城下町の方へとその大きな大きな足を進めた。
この化け物は元は普通の奴隷だった。
普通に酷使され、普通に犯され、普通に自殺した。
ごくごくありふれた人間の一人だった。
だが、彼女の怨念は人一倍強かった。
そして気づけば彼女はソウルビーストとなっていた。
これが彼女がソウルビーストになったまでの経緯である。
そんな化け物になった少女はまだほんの少しの希望が残った瞳で、ライルノット・ルーシーとその仲間が逃げていった方角を見る。
(私を殺しに来てねルーシー。その為にあなたを逃がしたのだから·····)
そう、この化け物はライルノット家にビル・アイフゾクトが潜入していることは知っていたのだ。
だが、あえてそれを見逃した。それは自分という存在をルーシーという最愛の友人に殺させる為だった。
だからビルをあの部屋に入れさせたし、逃がしもした。
本当ならあの瞬間、全員殺せたというのにだ。
そうさせるのは、物語を完成させるためだった。
自殺して化け物になった昔の友人を殺す。という物語の結末をこの化け物は望んでいるのだ。
何故、そんな結末を望むのかは分からない。だが、彼女の心には暗く、どす黒い何かがあるのは確かだった。
(ルーシー、私の愛しき人よ)
『ぅぅぅヴァァァァァァァァァァッ!』
化け物は叫んだ。その振動が街全体を包み込む。
その叫び声はまるで誰かに贈る歌のようなものだった。
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