第22話

「おい!本当に大丈夫なのかよ!」


がっとふらついて歩くルーシーの肩を掴む。


こいつ、急に立ち上がって、何を言うかと思ったら、「さっちゃん、今行くからね」とか言って、あの女の子の化け物の方に手を伸ばしたりして、マジで気が狂ったんか?って思ったわ。


「うん、大丈夫」

俺の力によって、ようやく、正気を取り戻したようだ。


「んで、急にどうしたんだよ?」


若干、焦ったように聞く。


実際、今この状況で余裕なんて欠けらも無い。


「全部、思い出したの、私の記憶。私がライルノット・デブリの娘だった記憶を、私の大切な友達だったサイル・コーディナーとの思い出を」

「!、それは本当か!?」

つい、声を荒らげてしまう。


そうか、あの少女の化け物の出現によって、ライルノット・デブリは殺されたんだ。


そしてルーシーにかかっていた奴隷紋や呪いが解け、記憶が戻されたってことか。


「うん、本当。私は五年前、彼女と、ある約束をしたの、もし彼女が化け物になった時殺して欲しいっていう約束をね。そして、あの化け物がさっちゃんなの、だから私はあの化け物を殺しに行かないと行けないんだ」

真っ直ぐな瞳で、強い意志で、ルーシーは遠く離れた今、街を破壊しようとしている女の子の亡霊を指さした。

「なんで、そんな、こと」


理解ができない。何故、友達に殺させようとするのだろうか?その行為はただ、ルーシーに決して残らない精神の傷を残すだけなのでは無いのだろうか?


「ふむ、なるほど、これで全てが繋がりました」


すると、俺のそんな戸惑いを遮るように、ビル様が口を開いた。


ビル様は顎に手を当て、深く考えているように見える。


「私が見た資料の中にサイル・コーディナーという少女についてのものがありました。しかし、そこには一つ不可解なことがあったのです。サイル・コーディナーは奴隷の業務に耐えかねて、時計台の上で自殺をした。しかし、時計台の下に、彼女の死体は無かったのです。ですが、ルーシー様の思い出した記憶によって、全てが分かりました。おそらく、サイル・コーディナーは死んだ時のデブリへの強い怨念によりソウルビーストとなったのでしょう」

「多分、そうなんだと思います、あの時、時計台の上から落ちたさっちゃんの顔は酷く歪んでいましたから」


冷静に淡々と、そう告げたルーシーの目は、どこまでもどす黒かった。


「違う、違うだろう、何をそんなに淡々と言っているんだ、今からお前の友達を殺しに行くんだぞ、それなのに、なんでそんな冷静でいられるんだよ、·····それはおかしいだろ」


俺の心からの言葉だった。何とか絞り出した声はもうカスカスだった。


「おかしくはないよ、だって、大事な大事な約束だもの、だから早く行きましょうまぁ来なくてもいいのだけれど」


ルーシーは迷いなく足を踏み出した。俺はそのルーシーの背中を黙ってついて行く他無かった。


「少し、待ちなさい、お二人共」


先に進もうとした俺達を引き止めたのは落ち着いた声だった。

俺はその声の方向に振り返る。


「あの化け物の少女は余りにもデカすぎる、おそらくAランクのソウルビーストでしょう」

「確かに、そうかもしれません、でも、早くあの化け物を倒しに行かないと街が大変なことに·····」

「だからこそ、落ち着くのです」


俺の続きの言葉を遮るようにビル様は続ける。


「今、私達があの化け物の元へと行ったとしてもすぐには倒すことはできないでしょう。だから私達がすべきなのは、城下町にいる住民達の避難誘導なのです、私は騎士です。この国の住民の安全が第一なのですよ、幸いあの城下町は王城から近い所にあります、なので、私以外の騎士もすぐに駆けつけてくれるでしょう」

「確かに、言われてみればそうなのかもしれません、なぁお前も聞いてたか?ってあれ?」


ルーシーがいるであろう、後方に首を捻ったものの、そこには誰もおらず、枯れた落ち葉だけが寂しく落ちていただけであった。


「どうやら、ルーシー殿は一人で突っ走って行ってようですな」

「はぁ!?」


クソ、まじか。このままじゃあ、あいつ考え無しに突撃して死んじまうじゃないか?


はぁ、なんでこうもゲームの登場人物は我が強いんだよ。


「ルーシー殿は混乱しているのでしょう、自分は奴隷だと思って生きてきた筈なのに、一番大事だった友達が死んだ時の記憶を急に思い出して、正気でいられるはずがない。全てを思い出した今、なにをするべきか分からない。だからこそ彼女は縋るしか無かったのです。あの日交わした約束に」

「··········」


ビル様の話を黙って聞く。


そうか、そりゃそうだよな。奴隷な筈なのに、奴隷じゃなくて、大事だった友達の記憶も急に思い出して、、、きっと今のルーシーの頭はぐちゃぐちゃなんだ。


仇であった自分の父はもう既に死んでいて、今の状況を理解できないのも良く考えれば当たり前だ。


あいつはまだ、十四歳の女の子なんだもんな。


「レイミル殿、一つお願いがあります。どうか、あのか弱き女の子を救ってやってください」


ビル様は深々と頭を下げる。白髪の襟足が垂れるくらいに深々と。


「俺が、ですか?」

「はい、レイミル殿が、です。レイミル殿は彼女が今一番言って欲しい言葉をかけてあげることができると思うのです」

「···············、その役目任されました」


しばらく考えて、確かに俺しかいないって思った。


俺はゲームでのルーシーの人間性を知っているし、言って貰えて嬉しい言葉も何個か覚えてるからだ。


合理的に考えて俺が一番適正だと思う。何故、ビル様が俺を選んだのかは分からないけれど。


「ふっ、貴方様ならそう言うと思っておりました。さぁ!善は急げです、全速力でこの街をそしてか弱き女の子を、救いに行きましょうぞ!」

「え?、ぇええええええええぇ!?」


ビル様にいきなり担がれたかと思ったら、ライルノット家から脱出する時に見せたあのとんでもなく高い跳躍をビル様はかましてきたのだ。


(どうしてこうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!)


向かい風が強すぎて、口には出来なかったので、心の中で、嘆くことにした。










「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁ!」


悲鳴がレイヴンの街を包み込む。突如現れたAランク級のソウルビーストによって、街は阿鼻叫喚となっていた。


出店をしていた者は店を捨て、その場から逃げ出し、家庭を持っている者は子供達を抱え、必死に逃げている。


『ヴィィァァァァァァァ!』


化け物は長い髪を揺らし叫ぶ。そして、近くにあった、一軒の家を片手で捻りとり、住民達がギュウギュウになっている外へ繋がる門の方向に向かい、投げた。


家は余りにも綺麗に放物線を描き、レイヴンに向かって落ちてくる。


「わぁ、ねぇあれ見て、お母さん、家が降ってきてる、すごーい」

「え?」


逃げるのに出遅れてしまっていた、シングルマザーの女性は腕に抱えていた子供からのその言葉により、後ろを振り返る。


そして絶望する。


「ミナ!」


子供だけは、と思い、女性は向かってくる家に背を向けて子供を庇うようにうずくまる。


(神様、どうか、この子だけは!)


必死にそう願い、目を強く瞑る。


「はぁ、ビル様ももうちょっと優しく運んでくれたらいいのに、俺を城下町に置いた瞬間、「ルーシー殿を任せましたぞ」って言ってどっか消えちゃうんだもん、ほんと困っちゃう」


瞬間、大きなため息と共に、二人の体は何者かによって、抱き上げられた。


「え?」


女性は恐る恐る、目を開ける。


「あっ、ここは危ないんで、避難所の方に連れてきますね」


女性と子供を抱えていたのは、まだ小さな少年であった。十四歳ほどだろうか?少し長い黒髪は幼さを表し、未だ細い腕は二人の体重を支えるのに、震えてはいるものの、女性に安心を与えるには十分であった。


「あな、たは?」

「俺、ですか?、そうですねー、ただの奴隷、ですかね?」


少年は笑った。二人を安心させるような和やかな笑顔であった。とても奴隷だとは思えなかった。


「おっと、ここは危ないんで、少し乱暴になるとは思いますが、ちょっと移動しますね」


少年はよく分からない、言葉を発した後、急スピードで、街中を駆け抜けた。


コンマ数秒後、女性達が元いた場所に、大きな家が周りの家を破壊しながら落ちてきた。


それを見た女性はこの少年がいなかったどうなっていたことか、と少年への感謝の念をさらに強めた。


「わぁ!お兄ちゃん速いね!」


腕に抱えられた子供がつんつんと、少年の頬をつつく。


「ありがとな」

少年は少し照れながらもそう答えた。


その少年の答え方は年相応に感じられた。



しばらく少年に抱えられ、移動した、女性と子供は人の気配が沢山する避難所へと連れてかれた。


「ありがとうございます」

「ありがとうお兄ちゃん、楽しかったよ!」


母は頭を下げ、子供はその母のズボンの裾を短くつまみ、少年にお礼を告げる。


「では、俺はこれで」

少年は二人に挨拶をして、立ち去ろうとする。


「あの!」

それを引き止めるように女性が声をあげた。


少年はビクッとなり女性の方向に振り返る。


「あの化け物を倒しに行くんですか?」

「はい」

「その、頑張ってください」

「!、はい!」


少年は無邪気にも歯を見せて満面の笑みを見せた。


(この世界に来て、初めて、頑張ってなんて言って貰えたかもしれない、クソ、嬉しいわ。マジで泣きそう)


事実、助けた少年の心の中は嬉しさでいっぱいであった。















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