第23話
「ようやく会えたね、さっちゃん」
『ルーシー?』
少女は見上げても顔を見れないほどでかい怪物をにらむ。
が、そこに悪感情はなく、むしろ彼女の顔は笑っていた。
「うん久しぶり」
『そうよかった、やっと殺しに来てくれたんだね』
対する化け物は自分の顔から遥か下に位置している少女をその眼で妖艶に眺め、醜悪に笑った。
『あはははははは!けど私もただじゃ殺られないよ!だって彼との約束があるからね!』
「そう、分かった」
”じゃあ始めようか?”そう少女は告げ、詠唱を始める。
すると、少女の体の周辺に金色の光の粒子が集まり始めた。
粒子は徐々に少女の体の中に入っていき、そして、少女は金色のオーラのようなものを纏った。
相対する少女姿の化け物も同様に姿を変えていく。
人間の形を保っていた体から徐々に骨が浮き出てくる。まとっていた皮膚は破け、代わりに浮き出た骨が怪物の体を纏い始める。
次に、その骨の先端から人間の顔のようなものが現れていく。
人間の顔は皆違う顔で構成されており、骨一本一本に人間の顔だけがついている。
「準備はいい?」
『ァァァァァァァァァァッ!』
少女は微笑して、見上げても見えない化け物の顔の方に向けて、そう問う。
対する化け物は骨を横に大きく揺らすことで答える。
「行くよ!」
膝を大きく曲げ、そして少女は化け物に向かって飛翔した。
(あぁ頭が痛い、奴隷の時の記憶と忘れてた記憶のせいで頭がごちゃごちゃだ、·····痛い。すごく痛い。)
”気にするな、私がすべきなのはさっちゃんを殺すことだけだ。ただそれだけだ。それ以外は忘れていいんだ”
化け物に歯向かう少女には二つの相反する心情があった。
一つは彼女の弱気で普通の少女としての心。もう一つはある日の約束を果たすための機械のような心。
その相反する心情が信念が彼女の中で、渦巻いていた。
「がっ!」
化け物による骨の攻撃が少女の脇腹を貫通する。
脇腹からは鮮血が飛び散る。
(あぁ、なんでこんなことをしてるんだろうか、私はたださっちゃんともう一度会いたかっただけなのに·····)
”違う、私がすべきなのはさっちゃんを殺すことだ。それ以外のことを考えるな。私は奴隷だ。誰かの命令を聞くだけの奴隷なんだ。
彼女が持つ二つの感情は着実に彼女を蝕んでいく。
「がはっ!」
骨の側面で腹を叩きつけられた少女は地面に背中をぶつける。
同時に口からは砂利が混ざった血が飛び出る。
(痛い、痛いよ)
少女は心の中で嘆く。しかし、少女は化け物に立ち向かうことをやめない。
体が言うことを聞いてくれないのだ。
「すっ!」
少女は地面を蹴り、再び飛翔する。手には武器もない、無防備な状態でだ。
そんなことをすれば結果は目に見えてわかるであろう。
なかなかのスピードで迫った少女であったが、それを見切れない化け物では無い。
化け物は向かってきた少女に合わせて固く強い骨を顔面にぶつける。
さらに追撃するように何度も何度も骨で彼女の体をうちつける。
顔の前歯は取れ、腕の皮膚は剥がれ落ち、手の爪は既に無くなっていた。
それでもなお、攻撃し続ける。彼女がめいいっぱい苦しむように加減しながら、少しづつ彼女を痛めつけていく。
(どうしてこんなことになったの?私は普通の女の子でいたかった、大金持ちの娘じゃなくてよかった、奴隷になんてなりたくなかった)
少女は迫り来る無数の骨を見て、過去を振り返る。
『さっちゃん、待ってよぉ』
『わはは!こっちだよルーシー』
思い浮かべるのは楽しかったあの時の記憶。草原で追いかけっこをするだけで良かったあの時の·····
『さっちゃんこれみて!四葉のクローバー!この葉っぱを持ってると幸運になるんだって!』
さっちゃんはそんな信用出来ない迷信を信じて、笑顔で葉っぱを貰ってくれた。
『さっちゃん!今日は一緒に絵本読もう!』
さっちゃんはめんどくさかったであろう、私の遊びの誘いを断ることは一度も無かった。それどころか、夜中まで付き合ってくれた。
(あぁ、今、こんな記憶を思い出しちゃうのか。ごめん、さっちゃんいっぱい無理させたね、いっぱい我慢させたね、いっぱいいっぱい傷つけちゃったね)
”殺せ!殺せ!殺せ!あの日の約束のために!”
(まだ、消えないのか、この感情は、もう私は死ぬというのに·····嫌だ、このまま、この感情に体を乗っ取られたまま死ぬなんて、絶対に嫌だ!まだ、私はちゃんとさっちゃんに謝れてもいないのに!)
別の感情が支配する己の体を何とか取り戻そうと意識を強く保つ。
その行動が幸をなしたのか、一時的に感情を入れ替えることに成功する。
「·····さっちゃん、ごめんね」
せめてもの償いにと、少女は化け物をさっちゃんと呼び、涙を流しながら、そう告げた。
化け物はそんな少女の言葉など聞こえていないかのように、無慈悲に骨を向けた。
(もうちょっとだけ、生きてみたかったな。)
そして骨が彼女の体を貫いた。
筈だった。
「クサナギ!頼んだ!」
『あいわかった』
同時に鳴り響くは金属同士がぶつかる音だった。
「え?」
「たくっ、お前はバカかよ、あんな強そうな相手に一人で突っ込んでくなんてよぉ」
少女の体は一人の少年によって別の場所に移されていた。
お姫様抱っこという形で
そう、この少年は無数の骨の中をかいくぐり、少女一人を救出したのだ。それもコンマ数秒で。
「貴方は」
「何そんなびっくりしてんだよ、俺が来たのがそんな意外だったか?」
少年は少女から信じられないような目で見られたからか、若干ショックを受けている。
黒い髪に、黒い瞳、なんの特徴もない目鼻口。
どこにでもいる普通の少年。そんな少年なはずなのに、少女の目には少年が”英雄”にしか見えなかった。
少女はいつの間にか、涙をこぼしていた。
鬱ゲー世界に転生した弱者のお話 樽尾太郎 @tarumiryuta
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