第20話 災害

コンコン、と扉を手の甲で叩く。


「誰だ?」

すると重厚な声が返ってきた。

「俺です」

「いや、誰だよ!」

扉の奥にいる人間の指令に従わず、扉を開ける。

そしてドンッと音を立てて、中に入る。


中にいたのは、人形のように固り、棒立ちしている鉄鎧を着た騎士達と、その騎士達に囲まれて、座っているデブの男がいた。多分最初に聞こえた声の主だろう。


部屋の中は案外綺麗で、本はきちんと並べられているし、隅々まで清掃されている。


けど、俺は見逃さなかった、本当に、本当に小さな血痕を。


·····ていうか、あのデブマジで性格悪そうな顔してるな。目付き悪いし、人見下してそう。


おそらく、というか絶対にあの男がデブリだ。


「なんなんだ君は!ここがライルノット家と分かっているのかね!」

「分かっている、貴様こそ、これを見て俺に逆らえるのか?」


デーン!と見せつけるように王女命令を出す。

ふっふっふっ、これがあれば逆らえまい。


「おい、こっちにそのガキが持っているものをもってこい」


デブ·····いやデブリは近くにいた騎士にそう命じ、一番俺の近くにいた騎士が俺の手から荒々しく王女命令を剥ぎ取る。


「··········」

目を素早く動かし、速読するデブリ。


俺はその間、隣に立っているルーシーに顔を近づける。


「·····ここはなんかきなくせぇ、逃げる準備しとけ」

「そう?別に私は何も感じないけど」

「俺は感じるんだ、いいから、心の準備だけはしとけよ」


と誰にも聞こえないような声で話した。そう、この空間は何か異質なのだ。


何も喋らない騎士達。何も置かれていない仕事のデスク。極めつけは部屋の隅にある小さな血痕。


やっぱ、きなくせぇなよなぁ。


「ふん、なるほどな、読ませてもらったぞ、この偽の王女命令とやらをな」

「「は!?」」

俺とルーシーの困惑した声が響く。


てか、こいつまじかよ、本物と偽物の違いも分かんねぇのかよ!


「いや、偽って、よく見たのかよあんた!」

「ふっ、見たさ、確かに緻密な作りであったが、私の目は誤魔化せん、これは偽物だ!それに貴様からは微塵も魔力を感じない!これが何よりの証拠だ!」


俺が若干キレながら聞くと、それに応対するように、デブリは自信満々に答えた。


「あっが」

やばい、開いた口が塞がらない。こいつどんだけ、あほなんだよ。


「衛兵!この二人をつまみ出せ!」

デブリは右手を振るい、大声をあげる。


すると一人のの騎士達が俺達に向かってきた。


「·····貴方は私が誰か分かりますか?」

俺が逃げようと一歩後ろに後ずさりした時、隣にいたルーシーが沈んだ声でそう聞いた。


何言ってんだこいつ。今さらそんなこと聞いてどうする·····

しかし、俺の考えとは全く違う答えをデブリは言い放った。


「誰だ、貴様は?」

「·····は?」


何を言っているんだ?こいつは?自分の娘だぞ?お前が奴隷にした娘だぞ、たとえ元娘じゃないとしても、顔すら覚えていないのか?これが奴隷の扱い方なのか?


クッソ、やっぱこの世界は残酷だよ、奴隷に堕ちた者は顔すら覚えて貰えないのだから。


俺は横目にルーシーを見る。


ルーシーは泣いていた。右目から一筋の涙を流していた。


そうだよな、たとえ娘だった時の記憶を覚えてないとしても、主に名前を覚えて貰えないのは悲しいよな。自分はあんなに頑張ったのにって思っちまうよな。


だからこそ·····

「許せねぇよ、こんなに悲しいことがあっていいのかよ、··········ライルノット・デブリ。俺はてめぇを絶対に許さない」

腰に帯刀していた神剣クサナギを抜く。


神剣クサナギからは震えが伝わってきた。多分、こいつも怒っているのだろうな。


「き、貴様ァ!刀を抜いたな!え、衛兵!やつを殺せ!絶対に殺せぇ!」

『いいえ、殺されるのはあなたよ』

「え?」

グサッとデブリの肉厚な胸を何かが貫く。気づくとデブリの後ろには黒いモヤのような存在がいた。


「がふっ、ど、どうして?私を!、殺しはしないとあの時·····っ!」

『あら?そんなこと言った?私、亡霊だから分からないのごめんなさいね、あなたにイラついちゃったからつい殺っちゃったわ』

その黒いモヤは丁寧な口調とは全く違う、恐ろしい言葉を軽々しく放つ。


『そしてこんにちは、クサナギの所有者さん、けどまさか弱者ウィーカーが、クサナギに認められるとは思わなかった、本当にびっくりしちゃった』


その黒いモヤはだんだん、人の形を作っていく。

ごくりと唾が喉を通る。冷や汗が止まらない。こいつはやばいと俺の本能が言っている。


「ね、ねぇ、あれは一体なんなの、私、体の震えが止まらないんだけど·····」

ルーシーが腕を擦り、そう訴える。


「はは、安心しろ、俺もだ」

乾いた笑みをもらすしか無かった。


『けど、ごめんなさいねぇ、貴方は殺さなくちゃならないの、それが彼の依頼だから』

そして完全に黒いモヤは人となった。


黒いモヤの正体は女の子だった。髪は長く、切りそろえられていて、大きくぱっちりとした瞳は今にも吸い込まれそうだ。そして、身にまとっている黒い服がその女の子の不気味さを倍増していた。

『本当に、ごめんなさい··········』

瞬間、女の子の周りにいた周辺にいた騎士達が一斉に俺達に襲いかかってきた。


騎士達はまるで人形のように人間らしくない挙動で俺達に迫って来る。


ははっ、どうゆうことだよ。


「だぁくっそ!おい!逃げるぞ!」

「う、うん」

無理矢理ルーシーの手を引き、後ろの扉を開けようとする。


「あ、開かねぇ!」

「え!?どうして!?」

『ごめんなさいね、この部屋を完全に密室にしてもらったわ』

しかし、例の女の子の謎の力により、何回ドアノブを上下してもあかなかった。

「くっそ!」

どん!と思いっきり、扉に体当たりするがビクともしない。


もう時間がないと思い、扉から目を離し、騎達の方を向く。


騎士達はいつの間にかすぐ目の前まで迫っていた。

「ひっ!」

ルーシーの悲鳴をあげる声が聞こえる。手から伝わってくる震えから、相当ビビってるのがわかる。


「·····何を·····」

俺は繋がれていた手を離し、ルーシーの前に立つ。


ふぅ、覚悟決めなきゃな。

「すぅー、行くぞ、クサナギ」

『相分かった』

神剣の刀身を額に当て、小さい声でクサナギに喋りかける。


「クイックandディレイ2nd!」

膝を曲げ、床を踏みしめ、膝だけに力を入れる。


そして一気に解放する。


「ほっほっ、焦りすぎですぞ、レイミル殿」

「はえ?」

しかし、すぐに俺の足から地面の感覚が無くなった。

そして俺の体が宙に浮いているのがわかった。


次に俺の腹辺りに硬くてごつい感覚を感じ、頭だけを上げる。

そして俺は視認した。俺を持ち上げる騎士の姿を。


「え!だれぇ!?」

「ほっほっ、それはこの死地を切り抜いた後、説明致しましょう」


その騎士は俺を片手に向かってくる他の騎士達に向かって、大剣を振るった。


その大剣の威力は凄まじく、向かってきた騎士達はゴミのように吹っ飛んで行った。


えー、バカ強いんだけどこの人。


けど、吹っ飛んで行った騎士も騎士で、かなり頑丈な体の作りであったため、すぐに立ち上がり、再び向かってきた。


「では、一旦退散するとしましょう」

すると俺を抱えている騎士は構えていた大剣を鞘に戻し、呆然とその場に突っ立っているルーシーの元へと走った。


「え!?ちょっまっ」

そして走りながら、戸惑うルーシーを問答無用に抱えて、そして·····壁を突き破った。


しかも廊下に出る方の壁じゃなくて、直接地面に着く方の壁をぶち破ったのだ。


「はぃぃぃぃぃぃぃぃィィ!?」

「もうなんなのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「ほっほっほっ」

俺とルーシーの絶叫と、騎士の落ち着いた声が響いた··········。



誰だか分からない騎士が壁をぶち破った後、何とか怪我をせずに地面に着地した後、、ライルノット家から大分離れた広場へと俺達は来ていた。

「で!貴方は一体誰なんですか!」


ルーシーは髪を左右に揺らして怒り心頭といった表情で、騎士に迫る。


「ではまず、この兜を外しましょう」

そう言って、騎士は被っていた釣鐘型の兜を取り外す。

そしてその中人間の顔が顕になる。


「ビル、様?」

「ほっほ、昨日ぶりですなぁ、レイミル殿」

騎士の様相をしていたのはビル様であった。


ビル様は微笑した。その笑顔は口の口角を最小限動かしただけのものであったが、俺に安心と、心の安らぎを与えてくれた。


まさかビル様だとは思わなかった。いやー本当にびっくりしたね。


「知り合いなの?」

ルーシーがそう聞いてきた。当然の疑問である。

「ん?ああ、俺の尊敬する、師匠さ」

「どうぞ、お見知り置きをレディ、ルーシー」

するとビル様は実に美しいお辞儀をする。対するルーシーはオドオドと対応に困っていた。


ビル様は王城にて、ルーシーの境遇を知らされている。だから、今までの経緯を説明する必要がないのだ。


そして俺は自分の事のように得意気にビル様について話し始めようとしたところ

「すみませんが、今はそんな話ができる時間はありません」


ビル様が珍しく焦った声で遮ってきた。


「時間がないので、手短に説明させていただきます」


そしてビル様は立ちながら話し始めた。


「まず、私は姫様から依頼され、あの家に潜入していました。その依頼の内容は皆様も見たであろうあの黒いモヤについてのことでした」


「そして昨日から一日中ライルノット家を探し回って、分かったことは、今日、この都市レイヴンが滅んでしまうかもしれないほど危険な”計画”とやらの存在、あの黒いモヤの正体がソウルビーストであるということ、そしてあの家にいたライルノット・デブリ以外の人間は魂が抜けたように何も言葉を発さず、まるで人形のような存在になっていたということです」

「·····でも、俺達を家の敷地に入れてくれた騎士はちゃんと喋れていた気がしたんですけど·····」


俺は疑問に思ったことを口にする。


「ほっほっ、それは私ですよ、もっと深くあの黒いモヤと”計画”について知るために変装していたのです」

「ということは何も分からなかったんですね?」


ビル様があの時の騎士だったというのはとても驚きだが、今はそれどころではない事態だ。

この都市が滅ぶかもしれない計画、それは一体どんなものなのだろうか?


前までの俺ならば、ビル様からことのことを聞いた瞬間、慌てふためいたと思うが、何故か今は酷く落ち着いている。


俺も成長したのだろうか?


ルーシーの方はどうだろうか?と思い、顔を向ける。


驚いたことにルーシーは無表情だった。驚きもせず、悲しみもせず、ただ無表情にビル様の話を聞いていた。まるで、全てがどうでもいい事のように·····


「そうです、家中どこを探しても計画については何も分からなかった。不甲斐ありません」

「いえ、ビル様は何も悪くありませんよ」


頭を下げたビル様に頭をあげるように言う。


そして申し訳なさそうに頭を上げたビル様は、しばらく黙り込んだ後、「そういえば」と言った。何かを思い出したようだ。


「どうしたんですか?」

俺がそう聞く。

「いえ、一つ気になる資料があったのです、それを思い出しただけのことです、おそらく、この件に関しては関係ないとは思うのですが、どうも私の勘が関係しているとうるさいのです」

「その資料ってなんだったんですか?」


「それは·····」

と俺の耳にビル様は自分の口を近づける。俺はそんなビル様を不審に思いながらもビル様が喋りやすいように耳の位置を少しあげる。


彼女ルーシーの元友達であったサイ·····」

『あ、ああああああああぁぁぁア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!』

ビル様がルーシーに聞こえないような小さい声で喋り続けようとした瞬間、ライルノット家の方向からとんでもなく大きい鳴き声が聞こえた。


「っ!」

俺はそれに驚き、ライルノット家の方向を見やる。


そこには·····


天まで届くであろう、大きな女の子がいた。ここからライルノット家まで、五キロはある。だが、五キロ先からでも、大きいとわかる程の巨躯であった。

よく見ると、その女の子はついさっき、ライルノット家にいたあの時の女の子だった。


「なんだよ、あれ·····」

「·····くっ!あれが計画のでしたか」

俺は空いた口が塞がらず、絶句し、ビル様は下唇をかみ締め、自分の失態を悔やんでいる。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そんな混沌の状況の中、俺の後ろから悲鳴が聞こえた。


今度はなんだ!と思いながらも、振り向く。


俺の視線の先にあったのは頭を抑え、地面にうずくまっているルーシーの姿であった。

ルーシーは頭が潰れるのではないか?と思うほど、強く頭を抑えていた。


なんなんだ、一体·····。


俺は今の状況に全くついていけなかった。





























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