第3話最強暇人ヤンデレ女
俺は道具屋にやってきていた。
この道具屋の婆さんには俺が親から逃げた時にお世話になった。色んな生活に役立つものを貸してもらったりしたのだ。
ここに匿ってもらった時、婆さんに『ここで働いてくか?』と聞かれたが
この道具屋に通うウィーカーがいるとなれば、奴隷商人がこの道具屋を襲いかねない。
そんな迷惑をかける訳にはいくまいと思い、断ったのだ。
断ったら縁切られるかな?って思ったけど、全然そんなことはなく、俺のサポートを続けてくれている。
だから、この婆さんには感謝しかない。
「んで?今日は何しここに来たんだい?」
「あーそれは」
店の扉を開けて、すぐに見える木造のカウンターの椅子に座っていた、白髪であるがまだハリのある髪に、同じくハリのある肌を兼ね備えた婆さんはカウンターに肘をつき、気だるそうに聞いた。
俺は婆さんの目の前まで近づき
「一つ言っておかなければならないことがあって、前、俺の兄弟が魔術を使えるようになったらここで雇ってくれるって言ってくれましたよね?」
「あぁ、たしかに言ったな」
「それなんですけど、なんか二人とも俺と一緒に暮らしたいらしくて、だから、そのー」
「その話は無しってことかい?」
「そういうことになりますねー、すみません」
婆さんを直視できん!まじで頭下げることしかできん。
気まずすぎる。婆さんからの親切心を俺は二度も断ったのだ。いやもう本当に申し訳ない。
「たくっ、んなことしなくていい、顔あげな」
そう言われたので、俺は渋々ながら顔をあげる。
「私はね、あんたとその双子が心配だから、その提案をしたんだ、別に断られたって構わないよ」
そう言って笑った。
屈託のない笑顔だった。
大きな碧眼、シャキッとした姿勢。年齢を知らずに婆さんを見たら、間違いなく、二十代だと答えるだろうと思えるほど婆さんは美しかった。
(ほんとに頭が上がらないな、これで六十代とか、もう女神としか思えない、まぁ女神って以前に言ったら怒られたけれど·····)
「それに、今のお前の顔を見ると、とても満足そうに見えるしね」
「そう、ですか?」
「あぁそうさ、初めてここに来た時と比べたら数段マシだ、あん時は酷かったからね」
思えば、初めてここに来てから七年ほど経った。初めて来た時はなんかこじんまりとした店だっけれど、今となっては店も拡大され、色々な商品が陳列されるようになってきている。
見ると、七年前はなかった怪しげなものも並べられている。
「あぁ、そうだ、そこでちょっと待ってな、あんたにちょっといいものをやるよ」
と言い、婆さんは立ち上がり、奥の、物置だろうか?まぁ物置みたいな薄暗い部屋へと入っていった。
しばらくすると、物置からでてきた老婆の手には犬?というか猫とも言えない、とても奇っ怪な動物を抱えていた。
「なんですか?それ」
「使い魔さ」
「へー、婆さんも使い魔持ってたんですね」
「あぁこいつは勝手に家に住み着いていたんだ、いつの間にかにな」
使い魔とは体を形成できないほど弱いソウルビーストが、犬や猫などの死体を依代として生きているものだ。
だから思考能力や、単純な力は本物のソウルビーストとは一歩遅れをとるが、本物とは違い人間の言うことを聞くのだ。
けど、個体数はそこまで多くなく、一体の使い魔を買うのに日本円で言う所の百万円位は必要なのだ。
だから一定の裕福な奴らが他人への自慢や護衛として使い魔を買っている。
使い魔も一応ソウルビーストなので、年数が経てば、Cランクくらいのソウルビーストは倒せるようになるしな。
「で、その使い魔がどうしたんですか?」
「やるよ」
「え?」
「だからやるって言っているんだ、この使い魔をお前に」
「は?」
一体、百万だぞ!?それをそんな簡単に!?婆さん、あんた一体何もんだよ。
「え?いや、え?え?いいんすか?え?」
やばい、もう動揺しすぎて、処理が追いつかない。
百万円を俺が飼える?まじで?俺が?この俺が?
「まぁこいつが懐けばなんだけどね、どうやらこいつ人見知りのようでね、来る人来る人におすすめしてるんだが、どのお客さんも気に召さなかったのか、お客さんのことを噛み付いてばかりでね、たまに私にも噛み付くんだ、ほとほと困っていたんだ、だからこいつの受け手を探していてね、どうだい?持ってみるかい?」
「はい、じゃあ試しに」
恐る恐る、婆さんから使い魔を受け取る。
噛み付かれるのが怖かったので、腕に力を入れていたのだが、噛みつかれることはなく、逆に腕を舐められていた。
これは·····
「めっちゃ、懐いているじゃないか」
「そう、見たいっすね」
「良かったな、じゃあ持ってていいぞ」
「本当にいいんですか?」
「何回も言っているだろう、さっさと持ってけ」
「そのー、ありがとうございます」
頭を下げた。
そして俺は婆さんの店、『魔女のアトリエ』を後にした。
『魔女のアトリエ』の前のこじんまりとした道の真ん中で俺は使い魔を天に掲げていた。
(これが、百万か·····)
耳は犬、顔と胴体は猫で柔らかい毛を纏っているこの俺の使い魔を見て、しみじみと思う。
まぁ売りはしないが、なんかこう、使い魔を金でしか見えなくなってきている。ちょっとやばい傾向かもしれない。
「さて、なんて、名前をつけようか」
「ミリオン?エターナルマネー?何がいいかな?」
「くわぁん!」
と俺がこの使い魔の名前を考えていたら、突然、己の体を振り、俺の手から凄まじい勢いで抜け出した使い魔は、大通りの方へ駆け出して行った。
「え!?ちょっと待て!」
しかし、使い魔は止まらない。止まるどころか加速している。
「いや待ってって!いやほんとに待ってそっちは不味いんだって!」
俺が全力で走っても全然追いつかない。
やばい、このままだと大通りに出る。あんな人がいっぱいいる場所には出たくないんだが。
仕方ない、使うか。
「クイックandディレイ」
そう俺が呟いた瞬間、俺の体はさっきまでとはまるで別物のように早くなり、使い魔のスピードは明らかに落ちていた。
(よしっこのまま!)
大通りに出るための細い小道に入っていった、使い魔を俺は必死に追いかける。
「あと、少しぃ!」
歯を食いしばり、足に力を込め、使い魔に向け全身全霊のスライディングキャッチを試みる。
それは成功し、何とか使い魔が大通りに出るのを防ぐことができた。
顎が地面によって、めっちゃ擦れた。痛い。
半身大通りに出ていたが、まぁこれは許容の範囲内だ。今は朝方だから人も少ないしな。
「ふぅ、危なかったー」
「何が危なかったのかしら?」
「え?」
俺がスライディングキャッチをして、ホッとしたのもつかの間、上から聞こえた声の方をむく。
瞬間、俺の毛穴という毛穴から冷や汗が出た。
その声の主は、桃色の髪を肩まで下ろしていて、その桃色の髪によく似合った、紫色のぱっちりとした瞳を持ち、背はおそらく低く、まだ、成人はしていないだろうと予測できた。
彼女を忘れるはずもない、そう、彼女こそ、最強暇人ヤンデレ女でありこの都市『レイヴン』の第二王女でもある、レイヴン・アダリーシア、その人である。
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