第2話温もり

俺は三歳の頃、前世の記憶というものを思い出した。


なぜだかは分からない、けれど唐突に前世の記憶を思い出したのだ。


そして気づいてしまった、この世界が『曇天の空の下で』というどうしようもないくらいの鬱ゲーだと言うことを。


この鬱ゲーの酷いところはまず、戦闘である。普通にレベル上げしようと男の主人公とヒロイン二三人連れて平野などに向かっても、普通に死ぬ。しかもその死ぬ瞬間の画像とヒロインの断末魔のテロップを入れてくるのだ。

もう悪夢でしかない。


さらに、ヒロインもヒロインでなかなかだ。

暇人ヤンデレ王女に、壮絶な過去を持つ女、そして、BLのめちゃくちゃ可愛い男。


最後のはヒロインと言えるのかは定かではないが人気はめっちゃあったな。人気投票ではだいたい上位にいた気がする。


そしてそんな個性豊かなヒロインでは飽き足らず、エンディングも酷いのだ。

なぜなら、主人公君がその手で、ヒロイン全員を殺して終わりというちょーバッドエンドなのだ。


そんな絶望的に救えない世界に転生してしまった訳ですよ、俺は。


しかーし!俺は『曇天の空の下で』を熟知した男!

この世界が鬱ゲーの世界だと気づいたその時から俺はある修行を始めたのだ。


その修行の内容とは、『スキル』の習得だ。


スキルというのは主人公達が物語終盤ある女神と出会った時にその女神から学んでいた神の技術みたいなものだ。

ゲームではそのスキルの特訓方法まで正確に記してあった為、この世界でその特訓をすることができたのだ。


スキルには魔力が必要ない。体得するのに必要なのはたゆまない努力だけだ。

そしてたゆまない俺の努力、三年間の努力の成果もあり、俺はスキルのうちの一つ『クイックandディレイ』を手に入れることに成功した。


『クイックandディレイ』とは自分の体を早くして視認した一人の相手の体を遅くする。という至ってシンプルなスキルだ。

だが、俺はまだ完璧に扱いきれていなく、スキルを使えば、体が痛んでしまう。今も若干痛い。

だが、このスキルがなければ、俺は今頃親に捕まり、奴隷商人に売られていただろう。


ほんとスキル様様、ゲーム知識様様である。


と、そんな昔のことに思いふけっているといつの間にか俺の家についていた。


草が少し生えている場所にそれは建っており、風を一身に受けて尚、堂々と·····いや決して堂々なんて言えないな、屋根としている布は今にも剥がれそうで、その屋根を何とか支えている木の棒は今にも折れそうだ。


風を凌ぐために四本の木の棒につけた壁替わりの布は傷だらけで、その仕事をほとんど成していない。

まぁこれでもウィーカーとしてはかなり良い生活の方だ。


ウィーカーのほとんどは奴隷として捕らえられ、愛玩動物として使われたり、ストレス発散のために使われたり、戦争の捨て駒として使われたり、どれもこれも自由がない窮屈で厳しい生活を強いられることになる。


だとすれば、俺の今の生活はかなりめぐまれているのだ。


そして、そんな俺の考えを強固にしてくれるのが·····


「ただいま」

「おかえりー、お兄ちゃん!」

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

垂らしてある布をかき分けて、そのおんぼろ家に入ると出迎えてくれたのは、一人の大人しめのショタと一人の元気な幼女だ。


この二人は俺の実の兄弟である。

俺は魔力計測の時、魔力がないことが分かった瞬間、その場から逃げ出し、家にいたまだ赤子だった双子の兄弟を抱え、親からの追走を何とか逃れたのだ。

あの時はほんとにギリギリだった。スキルがなければ絶対しんでた。


あれからもう七年ほど経つのか·····。

七年経った今、あの日0歳だった双子は今となっては立派な七歳へと成長していた。


俺はあの日のことを後悔している。もし、二人が魔術を使えなかったら、という想像を逃げている時にしてしまい、居ても立ってもいられず二人を抱えて逃げてしまったのだ。

そう、俺は二人の幸せな未来を潰したのだ。


「お兄ちゃん!今日ね!今日ね!私ね、魔術使えるようになったんだよ!すごいでしょ!」

「お兄ちゃん、僕も使えるようになったんだ、褒めて欲しい」

幼女の方は名前をルカ、ルカは天真爛漫でとても元気だ。

今もボサボサの赤色の髪を上下に揺らし、喜びをあらわにしている。


そしてショタの方は名前をヒュリと言い、ルカとは違い、とても静かだ。今も頭を俺に差し出し、上目遣いで俺を見てくる。

そうヒュリは目で訴えてくるタイプなのだ。


そうか·····二人ともやっぱり魔術の才能があったか·····。


魔術は七歳から使えるようになると言われている。魔力は七歳ぐらいの時に初めて体に馴染むらしい、それまでは魔力が垂れ流しの状態になっていて魔力の測定が上手くいかないんだってさ、だから魔力測定は七歳の時に行うのだ。

さらに魔術とはかなり曖昧なもので、簡単な魔術ならば、時に誰からも教わらなくても使えることがあるという。


まぁこれもゲーム知識なのだが·····。


「あぁ凄いな、お前達は立派な人間になるに違いない」

「「えへへ」」

俺の背の半分ほどしかない二人の頭をじゃがいもを地面に置いてから撫でる。

二人とも笑ってくれた。クシャッとなんの悩みも、何の恨みもないような笑顔を俺に見せてくれた。


「ねぇ、ねぇお兄ちゃん、その茶色いのは何?」

とルカはじゃがいもを指して、首を傾げてそう問う。


「んー?これはなじゃがいもと言って、いろんな料理に使うことができる最強の食材なんだぞ」

「ちょっと待ってろすぐに作ってやるから、それまで外で遊んでていいぞ、あ、けど草がないところには行くなよ」

「「はーい」」

二人は両手を上げ、いい返事をする。ほんとに二人とも立派に育った。

二人が赤ちゃんの時はどうすればわからず、泣かせぱなっしだったもんな。


そんな二人も魔術が使えるようになった。二人は俺みたいな弱者じゃ無くなったんだ。


今日がお別れの時か·····


魔術が使える者は都市に行けば何かしらの職業は手に入る。

それにヒュリとルカが魔術を使えるようになったら、雇ってくれる場所ももう見つけている。

あの都市の中で唯一俺に親切にしてくれた老婆の道具屋だ。あそこは都市の外れにあるが、老婆もそこにやってくる客も皆良い奴だ。俺があそこでたむろっていても、笑顔で話しかけてくれる。


だから今日が俺が二人に料理をふるまえる最後の日になる。


久しぶりに本気を出そうかな?


まず、じゃがいもを洗いましょう。砂がいっぱいついているのでね。

バケツに入った井戸の水でじゃがいもを洗った後、


薪とマッチを使い、火を起こす。

起こした後、薪を囲うようにおかれた鉄の上にじゃがいもを乗せます。

ちなみにこの料理用の鉄は道具屋の老婆から貰った。後ボロボロの包丁も貰った。さらに、家の周りにDランク以下のソウルビーストが来なくなる、御札も貰った。ほんとに感謝しかない。


そして切ります。刃こぼれした包丁でじゃがいもを薄く切った後、何度も裏返し、焦げ目が着くまでよく焼いたら·····


じゃじゃーん、素材の味フライドポテトの完成です!


「二人ともー、料理できたよ、戻っておいで」

外にいた二人を中に呼び戻す。


俺の家は日本で言う所の六畳くらいの大きさで、その半分をこの料理用の鉄が占めている。


残りの部分には藁で作られた布団が敷き詰められている。


しかも食器もないので、料理を食べる時は決まって、この鉄の上で食うことになる。


「「いただきまーす」」

俺たち三人は鉄の上に並べられたじゃがいもを一斉に食べ始める。

もちろん火は消してある。


「ほっ、ほっ、ほっ、あつ、あつ」

「ほら、ルカそんなに急いで食べたら、口が火傷しちゃうぞ」

「だって、美味しいんだもん!やっぱりお兄ちゃんは料理が上手いね!」

ルカはじゃがいもを熱そうにしかし、とても美味しそうに食べていた。


「美味しい、とっても美味しいよ、お兄ちゃん」

「そうか、良かった」

ヒュリもまた美味しそうに食べるのでつい頭を撫でてしまった。


そんな風に勢いよく食べた甲斐あって、じゃがいもはすぐに無くなった。


食事を終えた俺達は井戸周りで水浴びをした後、俺達は藁の布団に麻でできた毛布をかける。


そしていつもはこの時間に、日本にあった御伽噺を聞かせるのだが、今日は違う。


「なぁ二人とも聞いてくれ」

上を向いたまま、俺はそう聞いた。二人の顔を見たくなかった。

二人の顔を見たままだと、この話ができそうになかったから。

「どーしたの?」

「?」

返事をしたのはルカだけだったが、隣で物音がしたので、ヒュリも起きているのだろう。


「あのな、二人は今日、魔術を使えるようになっただろう?だから、明日からは俺の知り合いの老婆の家で働いてもらうことになると思う、老婆の家はちゃんとした木造で、料理も美味しいし、お金も貰える、今のこの辛い生活より、ずっと楽だし、楽しいと思う。だから今日で俺とはお別れだ」


あぁ、俺はどんな顔をしているのだろう。多分泣いているのだろう。俺の伝わる、生暖かい水の感触が俺にそう実感させた。

泣くな。俺はお兄ちゃんなんだ。二人を幸せにしないといけないんだ。


だから、”まだここにいて欲しい”なんて感情は捨て去らないと。


「何を言ってるの?お兄ちゃん、私わかんないよ?」

「僕も」

「え?あぁじゃあ、もう一回説明するな」


「違うよ、そういうことじゃないよ、私は今の生活に辛いと思ったことは無いし、お兄ちゃんが作る料理はいつも美味しい、それに寝る前に話してくれる物語もとーってもおもしろいよ!」

とルカは言う。


「僕もお姉ちゃんと一緒だよ、一緒に暮らすのが誰かも分からない所に行くのは嫌だし、それに僕はお兄ちゃんが大好きだから」

「私も!私も!」

二人の声が聞こえる。優しい声が、明るい声が。

あぁ、嬉しい。とても嬉しい。


「なぁ二人とも、俺に抱きついてくれないか?」

「「うん!」」

二人は麻の布団を投げ出し、俺の布団に潜り込んで来た。

二人の温もりを感じる。とても、とても暖かい。




世界は残酷だ。

弱者に厳しく、強者に優しい。そんな世界だ。けれど、そんな世界にも俺みたいな弱者にもこんなにも暖かく、こんなにも優しい瞬間があるんだ。

なら、この世界も悪いものじゃないのかもしれないな。














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