第1話弱者
この世界は最凶の鬱ゲーRPG『曇天の空の下で』というゲームの中の世界である。
俺はそのゲームの世界に転生してしまったのだ。しかも主人公とか、サブキャラとかではなく、物語に全く出てこないモブとしてさらに最悪なことに、奴隷として扱われる弱者として転生したのだ。
いやもうまじ訳分からんと思ったね。
『曇天の空の下で』は日本で発売され、とんでもない人気を博し、売り切れが続出するほどの大人気鬱ゲーだったのだ。
そう鬱ゲーだったのだ。
この世界の常識を軽く説明しよう。
時は神々がまだ存在している時代。日本で言う所の中世くらいの時代だろうか?この時代には魔術と呼ばれる特殊な技能を使う者達がいた。魔術というのは、己の体を流れる魔力を使い、外の世界に干渉する能力のことである。まぁつまり、手から炎を出したり、風を作り出したりするような能力のことだ。
しかし、この魔力というものがものすごく厄介なのだ。なぜ厄介なのかというと、この魔力は生まれつき持っているものと持っていないものに別れてしまうからだ。
そのせいでこの世界には弱者と強者で差別が行われている。
しかもその魔力を持っている者と持っていない者で身体能力的にも差が出てくるのだ。魔力を持たざる者、通称ウィーカーと魔力を持つ者とでは身体能力に数倍の差が生まれる。
そして最悪なことに俺はウィーカーだった。それがわかったのは七歳の時にした魔力計測の時だった。
普通の人は七歳になった時、魔力を持っているか持っていないかが分かる魔力計測というものを行う。
そこで、ウィーカーとその他の魔力を持っているものでわけられる。
そしてウィーカーとなった者は親によって奴隷商に売られるのだが俺は何とか売られる前に親から逃げることに成功した。
なぜ、そんなことが可能だったかと言うと·····
『ぎしゃぎじゃぎしゃ』
都市から離れた荒野を荒れ狂う風を一身に受けながら走っていた所に現れたのは、顔はおっさん、体は蟻、だった。
どうやら、今は説明できそうにない。
(ちっ!こんな時に!)
この世界には弱者も強者も共通の敵が存在する。
その名は”ソウルビースト”。
ソウルビーストは死んでしまった動物の心の怨念から生まれる。
日本で言う所の怨霊みたいなものだと思ってくれていい。だが、なぜこいつらが生まれて来るのかはわからないし、何故人間を襲うのかも分からない。ゲームでも明らかにはされていなかった。
『ギャジャァダダァァァァァ』
俺の体程の人面蟻はその体をバネのように跳ねさせ、口をめいいっぱいに開ける。
「”クイック”」
短くそう言うと俺の体は緑色の光で包まれた。
そしてそれだけじゃない、俊敏性も桁違いにあがっているのだ。
その俊敏性を生かし、人面蟻の攻撃を何とか躱す。俺が元いた場所は人面蟻の突撃によって大きな砂煙を上げていた。
(逃げねーと)
今の俺じゃあ、あの人面蟻との戦いはかなりギリギリなものになってしまう。
ソウルビーストには階級が存在する。
ちょっと大きめの犬くらいの大きさで一番弱いのが”Eランク”
さっきの人面蟻ぐらい大きいと”Dランク”
人を丸呑みできるくらいの大きさだと”Cランク”都市が壊されるくらいの大きさだと”Bランク。
ここら辺から普通の人間じゃ太刀打ちできなくなってくる。
次に一つの国が崩壊するレベルだと”Aランク”世界の滅亡、つまり人間の滅亡を覚悟しないと行けないレベルだと”神話級”という区分でソウルビーストは分けられている。
この階級は産まれてからの年数が経てば経つほど高くなっていく。
神話級のソウルビーストは確か三万年ほど生きなければならなかったはず。
(·····何とか巻けたか?)
さっきの場所からかなり離れた所まで来た筈だったのだが·····
『ぎしゃしゃじゃじゃ!!!!!』
「はっ!?」
涸れた荒野の地面の下から現れたのはさっきいたおじさん顔の人面蟻だった。
くっそ!そういやゲームでもこんなシーンあったな。
地面に潜って逃げたかと思えば、隙をついて地面の下から攻撃してくるのだ。
しかも、人面蟻は団結性が高く、殆どが塊になって動いている。
一体、一体はそれほどでもないのだが、集団となると訳が違く、油断するとどんどんダメージを食らってしまう。
これにより、育てていなかったヒロイン達は尽くやられていき、はらわたをほじくり返されたり、足を食われたりしている画像を見せられたあと、苦悶の表情で死んでいく時の痛々しい声に悶絶したプレイヤーは何人いただろうか?
ちなみに俺もその内の一人だ。
この人面蟻にどれだけ、憎しみを持ったことか·····って、そんなこと言ってるほど余裕ないんですけどね!
『ギャジャァダダァァァァァ!!!!』
「ぐっ!」
驚いた拍子でずっこけてしまった。しかし、それが功を奏し人面蟻の攻撃をかわすことが出来た。
が、手に抱えていたじゃがいもは散乱してしまう。
俺はそのじゃがいもを一瞥した後
「てめぇ、俺を怒らしたな、弱者を怒らしたら怖えってこと思い知らせてやる」
人面蟻を指さす。
対する人面蟻はというと
『ギシャギシャギシャギシャギシャ!』
笑っていた。醜悪に見下すように、汚い声で笑った。
「くっそ!なめやがって!」
「”クイック”!」
再び、その言葉を口にした。
(人面蟻の弱点はあの体の半分以上を占めているあの汚い顔面だ)
しかし
「がはっ!」
人面蟻の体当たりをモロに食らってしまう。俺の体を覆うものは布一枚。
人面蟻は俊敏で、攻撃はそこまでないが、俺の貧弱装備もあってそのダメージの大きさはかなりのものだ。
「けど!負けねぇからな!」
俺に武器なんてない。そもそも弱者が持つ武器なんて存在しない。
あるのは己の拳のみ。だから、こいつにどんだけ効かなくても殴り続けるしかない。どんなに当たらなくとも空を切ろうとも俺に殴る以外の選択肢なんてない。
「オラ!オラ!オラ!」
叫ぶ。こいつに気合いで負けたくないから。
「くっそ!」
しかし、俺のその必死のラッシュを嘲笑うかのように人面蟻は再び地面に潜り、俺の視界から姿を暗ます。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
やばい、疲れてきた。このままじゃ、あいつに殺されちまう。
そんなことはあっちゃならねー、俺は生きてきたんだ。今まで、この地獄を!こんな所で死んでたまるかよ!
見逃すな、考えろ、ゲームの知識をフル稼働させろ、、、そうだ、確かやつが地面から現れる時は決まって
『ギャジャァダダァァァァァ!』
俺の目の前だ。
「やっぱりな」
『ギャ!?』
「”クイック”」
地面から現れた人面蟻の顔面に俺の持ちうる技術を全て使い思っいきり拳を当てる。
『ギャジギギャギャジャァダダァァァァァ』
汚い断末魔とともに俺の手に胃液をかけ、絶命する人面蟻。その体は光の粒子となり消えていった。
これがソウルビーストが倒された時に辿る末路である。
人面蟻は犬や猫などの怨念から生まれたソウルビーストだ。だから喋ることはできないし、そこまで強くなかった。
まぁ俺にとってはとんでもなく強いのだが·····
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
そして俺は消えていった人面蟻に手を合わせた後、転がっているじゃがいもをかき集め、じゃがいもについてしまった砂を払ってから再び歩き始める。
「今日も生き延びてやったぞ!クソッタレぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺は砂嵐によって見えない空に向かい、そう吠える。
これは俺が死にかけた時に毎回天に向かって言っている言葉だ。
世界は残酷なのだから、世界は弱者に厳しいのだから、天に愚痴を吐く位は許されるだろう。
それに愚痴吐かないとやってらんない世界だからね!ここ。
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