第6話俺の物語
痛い。
俺の心の中を支配していた感情はそれだけだった。
何故ならば·····
「お兄ちゃん!お薬入りの水持ってきたよ!」
「おお、サンキュな、ルカ」
ゴクリとルカから渡されたバケツに入った水を飲む。
「ごふぁぁぁぁぁぁっ!?な、なんだこれ!?」
「?、お薬入りの水だよ?」
痛む体を無理矢理起こし、なんとかそのバケツの中身を見る。中には大量の草が入っていた。
「これが、お薬?めちゃくちゃ苦いんだけど·····」
「やったー!苦いって!ヒュリ!良かったね、お薬近い所にあって!」
「うん、やっぱり僕の予想は当たってたね、『良薬は口に苦し』って言ってたお兄ちゃんの言葉通りにそこら辺に生えてる、苦い草を採ってきて良かった」
めちゃくちゃ可愛く喜んでいるルカの言葉に答えるように自信満々にそう言うヒュリ。
ミスった。
教養の為と思って、日本にあった色んなことわざを教えたが、曲解して捉えていたらしい。
そしてさらに畳み掛けるように·····
「ねぇ?ヒュリ、怪我をした時に何をすると良いってお兄ちゃん言ってたっけ?」
「怪我をした時には藁を巻くのが良いじゃなかったっけ?」
「あぁそうだ!」
すぐさま近場にあった藁を持ってくるルカ。
「違う、それは熱を引いた時にはネギを巻くだ」
「あ!そうだった」
「お、俺のことはいいから外にいる使い魔のことを頼む」
これ以上、二人に介護されたら、俺は明日になったら死んでいそうだ。
まぁ介護してくれるのはめっちゃ嬉しいし、善意でやってくれてるから何も言えないのだが。
「えー、私、お兄ちゃんの介護がしたーい」
「ダメだよ、お姉ちゃん、お兄ちゃんはきっと一人になりたいんだと思うよ」
「ぶーー」
ルカは不貞腐れながらもヒュリと共に家を出る。
いやーファインプレーだぞ、ヒュリよ。あの調子で介護が続いてたら、俺の筋肉痛が二週間は続きそうな勢いだったからな。
使い魔に運ばれ、命からがらレイヴン・アダリーシアから逃げ延びた俺はそのことを二人には説明せずに、ただ、怪我をしたとだけ言った。
まぁ何故かと言うと特にないのだが、二人は俺の事大好きだからなー、俺を真似て、王女様を見た時に逃げるような無礼な大人にはなって欲しくない。
これがまぁ一番の理由だ。
ていうか、俺、あの時逃げずに王女様に媚びへつらっていれば良かったんじゃね?
·····いや、危険すぎるな、あの王女様なら、奴隷になっていない俺を捕まえ、自分のストレス発散用具にするに違いない。
ゲームではそんな描写は無かったが、まぁ俺の推測は大きくは間違っていないと思う。
使い魔に関しては最初見た時は二人とも驚いていたが、すぐに使い魔の可愛さに気づき、まだ俺が帰ってきて一時間もしてないのにもう既に懐いていた。
そういや婆さんがあの使い魔は人に懐かないと言っていたが、二人には懐いてたな·····。
「ねー、お兄ちゃん、外になんか変な女の人がいるよー」
「え?」
などと考えていると、外からルカの声が聞こえた。
と同時に、背中を駆け巡る悪寒を感じた。
「こんにちは、さっきぶりかしら?無礼で薄汚い
「っ!?なぜここに!?どうやって·····」
俺の家の布をたくし上げ、無遠慮に上がり込んで来たのは、さっき巻くことができたと思っていた人間、レイヴン・アダリーシアであった。
「あらあら、とても驚いているわね?けど、簡単なことよ、私はただ貴方の足跡を追ってきただけ、ただそれだけよ」
レイヴン・アダリーシアは自信ありげにそう答えた。
(ミスった、失敗した、ここまで俺に目をつけていたなんて思っていなかった)
「何が、お望みなのですか?」
俺は王女様の前なので起き上がろうとするが、それは叶わず、地面に仰向けになったまま尋ねる。
口調は丁寧に、王女様を刺激しないように丁寧に聞く。
「ふふ、急にかしこまったわね、まぁいいわ私の願いは至って簡単なものよ、貴方、私の奴隷になりなさい」
「··········いやだと俺が言ってしまったら?」
「そうね、この二人に私に恥をかかせた責任でもとってもらおうかしら」
「キャ!痛い!」
レイヴン・アダリーシアは近くにいたルカの髪を引っ張り、無理矢理自分の間合いに持ってきていた。
ブチッと俺の中でなにかが切れる音がした。
「おい、その手ェ離せよ、俺の妹になにしてんだてめぇ」
許さない。
俺の兄弟に手を出したこと後悔させてやる。
俺は怒りという感情だけで立ち上がる。身体が痛い、とんでもなく、あぁ今にも泣き叫びたい。けど、その前にあんのクソアマ殴んねーと気が済まねぇ。
「あら?何かしらその言葉遣いは?私は王女よ、しかも貴方を一瞬で死体に出来る力も持っている、そんな私に楯突くつもりかしら?」
だが、依然王女は堂々としたままだ。まるで俺の事なんか怖くないように。
「勘違いしているようだから、言ってあげるけれど、主導権は貴方ではなく、私にあるのよ」
「っ、、、、、、くっ、分かりました、俺は貴方の奴隷となることを誓います、ですからどうか、どうか、二人には手を出さないでください」
そう言って俺は王女様の前で膝を折り、そして頭を地面にこすりつける。
あぁ俺はなんて情けないのだろう。なんて弱いのだろう。
勘違いしていた。スキルを体得できたからといって、俺は弱者から抜け出せたわけじゃなかったんだ。Dランクのソウルビーストを倒せるくらいで調子に乗っていた。
そうだ、俺は弱者だ。誰よりも弱い者だ。それに今気付かされた。
あぁ、悔しい。それが何より悔しい。家族も守れない俺の弱さが憎たらしい。
だからここから、この位置から、この最底辺から、のし上がっていってやる。ゲームの知識も全部使って、壊さないようにしていた原作ストーリーも全部ぶち壊して、この王女様を見返してやる。絶対に強くなってやる。
ここから始めるんだ。俺の物語を。俺だけの『曇天の空の下で』を。
「ふふ、いい選択よ、けど貴方、もう立っているのも限界じゃない?」
「あ?」
そして俺はバタンとその場に倒れ込んでしまった。
どうやら、体の限界、だった、ら、し、い·····。
倒れ込んだ、男を見下していた女、レイヴン・アダリーシアは困惑していた。
(なんで、あの状態で立てたのかしら?彼の体はもうボロボロだった、血管ははち切れ、内出血が酷く、心臓の心拍数も落ちていた、さらに骨も至る所が折れていた。なのに何故、立てたのかしら?)
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!離して!離してよ!」
と考えていると手に持っていた、赤髪の少女が暴れだした、鬱陶しいので、手を離すと、その少女はすぐに、意識を失った黒髪の男の元まで走る。
「お兄ちゃん!!」
続いて、外にいたもう一人の小さき少年もまた男の元まで走る。
「くっ!許さない!僕が僕が、お前を倒す!」
「お兄ちゃんの仇は私がとる!」
そしてそのお兄ちゃんを庇うように二人の子供は彼女に立ちはだかる。
”なぜ?”
そう彼女は疑問に思った。
魔力の量はとは潜在的な所が大きい。もちろん魔力拡張の修行をすれば増えることは増えるのだが、魔力の量はそこまで急激に変わったりはしない。
そして魔力を持つものは、同じ魔力を持つものの魔力の量が見える。
それは大人でも子供でも同じだ。
だからこそ、圧倒的な差がある場合は、下手に出るのが普通なのだ。
むしろ、子供の方がそれは顕著だ。
だが、今彼女の目の前にいる二人の子供はどうだ?
抗っているのだ、彼女に。猛々しい瞳をもち、その瞳で彼女を怯むことなく見つめている。
「目障りね」
何故か、彼女はそれに苛立ってしまい、立ちはだかった子供達を首に手刀を当て気絶させた。
「私らしくないわね、なんでこんなにも苛立っているのかしら」
手を顔に当て、頭にある違和感を抑えようとする。
それと同時に横目で倒れている三人を見た。
その三人はまるで”家族”のように、一塊になって抱きしめあっていた。
意識はない。しかし、固く強固に抱きしめあっているように彼女には見えたのだ。
「っ、それが家族だとでも言うの?」
苛立ちをなんとか抑え、彼女は布製の家を出る。
そしてピー!と指笛を吹く。
しばらくすると、巨大な鳥というより、鷲が空から降りてきた。
『なにか、御用でしょうか?我が姫よ』
「そこにいる三人を乗せて、王城まで運びなさい」
『はっ』
この鳥は”
この鳥はかつて、都市レイヴンを襲ったBランクの怪鳥だったのだが、当時十歳だった彼女が出向き、拳一本だけでこの鳥を倒し、なんと暴力で手なずけて見せたのだ。
四年程経った今では、完全に従順な使い魔と化している。
補足として、Cランク以上のソウルビーストは喋れる個体もいる。
『でも何故、この三人を?』
「一人は私が興味を持ったから、残りの二人は·····この苛立ちの正体を知りたいから、そんなところね·····そんなことはいいの、いいからさっさと運びなさい」
『了解致しました』
嵐鳥は立ててあった、家をぶち壊し、中にいた三人を同時にくちばしでついばむ。
そして顔を振り上げ、三人を背中に乗せたことを確認した嵐鳥は羽を大きく広げ、飛びっ立った。
と同時に、彼女、レイヴン・アダリーシアも嵐鳥の大きな背中に飛び乗る。
そして彼女と人間三人を乗せた嵐鳥は荒野を背に王城へと向かった。
(私は何に、苛立っていたの?)
たった一つの疑問を残して·····。
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