第7話新たな門出

王女様の見た目年齢からしておそらく、まだ原作は開始していないだろう。


原作は王都にある、魔術学校通称『魔術高専』に主人公が通う所から始まる。


主人公君とあの姫様は同じ年代だから、今、この都市レイヴンにいるということはまだ原作は開始していないということだ。


じゃあ、まだ俺にもやりようはある。

この都市、レイヴンには原作の前にいくつかのイベントがあったのだ。

それはゲームではプレイ出来なかったが、確か、ものすごく有能な武器が手に入ったはずだ。

そしてそれは、あの王女様が持っていたはず、だから王女様がその武器を持っていなかったならば、俺にも手に入れられる可能性がある。

もし、あの武器を手に入れることが出来れば、俺はかなり強くなる。絶対に。


「お目覚めですか?」

「え?」

真っ暗な空間に響く、落ち着いた声。

俺はその声を聞き、何回か瞬きした後に目を開ける。


俺の視線の先にいたのは、初老の男性だった。白い髭を生やし、白い髪をオールバックにしていて、おでこの両脇から二本の髪を垂らしている。

と、いうか、この男、いや!このお方は!


「?、どうか致しましたかな?」

この落ち着いた声、この澄んだ碧色の瞳。そしてありえないくらい似合っているこの黒いスーツ。


間違いない。このお方は、王女レイヴン・アダリーシアのお気に入りであり、第二王女専属騎士団長でもあり、世界一の剣の使い手に贈られる称号『剣王』を持っている王女様に次いでのこの都市レイヴンの最強キャラである、名をビル・アイフゾクト。


彼はゲームでの負けイベント時に、いつも登場し、颯爽と我々プレイヤーを救ってくれた聖人なのである。

そして俺が大好きなキャラのうちの一人だった。

もちろん、人気ランキングもかなり上位だったぞ。



あぁ、もう一個言わせてもらうと、騎士団ってのはこの都市レイヴンにいる第一王子、第一王女、第二王女、それぞれにいる護衛団のような存在だ。

さらにプラスして、彼らは王女や王子の護衛の他に、城下町に出没したCランク以上のソウルビーストの処理を行っている。



「私の顔になにかついていましたかな?」

と俺がビル様の顔を凝視しているとビル様は少し戸惑った様子でそう聞いてきた。


「あ!いえ、すみません、少し戸惑ってしまって」

「ほっほっほっ、それもそうでしょうな、姫様に連れられてきたのでしょう?しばしそのベッドで休んでいていなさい、今から姫様を連れてきますので」

肩を揺らし、歳上の貫禄とも言える笑みを零してからビル様は部屋を出た。


え?何この優しい世界。


見ると、俺が今いる部屋は日本で言う所の十五畳の部屋で、部屋の隅っこに、クローゼットみたいなのが置かれている。部屋の中心には丸いテーブルが置いてあって、そのテーブルの上には立派な花が飾ってあった。

その花を照らすようにカーテンの隙間から日光が漏れ出ている。

今は朝だろうか?


そして床は布なんかじゃなく、木製だった。もうこれで、布の隙間から出てくる虫達に恐れないで済む。

それに体も何故か回復してる。2ndと3rdを使ったから、かなりの負担があると思ったんだけど、腕も首も足もめっちゃ回る。もうすごいくらい回る。


そして極めつけはこのベッドだ。もうふかふか、これのおかげで俺はよく眠れたのだろうな。



··········え?おかしくね?俺あの、ヤンデレ姫様の奴隷になったんだよな?なんでこんな好待遇な訳?しかもビル様の対応もなんか暖かかったし。

うーん、なんでだろ?


しばらく、腕を組んで考え込んでいると、ガチャと部屋の扉が開かれた。


「あら、ようやくお目覚め?随分と長いこと眠っていたみたいね」

「はい、お陰様でとてもよく眠ることが出来ました」

「ふん、もっと感謝する事ね、その怪我の治療を医師に依頼し、この部屋を用意したのは私なのだから」


扉を開けたのは、レイヴン・アダリーシアだった。

彼女は前会った時とは違う、ちゃんとした紫色のドレスを着ており、桃色の髪にもパーマがかけてあった。その姿、その佇まいは本当に美しかった。


っと行けない、俺はこの王女様をギャフンと言わすと決めたのだ。

見惚れてしまってはダメだ。しっかりしろ俺。


「あら、そんなに見つめて、私に見惚れてしまったのかしら」

「はは」

袖口で自分の口を隠しながら微笑む王女様から目を逸らす。まさか図星をついてくるとは。



「まぁいいわ、というより貴方、何故私に跪かないの?王女である私が立って、奴隷である貴方がベッドにいるのはおかしくないかしら?」

「は!すみません!」

やっべ、確かにそうだ、奴隷として買われて、さらにこんな好待遇をしてくれた王女様に跪づかないのは普通なら極刑ものだ。


身体を震わせながらも俺は王女様の前に跪く。


「ふんいい眺めね、いいわ許してあげる、そうそう、貴方の名前を聞いていなかったわね、貴方名前はなんというの?」

「··········」

見下すしたような低い声で王女様はそう聞いてきた。

俺の名前、、、余り思い出したくないな、あのクソ親を思い出すことになるから。


「俺に、名前はありません」

「そう、なら私がつけてあげる、そうね··········」

王女様はしばらく黙り込む。

なんか妙に緊張するな。



「よし、決めたわ、貴方の名前は”レイミル”そうレイミルがいいわ、史上最も愚かだった弱者の名よ、貴方にぴったりじゃない」

「は、ありがたき幸せ」


今日この日、俺に名前が与えられた。それは元の世界のものでもなく、この世界に生まれてきた時に与えられた二人目の親のものでもない。


それは親でもなんでもない、他者から与えられた偽物の名前。


レイミル、何故かこの名前は親から与えられた名前より、しっくり来ていた。

愚か者の弱者の名前だと王女様は言った。


あぁ、確かに俺にぴったりだ。だからそこで見てろよ王女様、そんな愚か者が偉業を成し遂げる姿を。



「承りました、姫様の奴隷レイミル、日々精進していくことを誓います」

「ええ、その心意気よ、私のために精一杯働きなさい」







ここに、一人の奴隷が生まれた。まだ力は弱く、なんの権利も持たないただの奴隷。

しかし、王女が名を与え、奴隷の男がそれを受け取るこの構図はどこか幻想的で、そうまるで神話の始まりのような、そんな雰囲気を纏っていた。







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