第5話レイヴン・アダリーシア

レイヴン・アダリーシアは暇人である。そして愛を知らぬ人間である。


以前までは父親と仲良く話していたのだが、父親が忙しくなり、話す機会が減ってしまったのだ。

五歳になった時には全く父親と話さなくなってしまった。


だから暇を持て余してしまった。その理由はやはり彼女の家族関係が大きな原因だろう。


王女だからという理由で、城にいつも閉じ込められ、話し相手は自分の姉か兄しかいない。

しかも話す内容は政治のことなどのつまらない話だ。こんな生活を六歳の頃からずっと続けているのだ。

ずっと、ずっと、約八年間、こんな生活を続けてきた。

そんな彼女が八年間の中で思った感情はたった一つだけだ。


”つまらない”


奴隷を罵る住民や、奴隷として子供を売る親、そして、その全てを見下す彼女達貴族。

皆同じなのだ。


皆同じような思考回路で動いている。大多数がいる方へ、楽な方へと動いている。自分の意思で動いている人間のどれだけ少ないことか。


彼女は面白いこと、面白い人間を探している。この満たされぬ欲望を、この空白の時間を満たしてくれる人間を探している。そんな人間を渇望している。


そしてその彼女のその欲望は叶えられる。一人の魔力を持たない汚い少年に出会ったことによって·····



本当なら彼女は今日も城で暇を潰すだけだった。だが、彼女は侍女達の井戸端会議を盗み聞きすることによりある噂をききつけた。

都市『レイブン』の外れの方にある城下町で、ウィーカーが盗みをはたらいていると、それだけならばごく普通のことだ。


この世界で、奴隷になった以外のウィーカーは犯罪を犯して生きていく他ないのだ。


しかし、彼らはとても弱い。犯罪を働けばすぐに捕まり、奴隷となる。だから彼女もその城下町で盗みを働いているウィーカーはもう捕まったのだな、と思い聞くのをやめようとしたのだが、その話には続きがあった。


どうやらそのウィーカーはまだ捕まっていないというのだ。しかも侍女達が言うに、七年程前からそれが続いているらしい。


興味が湧いた。

どんな人間なのだろう?どんな瞳をしているのだろう?七年間生き延びてきたのだ、それは常人ではできないことだと、つまり、その話は彼女を城下町に誘うには充分すぎたのだ。



そしてそこで出会った。

「ふぅ、危なかったー」

薄汚い布を羽織り、奇っ怪な動物を抱え、地面に這いつくばり、安堵の声をあげる黒髪の少年、いや青年か?と彼女は一瞬迷うが、そんなことはどうでもいいとすぐに思い直す。



彼女は感じ取った。彼が城で噂になっていたウィーカーだと。なぜなら彼には魔力がないのだ。普通の人間だと、体から立ちのぼる魔力が目を凝らせば見えるのだが、彼にはそれが全くないからである。


「何が危なかったのかしら?」

つい意地悪に聞いてしまった。状況的に見て彼は大通りに出たくなく、目立ちたくなかったのだろうと分かっていたのに。


「え?」

そして彼は彼女を視認した。

もしここで「王女様ぁぁぁぁぁぁぁ!?」なんて彼に騒がれてしまえば、ここら一帯は大騒ぎになってしまう。


しかし、そうなることを彼女が考えに入れていない訳が無い。

彼女はそうなることを未然に防ぐために、侍女から借りた普段着といつもパーマをかけている派手すぎる髪をストレートにして、どこにでもいる町娘を装っていた。


だから、彼女は自分が王女だとバレるとは微塵も思っていなかった。

「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!王女様ぁぁぁぁぁぁぁ!」


しかし、彼女の予想は大きく外れ、秒でバレてしまった。

そして彼は反転し、凄まじい勢いで逃げてしまった。


なぜバレた?

彼女は思考する。

(私はいつも城に引きこもっている、だから住民への認知度は低いはず、しかも変装していた、なのになぜ?そしてあの速さ、魔術を使えないウィーカーがどうやってあれほどの速さを?)


面白い。


彼は魔力がないのに絶望していない、普通のウィーカーは魔力がないと分かれば、生きることを諦めている絶望した瞳をする、しかし彼は違う。彼の瞳には生が宿っていた、死にもの狂いで生きてやるという意志が彼の瞳から感じられた。


あぁ彼のことをもっと知りたい。彼の全てを知りたい。彼を自分の物にしたい。


そんな感情が彼女を支配した。


そして彼女は笑った。こんなにも身体が高揚するのはいつぶりだろう、と、こんなにも誰かのことを知りたいと思ったのは初めてだ、と。



「うふふ、逃がさないわよ、貴方は私の所有物なのだから」

そして彼女もまた走り出した。


魔術なんかいらない。彼女が持つ化け物級の魔力をもってすれば、魔術を使わずともウィーカー位は捕まえられるだろうとの算段だったのだが、そこで彼女は気づく。


(?、体が重い?)

そしてすぐに足をとめ、自分の体を見る。手を見ても何も異常はない。足を見ても同じだった。


ということはつまり、彼が彼女になにかをしたのだ。それは魔術以外の彼女が知らない技術を使ったということ。


「あぁすばらいしわね、ますます欲しいわ、貴方はきっと私の空白の時間を埋めてくれる人間になるはずだもの」


「絶対に、絶対に、逃がさない」

そして彼女は目を瞑る。


「我が信念は他が独りの為に、我がおこないは全て我の元に、我は全てを欲するもの、我は神へと至らんとするもの、我が名はレイヴン・アダリーシア!原初神ゼウスよ、今一度我に力を貸したまえ」

「開け!ゼウス・レインフォーセメント、第五の門!」

瞬間、彼女はジャンプした。いや、ジャンプなどという生易しい表現では無い、あれはもはや飛翔だ。


彼女が持つ魔術、そのうちの一つである強化魔術【ゼウス・レインフォーセメント】は第一から第十までの門、つまりレベルがあり、その数字が上がっていく事に魔術を使った時の身体能力も上がっていく。


彼女は第五の門まで使うことができる。だが、第五でもかなり強い。おそらく、この都市『レイヴン』には彼女より強い人間はいないのでは無いかと思うほど、強い。


一回の飛翔で都市から抜け出して、荒野に行ける人間がいっぱいいてたまるものか。



そして彼女は笑う。

何故か?それは彼を見つけたからだ。


彼女の強化魔術は単なる体だけが強くなるものとは違う。彼女の魔術は全てを強化する。脚力、腕力、思考力、そして視力、よって、彼女はどこかへ行ってしまった彼をすぐに見つけることができたのだ。


「さぁ、鬼ごっこをしましょうか」

彼女は走り出す。彼女が足をついてそして地面から話す度に後方に砂煙が舞う。


これだけで彼女の脚力がどれだけ凄いかわかるだろう。


一秒事に彼と彼女との差が縮まっていく。だんだん近づいてく。

そしてあと少しで捕まえられると彼女が思った瞬間。


「クイックandディレイ3rd!」

と彼は言った。


彼が言った、その言葉の意味はよく分からなかったが、確かなのは·····


彼女の体がさらに重くなったということと、彼が彼女の目の前から消えたということだ。


(何かしら?今のは、彼があの言葉を喋った瞬間、私のスピードが格段に落ち、そして彼のスピードが桁違いに上がった、まるで瞬間移動かのように·····)


(もし、あれが彼、独自の技術だとすれば·····世界が変わるかもしれないわね)


「けど、おちゃめな所もあるようね、こんなに堂々と足跡を残して·····ふふ、すぐに迎えに行くから待ってなさい」


彼が地面を踏みつけた時に残った足跡を辿り、彼女もまた走り出した。




















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