第14話 英雄
ぴちゃ、ぴちゃ、と下水道にある水溜まりを踏み抜く音と共に、フードを被った一人の少女がランタン片手に現れた。
「ハッハッ!随分酷い有様だな、クサナギの」
少女は高笑いし、仰向けに倒れている侍のようなソウルビーストであるクサナギに話しかける。
『かっかっかっ、見事にやられてしもうたわ、すまんのぉ、マーリン殿、もうお主の計画に付き合えそうにない』
クサナギも幼女同様に高らかに笑う。
「それはもういい、計画の第一段階はもう既に完了したからのぅ」
『なんと、では決まったのか?”英雄”が』
「あぁ、丁度そこに転がっている少年じゃよ」
そう言って、幼女は血だらけになり、倒れている少年、レイミルを指さす。
『かっかっかっ、やはりか、どこかでそう思っとったわ』
クサナギは顔傾けて、レイミルの方をむく。
「あぁ素晴らしいぞ!この少年は!限りなく敗北に近い状況で、お前に挑める度胸がある!気概がある!それでこそわしが求める英雄にふさわしい!」
急に興奮した声を上げる幼女。幼女の頬は赤く染っていた。
『だが、そこまでの実力は正直ないぞ、本当に大丈夫なのか?』
「あぁ、実力はなくていいんだ。むしろない方がいい、力はない、だが、強き者に立ち向かえるもの、”死ぬかもしれない”を迷わず選択できる、そんな人材がわしは欲しい」
『そうか·····この小さき英雄がいずれ·····』
そしてクサナギは惜しむようにレイミルを見やってから、下水道の穴が開いた所から見える月に向かい手を伸ばした。
気づけば、クサナギの体から光の粒子のようなものが溢れ始めていた。
『あぁ、其の姿を一度は見たかったものだな·····』
『だか!我のこの長い化け物としての人生に悔いなど·····』
「いや、ぬしにはまだ働いて貰うぞ」
『え?』
かっこいいことを言おうとしたクサナギを遮ったのは幼女であった。幼女はクサナギの顔を覗きこみ、笑った。
「にぃ、我が信念は汝が元に、汝の身は汝の剣に、今、我が神、時の神クロノスに告ぐ。彼の者に新たな生を与えたまえ」
幼女が詠唱を終えた瞬間、クサナギの体を白色の光が包み込んだ。
『な、なんだ!?』
次第にその光はクサナギの隣にあった神剣にも及び始め、そして·····
クサナギというソウルビーストの体は消えた。
『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
するとクサナギが持っていた神剣から声が聞こえた。
「喚くな喚くな、今から説明してやるからのぉ」
『早くしろぉ!なぜ我が剣になっとるんだぁ!』
「ぬしにかけた魔術はソウルビーストを使い魔に変える為の魔術なんじゃよ、そして依り代としてぬしの剣を借りたまでのことよ」
『·····はぁぁぁぁぁぁぁ!?』
「なんか、ぬしテンション高いのぉ、さっきの塩らしさはどうした?」
幼女は耳を塞ぎ、心底やかましそうにクサナギ(剣)のことを見る。
『これが落ち着いていられるか、だって剣ぞ、我剣ぞ、はぁ、もう我何回生まれ変わればいいの、さっきのでかっこよく死ぬつもりだったのに』
「剣がそう嘆くな、剣が錆びる」
『というか、何故我喋れるのだ?』
「あぁ、そういう設定にしといた」
『·····マーリン殿、もしやおぬし結構すごい人なのか?』
クサナギ(剣)がそう聞くと、マーリンと呼ばれた幼女は無い胸を張り、腰に手を当てた。
「まぁそんな所かのぉ」
その幼女顔はフードで見えないが、おそらく誇らしげであっただろう。
『で?剣になった我だが、どうすればいいんだ?』
「ぬしにはこの少年の使い魔もとい剣となってもらう」
『··········なるほど、、、まぁいいだろう、この小さき英雄と共に生きれば、我ももっと長くこの世界の物語に立ち続けられそうだしな』
どことなく、クサナギ(剣)は嬉しそうにそう言った。
「ならば、決まりじゃ、ぬしはこれからこの少年と共に生きろ、そして·····いつか未来を変えてくれ」
その落ち着いた幼女の言葉は、余り声量は大きくないはずなのに、クサナギの心の中に深く刻まれた。
そんな幼女を安心させるようにクサナギは声を出す。
『あぁ、任せろマーリン殿、後、ちなみに聞いておきたいんだが、この少年の名はなんというのだ?』
「ん?あぁ、この少年の名はレイミル、ただのレイミルさ、後わしのことはこれから”マリン”と呼ぶが良い、ちとマーリンは目立ちすぎる」
『了解した』
その言葉を聞き幼女は翻し、レイミルの前に立つ。
「━━━━━━━━━━━━━━━彼の者の傷を癒し給え」
レイミルの前に立った幼女は詠唱を唱えた。
すると見る見るうちにレイミルの傷は癒えていく。
「ん?」
その恩恵か、レイミルは徐々に意識を取り戻し始める。
「強くなるんじゃぞ、この世界の未来の為に·····」
そう言い残した幼女は身を翻し、下水道の闇の中へと消えていった。
彼女の名はマーリン、世界最古の魔術師であり、魔術という技術を創った人間でもある。
彼女には生まれつき特殊な能力があった。
その能力とは未来を見通す能力である。
その能力で見れる未来は断片的でしかないが、確率はピカイチである。
そして彼女は見たのだ。今から数年後この世界が滅びるという未来を·····。
時は真夜中、月が街を照らしている時間帯。
都市レイヴンの王城、その屋根の上、そこに吹き荒れる風を一身に受けている二人の人間がいた。
「姫様、流石に覗き見はいかがなものかと·····」
「黙りなさいビル、これが私の楽しみなのだから」
タキシードをばっしりと着こなし、白髪をオールバックにした初老の男性は城下町を見下ろし、同じく城下町を見下ろしていた少女に話しかける。
少女は邪魔されて不快と思ったのか、じとっとした目でその初老の男性、ビル・アイフゾクトを見る。
「消えなさいビル、いくら貴方でも許されないことはあるのよ」
その少女は厳しい声調でビル・アイフゾクトを突き放す。
髪は桃色、瞳は紫色、そんな怪しげな雰囲気を纏った少女の名はレイヴン・アダリーシア。この国の第二王女である。
「·····貴方様の仰せのままに」
そう言い残し、ビルはその場から消えた。
「·········はぁ、これの何がダメだと言うのかしら」
彼女は深いため息を吐く。
彼女が行っていたのは、彼女の奴隷、レイミルの監視である。
彼女はレイミルに渡した片手剣に己の魔力を込め、レイミルの居場所を感じ取り続け、彼女の強化魔術による視力の強化で彼女はいつでもレイミルの姿を見ることを可能にしていた。
だが、デメリットとして姿を見るにはなるべく見晴らしのいい場所でなくてはならない。
「レイミル·····誰よりも愚かな弱者の名。そして·····誰よりも自由であった弱者の名·····」
彼女はそう呟く。
「なんで、私は貴方にそんな名前を与えたのかしら、自分でもよく分からない」
彼女は立ち上がる。その顔は充実感でいっぱいといった所だ。
「·····でもいいわ、とてもいいものを見せて貰ったから、帰ってきたら褒美を与えてあげる、楽しみにしておきなさい、レイミル」
妖艶に、心から嬉しそうに彼女は呟き、そして一瞬にしてその場から消えた。
「ん、んん?」
月明かりが差し込む下水道で、一人の少年が目を覚ました。
「ん、あれ?怪我が治ってる?え、なんで?」
目を覚ました少年、レイミルは自分の体の異変に気づき、自分の手や足や、胴体をじっくり観察する。
しかし、傷はどこにもなかった。
「··········まぁいっか、なんかもう考えるの疲れたー」
レイミルは考えるのを放棄した。傷は回復しても精神的疲労は残っていたのだろう。
「じゃあ、帰るかっと、危ねー危ねー神剣忘れる所だったわ」
レイミルはムクリと起き上がり、そばにあった神剣を手に取った。
「ありがとう、クサナギ、お前との戦いは俺に成長をもたらしてくれた、安らかに眠ってくれ」
ここを立ち去る前にとレイミルは振り返り、クサナギが元いた場所に向け、お辞儀をした。
これが彼なりの弔いなのだろう。
そしてレイミルはこの決戦の地である下水道を後にした。
(なんか説明するのめんどくさいから黙っとこ)
そしてクサナギ(剣)は口を閉じた。
堕ちた英雄クサナギ編 ~完~
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