目撃

 私は急いで後を追う。

 店内に入ると同級生の高松くんが怪しい仕草をしていたので何かしそうなことは容易に想像できた。

 けれどまさかスリッパを盗んだなんて考えもしなかった。

 どうしたらスリッパを嫌いになるのか小一時間問い詰めたいけど私の目的は窃盗犯に送信されたメールの内容、それに彼女が犯人だと特定出来る何かがあるはず。


「絶対に逃がさない……!」


 人混みの中をぶつからないようにジグザグに走る。

 もし、反対側に逃げられていたら無駄足だけど盗んだ物を燃やす必要がある。

 今回から彼女が追加したルールのひとつだろう。

 今までは盗むだけで良かった、だが恋人の有無も関係なくただ好きな人が自分のことを好きになってくれるのだそれなりの苦労は増える。

 だけど燃やすのは証拠隠滅のために入れたに違いない。


「目的地は河川敷」


 私は一目散で駅から一キロ程離れた河川敷へと向かう。

 郊外から離れるにつれて人混みも疎らになる。

 河川敷の隅っこマッチを手に取り火を起こそうとしている一人の人が居た。


「見つけた!」


 声を聞いて驚いたのか彼はスリッパを抱えて逃げようとする。

 けれど地面に落ちている小石にぶつかり転んでしまう。

 そして、私は彼が逃げられないよう左手を掴み後ろへと回す。


「高松くん、観念して」

「い、嫌だ! 僕は加藤さんと付き合うんだ、邪魔をしないでくれ!」


 彼はあまり目立つ人間ではなく、どちらかと言うと私のように影でひっそりとしている大人しい性格だ。

 その彼が私から逃れようと必死に抵抗する。

 小さい頃、体の弱かった私は強くなるために空手、柔道、合気道を日替わりでやらされてきた。

 なので鍛えていない人にはある程度勝てる。


「うわっ、うわぁぁぁああ──!?」


 彼が急変する。周りには黒い瘴気が纏い始めた。


「何これ?」


 危ないと判断した私は咄嗟に手を離す。

 すると瘴気はどんどん濃さを増していき、彼が見えない程に包んでしまう。

 かと思うとマグネシウムライターのように一瞬だけボッと燃え広がり消えていく。

 そして彼はうつ伏せのまま倒れる。


「高松くん!? しっかりして!」


 不覚だが彼を膝枕して体制を仰向けにする。

 そして生死を確かめる。

 息があり脈も正常の範囲内だ。

 あの黒い瘴気を浴びても市に至るような危険なものではみたい。


 でもあれは何?


「だ…………れ? いててっ……」

「えっ?」

 

 彼の意識がすぐに覚醒すると第一声は私が誰か分からないようで頭を抑えて痛がっている。

 

「すいません、一体何があったのですか? ここも知らない場所ですし事故にでも巻き込まれたのでしょうか?」

「まさか記憶が…………ない?」


 何と彼は記憶喪失になってしまっている。

 この場合、本当のことを教えると彼の脳に負担が掛かってしまい運が悪ければ一生記憶を取り戻すことが出来なくなってしまう。

 なのでここは一旦同級生のフリではなく、倒れていた高松くんをたまたま私が見つけた、そういう体でいく。

 

「はい、あなたは突然何者かに飛ばされていました。何処か痛むところはありませんか?」

「起きた時は頭が痛みましたが今は全然。所で……」


 顔を赤らめ、地面を見つめている。


「どうしたの?」


 まさか、あの瘴気にやられて熱でも出してしまったのだろうか。


「あなたは僕の彼女ですか?」


 呆れた。軽蔑の目を彼を見つめる。

 

 邪な感情がなく普通に聞いているだけなのだろうけど、記憶がなくなっているのにすぐにそれを聞けるってことは人間という生物はどれだけ愛に飢えてるのか。

 それとも彼自身そういう人間性で、記憶がなくなっても愛を求めているのかもしれない。


 どっちにしろ頭が痛くなってくる……。


「そうだメールは!?」


 彼の質問を無視して私は彼のスマホを勝手に操作する。

 ロックが掛かっていたので彼の腕を掴んで指紋を使い、勝手に解除させメールの一覧を探る。

 このご時世、メールの機能はあまり使われていない。

 ほとんどがアプリを介して連絡のやり取りをしている。

 なので今日送られてきたメールはすぐに確認出来た。

 確認は出来たんだけど……。


「嘘、ない……」


 どれだけ探しても今日届いたメールは三件で全部が迷惑メール。

 もしかしたらメールの本文に連鎖強盗の内容が隠されているかと思い確認するがやはり見つからない。

 試しにメールのところにあるゴミ箱を漁ってみるが何もない。


 徒労に終わり私は膝から崩れ落ちた。

 きっとこうなることを彼女は最初から分かっていた。

 分かっていたうえで対策をし決行した。

 今回も私はまんまと彼女の手のひらで転がされていたのだ。

 彼女のことだ、この状況を見てお腹を抱えて笑っているに違いない。


 それと同時に私は思い出す。


「カエデくん忘れてた」


 私は記憶喪失になってしまった同級生を交番まで連れていった。

 当然だろうけどお巡りさんは私たちのことを信じてくれない。

 けれど彼は必死に記憶がないことを訴えると渋々頷き彼はお巡りさんの所で親を待つらしい。

 同級生だが最後まで待ってるのは気まずいので用事があることを伝えて交番を後にする。


「あの人は私のせいで記憶を……失態」


 交番を出てから私は自分の二の腕の裾をぎゅっと握る。

 それほど私は悔しかったのだ。

 少し前までは早く死にたいと願っていた。

 いや、それは今も変わらない。

 けれど私が死ぬのはこの事件を終わらせてからだ。

 でないと彼女がこの街を、この世界をめちゃくちゃにし兼ねない。


 それを止められるのは私だけ。


 改めて「自分に枷られた使命を実行するのみ」と言い聞かせてカエデくんの元へ戻ることにした。



 ☆



「この公園に来るのも久しぶりだな」


 俺は月先輩に言われた通り駅の近くにある公園へとやってきた。

 入って正面とその後ろには四つのベンチが並んでいた。

 お昼時と言うこともあってかサラリーマンや学生などがご飯を食べたり談笑したりしている。


 確か陽先輩は入って右から二番目のベンチがオススメだと言っていた。

 普通ならばそれを信じて座っていたかもしれない。

 だが月先輩は陽先輩のことを外道という、何か仕掛けている可能性があるだろうし、右から二番目のベンチは既にサラリーマンが横になって昼寝をしてるので占領されている。


「隣でいいか」


 俺は右から二番目ではなく、左から二番目のベンチに座って待つことにした。

 もちろんスマホを使ってアニメを見ながらだ。

 

 それから三十分後、疲れた顔をした月先輩がやってきた。

 その様子からしてあまり芳しくなさそう。


「おかえりなさい、先輩。遅かったですね」

「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあって遅くなってしまった」


 頭を下げて謝罪する。

 第一声に「何の成果も得られませんでしたよー!」と言われるかと期待したが先輩がそんなこと言う訳ないよな。


「いえいえ、気にしませんよ。それで……どうでしたか?」

「食べながら話す。はいこれ、どうせカエデくんは気が利かないと思ったから買ってきた」


 いつ戻ってくるのか分からないし温くなったら美味しくないと思って飲み物を買っていなかった。


 まあ気が利かないのは本当なんですけど!


 先輩から何があったのか一通り聞かせてもらった。

 黒い瘴気……記憶喪失……連鎖強盗すら非日常的だったのに更にその上が出てきたか。


「なるほど……今回からは燃やさないと叶わないんですね。それに黒い瘴気や記憶喪失だなんて」

「前者はメールが来た人しかきっと分からない。でもすぐにみんなに広がると思う。そして後者は私のせい、私が高松くんに接触しなければあんなことには……」


 どうして先輩はそんな情報を知っているのか訊ねたかったが、それより同級生のうんこ君が記憶喪失になってしまったのは自分のせいだと俯いて責めているように見えた。


「気にすることないですよ、先輩。たかが自分の恋のために盗みを働かせたんです、それ相応の罰がなければおかしいですよ。まぁ記憶喪失はやり過ぎかもしれませんが」


 慰めるために言った訳ではないが、先輩はニコッと笑い始める。


「ふっ、あなたは本当に変わっている」

「先輩ほどでは……ありませんがね。あ、そうだ! あのピザ屋で陽先輩がアルバイトしていましたよ。何でも今月からあそこで働き始めたみたいです。それと公園に入って右から二番目のベンチを勧められました。どう思いますか?」


 先輩ほどでは……の辺りでこちらを睨みつけ始めたので話題を変えた。

 睨んだ目付きは段々と驚きに変わっていく。


「何か企んでいるのかも。カエデくん、気を付けて」

「気を付けてって言われましても特に何をどうすることも出来ないんですけど?」

「それもそうか」


 注意を促す先輩だったが俺の言葉を聞いて苦笑にも似た笑いを浮かべていた。

 本当に気を付けるべきなら言われた通りにベンチに座らなければいいし何なら公園に入らなければ良かった。

 ここに来て三十分ほど経過しているが何も起こっていない。

 

「……………………ぁぁ、すいま……せん」


 隣のベンチで寝ていたサラリーマンの男性が俺たちに声を掛けてきた。

 声が小さくて気が弱そうな人だと思った。


 ピザが美味しそうに見えたのか?


「カエデくん、逃げる」

「ええ!? ちょっと、先輩!?」


 まだろくにピザを味わっていないのに先輩は俺の腕を掴むと公園を出ようとしていた。

 もちろん持っていたピザはそのせいで地面に落としてしまう。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛──」


 サラリーマンの男性は俺たちの座っていたベンチにうつ伏せになると奇妙な声を発していた。


 まるでヒトではなくゾンビのように。


「どういうことですか、先輩?」

「話は後。あれに捕まったら終わり。なんて厄介なものを……」


 訊ねるとキリキリと奥歯を噛み締めて腹が立っているようだった。

 サラリーマンの男性は立ち上がり汚いイナバウアーを披露するとその姿勢のままこちらへ向かってくる。

 走りづらそうな格好なくせに速い。


「こっち!」


 公園を出てすぐに路地裏へと引っ張られる。

 とても狭く俺がギリギリ通れるくらいの狭さだ、なので手を離される。


 別に名残惜しい訳ではないのだが寂しい。


 先輩は小柄なのですいすいと奥へ進んでしまう。

 俺はというとゆっくり進むので精一杯だった。

 するとそこへサラリーマンの男性が追いついてきた。

 

「先輩……もう俺」


 ひと一人分の距離まで近づかれてしまいあっという間に肩を掴まれる。

 力が制御出来ないのか肩の骨が砕けていそうな程痛い。


「──はぁ!」


 先輩は俺の頭を踏み台にしてサラリーマンの男性の後ろへと移動すると裾に仕込んであったデザインカッターを取り出して背中に切り付ける。

 その背中からは大量の緑の鮮血が飛び散った。

 流石に血は浴びたくなかったのか今度は壁伝いに俺の前へと戻る。


 最初からそんなこと出来るならやってくれよ……。


「学校に行く」


 駅から学校までは三キロほどあるのでバスに乗って行きたかったがバスの運転手やお客がさっきのサラリーマンみたいにゾンビみたいになっていたらと考えると走って向かうしかなかった。


 それから大した会話もせずにひたすら学校を目指して走る。

 お昼時はゆうに過ぎて今やおやつの時間にさし迫ろうとしていた。


「はぁ……はぁ、つ、ついた〜」

「カエデくんはもう少し鍛えた方がいい」


 まだ数回しか入ったことのない部室だが今は不思議と我が家並みに落ち着く。

 俺はパイプ椅子に座るとぐったりとして呼吸を整える。


「折角だし部活をする」

「いやいや、月先輩。それより大事なことがあるんじゃないですか? あれは一体何なんですか? それにあの時は助かりましたけど人を切るだなんて犯罪じゃないんですか?」


 天文学の本を広げて読み始めようとする先輩を止めてしつこいばかりに訊ねた。

 怪訝そうな顔を浮かべているが俺は間違っていないと思う。


「長くなる。それでも?」

「はい、あれは俺を狙っているように思えました。この先またああいうのに出会すかもしれませんので」


 本を閉じてどうやら要求を飲んでくれるようだ。

 俺は頷き覚悟を決めた。


「そう」


 本を本棚に戻して座り直すと俺の顔をじっくりと見る。

 改めて女の子に視姦されると興奮に似た高揚感を覚えた。

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