ゾンビ

「あれは多分私が来るまでは人だった・・・もの」


 俺を見つめながら先輩は真面目に喋り始める。


 確かに先輩が来る前までサラリーマンの男性は特に変わった様子もなかった。

 ごくごく普通のサラリーマンが朝早く出社して嫌いな上司にこき使われながらも、昼はベンチに寝そべり午後に向けて英気を養う……そんな風に思えるほど普通だったのだ。

 上司にこきを使われるのが普通だと考えてしまう俺は、この日本という社会に毒されてしまったのかもしれない。


 それよりもだ……。


「だった、ってどういうことですか?」

「あそこのベンチに細工がしてあった……いえ、私達が座っていたベンチ以外全て。あの周りにいた人は全てゾンビになってしまったと思ってもいい」

「そんな……」


 疑問に思い訊ねてみると先輩はあそこに居た全員がゾンビになったと言っている。

 俺は先輩の予想を受け入れることが出来ず、俺たちがここへ来てしまったせいで彼らはゾンビになってしまったと思うと、驚きと落ち込みが合わさり何とも言えない気持ちになってしまった。


「だけど誰にも気にされない。きっと家族もみんなゾンビになっていると思う。それにあそこに学生が居たの覚えてる?」

「同じ制服を着ていたので覚えてますよ。流石に学年までは見てなかったですけど」


 追い討ちを掛けているのか、それとも俺に気遣ってくれているのか分からないが優しく訊ねる。

 俺は覚えていることだけを先輩に伝えた。


「その人たちみんな連鎖強盗に関わった人」

「みんな!? 確かバレた人は停学処分になってるとか」


 先輩はさも同然に俺ではなく、俺の後ろにあるドアを見ながら教える。

 その一言に俺はさっきの落ち込みなんてとうに忘れて、驚きが100%になっていた。


「そう、だから彼女は惜しみなく自分の駒として利用している」

「陽先輩……ですか?」


 こくりと頷いた。

 それは否定ではなく紛れもなく肯定だ。


「もしかして、俺が陽先輩を警戒して二番目のベンチ以外に座ると分かってて喋っていたんですか?」

「だと思う。仮にカエデくんが二番目のベンチに座ればラッキーとでも思っていたはず」

「それなら全部のベンチに仕掛けておけば良かったんじゃ?」


 俺の予想は当たってしまう。

 陽先輩はそこまで策士なのだと思い知らされるが、そんな技術があるのなら全部に仕掛ければ良いはずだ。


「仕掛けるのに時間がなかったか、最悪ゾンビになった人に襲わせればいいと考えてたんだと思う」

「でもなんで俺が?」


 ピザ屋のバイトも入っているからか仕掛ける時間は限られているのだろう。

 夜にやってたら目立つし、当日の早朝でなければ不要にゾンビを増やしてしまうだけになってしまう。


「それは……私のせい」

「え?」


 申し訳なさそうに俯きながらぽつりと呟く。

 俺がどういうことか驚いていると続けて話し始める。


「私がカエデくんをこの部に勧誘してしまったからだと思う。ごめんなさい……」

「それと何の関係が……はっ!?」


 俺の脳がフル回転する。

 その速さは光よりも速く地球を三回転半回る程の速度だ。

 そして、瞬時に答えを導き出す。


「俺が……モテている!」

「違う」


 先輩は速攻で否定し、俺の脳内で地球が六等分されていった。


「私が気に食わないはず。彼女は昔から何でもできた、勉強もスポーツも家事だってそつなくこなしていた。私はいつも二番だった」


 月先輩は淡々と過去のことを語っていた。


 あれー? それだけだと聞くと月先輩が憎みそうなんですけど。


「でも彼女にはどうしても出来ないことがあった。完璧を求めるが故に常にトップでいなければいけなかった、だからずっと二番の私を羨ましく妬ましく思っている。彼女は下になることを許されていなかったから」

「上に立つ人の苦労ってやつですかね? 万年最下位争いしてる俺には分からない領域ですね」


 出来ないことって美里みたいに料理が出来ないとかそういうものかと思っていたが、一般人には到底理解出来ないようなものなのだろう。

 まあ逆で言うと一位が羨ましいとか思うようなもんか。


「そして彼女はある時を境に狂っていった……境って言うほどハッキリとしているものじゃないけど」


 先輩は小さく一呼吸をした。


「最初は小学校低学年の頃、飼っていた鳥をバラバラに解体していた。彼女がいつも世話をして大切にしていたはずなのに」

「うわぁ……あの顔からはとてもじゃないですけど想像出来ませんね」


 と先輩には言っているが、あんな顔をしたヤンデレヒロインを俺は知っている。

 主人公のことを陰ながら好意を寄せていて、ある日、彼に彼女ができるんだ。

 そうしてヤンデレヒロインは、彼の彼女を誰の目にも入らないよう慎重にそれでいて迅速に物理的に葬り去る。

 それで傷心した彼を慰めつつ、彼女のことを諦めた彼はヤンデレヒロインのことを好きになっていき……殺される。

 

 たまにこういったゲームをプレイするが未だにヤンデレヒロインの気持ちは分からない。 


「次は人をバラバラにしていた」

「……人を?」


 ヤンデレヒロインのことを考えていたせいか、 聞き間違えかと思って訊ねてみたが頷いたので間違いではないようだ。


「でもそれは私と彼女しか知らない。病気で死んだことになっている」

「どうして二人しか知らないんですか?」


 人を解体しておいて病気だなんて言い張れるのだろうか。


「その場には私達だけだったから。それからどんどん彼女は裏でコソコソ動いて事件事故を引き起こしてきた。私はそれをずっと止めてきた。でもまさかあそこまで完成度の高いゾンビを作り上げることが出来るだなんて思わなかった」


 歯を食いしばり、とても悔しそうな表情を浮かべる。


「ってことは月先輩は前にも──」

「あー! カエデだー!」


 前にもゾンビを見たこと上がるのか? と訊ねようとした瞬間。

 ガラガラと音を立てて誰かが入ってきた。

 ゾンビの話をしていたのでまた現れたかと身構えたが、そこに居たのは予想外の人物だった。


「なんだ美里か」

「なんだ、とは失礼な! カエデの幼馴染の超絶可愛い美少女、美里ちゃんだぞ!」


 ぷんぷんと怒ったかと思うと目元にピースを当てて決めポーズをとっている。

 超絶かどうかは人によるが確かに美里はそこら辺の女子よりは顔立ちが良い。

 だが三次元では受け入れ難いその痛いポーズのせいで可愛さは半減どころか激減だ。


「この話はお終い」


 再び棚に向かい本を取りだし読み始める。

 他言無用と言わんばかりだ。

 まあ誰かに言っても実際に見なければゾンビなんて信じれないし怪しがられるだけだ。


「ん? 二人で何の話してたんですか?」

「別に大した話じゃねぇよ。来週に流星群が来るんだとよ。それより今のは先輩に対する自己紹介だったのか?」

「へーそうなんだ……おとと、これは大変失礼しました。私は一年の東堂美里であります!」


 美里は月先輩に向かって敬礼をする。


 何故敬礼してるんだ。

 体育会系の人間は目上の人に向かって敬礼をするものなのか?

 どちらにせよ自己紹介をさせることで話の内容に触れずに済みそう。


「荻野月、よろしく」


 こちらは落ち着いていて軽く会釈をするだけだ。

 少しだけ敬礼をする先輩も見てみたかったな。


「それでどうして美里がここに居るんだ?」

「先輩に「男女が手を取りながら三階に上がるのを目撃したから見てきて!」って言われたんだよ。まさか、カエデだったなんてね。もしかして二人とも……」


 美里は目を見開き、自分の手をパーにして口に当てている。


「なんだよ」


 嫌な予感しかしない。


「お邪魔でしたかね。げへへ」

「気持ち悪い笑い方するなよ」


 美里は自分の後頭部を抑えてゲスな笑い方をしている。


「カエデくんより気持ち悪くない」

「先輩、それより美里に誤解されてるけど良いんですか? このままだと月曜には俺たちの噂が全学年に広がりますよ」


 俺が気持ち悪いのは否定しない。

 だけど美里が噂をばら撒いたりしたら健あたりが絶対うるさい。

 それに家に帰ってもあかりと美里の質問攻めが始まりそうで俺は帰ってもアニメが見れない不安でいっぱいだ。


「それは不味い。人生最大の汚点」


 そこまで言わなくてもいいじゃないですか……。


「あはは、そこまで言われるだなんて少しだけカエデのことが可哀想になってきたよ。やっぱりオタクに恋は厳しいか」

「別に良いんだ。二次元には俺の嫁が……俺の帰る場所がある!」


 先輩のきつい一言で美里は俺たちはそういう関係でないと理解してくれたようで、それはそれで助かった。

 でも言い方が言い方なのでカエデくんのガラスのハートはベキベキとヒビが入ったような気がする。


「あ、そうだ。もう練習も終わるし一緒に帰らない? 先輩もどうですか!?」

「私は用事があるから二人で帰って。カエデくん、今日の部活動はここまで」


 お払い箱のようで先輩は俺に「しっしっ」と手を払って行けと命令する。

 さっきまで真剣に俺を見つめていたくせにこうやってやられるとゾクゾクしてくるな。

 まあ幼馴染が来たから気を遣ってくれたのだろう。


「それじゃ先輩。また月曜に」

「さよなら」


 別れの挨拶を交わし俺と美里は帰ることにした。

 公園での出来事が忘れられず辺りを警戒して帰ったのだが何をしてるのか分からない美里は「不審者が隣にいる」と言って何故か楽しそうにしていた。

 

「私、今日はママ居るからそのまま帰るね」

「おう。おばさんによろしくな」


 そうして互いの家に帰宅する。

 玄関には既に靴がありあかりも帰ってきてるようだ。

 スマホで時刻を見るともう五時を回っていた。

 

「ただいまー。もう帰ってたんだな」

「おかえり、お兄ちゃん。まさか出掛けてたなんてね」

「いきなりうちに訊ねて来たやつが居てな」

「ああ、健くんだね? 私はあの人苦手だよぉ」


 手洗いを済ませてリビングに行くといつもの場所であかりはタブレットを操作しながらテレビを見ていた。

 リビングも自分の部屋も掃除すらしてないが開口一番で言ってこなかったのでバレてないだろう。

 それより話題は健の話になってあかりは嫌そうな顔をする。


「それは俺も同感だ」


 本当は月先輩なんだが本当のことを教えると興奮しかねないので言わないことにした。


「どうして健くんはみさとちゃんのことが好きなの?」

「中学の時に何かあったみたいだな。でもこの前、陽先輩を見て一目惚れしてたみたいだぞ」


「陽先輩?」

「そっか、あかりには教えてなかったな。月先輩のお姉さんだ。黒髪ロングでとっても綺麗な先輩なんだ」

「面食いキモキザ男。女の敵」


 陽先輩のことを教えると目を細め小声で健を憎む。

 確かに健は面食いかもしれん。

 それにあの性格だ、女の敵というより人類の敵かも。


「あかりだって十分可愛いだろ」

「えへへ〜。あ、可愛いと言えばピザ屋さんで可愛い人がバイトしてたんだよ、その人も黒髪で綺麗だったなぁ」

「あー、多分それが陽先輩だ。ポニーテールしてたろ?」


 褒めながら頭を撫でると嬉しそうにしている。

 それで頭が活性化されたのか、可愛いというワードで思い出したのか、まあ後者だろうがあかりがバイトの人を褒めていた。


 俺は反射で答えてしまう。

 まあ別に秘密にすることではないし、あのバイト先では陽先輩が輝いて見えるほど可愛かった。


「うん、ポニテしてた! でも何でお兄ちゃん知ってるの?」

「前に本人から聞いたことがあってな。それにピザ屋の店員はだいたいポニテだ」


 疑問に思ったあかりに大してそれとなく適当に答える。

 今日行ったと知られれば「ピザじゃない方が良かったよね」としょんぼりさせかねない。

 それに一切れしか食べていないのであのピザ屋のピザはもっと食べたい。

 

「そうなんだ。お腹空いたから早いけどご飯にしよ〜」


 特に疑うこともなく俺も腹が空いていたので念願のピザに舌鼓を打った。

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