おっふ
先日のゾンビ騒ぎから数日が経った。
あれを境に何かが変わることはなく俺の生活はいつも通りだ。
妹のあかりには毎日小言を言われるし、美里は毎朝力強く起こしてくれてそのまま一緒に登校をしている。
その後は毎朝見回りをしている陽先輩と挨拶を交わしたりするが普段と変わらず、この人が元凶とはとても思えない。
月先輩とは部活で顔を合わせるだけであれからゾンビについてや連鎖強盗ついては話をしていない。
いつも下校時間まで無言で本を読んでいるだけだ。
シチュエーションとしては美少女と二人きりの部活動……とっても良いのだが全然キュンキュンしない。
そして週末になり高校生になってから二回目の休日を迎えようとしていた。
「カエデくん、こと座流星群は行かないんだよね?」
「はい。家でアニメを見るので」
今日初めての会話で別にテンションが上がった訳では無いがキリッとし顔をして先輩を見る。
先輩はというと鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けた顔をしていた。
目の下には青ざめたクマがあり睡眠不足にも見える。
「そう……」
「先輩!?」
いつものように短く返事をしたかと思うと前のめりで倒れかける。
流石にこの部室の狭さなので倒れる前に支えることが出来た。
いくら寝不足でふらついたからと言ってもこんなことしたら殴られかねないかも。
「ごめんなさい。ちょっと疲れが──」
謝り俺の肩を掴んで起き上がろうとしたが先輩は力尽きて俺に全体重をかける。
寝てるのか気絶したのか分からないが起きていないのは確かだ。
「はぁ、何にせよこのまま部活は続けられないな」
本を適当に本棚に戻し先輩を背負いスクールバッグを二つ分持って保健室へと向かった。
もちろん部室の鍵はきっちり締めた。
三階から一階にある保健室を目指す。
背負って居るので背中からは先輩の柔らかい感触と甘く良い匂いが伝わってくる。
あんなに機敏に動けて強いのに筋肉がついてゴツゴツしている感覚はなく、ただ体が引き締まっていて無駄な肉がないだけなんだな。
これが俺じゃなければ獣になっていただろうに。
「それにしても先輩軽いな。まるで綿みたいなんだが」
美里より小さくて見た目は華奢だからこんなもんか。
この歳になって女の子を背負うことってそうそうないから分からないだけだろう。
軽かったお陰で苦労することもなく簡単に保健室へと辿り着いた。
中に入ると保健室の先生は居らず静まり返っていた。
どうして保健室の先生は大事な時に限って居ないものなんだか。
「よいしょっと」
先輩をベッドに寝かせて様子を見る。
うなされているということもなくスヤスヤと眠っているだけだった。
気絶からの眠りに入ったか?
日に日に口数も減っていたし連鎖強盗を止めるために裏で動いてたんだろうな。
俺は無意識で先輩の頭を撫でていた。
こうやって寝ている姿を見ると何処となく、あかりを思い出させるからだ。
「こと、座……流星群……」
先輩の口が微かに動いた。
流星群を余っ程楽しみにしていたのだろう。
今度はじいさんを思い出させてじいさんは元気かな? と考えると同時に先輩はこのまま寝かせておいて俺が流星群の動画でも撮ってやるか。
などと考えていると急に視界が暗くなる。
「だーれだ!」
悪戯な笑みを浮かべた声がする。
それよりも俺は興奮を覚えてしまう。
なんて背中には生まれてから一度も感じたことのない柔らかみが伝わってくる。
月先輩なんて百人居ても叶わない。
「おっふ……」
気が付いたら俺は変な声が出ていた。
「もう、ちゃんと答えてくれないなんてカエデくんは意地悪ですね」
むすっとした声とともに視界が晴れる。
視界が元に戻ったので俺は声がした後ろの方へと振り向く。
そこには陽先輩の姿があった。
背中にまだあの感触が残っているので自然と俺の視界は顔ではない部分を凝視してしまう。
大きいとは思ってたけどまさかそこまでとは……。
「女の子にこんなことされるのは初めてなもんで緊張してしまいました」
「それなら許します。ところで月はどうしたんですか?」
どう切り替えそうかと思い初めてだと伝えると許して貰えたそうだ。
だが話題は月先輩になってしまう。
ここはどうするのが正解か?
陽先輩に本当のことを打ち明けるか、誤魔化してその場をやり過ごすか。
本当のことを教えると陽先輩は月先輩に何かしたりしないだろうか。
また誤魔化してもどうせ嘘だとバレてしまう。
どうせバレるなら後者の方がいいか。
俺は唾を飲んで気合を入れた。
「実はですね──」
「いったたー!!!」
俺が誤魔化そうとしていると膝を抱えて保健室に突っ込んでくる少女がいた。
陸上部で紛れもなく俺の幼馴染である美里だ。
どうやら転んで擦りむけたらしい。
「大丈夫ですか!? いま手当をしますね」
陽先輩は一応怪我人である美里の元へ一目散に駆け寄る。
その場凌ぎにしかならないがカーテンをしてあちらからは俺たちのことを見えないようにした。
まあこっちからも見えないんだが。
そうして手当は数分のうちに終わり、美里とついでに陽先輩は保健室を後にしていた。
美里の状況を陸上部の先輩や顧問に伝えるためか。
どうせ美里のことだ他の子が一緒に着いていこうとしていたのを断りここまで一人で来たのだろう。
「今のうちに逃げる……って言ってもどこに」
保健室には居ない方がいいだろう。
でも学校内に寝かせられるような場所はない。
となれば答えは一つ。
「ソファなら問題ないだろ」
あかりが居るならあかりの部屋でもいいしな。
先輩を再び背負い玄関で自分の靴だけ取り替えると、俺は自分の家へと早足で目指すことにした。
こんな姿誰かに見られたら話題になるし陽先輩の目に留まるわけにはいかない。
流石に放課後になって一時間は経過しているので今から帰る生徒はあんまり居らず疎らだ。
だけどグラウンドは校門の反対側にあるのでバレることはなさそう。
逆に人が少なくて助かったぜ……。
綿のように軽い先輩を担ぎながら自分の家に着いた。
帰るとあかりはまだ帰ってきて居らず月先輩は必然的にソファに寝かすことになる。
「これで目を覚ましたらブチ切れないといいけど」
テーブルにある椅子に座り距離を置いて先輩を観察する。
もちろん顎に手を置いて気分は名探偵カエデくんだ。
先輩が寝てから三十分は経ってるか?
あんなに揺さぶりながら運んだというのに起きる様子は一度もない。
ふと呼吸しているのを確認して唇を見てしまい恥ずかしくなる。
息はあるので死んでいる訳でもなさそう。
改めてまじまじと確認したけれど先輩は口紅をつけていた。
アルビノだから唇は色素が抜けていてきっと白いんだろうな。
「んー、このまま見てる訳にもいかないしなぁ……てか陽先輩が知ったらどうなるんだか」
今度は頭を掻いて考える。
陽先輩からは二人で出掛けてはいけないと言われていたのにこれも入れれば二度目か。
ピザ屋の時は微笑ましそうに笑っていただけで何も言われなかったのはやっぱり可笑しい。
ゾンビのこともあったし。
そう思うと月先輩の言っていることが全て正しいと思えてくる。
「ただいま〜。あれ、お兄ちゃんお客さん来てるの?」
玄関であかりの声がする。
先輩の上履きを置いておいたのでそれを見て気付いたのだろう。
「さってどうやって誤魔化した──」
俺は忘れていた。
あかりも連鎖強盗に関わっているかもしれないことを。
どうして今まで気づかなかったのか。
いやいや、妹が連鎖強盗に関わってるなんて月先輩の口から言われてないし大丈夫か。
俺は自分の都合のいいように考えていた。
「お兄ちゃん?」
「あぁ、おかえり。今日はちょっと健とアニメを見る約束をしててな今俺の部屋から出てくるかもしれん。逃げるなら今のうちだぞ」
咄嗟に俺は先輩を丸めてそこに自分の制服の上着を被せた。
あかりには見られていないはずだ。
「え……うん、そうさせてもらうよぉ」
健というワードを言うとあかりは一瞬肩を震えさせ俺の提案を飲み速やかに自分の部屋へと向かっていく。
取り敢えずはこれで一安心だ。
まずは制服を着替えるはずなので少ししてから先輩を抱っこして俺の部屋へと運ぶ。
ここまで後輩に良いように運ばれてるのは先輩くらいだろうな。
「書置きでもしとくか」
この部屋は俺の部屋だと言うことと起きたら俺のスマホに連絡することを書いて隣に置いておく。
汚い字だろうが読めなくはないだろう。
リビングに戻り少し寛ぐことにした。
それでも思考は月先輩と陽先輩、それにあかりのことばかりだ。
ついでに怪我したらしい美里のことも心配してやる。
「そう言えば、こと座流星群見たがってたっけ」
時刻は文化部なら部活が終わる五時になろうとしていた。
そして本来ならあかりはここでタブレットを見ながら晩御飯の献立を考えるのだが健効果でここには居ない。
「せめておかずくらいは何か作るか」
嘘を吐いてしまったお詫びとして俺が何か作ることにした。
甘すぎる卵焼きと野菜炒めかな。
不器用ながらにも時間はまだまだあるので丁寧に作っていく。
流石に野菜の切る音が聞こえてきたのかあかりがリビングへとやってきた。
「あれ? 健くんは?」
「なんか急用思い出したって言って帰ってったぞ」
「へぇー」
聞いておいてどうでも良さそうな返事だな。
あかりは喉が乾いていたのか俺が居る台所へ向かってくる。
「今日はお兄ちゃんがご飯作ってくれるんだ」
俺がまな板を使って野菜を切っている姿が視界に入ったのか尋ねてきた。
「帰ったって知らせても良かったんだがあかりもゆっくりしたいだろうと思ってな。卵焼きと野菜炒めなんだけど良かったか?」
「うん、またあの甘いのを食べれるなんて今日はラッキーだよ。ミジンコレベルで健くんには感謝しちゃう」
妹よ。それはミジンコに失礼だ。
それとミジンコレベルで感謝って全然感謝してないぞ。
リビングでニコニコと寛ぐ妹に見られながら俺は晩御飯の支度を続けた。
俺の部屋には月先輩が眠っている何とも不思議な状況のままだ。
もし仮に陽先輩から月先輩の現状を知らされているのならばここに残って俺を見ているはずがない。
あかりは白だったということになる。
だがあのノートは結局なんだったのだろう。
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