イヤリング

 ご飯が出来てから直ぐに夕食にすることにした。

 あかりは真っ先に卵焼きに食らいつき満足気な笑みを浮かべている。


「この甘さが脳に染み込んでゆくよ……」


 女子は甘い物が好きな人が多いからか、この卵焼きもスイーツ感覚で食べてるのかもな。

 その姿は別人のようだった。


「この野菜炒めも自分で作った割に結構上手くできてるな」


 俺は自分作った料理に初めて舌鼓を打つ。

 別に野菜が好きな訳では無いのだけれど今日は気疲れが多かったのでそのお陰でいいスパイスになってくれたのかな。


「そう言えば沢山作ってたけど朝ご飯に?」

「残れば朝ご飯にする予定だけど俺の夜食分もな。今期も三話目で続きを視聴するかしないか区切りをつける大事な日なんだ」


 もとより朝ご飯にすることは考えていなかった。

 食べてくれるか分からないが月先輩が起きた時用に用意していた物だ。

 けれど本当のことはあかりには教えられない。


「あーうん、そうなんだ。夜中に騒ぐのだけはほんと止めてよね。まだ起きてるから良いけど勉強に集中してる時に大声はビックリするんだから」


 アニメというワードを出すと心底興味が無さそうにしている。

 それどころか注意されてしまう。

 でも人間だものアニメを見て歓喜したり憤怒したり感情が溢れ出たりするものさ。


「そりゃ悪かった。あかりの受験が近付いてきたらご飯の支度も考えなきゃいけないかもな」

「あはは、それはいいよ別に。逆に私が落ち着かないからね。今日もお兄ちゃんが包丁で手を切っちゃうんじゃないかと冷や冷やしながら見てたよ」


 苦笑いをしながら断られる。


「こりゃ一生俺は妹離れ出来なさそうだぜ……」

「もとより離れるつもりもないんじゃないの? もし、お兄ちゃんがみさとちゃんとくっ付くことになっても結局料理を作るのは私だと思うし」

「もし、美里とくっ付くのならそうなるだろうな」


 インスタントの味噌汁を啜りながら肯定する。

 美里とは幼馴染で昔から同級生に付き合ってるんじゃないかといじられてきた。

 端から見たら美里はヒロインの一人で間違いないだろう。


 しかし、美里はそれなりに可愛くて運動が出来るだけで料理が壊滅的に不味い。

 結婚するにおいて、いや。生活するにおいて料理は欠かせないスキルのひとつと言えるだろう。

 料理で旦那の胃袋を掴んだ、という言葉があるくらい料理は大事である。

 美里の料理は間接的に胃袋を潰された感覚を味わえるのである意味胃袋を掴まれてるのか?


 段々と思考がおかしくなってきた。


「みさとちゃんに料理を教えるのは絶対ダメだからね? 実験台になるのお兄ちゃんと私なんだから」


 一体、俺がどんな顔をしていたらそんな答えになるのか訊ねたい。


「安心しろ。お前の考えてるようには絶対ならん」

「よかったぁ〜」


 あかりは安堵の表情を浮かべた。

 俺の記憶ならあかりは一度も美里の料理を食べていない。

 お腹が苦しいとか、ちょっとお腹が痛くてなどと言って食べるのを断っていたはずだ。


「俺に三次元の彼女がまず出来るかどうかを願っててくれ」

「うんうん、初詣はお兄ちゃんに彼女が出来ますようにってお願いする。明日から週一で神社にお参りすることにするよ!」


 誇らしげに言うもんだから安易に止められない。

 どうにかしてあかりが納得するようなことを言わなければ。


「週一でお参りに行くならあかりの小遣いなくなっちゃうんじゃないのか?」

「それも大変だよぉ! でもお兄ちゃんに彼女ができて欲しいし……どうしたらいいの」


 俺が指摘すると、あーでもない、こーでもないと右を向いたり左を向いたりで慌ただしいあかりの頭に手を置く。


「今まで通り何もしなくて大丈夫だ。連鎖強盗と同じで自分の力で勝ち取らないと意味が無いからな。その気持ちだけで俺は嬉しいぞ」


 そのまま撫でてやると気持ちよさそうな顔をして落ち着きを取り戻した。


「うん、今まで通りでいるよ。そう言えば、連鎖強盗で思い出したんだけど──」


 連鎖強盗というワードは出さない方が良かったかもしれんな。


「何かあったのか?」


 恐る恐る訊ねると小さく頷く。


「あくまで噂なんだけどね、今日の十二時、つまりは正午以降から丑三つ時まではどこの店のものを盗んでも願いが叶うって」

 

「そんなのクラスの人も言ってなかったぞ?」


「私が帰る前に噂が広がったみたいなの。ほら、掲示板にも沢山書き込みがあるよ」 


 タブレットを俺に見せる。

 映し出されていたのは今日の連鎖強盗のことばかり。

 そのどれもがあかりの言ったような内容だった。


 これが話が本当ならばかなりやばいことになった。

 月先輩が動けないと知っていて陽先輩は行動に出たのか。

 俺達のことを探してこなかったし逃げるのが分かっていたからこその判断かもしれないな。

 あえて逃した、と考えたほうが妥当か。


「犯罪を助長しているようで腹が立つな。でも深夜なら開いている店も限られるし問題ないか?」

「お兄ちゃん、知らないの? その店が開いてようが閉まっていようが関係ないんだよ」


 驚いた顔を見せて教えてくれた。


 そうだったのか。

 くそっ! どうすれば……。


 握った拳に自然と力が入る。

 それを見たあかりは不思議そうにこちらを見つめている。


「どうしてお兄ちゃんがそんなにムキになってるの? まさか、連鎖強盗を止めたいだなんて思ってないよね? 妹としてお願いだから連鎖強盗には首を突っ込まないで欲しいかな」


 あかりの発言は的を得ていた。

 だけど危険な目に遭うかもしれないので関わりを持って欲しくないようだ。


 いや、危険な目にってよりはあかりも関係してるからの方が正しいのか?


「俺がそんな面倒なことするように見えるか? ただ、簡単に自分の願いを叶えようとしているやつが許せないだけだ。かといって俺も連鎖強盗犯になりたい訳でもない」


 全てが本心ではないが許せないのは本当だ。


 そんな俺の顔を見てあかりは何やら難しい顔をしたのに頷いた。


「止める手段はあるけどさ」


 それだけ言うとあかりは覚悟を決めたかのように一度呼吸を置いて話し続けた。


「お兄ちゃんのそれくれるなら教えてあげる」


 箸で指したのは甘々な卵焼きだった。

 何となくまだ手をつけていなかったし方法も知りたかったのであかりの方へと卵焼きを置く。

 すると待ってましたと言わんばかりにかっ食らう。


「連鎖強盗はね……はぐっ。あふひとが中心になって起こしてるのは分かるよね。その人を見つけてコレをぶつけてあげて……ん〜、体に染み渡る!」


 卵焼きをかっ食らいながらも阻止する方法を教えてくれる。

 そして、あかりから手渡されたのはイヤリングだった。

 シンプルなデザインながらも精巧に造られており片方だけでも相当な価値がしそうだ。


 あかりが言ったある人というのは陽先輩のことで間違いないだろう。

 どうしてそんな方法を知っていたのか疑問が残る。

 やっぱりあかりも連鎖強盗に何かしら関与しているのか。


「それでその人は何処に居るんだ?」

「そればっかりは私も分からないよ。でもきっと連鎖強盗を起こす人の周りには必ず居る。お兄ちゃんも連鎖強盗犯のフリでもしてたらひょっこり現れたりしてね?」

 

 てっきり教えてあげないと言うかと思ったが、あかりでも分からないみたいだ。

 まあ嘘をついている可能性は十分ある。

 けれど今のあかりはそんな気がしない。

 このイヤリングを何処で手に入れたとかも聞きたいことは山ほどあるが今はあかりを信じるしかなさそう。


「ありがとう、あかり。時間になったら探してみるよ」

「えへへ、どういたしまして」


 いつもより丁寧にあかりの頭を撫でる。

 とても嬉しそうでまるで猫みたいだ。


「お兄ちゃん。もし、私に何かあってもお兄ちゃんは私のお兄ちゃんで居てくれる?」


 撫で終わった後に不安そうにボソッと呟く。


「何言ってんだ、当たり前だろ」

「……ありがとう」


 綻んだ笑顔を見せて安心している。

 どうしてそんなことを聞いたのか分からないし今更あかりのことを妹じゃないと拒絶する理由もない。

 例え連鎖強盗にあかりが関与していて計画を立てていた一人だとしても俺の妹であることに変わりはない。

 それにヒントも教えてくれたしな。


 そうして月先輩を俺の部屋で寝かせた状態で晩御飯を食べ終わった。

 スマホに連絡は来てないし物音も一切しないのでまだ眠っているのだろう。

 茶碗洗いはあかりがしてくれると言ってくれたので俺は自分の部屋に戻らず深夜に備えてソファで少し仮眠を取ることにした。

 

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