阻止
時刻は正午を回ったところだ。
正午と言っても昼の十二時ではなく、朝の十二時だ。
月先輩からの連絡もないし部屋を覗いて見ても一定のリズムで呼吸をしていてぐっすりと眠っている。
眠り姫なんてあだ名が似合いそうだな。
掛け布団がズレていたので直そうと近付くと先輩の制服の内股の部分には丸い何かが付いているのがわかる。
「金魂だったりしてな〜」
あまり気にせず掛け布団を直し終わると俺は部屋を出る。
今日の連鎖強盗を止めたるために行動するのだ。
どうして自分がこんなに積極的になっているのかよく分からない。
あかりが言うようにムキになっているのかもな。
ゾンビを使って襲わせようとしてくる陽先輩を放っておけないからってのもあるだろう。
「いってきます。あかり、月先輩」
玄関から小声で喋り街へと繰り出した。
まずは二十四時間営業のコンビニだ。
学生の姿がないか店内に入店しか確かめてみるが深夜ということもあり学生らしき姿はない。
それにこのコンビニの店員はイカついお兄ちゃんだ。
この目を掻い潜って盗みを働こうだなんて大変そうだもんな。
取り敢えず俺はホットの缶コーヒーを買ってコンビニを後にした。
何も買わないで出ていくのも怪しまれるしな。
飲めないブラックコーヒーを買ってしまったのでポケットに仕舞い次の場所を目指す。
次も二十四時間営業であるファミレスだ。
別に休憩がしたかった訳でも夜風が冷たかった訳でもない。
たまたま近くにあったからだ。
と自分に言い聞かせているがこの時間の寒さを舐めていた。
パーカーだけでは寒さを凌げなかった。
店内に入り店員に案内された席に座る。
二つ離れた場所には学生らしきギャルが三人ほど座っていた。
同じ席なので友達かなにかだろう。
そこまで大きな声ではないが近くなので聞こえてくる。
メニューを見ているフリをしてその人たちを観察する。
「え? マヂィ!?」
「うんうん、マヂマチ」
「カナコやるなー。もう願い叶えるなんて天才かよ。それで、何願ったんよ」
一人は驚き一人は頷く。そして、もう一人は感心している。
どうやら頷いた子が願いを叶えたらしい。
「カオルくんのライブチケット当たってください! って。そしたら、ほら! 本当に当たっちゃったんだよ」
嬉しそうにスマホの画面を二人に見せていた。
今はスマホで簡単にチケットが取れたかどうか確認出来る時代だ。
もし、今日の話なら、カナコと呼ばれている子はここに来る前に何処かで盗みを働いているはずだ。
「げっ!? 百人しかいけない超激レアライブじゃん!」
「羨ましー。一体何盗んできたんだよー」
そう俺が知りたいのはそこだ。
「コレだよコーレ」
バッグから何かを取り出す。
それは紛れもなく玉ねぎだった。
ってことはスーパーか!?
それが分かればここに用はないのだが疑われると不味いし体を温めるためにスープを頼んでさっさと飲んでさっさと退散した。
スーパーはここからそう遠くない。
俺達がいつも買い物に来ているあのスーパーだ。
ついでに言うとこの前連鎖強盗の被害に遭ったばかり、流石に対策をしていないはずがない。
「コーンが置いてあって営業時間外は入るなってだけかよ」
被害が遭ったにしては対策が杜撰過ぎる。
簡単に入れるのが分かっているからかガラスの扉は無残にも割られ、店内には学生らしき人がスキップをしてはしゃいでいた。
「こりゃあ酷いな……」
いきなり決まったことでこの店の従業員も疎か警察官も予想出来ていなかったのか辺りには見当たらない。
けれどこれだけ学生がごった返しで騒いでいるのだ、この近くに陽先輩は必ず居るはずだ。
先ずは店内に入らず店の周りを確認することにした。
楽しんでいるのならば周辺に居るに決まってるからな。
俺の予想は珍しく直ぐに当たる。
店の裏でクスクスと腹を抱えて笑っていた。
そんな先輩が俺に気付いたのか笑うのを止める。
「あら? カエデくんじゃないですか。こんな所でどうしたのです?」
ぺこりと頭を下げてきたかと思うと白々しく訊ねていた。
月先輩とは違って私服姿で白いワンピースが月夜に照らされてよく似合っている。
事情を知らなければ惚れていたに違いない。
「こんばんは、陽先輩。散歩がてらに通っただけだったんですけど閉まっているはずのスーパーが騒がしくて見に来たんです。先輩は?」
「私も散歩してたんですが流行りのアレがココで行われていたので警察に通報していた所でした」
それは明らかに嘘だ。
だが悟らせまいと更に先輩は続けて話す。
「折角なので一緒に散歩しませんか?」
予想外の展開に俺はたじろぐ。
不敵な笑みを浮かべ妖艶な雰囲気を醸し出す先輩は中国に実在していた楊貴妃のよう。
まあ実物を見たことないので想像だが。
「補導されない程度で良ければ」
これはあかりから貰ったイヤリングをぶつけるチャンスだ。
そうして連鎖強盗の起こっている現場から俺達は離れるように歩き始めた。
「そうだ、先輩。コーヒー飲みますか? ブラック飲めないのに買ってしまったんです」
缶コーヒーは囮だ。
イヤリングを仕込んでそのまま渡してやればいい。
我ながら中々の作戦だ。
「んー、今はあんまり喉が乾いていないので気持ちだけ貰っておきますね。カエデくんは優しいですね」
しかし、俺の行動はお見通しなのか断られてしまう。
それどころか優しいと言ってくるあたり陽先輩がメインヒロインじゃないのが悔やまれるぜ。
けどサブヒロインの方が可愛いとかよくある事だし仕方がないのかもな。
そのまま大した会話もなくただ黙々と街中を歩き続ける。
やはり今日は学生とすれ違う機会が多い。
みんな自分の願いを叶えようと必死みたいだな。
「カエデくんは叶えたい願いはないんですか?」
「俺ですか? んー、そうですね。やっぱり二次元の……いえ。荻野姉妹が仲良くしてくれることですかね」
俺が願いを伝えると目を見開いて驚いていた。
「ふふ、カエデくんは私たち姉妹の仲が良くないと思ってるんですか?」
「違うんですか?」
どうしてそう思うの? と不思議そうな顔をしている。
「少なくとも私は月のことを嫌いだと思ったことは今の一度もありませんよ。あの子はどうか知りませんけどね」
「それならどうして……」
全て言い終わる前に不味いと思って止めた。
「
けれどお見通しで先輩は俺を向いて睨む。
「いや、それは──」
「カエデくん。名残惜しいですが、ここは貴方の墓場になります」
ゾロゾロと足音が聞こえる。
陽先輩の後ろから軍隊のように整列しながら制服を来た人がこちらへ向かってくる。
かと思えば後ろからも同じように学生が俺へじわじわと迫りかかろうとしていた。
あんなのに襲われたら最後、俺もゾンビの仲間入りになってしまう。
「先輩……こんなことしたって先輩には何の得もないんじゃないですか?」
俺は必死に訴えかける。
「得しかありませんよ、カエデくん。貴方が消えてくれるだけで私には利益しかありません。いえ、それ以上ですね。カエデくんは私の大切な妹にふらっと近付き、近付いただけならまだしも密接な関係になりました。私はそれが許せなかった」
それなら自分が連鎖強盗犯になって願いを叶えたら良かったんじゃないのか?
「いまカエデくんは私が連鎖強盗で願いを叶えたら良いと思いましたね? 残念なことに私の願いは叶わないんです。だから自分で叶えるしかないんですっ!」
ゾンビに襲わせるのではなくこれはただの囲いか!?
先輩は姿勢を低くしながら片手にはナイフを持って俺に迫ってくる。
運動神経が良くない俺は後ろに下がり回避するが当たり前のように回避はできず、先輩は俺のパーカーのポケットの部分を横に一閃し、見ていなくてもポケットに入れていた缶コーヒーが変形し、中身が漏れ出しているのが分かる。
「悪運だけは強いんですね。けどこれなら逃げられませんよね」
パチンと指を鳴らすとゾンビが俺へ一斉に襲いかかり拘束する。
必死に藻掻くが人間では考えられないほどの力で抵抗する度に力が強くなりその痛みに耐えれず抵抗を止めるしかなかった。
「良い子ですね」
ゆっくりと陽先輩は近付いてくる。
それが俺の中で何分も何時間にも感じる。
ナイフの先端を俺の顔に当ててそこから心臓のある所へと伝っていく。
もちろん刃物なので俺の顔からは血が流れ出る。
「さ・よ・う・な・ら♡」
そうして一度ナイフを離すと思いっきり俺の心臓目掛けて突き刺す。
俺は覚悟を決めて両目を思いっきり強く瞑った。
だが心臓には刺さらずナイフと俺の間に厚い鉄板が仕込まれているかのように弾き返した。
「チッ」
陽先輩は堪らず舌打ちを打つ。
恐る恐る目を開けるとナイフは地面に落ちていて俺を掴んでいたゾンビは距離をとっている。
何があったのかさっぱり分からない。
「命拾いしましたね、カエデくん。貴方は人脈がミジンコレベルでしかないと思ってたのですが改めないといけないみたいですね」
乱れた服装を正し踵を返して先輩は何処かへ行こうとしていた。
本当ならば追ってイヤリングをぶつけるなりしたかったが何が起きたのか俺には理解出来ず、ただただ先輩が遠くなるのを眺めるしか出来なかった。
「なんだったんだ……」
緊張の糸が切れたかのように俺はその場に崩れ落ちる。
自分の左にある胸を触り心臓が無事なことを確認する。
生きてる、助かったんだ。
それが分かると鼓動がドクドクといつも以上にうねりを上げているのが分かった。
「間に合って良かった」
「月先輩!?」
ゾンビ達もいつの間にか消えていて月先輩がぽつりと立っていた。
制服の所々には返り血が付着していてそれを見るだけでも先輩はゾンビと戦いながらここへやってきたのが伺える。
「カエデくんが無事で何より」
「せ、先輩が助けてくれたんですね。ありがとうございます」
走った訳でもないのに俺の呼吸は荒く、ちゃんとお礼が言えているか自分では分からない。
「ゾンビを蹴散らすのに精一杯だった。怪我はない?」
「これを見て怪我がないか聞けるなんて凄いですね」
俺は自分の左の頬を先輩に見せる。
「唾でも付けておけば治る。万能薬」
そう言って俺に近付いたかと思うとアルパカかと思わんばかりに勢いよく唾を何度も飛ばす。
美少女に唾をかけられるなんてご褒美でしかない大イベントなのだがさっきの疲れで単純に汚いとしか思えなくなっていた。
あと物凄く染みるんですけど……。
それに本来は手を切ったりした時に唾をつける行為そのものがやってはいけない行為なのだ。
自分の口にある細菌を送り付けることになるので炎症の原因になる。
「早く行かないと終わっちゃう」
「何がですか?」
「こと座流星群」
この人は本当に星が好きなんだな。
キラキラと目を輝かせた先輩と一緒に俺は学校へと向かうことにした。
結局今回の連鎖強盗を止めることが出来ず何処を通ってもパトカーのサイレンの音が響き渡るという不思議な日になった。
月先輩曰く「今回は例外。私一人でどうにかなるレベルではない。それより、こと座流星群」だそうだ。
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