誤解

 先輩のうんちくが頭から離れず土日もゆっくり休めないまますぐに学校に行く日になってしまった。

 まさかあそこまで饒舌な先輩を見ることになるとは思いもよらなかった。

 思い出すだけで頭が痛くなりそうなので割愛させてもらう。


 もちろん陽先輩のことも一時も忘れられていない。

 これが恋だったらどれだけ良かったことか。

 ビジュアルだけなら問題ない、黒髪ロングに端正な顔立ち、それでいて優しい言葉遣いに気配りが出来る。

 表面上ならば向かうところ敵無し……なんだけどな。


「おはよー! カエデ、あかりちゃん!」

「おはよぉ、みさとちゃん!」

「うい〜ふわぁ……」


 今日は美里と朝ご飯を一緒に食べず、学校に向かおうと玄関を開けたら隣から美里も家を出てきた。

 相変わらず元気だけは有り余っていてまるで美里は元気から生まれてきた元気の子だと錯覚してしまうぜ。

 そんな元気な子と妹と一緒に学校へ向かう。

 あかりは中学なので途中までなんだが。


「眠そうだね、カエデ」

「溜まってたアニメを見続けてたからな」


 アニメを見ていたのは間違いないのだが内容がほとんど入ってこなくて結局どのアニメを削ろうかまだ決めていない。

 最悪全てのアニメを見ることになるだろう。

 まあ結局ほとんど見てるんだけど。


「いつも通り過ぎて安心するよ。一昨日は凄かったってニュースになってたのに」

「あーあれか? 美里の周りで叶ったやつは居たのか?」

「ううん、深夜だからって親に止められたり犯行がバレちゃって捕まった子ばかりかな。うちの学校でもかなりの停学処分者が出たらしいよ」


 苦笑いを浮かべあの日の連鎖強盗について教えてくれた。

 こそこそとやらずにあれだけ派手に盗みを働かせていたんだ、逆にバレない訳がないか。

 自業自得と言えば自業自得なんだがそんなに願いを叶えたいものなのかね。


「それじゃ、私はこっちだから。みさとちゃん、お兄ちゃんを頼んだよ〜」


 まだ意識が覚醒しきっていないあかりが美里に言っている。

 きっとこれは何かの間違いで俺に言うつもりだったのだが間違えてしまったんだな。

 ははは、愛いやつめ。


「任せて、あかりちゃん。カエデがアニメ見てたせいで夜更かしてて眠いだろうけど授業中寝ないようにしっかり見張るから!」


 どうやら間違いではないようで二人で結託をしてサムズアップなんかしていた。

 これは今日の授業はひとつもサボることが出来なそうだな。


 覚悟を決めて学校に着くと最早見慣れた人物が顔を見せる。 

 それは健ではなく月先輩でもなく、陽先輩だ。


「おはようございます。カエデくん、美里さん」

「おはようございます、荻野先輩。この前はありがとうございました。先輩の手当のお陰でもう傷一つありません」


 頭を何度か下げてから次はスカートを少し上げて膝を陽先輩に見せていた。


 そういやコイツ膝を擦りむけてたんだっけ。

 その日の起こったことが濃密過ぎてすっかり忘れてたわ。

 あれだけ酷く傷付いていたはずなのに綺麗になっているのは一体どんな魔法を使ったんだかな。

 もしかしたら美里もゾンビになってしまったりして。


「あら、それは良かったです。ところでカエデくん、そんなに女の子の膝を見つめるだなんていけませんよ?」


 俺は考えながら美里の膝を見ていたようでそれを遮るかのように先輩の顔が目の前に現れた。

 その距離は遠目から見るとキスをしているようにも見えただろう。

 先輩の行動に俺は内心バクバクなのだが得意のポーカーフェイスを使うことにした。

 だけどポーカーフェイスを使えてると思ってるのは多分俺だけだ。


「すいません。久しぶりの女子の膝だったのでつい。おはようございます、陽先輩」


 軽く頭を下げて言いたかったがこのままでは先輩とぶつかってしまうので先輩の目を見たまま話しかけた。

 隣にいる美里は自分の膝を幼馴染である俺に見られていたのが恥ずかしかったのか顔を赤くしている。


 対して陽先輩はこの前のことは誰にも言わないようにと釘を刺していそうな目付きでこちらを見ていた。

 俺は小さく頷くことしか出来なかった。


「今週からテスト期間になりますからね、寄り道しないでそのまま帰ってくださいね」

 

 先輩の顔が離れていき返事を待たずに校内の見回りに行ったみたいだ。


 テストがあるなんて忙しくて知らなかったな。


 教室に行こうと美里に声を掛けようとしたのだがまだ顔が赤く熟れたトマトみたいになっていた。


「どうしたんだ、美里?」

「せ……」

「せ?」

「せ、先輩とカエデがキスしたー!? しかも白昼堂々みんなが往来する玄関の前で!!!」


 美里の声が聞こえたのかここに居る生徒が全員こちらを見る。

 というか先輩が近付いた時点で見られていたかもしれない。

 隣に居た美里ですらそう見えたのなら誰が見てもキスをしているようにしか見えなかったに違いない。

 その場で美里に何度も説明して誤解を解くのに時間が掛かってしまい、教室に入ったのは先生が来るギリギリの時間だった。

 お陰で眠気は完全に消え去ったのだがその代わりに多大なる羞恥心が俺へと降り掛かる始末となった。

 

 俺の羞恥心が消えかけようとしていた昼休み。


「うおおおお──カエ、カエデ貴様!?」


 健だ。てか顔が見える前からデカい声で廊下に響いていたけどやつの考えてることは容易に想像出来る。


「荻野先輩とチューしたんだとぉ!?」


 キスじゃなくてチューという言い方に少し笑いそうになったんだがやはりそれで来たのか。

 だが情報が遅すぎる。お陰で俺の羞恥心がまた復活してしまったじゃないか。


「誤解だ。今日は何度も説明して疲れた。それより美里が見てる前でそんなこと言って大丈夫なのか? お前は美里だけじゃ飽き足らず陽先輩も狙ってたんだっけ?」


 一緒にご飯を食べていた美里を箸で差す。

 美里に気付いた健はまるで浮気現場がバレた夫の如くわなわなと動揺をし始める。

 教室に居る人の視線は健に集まった。

 俺は別にどうでもいいのでご飯を食べるのを再開する。


「あ、いや。美里様、これには深い訳が……」

「今日のママの作ってくれた卵焼き美味しい! カエデも食べる?」

「ああ、頂こう」


 まるで気分はラノベに出てくる転生した魔王のように上から目線で答えて口を開ける。

 美里は別に気にした様子もなく俺の口に卵焼きを入れ込んでくれた。

 間接キスにはなるのだが幼馴染である俺達は普通のことなので今更恥ずかしいとかそういった感情は俺にはない。

 だがその光景を見た健は目を大きく見開いてさらに動揺をしていたのだ。


「あわ、あわわ……美里様がカエデなんかにか、かかか関節キッスを!?」


 こいつの言い回しはいちいち面倒臭い。

 たまに見るくらいなら面白いんだが今日は眠いし疲れてるので本当に面倒臭い。


「覚えてろよ! うわぁぁぁぁあああん──」


 健のメンタルにきたようで泣きながら教室を出ていった。


「ほんと何しに来たんだろうな」

「友達が大人の階段を登ったと思って羨ましかったんじゃないかな」


 美里はとても興味がなさそうに食事を続けていた。

 健に好意を持たれているのに本人ときたらどちらかと言えば嫌いの部類に入る反応なんだよな。

 あかりには苦手意識を持たれてるし可哀想なやつだ。


「それよりカエデ。来週の中間テストは大丈夫なの?」

「さーて今日は帰ったら昨日のアニメをもう一度見直さなきゃなー」


 美里が健に対する扱いのようにテストについては華麗にスルーした。

 我ながら完璧だ。俺の脳内には審査員が満点である十点のプラカードを一人ずつ順番に掲げている姿が容易に想像出来る。

 改めて思う……我ながら完璧過ぎて怖いぜ。


 天を見上げて片手を顔につける。

 今の俺は眠気がやばいせいでハイになっているに違いない。


「それで、カエデさー。中間テストは大丈夫なの?」


 美里が俺の肩をがっしりと掴んで笑っている。

 その力は強力で俺の脳内に居た審査員が雲のように霧散する。

 幼馴染の圧力にはやはり勝てないみたいだ。


「正直やばいですはい」


 俺は本当のことを打ち明けるしかなかった。

 例えこの場を回避出来たとしても結果的にこうなっていたに違いない。

 教室の所々からクスクスと嘲笑われた。

 みんながみんな同じ中学ではないのだが俺のことを知ってるやつらが存在する。


 あれは去年の学期末のことだったろうか。

 あるアニメにどハマりしていた俺は毎日毎日そのアニメを見続けてついにはテストの解答欄にアニメに出てくる用語を書いてしまったのだ。

 当時の担当だった先生はそれを晒しあげて俺は卒業するスレスレまで笑われていた。

 過去の記憶が蘇り目眩を起こしそうになる。


「私で良ければ晩御飯食べた後に教えるけど?」


 肩を使う程の深い溜め息をしながら美里が俺に申し出る。

 美里は俺よりも頭が良く特待生も狙えたのだが勉強量も多くなり自分の好きなことが出来なくなるのは嫌だったらしく普通科を受けていた。


「てっきり「自分で勉強しなさい!」って言うかと思ってたぜ。でも図書室にも行ってみたいし自分で出来るとこは自分でやるよ。美里も忙しいんだろ?」


 特待生にはならなかったけれど変わっていなければ美里の夢は医者になることだ。

 死んだ父さんの影響もあってか余計にその夢を諦めきれないでいる。

 本当ならば俺に構っている余裕はないはずなのに世話焼きというか心配性なんだか。

 まあそれが美里のいい所なんだけどな。

 お陰で助かっていることも多いのは事実だし。


「ふーん、カエデが図書室にね……私も行った方がいいかな」


 美里は顎に手を当てポツリと呟きながら考える。

 別に来てもいいが結局は俺の勉強をつきっきりで見ることになるだろうし少しでもサボると怒鳴りながら殴るか殴りながら殴るので他の人の迷惑になりかねない、てかなる絶対なる図書室で死にたくない。


「今日は一人で勉強したい気分なんだ」

「そっか。それなら仕方ないかな。あかりちゃんに「お兄ちゃんは図書室で自習するらしいから今度のテストはバッチリだよ」って伝えておくね」

 

 親指と人差し指をくっつけて丸を作りニコリと笑う。

 まるで悪魔のような笑みである。


 はぁ、本当は図書室で少しだけ寝たかったのだがこりゃあ授業が終わっても夜まで寝ることは許されないみたいだ。


 健のよく分からん乱入のお陰で昼休みはあっという間に過ぎ去り午後の授業も寝ないために必死に目を見開いて授業に参加していた。

 もちろん授業内容は一切耳に入ってこなかった。

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