図書館と旧荻野邸
あっという間に放課後になってしまったので有言実行として俺は図書室へと一直線に向かった。
テストがあるからかテストが終わるまで部の活動を禁止させられているからか図書室はそれなりに利用している人がいた。
六人用のテーブルが何個もあり一人で来た俺はそこに座るのに抵抗がある。
幸いにも窓際に一人で勉強が出来るカウンター形式のスペースがあったのでそこを利用することにした。
俺が座ると隣に同じように一人、誰かがやってきたが自分の勉強に集中しようと必死にテスト範囲のノートを確認しながら問題を解いていく。
六限目が化学だったので復習も兼ねて何となく勉強している。
なになに、液体を加熱して発生した蒸気を冷却することにより、目的の物質を得ることを何と言うか……なんて言うんだ?
首を捻らせて知恵を絞る。
元々ないものなのでどれだけ搾り取ったとしても俺の目的の答えを得ることは出来ない。
「蒸留」
そんな様子を見たのか隣に居た生徒が答えを教えてくれた。
そしてその声に聞き覚えがある。
「月先輩? どうしてここに?」
隣に居たくせに挨拶もせず先輩は天文学の本を読んでいた。
部室にあったものではなさそうなので図書室の物だろう。
「読みに来た。そうすると居た」
もう言うことはないでしょ? と言わんばかりに本の続きを読み始めていた。
テスト期間だから部活は休みにするなんて報告は受けてないし会わなくても携帯で連絡が取れるので一言言って欲しかった。
それに、こと座流星群のせいであの話が何一つ出来ていない。
「言わなくても分かってる」
俺にずっと見られてるのが分かったのかそれだけ答えた。
多分だけど分かっていない。
陽先輩は妹である貴方を憎んでいるのではなく何処の馬の骨か分からない俺が妹と仲良くなってしまったので俺を憎んでいる。
「あのですね──」
「しっ、図書室ではお静かに」
先輩は俺の口に指を当てて注意をする。
確かに少し大声になりかけていたがそれ程伝えたかったのだ。
けど今じゃなくてもいいか。
テストが終わってから部室で言えばいい話だし。
諦めて俺はテスト勉強の続きをする。
さっきのように答えが何か分からず苦しんでいると先輩が隣でボソッと答えをくれる。
そのラリーが何回も続き俺は悟った。
これ、勉強の意味があるか?
知らないから教えてもらうのは助かるんだけど自分で調べもせずに答えを聞けるのは何とも罪悪感に駆られる。
でも無表情ながら先輩も楽しそうだしその好意に甘えながら続けることにした。
「そうだ、カエデくん」
何度目かの答えを言い終わった後、先輩は思い出したかのように俺の名前を呼んだ。
まさか、連鎖強盗の類ではないだろうな。
「どうしたんですか?」
「今日ちょっと寄りたいところがある。一緒に来て」
ほらきた。
「またアレ関連ですか?」
「ううん、忘れ物を取りに行くだけ」
「忘れ物?」
忘れ物とは何のことだろうか。
教室に忘れたのなら一人で取りに行けばいいのに……それを口実に俺と少しでも一緒に痛いとかかもしれない。
ふふふ、妹に似て憂いやつめ。
「着いたら教える」
「分かりましたよ。その代わりあと一時間だけ勉強見てくださいね。出来れば解説付きで」
化学はこの辺にして数学を取り出す。
どちらも壊滅的に出来ないのだが数学は何の公式を使えばどうなるなどと教えて貰いやすい。
先輩もやる気になってくれたようで俺との距離をさらに詰める。
部室ではあまり意識したことがなかったんだけどこの前背負いながら保健室や家に運んだ時から少しずつ月先輩のことを意識し始めてしまった。
結局解説してくれたのにも関わらず一切頭に入った気がしない。
「だからこの場合、Xは13になる。聞いてる?」
「あ、はい。効いてます!」
「なら良いけど」
上目遣いをする先輩が可愛すぎて俺の心にダイレクトアタック。
などとしょーもないことを考えながら一時間はあっという間に過ぎていき俺と先輩は学校を出て何故か山に向かっていた。
ハハハ、教室に忘れ物したなら一人で取りに行くよな。
俺の考えが甘かったぜ。
「はぁ……はぁ、せ、先輩。どうしてこんな山奥に?」
「忘れ物を取りに行くから」
先輩は淡々と答える。
「このままじゃ俺が忘れ物になりそうなんですけど?」
何キロ歩いたか分からないが町は三つ分越えた。
先輩が「近くだから」と言っていたが完全に騙されてしまった。
いや、先輩からしたら首都圏内だし近くなのかもしれない。
「カエデくんが忘れ物になったらいつか取りに行く」
「いつかじゃなくて直ぐに来てくれませんかね!? まあ街に戻ればバスもあるので一人で帰れますけどね!」
「それだけ喋れるなら大丈夫」
確かにそうなんですけどね!
でも普段運動してないからかなりきついんですよ!
最近、運動不足が目に見えて実感してるから毎晩腹筋くらいしようかな……。
俺はへろへろになりながら先輩はへらへらしながら更に山奥に向かう。
少し前までは車道があったのだが今は足場が悪く多少ぬかるんでいる地面を気をつけながら歩いていた。
しばらくするとまた車道らしき道が現れる。
どうしてかと思っているとその答えは直ぐに分かった。
目の前には大きな豪邸が存在していたのだ。
何処となく造りは端島にあった建物に似ている。
外観は蔦と枝が張り巡らされていてそれだけでも住んでいないと分かるレベルだ。
「ここは?」
「私の家だった。旧荻野邸」
そう言ってカバンから鍵を取り出し何食わぬ顔で解錠しようとするが先輩の顔が険しいものに変わる。
「どうしたんですか?」
「開いてる」
先輩は鍵を仕舞いデザインカッターを取り出す。
俺はというと武器らしき物は一切持ち歩いていないのでカバンを両手持ちにし、盾のようにした。
はたから見てもかなりダサい装備だ。
まだただの棒の方が強そうに思えてくる。
「私から離れないで」
人差し指を立て口に当てて俺は喋るなという合図をした。
なのでコクリと頷き音を立てないようにして扉を開ける。
外観は失礼だがちょっと汚い感じがあったが中は綺麗で白と黒のチェス盤みたいな床に真ん中は赤い絨毯が敷いてありそれが二階まで続いている。
今のところ怪しい人影は見つからない。
月先輩以外の身内が開けたままにしてたんじゃないのか?
「二階」
扉を俺に持てと目で支持され俺はそれに従って扉を持ってゆっくりと音を立てないように閉めた。
するとその扉は形変え扉だった物はただの壁になる。
驚いて大声を出しそうになるが先輩が俺の手首を握り引き止めた。
けどそっちの方が痛くてビックリするんですけど……。
「この館では普通」
そういうのは先に言って欲しい。
てか出口どこだよ。
俺は目で訴えるが先輩の目線は階段に向けられている。
別に先に説明してなかったのを誤魔化すためではなく早く行こうという意思表示に思える。
力を弱めてくれてはいるけど握った手首を離さないし。
そうして二階に上がり先輩は左右どちらに行くか悩んでいると左の奥の部屋の扉が少しだけ開いている。
端島でも似たようなことがあったなーなんて思っているとそっちに向かうと決めたようで俺たちは左の奥の部屋へと向かった。
途中、高そうな花瓶があってそこに花が飾られている。
造花かと思わせるが花の匂いが鼻をくすぐる。
何の花か分からないけれど白くて美しい。
それを見ているうちに目的の部屋の前に辿り着いた。
「ぃぃ?」
陽先輩が待っているかもしれないからか微かな声で先輩は尋ねる。
もちろん今更嫌だとは言えず頷くしかない。
「遅かったですね。月、それにカエデくん」
開ける前に声がした。
流石は陽先輩だ、俺達の行動に気付いて居たのだろう。
扉を開けると執務室という名前が相応しいような部屋だった。
左右には本棚があり本がぎっしり置いてある。
そして真ん中にな立派な長机がある。
陽先輩はそこにある備え付けの椅子ではなく長机に座ってニコニコしていた。
「陽……」
「月に名前を呼ばれるなんて何年ぶりでしょうかね。私の愛するル・ナ♡」
デザインカッターを構える月先輩と、この前俺に切りつけてきたナイフを舐めてまるでアニメに出てきそうな狂ったヤンデレになっている陽先輩が居た。
明らかに陽先輩の方が強いオーラを感じる。
それなのに長机の影からはゾンビがわらわらと湧いてきた。
これはもう勝ち目はないし俺は今度こそ確実にそれでいて跡形もなく殺されてしまう。
「大丈夫、私は貴方が守る」
大量のゾンビを見てからか月先輩は動揺を隠せないでいたのかセリフを間違えている。
「逆だろ!?」
これには流石に声が出てしまう。
普通は「大丈夫、貴方は私が守る」だからね!?
先輩の握る手が更に強くなり手を後ろに持って行ったと思うとそれを思いっきり前に出し俺をゾンビたちの元へ投げつける形になる。
「うわぁ──!?」
え、逆じゃなかったんですけど!!!
俺は大した受身も取れずに回転をしながら床に叩きつけられる。
もう既に投げつけられた時点で死を覚悟していた。
思い残すことがあるのなら今期のアニメを全話見たかったことと彼女が欲しかったことだ。
月先輩を呪ってやるからな!
などと思ったりしたがゾンビは円を描くように一定の距離を保ち、何故か俺を恐れて襲ってこない。
「どうしてだ?」
俺もしかして強い?
「やっぱり。連鎖強盗でカエデくんを守ってと願った人が居る」
「まさか月せ──」
「私じゃない」
一瞬だけ信じた俺がバカみたい。
「くっ、バレてしまいましたか。けどここなら殺さなくても一生飼い殺しにすることも可能ですよ」
陽先輩が直々に前に出てくる。
かと思うと俺の着ている制服の襟を掴む。
そしてそのまま立ち上がらせて本棚に投げる。
「カエデくん!?」
月先輩は俺を引き戻そうと必死にやってくるがゾンビ達がそれを塞ぐ。
本棚にぶつかった程度で死ぬわけじゃないだろうし、最悪下敷きになっても死ぬことはないだろう。
顔面を守るために両手を前に出しバッテンにした。
いつまで待っても本棚との衝突はなく、本棚がまるでカーテンのように靡き俺はそのまま本棚の中に入ってしまう。
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