タノシイセカイ
「いててっ……」
しばらくすると鈍い痛みがやってきて俺はまたしても大した受身を取れずに顔面で着地してしまう。
玄関の扉が壁に変わったように本棚も何かしらの仕掛けがあった訳か。
「カエデ?」
ヒリヒリした顔面を撫でていると目の前には美里の姿が現れる。
私服ではなく制服で不思議そうな顔をしている。
辺りを見渡すと見慣れた校舎があり、どうやら俺はいつの間にか学校に飛ばされてしまったようだった。
「よ、よお」
左頬を摩りながら間抜けた返事をする。
山の方は日の入りが早かったのかこっちはまだ明るかった。
「よおじゃないわよ。テスト期間だって言うのにこんなとこで寝てるなんてあかりちゃんが知ったら呆れるよ、まったく……カエデを図書室に一人で行かせたのは間違いだったかな」
両手を腰に当てて、少し前のめりになりながら俺を叱っている。
寝ていた訳ではないんだがそう思わせてた方が良いのかな。
でも俺はこんなとこで油を売っている暇はない、早く月先輩の元に戻らないといけない。
「さすがに今日は夜更かししないで早く寝るよ。それより俺急がないといけないんだ」
「どこに行くの?」
美里の居る方向ではなく後ろから声が聞こえた。
それにこの声は……。
「月先輩!? 無事だったんですね!」
俺の背中にぴとーっとくっつき疲れた様子を見せている。
普段絶対見せない仕草なのだが、陽先輩とのことで疲弊したのだろう。
でも無事で本当によかった。
「疲れた。カエデくん家で休みたい」
「大丈夫ですか? うちでよければゆっくりしていってください」
そのまま背負って帰ることにした。
前は眠っていて、ただ後ろでなすがままになっていた月先輩が今回は俺の首の前に両手を出してぎゅっと抱きつかれ何がなんでも離れるもんかと意思表示しているようだ。
「あー! またそうやって月先輩はカエデに甘えてるんですね。はぁ、私ももう少し小さくて軽かったらおぶって貰えたかな」
美里は月先輩を見て羨ましそうにしていた。
女子の平均より少し高めの美里を背負うのは日夜運動不足の俺には無理だ。
陸上部でそこそこ鍛えている美里の方が俺のことを背負えそうだしな。
「あれ? みんなも今帰りですか?」
そうして三人で帰っているとまるで昔話の桃太郎の如く一人の仲間が加わる。
加わったのは妹のあかりだ。
まあきびだんごなんて食べたこともないし持ってもいないんだがな。
「疲れたから家に帰るとこ」
「月先輩もご飯食べていきますか?」
「うん、いく」
いつ仲良くなったのか知らないがご飯を誘えるほど仲が良いんだな。
それとまるで自分の家みたいに言い出したんだけどこの先輩は。
家に帰り俺はいつものようにリビングでアニメ鑑賞をしていると三人は台所でキャッキャと楽しい声を発しながら料理をしていた。
主に味付けはあかりが担当で下ごしらえなどは二人の担当らしい。
台所に三人は流石に狭いだろ、なんて思っていたけど楽しそうだし俺もアニメを見て楽しむ。
「なんでここでヒロインとくっつかないんだ……」
衝撃の展開に俺はそのままアニメを見れなくなる。
放心した状態で天井を見上げているとご飯が出来たと呼びに来たので四人でご飯を食べる。
今日は沢山頭を使ったので俺は栄養を欲していた。
三人は何か喋りながら食べていた気もするが俺は気にせず飯を食らう。
今日は人が多いからかいつもよりも美味く感じた。
「ごちそうさま。今日のご飯も美味しかった」
「お粗末さまです。出汁を変えてみたんですけど気に入ってもらえて嬉しいです」
なるほどなー出汁を変えたのか。
美味いのには変わらなかったのでさっぱり分からなかった。
「今度出汁の取り方教えて」
「もちろんです。月先輩の包丁捌きも教えてくださいね。私あんなに綺麗にお魚捌けないですから」
「任せて」
あかりと月先輩が料理の話題で花を咲かせている。
いつも通り抑揚がなく淡々と喋っている先輩だが時折笑顔を見せて楽しそうだ。
「ねぇ、カエデ。この世界は楽しい?」
「どうしたんだ急に? 楽しいに決まってるだろ」
二人をまるで我が子のような目付きで眺めながら美里は俺に訊ねる。
「そう。それなら良かった」
「いつの間に仲良くなってたのか知らないけど、みんなが仲良くなってて俺は嬉しいぞ。健がこんな状況を見たら自分の爪でも噛んで羨ましそうにするだろうな」
「あはは、健くんは女の人に好かれない星で生まれたのかもしれないね。絶対同じ空間に居たくないね」
綻んだ笑顔を見せる。
いつもの元気な美里とは違い何だか切なくも感じたが「健」というワードを出すといつものただの元気な美里に戻った。
それにしても容赦のない言い方だな。
「ねぇ、カエデくん……今日泊まってもいい?」
あかりと話していた月先輩が今度は俺を見て上目遣いで訊ねてきた。
「良いですよ。俺のベッド使いますか? 俺はここで寝るんで」
もちろん断る意味もなく快く了承した。
どうせ俺はリビングのソファで横になりながらだらだらとアニメを見る予定だったし。
「私もここで寝る」
「あ、ズルいですよ。月先輩!」
「そうですよ。お兄ちゃんと寝るのは私なんですから!」
なんだなんだ。今日はもしかしてお兄ちゃんの日とか、男の人と寝るのを法律で義務付けられでもした日なのか。
それともあれか?
ついに俺の魅力に気付いてしまったか。
「仕方ないなぁ。それじゃリビングに布団でも敷いて雑魚寝でもするか」
俺がそう提案すると三人は両手を上げたり頷いたりと各々嬉しそうにしていた。
そして、あかりが目にも止まらぬ速さで人数分の布団を敷くと三人はお風呂へと向かっていく。
けどそこで俺は思ってしまう。
「これじゃあゆっくりアニメも見れねぇじゃねぇか」
それともあれか三人はそれが目的で俺と寝たいと言い出したのか。
テストも近いので俺をアニメから遠ざけようとしている?
なんて策士なんだ……。
「まあいいや。風呂入ってるうちに見とこ」
俺はパッケージからお気に入りのアニメのDVDを取り出しプレーヤーへと入れて鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、妹たちが居ぬ間にアニメを楽しんだ。
ハーレムもののアニメなんだが俺の今の状況と少々重なる部分がありそわそわしてしまう。
「まさか、キスくらいはあるのか……いや。それより上も!?」
風呂上がりの女子三人が帰ってくるので、もしキスはなくてもラッキースケベのひとつやふたつあるかもしれない。
そう思ったら俺はソファに正座になり待機をするしかなかった。
「お兄ちゃん? 何してるの?」
パジャマに着替えたあかり達が戻ってくる。
まだ完全に乾いてない髪が証明に照らされて艶めかしい雰囲気を醸し出している。
それにシャンプーかボディソープのいい匂いが俺の鼻腔くすぐる。
同じものを使っているはずなのにどうしてここまで違う匂いなんだろうな。
「ちょっと座禅をな」
「それ思いっきり正座じゃない。きっとカエデは私たちがお風呂に入っているのを想像しちゃったんだよね。もぉ、えっちなんだから」
「そこもカエデくんの良いところ」
気さくに返事をしたのだが当たり前のように美里に突っ込まれ、月先輩には褒められた。
美里に言われ初めて三人がお風呂に入っている妄想をしてしまう。
ぺったん、ぺったん、つるぺったんこ……素晴らしい発展途上ばかりで大変結構である。
「一リットルまでなら飲むのを許す」
月先輩がペットボトルを俺に手渡してくる。
ほのかに暖かくそれでいて少し黄色い。
「これってまさか!?」
俺は生まれて初めてかもしれないほど目を大きくして驚いた。
そういう嗜好があるのを知らない訳では無いしどちらかと言えば将来試してみたい気持ちもある。
けどこうやって美少女のを大量に貰うと嬉しいのだがどうしたらいいのか分からない。
俺はペットボトルの蓋を捻り唾を飲む。
そうして大人の階段を百段ほど掛け上がろうと口をつけようとした。
「お風呂のお湯。柚子風味」
「飲めるかー!」
それ以上のものを飲もうとしていた自分だったが先輩の声で冷静差を取り戻す。
俺はすぐさまペットボトルの蓋を閉めて閉めたことに若干の後悔の念をを抱き、名残惜しそうに抱きしめる。
暖かさが三人を感じたような気がした。
「残念だけど新しいお湯に張り替えたからね。お兄ちゃん、飲まなかったことを後悔しないでよ」
「大丈夫だ。もう既にしてる。とりあえず俺も風呂入ってきますよ」
ペットボトルを先輩に返して俺は風呂へ向かう。
今日も色々な出来事があって疲れた、熱いお湯に浸かって疲れをとりたかったのだ。
「ふぅ〜」
さっきまで三人が風呂場を使っていたかと思うと洗いあったりしたり胸の大きさを比べていたりしたのか気になってしまう。
それに月先輩は戻ってきたけど陽先輩はどうなったんだ?
ゾンビと共に陽先輩を始末してしまったのだろうか。
だとしたら帰ってくるまでが早すぎる。
あんなに不利の状況で月先輩がそんな簡単に片付けられると思っていない。
「もしかしたら、俺と同じくあの本棚を使って学校まで飛んできたのかな」
それにゾンビがあれだけ居たのなら学校に潜伏させて俺や月先輩を狙えたはずだ。
まあよく分からないけどゾンビは俺に攻撃出来ないみたいだし、それが分かってるからか旧荻野邸で身を潜めていたのかな。
どっちにしろ襲ってこないのならば関係ない。
雑念を振り払うかのように体を洗いさっさと出る。
自分の部屋で寝たら怒られそうなのでリビングに戻ると俺が寝るであろうスペースが真ん中に設けられていた。
右には美里が左には月先輩が、そして上には妹のあかりが待機している。
「あ、やっときたよ。ほら、カエデ。みんなで寝よ?」
「早く隣来て」
「お兄ちゃん、寝相のせいにして変なとこ触ったらダメなんだからね」
ここは天国か?
三人に促され俺は布団に入り眠ることにした……のはいいのだが甘い香りに包まれていて俺の目もどことは言わないけれどギンギンにされている。
反対に三人は糸が切れた人形のようにすぐに眠りについていた。
時刻はまだ十一時を回ったところだ。
普段のあかりならば深夜の三時くらいまで平気で起きているのだが今日ははしゃいだからかぐっすりで普段からこの時間に寝てて欲しいと思ってしまう。
「俺のためにいつもありがとな」
癖であかりの頭を触るといつもの感触とは違い、ベッタリとそれでいて俺の手が飲み込まれる感覚がする。
まるでスライムのようなのだ。
かと思っていると左右に居た美里と月先輩がゆっくりと起き上がり俺に覆い被さった。
「ネェ、コノセカイ、タノシイヨネ」
「タノシイ、ヨネ」
二人の体が溶け始めそれが俺にベタベタと着く。
熱い……なんだこれは!?
酸性の何かを浴びせられているようにも思える。
これは夢なのか。
夢なら覚めて欲しい。俺は振り払おうと必死に藻掻くが指一本動かせない。
天国だと思っていた状況がいきなり地獄へと変貌する。
俺はそのまま飲み込まれトドメを刺すかのようにあかりだったそれは俺に覆い被さり視界は真っ暗、そして鼻からも口からも呼吸が出来ず意識を失った。
意識を失う少し前に俺は悟った。
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