妹vs姉
「うふふ、あははははは。これでカエデくんはもう帰らぬ人ですね。どうしますか、月? 平伏して私のモノになりませんか?」
カエデくんが本棚に飲み込まれると彼女は甲高い笑い声を発する。
それが終わると私に平伏しろ自分の物になれとふざけたことを口にしていた。
「嫌」
誰が貴方の物になるものか。
カエデくんが消えた今ならこれを使っても大丈夫。
私はいつも腰に携帯している手榴弾を投げようと構える。
「あら、今ここでそれを使ったら本棚にも傷つきますよ? そしたらカエデくんは一生そこから出られないかもしれませんね」
「ちっ」
ニッコリとゲスな笑いを浮かべて私の作戦を易々と見破った。
私は反射で舌打ちを打つ。
彼女には一度も手榴弾を持っているなんて教えてないし見せていないはずだったのに彼女は知っていた。
それもアレの力なのか……。
考える隙を与えまいとゾンビが私に襲い掛かる。
腐敗もしていない精巧なゾンビではあるのだが知性が著しく猿より悪い。
これも精巧差を求めた故かそれとも元々中の人が馬鹿なだけだったのか。
どちらか分からないけれど一匹一匹着実に始末していく。
「即席じゃ役に立ちませんか」
短い溜め息をしてゾンビを見下した目で見ている。
いや、ゾンビだけじゃなく私もきっと見下しているのだろう。
彼女はそういう人間だ。
生まれて物心が着いてから全ての人を見下してきた。
表面上ではお礼を言ったりするのだが中身はそれが当たり前と思っているに違いない。
今回のこれも私に勝てて当たり前、そして私をゾンビにして意のままに操って遊びたいはず。
「多少計画が前倒しになりますがこれを使いますか」
制服のブレザーにあるポケットを漁り何かを出す。
それを見た私は驚愕した。
あれは母の形見であるイヤリングだ。
私はそのイヤリングを探しにわざわざ旧荻野邸に来た。
図書室で口にすると誰が聞いているか分からなかったので言わなかったのだがまさか先回りされていたとは。
「流石の月も可愛いお目々を大きくして驚いていますね」
「それは貴方が使っていいものじゃない」
荻野家はというより私たちの母は不思議な物を呼び寄せる体質だった。
なので山奥に家を建てて他の人に迷惑が掛からないように暮らしていたそう。
あのイヤリングも不思議な物のひとつで身につけることで自分の筋力を倍増させることが出来る。
だけど体がムキムキになったりはしないようでか弱かった母はいつも身につけていた。
何処かにあるとは思っていたけどまさか彼女の手に渡っていたなんて……。
「いきますよ、月」
てっきり身につけるかと思っていたのだがイヤリングをまるで錠剤のように飲み干してしまう。
「なにを……!?」
彼女の周りにビリビリと電撃が走る。
まだ生きてるゾンビがそれを見ては驚き四つん這いになって部屋から出ていく者やパニックになってるのか四隅で壁をがりがりと掻いて逃げたがってる者がいた。
味方であっても恐ろしいと感じてしまうのだ。
「この感じ、凄まじいですね。お母様はこんな素敵な物を私に教えてくれただなんて感謝してもしきれないです」
「それは母が教えたんじゃない。貴方が奪ったもの」
私はデザインカッターを構えて睨みつける。
手榴弾は使えないしこれしかない。
圧倒的に不利な状況だけど私には勝算はある。
「あぁん♡ その目、堪らなく好きです」
頬に手のひらを当てて喜んでいるように見える。
かと思うと気付けば彼女は私の前に立っていた。
「挨拶代わりにまずは一発」
そう言って彼女は私の左腕を切り落とす。
噴水のごとく噴射された血液は辺りを汚した。
床が赤いから見にくいが止めどなく溢れ出る血は見るからに痛そう。
けれどその血が出ている部分から新しい腕が生える。
そして元の腕は灰のように消えてなくなった。
「いつ見ても月の再生は素晴らしいですね。私もその能力欲しかったです」
羨ましそうに私を見る。
隣の芝生は青い状態だ。
私はこんな力要らなかった。
誰かの役に立ったことなんて今の一度もなかったし、これを知ると気持ち悪がられた。
だから死に場所が欲しくて色々やった。
初めは自分で自分の手首を刃物で切ってみた。
物凄く痛くて耐えれなかったけど何度も繰り返す度に今はもう痛いという感覚は一切なくなってしまった。
そうして色々やっていくうちにストレスからか髪は段々と茶色くなっていき、今度は薬で死のうと考え沢山飲み始めたら髪が白くなりアルビノと呼ばれるようになった。
「けれど、カエデくんのために私は頑張る!」
ここで死んだらカエデくんに願いを叶えて貰えない。
死にたいとは思っているけどこの女にだけは殺されたくない。
例え殺せなくても殺すことより酷い惨状になってしまうだろう。
それだけは避けたい。
改めて構えるが彼女の攻撃は激しく、右腕に持っていたデザインカッターごと切り落とされてしまう。
「そう言えば、横に切ったらどうなるんでしょうか?」
好奇心が強い子供みたいに言っては直ぐに実行に移す。
私の体は上下に分離する。
そしてすぐに上半身から下半身が生えてくる。
「その再生は規則性があるんでしょうか?」
立てなくなっている私を再生する度何度も何度も切り裂く。
私も知らなかったが特に規則性もなく上下ランダムに再生するらしい。
「ふむふむ。脳や心臓を元に再生をする訳ではないんですね。私のコレにもソレを取り入れられたら無敵なんですけどね」
理解しても尚、私を切り続ける。
逃げられないようにし、私の心をへし折るためだろう。
でもここで逃げたらカエデくんが助からない。
私は頑張って少しずつカエデくんの入った本棚から離れる。
逃げる訳ではないのだが彼女には逃げようと見えているはずだ。
「さっきの威勢はなんだったんですか、月? それじゃ何年掛かっても私を殺すことなんて出来ませんよ!」
彼女は私を再び真っ二つにした後、切り口に蹴りを入れる。
内蔵が飛び出てとてもじゃないが見苦しい状態になるがそれもすぐに再生する。
そして私は廊下に出され壁に背中を打つ。
でもこれで本棚から離すことが出来た。
「もっと嬲って嬲って精神を破壊してからの方が面白そうですよね」
今度は私の心臓を抉ろうとナイフを突き立てようとする。
チャンスは今しかない。
私は急いで手榴弾を取り出しナイフに近付けた。
その行動を読めなかったのかそのまま彼女は手榴弾を刺して爆発する。
そうして私たちの居る場所は崩れ落ちる。
手榴弾を刺したナイフは勢いが余り私に突き刺さし体を真っ二つにしてくれたお陰で下に飛ばされずに再生することが出来た。
けれど時間は限りなくない。
「カエデくんを助けないと」
私は躊躇わずに本棚へと駆け込む。
すると一瞬真っ暗になってから夜の学校に着いた。
カエデくんは学校に?
「あの人のことだから明るいうちにはもう帰ってるはず」
三度の飯よりアニメが好きだし帰って見たいと思うだろう。
人が誰も通っていない道を歩きカエデくんの家に急ぐ。
早くしないと彼女が本棚に何かしらの細工をしかねない。
私はどうにかなるだろうけどカエデくんは一度やられたら終わり。
短い期間ではあるけれど先輩と後輩の仲だし後輩が居なくなるのは多分寂しい。
「はぁ……着いた」
彼女との戦闘の疲れからか思ったより時間が掛かった。
家の電気は消えていてもう眠ってしまったのだろうか。
アニメ狂いのカエデくんに限ってもう寝ているとは思えない。
何かがおかしい。
私は玄関から入りリビングへ向かう。
鍵が掛かっていたが得意のピッキングで難なくこじ開けた。
そしてリビングに着くと黒くなったスライムのような物がカエデくんを包み込んでいた。
「カエデくん!?」
黒いスライムを素手で剥がす。
ベタベタで気持ち悪いけど今は考えてる暇はない。
必死で剥がすと幸せそうな顔をしているカエデくんが露になる。
「どうしてそんな顔をしてるの」
助けた自分に何故か腹が立ち気付けば何故か彼の顔をビンタしていた。
「いふぁ、先輩!?」
軽く叩いた気がしたけれど彼の額には私の真っ赤な手形が着いていた。
「本当に先輩なんですね?」
「もしかしてこれが私だった?」
ビチビチと拳くらいの大きさになった黒いスライムを指差すと頷く。
「そうです。それが甘え上手な先輩だったんですよ! 俺に先輩が入った風呂のお湯を飲ませようともしてました」
「……その話は後で聞く。今はここから出る」
「やっぱりここって本棚の世界?」
私はこくりと頷く。
と言うか気付いてたのならどうして脱出しようとしなかったの。
これも後で聞くとしてまずはカエデくんの家を出ようと彼の手を掴んで玄関に向かおうとした。
「どうしたの?」
けれど彼はその場に留まり黒いスライムを見つめている。
「あかりと美里と月先輩のニセモノだったんです……でも三人とも優しくてドロドロに溶けたのもきっと訳があるんじゃないかなって。連れて行っても良いですか?」
「そんなのダメに……分かった。カエデくんがきちんと責任もって」
彼は涙を流しながら私に訴え掛けていた。
一度は止めて無理やりここから出ようと思ったけど黒いスライムの塊は小さく収束していき拳くらいの大きさになって彼に寄り添おうとしていた。
もしかしたらもう一度大きくなって今度は私も巻き込む作戦かもしれないけれど何か意味がある気がして許可せざるを得なかった。
彼は自分の制服にある胸ポケットに黒いスライムを仕舞った。
「分かりました。後、先輩が本物かどうか確かめたいので胸をふぎゃ──」
手付きが気持ち悪かったのでその手を捻る。
彼が何をしでかすか安易に想像できてしまう。
先進国である私の胸を揉んでその感触を堪能したかったのだろう。
「うん、その反応は確かに先輩だ」
どうやら私のリアクションで本物かどうかを確かめたかったみたい。
ただのスケベかと思ってたけどたまには頭が回るだなんて。
多分ただの言い訳だと思う。
カエデくんと私と黒いスライムは再び学校へ戻ることにした。
きっと入口があそこだったから出口もあそこなはず。
今まで人影が一切なかったのだが校門に一人の少女が立っていた。
見なくてもわかるし本当は見たくなかった。
陽だ。
「今回は早かったですね。丁度いい機会ですから、カエデくんにも見てもらいましょうか」
ナイフを手にして彼女は私の前に一瞬で移動する。
そしてまた私を真っ二つにした。
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