罪な男
「月先輩!?」
目の前で先輩は真っ二つになった。
必死にそれを抱きしめて俺は陽先輩を睨むことしかできなかった。
「大丈夫」
人は窮地に追い込められると幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりするという。
俺は今、月先輩が喋ったように聞こえたのだ。
「先輩……ごめんなさい。俺の……俺のせいで」
強く抱き締めて涙を流す。
そんな姿を先輩は心配して俺に手を差し伸べる。
これも幻覚か……。
「驚きましたか、カエデくん。月は殺しても殺しても死なない体なんですよ。まぁ初めての体験で未だに月が死んでると思ってみるたいですけど」
クスクスと笑みを浮かべながら陽先輩は説明してくれたのだが俺は突然のことで頭の整理が追いつかなかった。
けれど真っ二つにされたはずの先輩が元に戻っているのを見て無理矢理にでも理解さざるを得ない。
確かに月先輩は真っ二つに裁断された、でも元通りになって生きてる。
「出来ればカエデくんには見られたくなかった」
物理的に体の内側を見られたのが恥ずかしかったのか月先輩は裾を掴んで恥ずかしそうにしている。
「でも死なないでくれて……良かったです」
「……これを見ても何とも思わないの?」
俺が安堵の表情を浮かべていると驚いた顔をしてこちらを見る。
流石にちょっと血がいっぱい出てきて怖いとは思ったけれどそれより先輩が生きててくれて俺は嬉しい。
「あのナイフ、凄い威力ですね」
何を言っていいのか分からず咄嗟にそんなことを口にした。
「ナイフじゃなくて彼女はイヤリングを飲み込んだ。それで力が何倍にも強くなってる。私はあれを探しに旧荻野邸まで行ったの」
飲み込んだ!?
それと同時に俺はあかりからもらったイヤリングの存在を思い出してポケットを確認する。
ポケットにはイヤリングの感触がありこのイヤリングではないみたいだ。
ぶつけてと言われたから力が増すとかそういう類の物ではなく、相手を封じたり殺したりするような代物なのかな。
それとも陽先輩が更にパワーアップさせるためにわざとあかりが嘘を……そんなこと思いたくない。
それより──
「どう足掻いたって勝ち目がないじゃないですか!?」
例え俺の持っているイヤリングがそういう力だったとしても近寄れなければ意味がない。
ぶつける前に破壊されるのが目に見えてる。
「私が囮になるからカエデくんは出口を探して」
言い終わる前に月先輩は俺から離れ陽先輩に斬り掛かる。
でも今の陽先輩には妹は蚊くらいにしか思ってなさそうでひらりと躱し今度は首を切断した。
ドロリと血が溢れ出る。
月先輩が切られたのを見るのは二度目になるがやはりこういうのは慣れないらしい。
胃がムカムカとして踏ん張っていなければ吐いていたかもしれない。
「カエデくん、早く!」
再生し終わった月先輩が俺に行けと促す。
だけど先輩を置いて行けない、それに出口を探してと言われても何が出口になっているのか見つけても先輩を連れて帰ることも出来ないだろう。
それに怖くて足が動かないんだ……ハハッ。
きっと乾いた笑いと気持ちの悪い笑みを浮かべてることだろう。
「どうやら怖くて動けないみたいですね。月、貴方を見て彼は恐れてるんですよ。化け物じみた能力を持っていて怖くないはずがありません」
違う。本当に怖いのは陽先輩の方だ。
声を大にして訴え掛けたいのだが体が、顔が、声が出ない。
「ふふ、月の心が壊れる顔は本当に心地がいいです。すぐに私のモノになっていればこんな思いをしなくて済んだのに」
「うるさい!」
何か出来ないのか……。
そう思っていると俺の胸ポケットがぞわぞわする。
あかり達だった物だ。
何かを感じ取ったのかイヤリングがある方のポケットに向かう。
まさかお前が陽先輩にぶつけてくれるのか?
口は動かせず頑張っても目線だけだったが理解してくれたようでこくりと頷いたように見えた。
そうしてイヤリングを取り込み気合いを入れたのか縮小し、そして陽先輩目掛けて突っ込んでいく。
「月先輩!」
やっと声が出た。
だけど絞りカスのような掠れた声しか出てない。
でも月先輩は俺の声に気付いて振り向く。
さらに俺に集中してもらうために何かを言わなければ……でも何を?
そんなの決まってるか。
「俺は貧乳でもだいたいいけます! もちろん、巨乳も大好きです!」
予想外だったのか月先輩だけでなく陽先輩もぽかんと口を開けて呆れた様子だ。
だがそれでいい。
注意を引きつければ問題がないのだ。
黒いスライムは陽先輩の足元にたどり着き一気に大きさを増す。
俺に覆い被さった時と同じくらいの大きさだ。
そうして包み込むと俺の体は軽くなった感覚を覚える。
「やめなさい! ……離しなさい!」
陽先輩はスライムに向かってナイフを使い必死に斬り掛かるが飲み込まれていくだけでただの悪手でしかない。
そうして陽先輩は全て包み込まれ俺は何故かいやらしい気持ちになった。
「あれは何?」
俺の胸に対するカミングアウトを無視して戻ってきた月先輩は訊ねる。
「ある人からイヤリングを渡されていたんです。あれを連鎖強盗を起こしている首謀者にぶつけると止めさせることが出来るとかなんとかで。本当はこと座流星群があったあの日にどうにかしたかったんですけど今になってしまいました」
説明するとまたぽかんと口を開けて理解してなさそうだった。
先輩の再生能力も俺からしたらそんな感じでしたけどね!
てかそんなものがあるならあの時俺をゾンビの群れに投げなくても良かったんじゃ……。
まあ気持ち悪がられると思って出来なかったんでしょうけどね。
「あれも母の付けていたイヤリングに似てる」
月夜に照らされ光るイヤリングを何処か懐かしそうに目を細め、それから憐れむ目に変わりスライムに飲み込まれた姉を見つめている。
陽先輩が飲み飲んだイヤリングも俺が持っていたのも二人の母親の物だったのか?
それならどこであかりがこれを手に入れたのか。
陽先輩な藻掻き掻しむが全て無意味で体力を消費するだけだ。
「え、陽先輩は連鎖強盗の首謀者じゃない!?」
スライムに飲み込まれて意識は失ってはいるものの何かの効果が発揮された気がしない。
「とりあえず出口を探す」
月先輩はそそくさと校舎の方へ向かってしまう。
黒いスライムは役目を終えたと感じて戻ってくる。
「ありがとな。お前のお陰で危機は脱したと思う」
頭がどこか分からないけれど上の部分を撫でてあげた。
あの時ドロドロになって俺を襲ってきたのは寂しさと嬉しさが入り交じってたのかな。
きっとこの子は俺を独占したかったのだろう。
女の子だけではなく無機物にすらそう思わせてしまう俺。
「全く罪な男だぜ」
再びスライムを胸ポケットに仕舞う。
そして陽先輩を見つめた。
先輩の胸は大きくて好きだ。
それにここでこのまま放置していく訳にはいかないし、姉妹なんだから仲良くして欲しい。
俺は陽先輩を背負って月先輩の元を急ぐことにした。
「はぁ……もう好きにして」
既にスライムの時点で呆れられているようだったので陽先輩を連れていくのを断ることはなかった。
そうして三人と一塊は校舎の中に入る。
夜と言うのと人が誰も居ないのを除くといつも通りの校舎だった。
「出口の目星はついてるんですか?」
「こういうのは屋上って相場が決まってる」
まるでゲームや漫画のテンプレのように月先輩は前を見て淡々と答えた。
決して冗談を言うような人ではないので今は信じるしかない。
陽先輩の胸の感触を楽しみながら俺達は階段を上がり屋上へとやってくる。
そしてもう一人見慣れた人物が屋上に待っていた。
「美里?」
「あれ、カエデ!?」
幼馴染の美里だ。
屋上の貯水がある部分に座って月夜を楽しそうに鑑賞していた。
これもスライムなんじゃないかと思ったが違うと思い俺は美里のスマホに電話を掛けると美里のポケットから着信音が聞こえた。
「まさか美里が連鎖強盗を引き起こした犯人だったとはな」
「何のこと言ってるのかな、カエデ? 私は気付いたらここに居たんだけど」
きっとそれは嘘だ。
気付いたら居たなんてことがあったら不安で必ず俺に連絡が来るはずだ。
今ので連絡が可能なのが分かったし、もし俺でなくともあかりに連絡がいき、あかりから俺へと連絡があるだろう。
俺より遅くに入った可能性もあるがそれなら月先輩や陽先輩が見ていてもおかしくない。
「何が目的だったんだ? みんなが願いを叶えるために必死で動いてるのを見てるのがそんなに面白かったのか?」
俺の質問には答えないようだ。
ならば更に質問を続ける。
「スーパーの前でぶつかってきたのはお前だろ? 五キロも離れた花屋から警察官を巻けるのは世界中何処を探しても美里しかいないと思ってるんだぜ」
「あはは、珍しくカエデの推理が当たっちゃったよ。当たらなければ殺されないで一緒に楽しく日常を送れたのにね。私はね、あの時の連鎖強盗でカエデを守るために願ったんだ」
あの時とは、こと座流星群があったあの日のことだろう。
何故か陽先輩の攻撃を弾きゾンビたちは俺から離れていった。
確かにあの時は助かったけれど含みのある言い方なのでどうせろくな願いじゃない。
「カエデを殺せるのは私だけにしてください、ってね」
「はぁ、幼馴染でヤンデレ属性か。俺はヤンデレは好きじゃない。王道ツンデレ派だ。幼馴染なのにそんなことも知らなかったなんてな」
やっぱり呆れた願いだった。
陽先輩とは違って美里相手だからか緊張感があまり感じられない。
けどこの状況をどうにかしないといけないのは事実だ。
「月先輩、どうしますか?」
「カエデくんの幼馴染が犯人だったのには驚いた。けどやらなきゃ帰れない」
姉のナイフを構えて壁を蹴り美里に突っ込む。
美里はそれを躱すため、貯水槽から飛び降りてこちらへやってくる。
「しまった!?」
あまりの身の熟しに驚き俺を守るために戻ろうとしてくるが間に合わない。
幼馴染に殺される……そんな運命も悪くないか。
俺は目を瞑り安らかな笑顔を美里に見せる。
きっとその姿を見て腹が立ったことだろう。
美里のパンチの風圧が目を瞑っていても感じる。
俺にパンチが当たる寸前、俺の背中が軽くなる。
そして目の前には素手で美里の拳を握りしめている陽先輩が居た。
「カエデの味方をするつもりですか?」
美里はパンチをしていた手ではなく反対の手を使い陽先輩に握られている手を叩いて払い距離をとる。
「……カエデくんをめちゃくちゃにするのは私です。貴方は出てくるはずじゃなかったのに……」
俺を取り合っているのでそこだけ見れば嬉しいのだがどちらかが俺をめちゃくちゃにすると思うと全然嬉しくない。
そして二人は知り合いのような話をしているので何処かで出会っていたのだろう。
「どっちもさせない」
私を忘れないでと言わんばかりな月先輩は壁を蹴り縦に一回転をして美里の後ろに立つ。
この世界は俺がモテモテになるのか?
「仕方ありませんね、月。ここは共闘と行きましょうか」
「嫌だけど仕方ない」
渋々了承した月先輩は陽先輩に向かってナイフを投げる。
まさかの裏切りか!? 等と思ったが姉である陽先輩はナイフを綺麗に受け取っていた。
嫌とか言ってる割には息がぴったりだし流石は姉妹だな。
「一人増えたところで変わりないですよっ!」
前に重心を掛けてこっちへ飛んでくるかと思うと美里は月先輩に向かっていく。
「来ると思ってた」
月先輩はひらりと躱す。
そして勢いが抑えきれない美里は屋上のフェンスを飛び越えていく。
「うわぁ──!?」
「美里!!!」
俺は気付けば美里を助けようと駆け出し美里の手を掴んでいた。
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