四月終わり
「カエデ!?」
落ちることを覚悟していたのかいきなり落下が止まり上を見ると俺が居たので驚いていた。
「今助けるからな──んぐぐぐぐ……」
片手では少しずつ落ちていくので両手を使い美里を救出する。
それでもやっぱり非力な俺の力では少しずつ上げるので精一杯だ。
「どうして私なんか……」
「なんかじゃない。幼馴染だろ!」
「だって私……カエデに。みんなに酷いことしたんだよ!」
助けて欲しいけど助けられたくない、そんな表情を浮かべ涙を流す。
「それなら俺だって月先輩にも陽先輩にも酷いことされてるぞ。間違ったのなら謝ればいいだろ」
「カエデ……」
そうして漸く美里を屋上に戻すことが出来た。
流石に月先輩とは違って体格差があるし陸上部なので筋肉もついている。
だから引き上げるのには苦労した。
疲れたので座ろうとすると美里は俺を抱きしめる。
俺の言葉が美里の心に響いたんだろうな。
「ばっかじゃないの?」
えっ?
そのまま俺は美里に屋上から落とされてしまった。
段々とみんなが遠くなる。
そして今までのことがフラッシュバックする。
あんなに世話を焼いてくれた美里は全て演技だったのか?
あかりと楽しそうにする美里やご飯を美味しそうに食べていたのもヤバい料理を作っていたのも全てあの日常全てが嘘だったのか……美里。
十五年間、俺は美里とあかりと一緒に生活してきた。
家族ぐるみの仲でもう俺達は家族と言っても過言じゃないくらい仲が良かったのに……。
悲しいけど涙が出てこない。
本当に悲しい時は涙は出ないんだな。
死ぬ前に勉強になったよ。
俺は空中ということもあり、抵抗が一切出来ずなすがまま地上へと真っ逆さまに落ちていく。
「まったく、カエデくんはもう少し警戒することを覚えた方がいいんじゃないですか?」
陽先輩の小言が聞こえる。
「柔らかい。これが天国か……」
俺は後頭部に当たった柔らかい感触を心の底から楽しんだ。
天国って巨乳の先輩が居るんだな。
「ひゃっ!? ま、まだ死んでいませんよ! い、今は後頭部を胸に当てて楽しまないでください!」
今はって言ったよな?
一体いつなら楽しんでいいんだ。
先輩の驚く声を聞いて俺がまだ生きていると気付かされる。
きっと陽先輩はこうなることを予想して下で待機してくれたのだろう。
月先輩も多分分かってて上で待機している。
結局俺は美里を納得させることが出来なかった、幼馴染なのに不甲斐ない思いしかない。
「すいません、俺……美里を……」
「謝って欲しいのは私の胸に頭をグリグリしてたことなんですけど、今は美里さんを止めることに専念しましょうか。カエデくんのお陰で打開策はありますし」
俺が先輩の胸を刺激したことで脳が活性化されて……いや、脳だけでなく体が活性化され先輩は無敵に!?
きっと月先輩の再生能力みたいに俺も他人の力を増幅させる能力にでも目覚めたのだろうか。
そして、今思い出すと先輩はいやらしい声を出していた気がする。
それもきっと能力を高めた合図に違いない。
「さっきアレからこれを貰いました。片方は月が持ってます」
そう言ってイヤリングを俺に見せる。
どうやら俺のお陰っていうのはそれのことみたいだった。
さっきまでの自分が恥ずかしくなる。
「同時に美里さんに当てることで彼女の力を無効化出来るはずです」
「でもどうやって?」
言うは易く行うは難し。
陽先輩でも互角なのに難しいのでは。
「それはカエデくんを囮に使うんですよ! 美里さんに思ってることをぶつけてくださいね」
言うより速く俺の体を掴んで陽先輩は俺を天高く投げ入れた。
急激に空が近くなってびっくりはするが俺の仮説が正しければ美里にやられた行為以外なら無傷なのだろう。
屋上が見え月先輩と美里が戦っている。
いや、戦っているという表現が間違ってるんじゃないかと思うほど一方的で先輩は美里のサンドバッグになっていた。
けれど俺が上がってきたのに気付くと美里はこちらへ駆け寄ってくる。
ボスが弱い取り巻きを出したらその取り巻きから処理するのは定番だからな。
それより陽先輩に言われた通り美里に思ってることをぶちまけないと。
何を言う?
そんなの決まってる。
もう何年もお前に苦しめられてるんだ。
わざとだったとしたら悪質だし、わざとじゃなくても悪質だ。
「美里の料理は不味いんだよぉぉおおお! それが分かってて絶対俺に食べさせてただろ! もう少し料理の勉強してから俺に食べさせろよ!!!」
美里との距離は一メートルあるかないか。
俺の言葉に動揺したのかパンチする手が一瞬止まる。
その一瞬で良かったんだ。
左は月先輩、右は陽先輩が美里に迫り肩を掴む。
そうして俺達は白い輝きに包まれあまりの眩しさに目を閉じ、そして再び目を開けると旧荻野邸の玄関前に居た。
「帰ってこれたのか……美里!?」
陽先輩に膝枕をされて倒れている美里を見つけ揺さぶる。
膝枕が少し羨ましい。
「気を失っているだけです」
「だけど連鎖強盗も怪力もなくなったと思う」
「これで終わったんですね」
終わったと口にした途端俺の体の力が抜ける。
これは誰かにやられた訳じゃなく単に緊張の糸がほどけたのだ。
「私も興が冷めてしまいました。月、たまには家に帰って来てくださいね」
「嫌」
一瞬だけ空気が凍ったような気がした。
「そうですか。カエデくんなら来てくれますか? もちろん痛いことなんて絶対にしません。それより気持ちのいいことをしてあげますよ。ふふっ」
妹に断られて残念そうに溜め息を漏らした先輩は微笑みながら次は俺を誘っている。
俺の頭の中で「気持ちのいいこと」という言葉がやまびこのように鳴り響く。
さっき頭で味わった以上のことをしてくれるに違いない。
「はい、行きます!」
「カエデくん!?」
目を輝かせながら答える俺とそんなの行くわけないと思ってたのに行くと答えて驚く月先輩。
「決まりですね。今から行きましょうか」
「連鎖強盗の因果関係も知りたいですからね」
陽先輩は手と手を合わせて喜んでいた。
俺はどうして連鎖強盗なんて起こったのか知りたかった。
というのは建前で本当は気持ちのいいことは何なのか知りたい。
多分二人にはお見通しなのだろうけど。
「はぁ、カエデくんが変なことしないように私も着いていく」
月先輩は嫉妬なのか渋々着いていくようだ。
だけど変なことするのは姉の方だと思うんですけど?
美里に関してはここに放っておけないし有無を言わせずそのまま連行していくつもりだ。
もし起きて暴れるようなら美里のお尻を使って一曲奏でてやろう。
「ありがとな。お前が居てくれたから助かったよ」
俺は胸ポケットにいたスライムを撫でる。
するとスライムは天に向かって霧散し始めた。
「アリガ……トウ…………」
あかりと美里と月先輩の声が混じったような声でお礼を言って消えていった。
きっと人から優しくされたことがなかったのだろう。
そう思うと可哀想だったな。
どうか安らかに眠って欲しい。
「アレも生前、母が引き連れていたのでしょうね」
「本棚に隠れてたのかも」
「そこら辺も詳しく教えてくださいね。てっきり壮大な姉妹喧嘩だと思ってたんですが、まさか裏で幼馴染が糸を引いてたとは思いませんでしたよ」
「早く聞いて早く帰る」
月先輩は面倒臭いと思ってるのかさっさと行きたい様子だ。
俺も美里をお姫様抱っこをして玄関に向かう。
「カエデくんを篭絡してからの方が良さそうですね」
何やら後ろでボソッと陽先輩は呟いたが何を言ったのか聞き取れなかった。
別に聞き返すようなことではなさそうだし俺達は来た道を戻って今の荻野邸へと向かった。
流石に歩きでは美里をお姫様抱っこしている俺がきついのでバスを使って行くことにした。
十分も掛からずに荻野邸に到着した。
「うわぁ……なんだこりゃ」
俺は驚愕する。
旧荻野邸もそこそこ大きかったのだがここも中々の大きさだ。
二階建てで白を基調としていて端から端まで全力ダッシュすると絶対疲れる自信があるほど横幅がある。
旧荻野邸とは違い蔦や蔓がないので余計に綺麗さが目立ち玄関前にある花壇がそれを更に目立たせている。
「てか先輩ってお金持ちだったんですね結婚してください」
気が付けば俺は先輩二人に求婚をしていた。
「ふふ、カエデくんは本当に面白い人ですね。ただ家が大きいだけでそれ以外変わったことは何一つありませんよ。メイドや執事なんかも居ませんし」
「そうなんですか?」
てっきりメイドが「おかえりなさいませ、ご主人様」と出迎えてくれると期待していたのだけど、それはまあ寝ている美里を着替えさせてやらさればいいか。
「陽が解雇してた。いきなり二十人もの人が無職になった」
「鬼ですね結婚してください」
確かにいきなり無職になったメイド達は可哀想だがそれだけ養えていたということはお金持ちに間違いなかった。
もしそんな先輩と結婚をしたら俺も好きなアニメや漫画のフィギュアを買い揃えたり、もしくは完全受注生産で等身大のフィギュアを買えたりするかもしれない。
こんな大豪邸なら置き場所に困らんしな。
「カエデくんが私に相応しい人になったら考えますね。広いですけどゆっくりしていってくださいね」
今のは普通「狭いですけど」と言う場面なのだが、そこを広いと言える先輩が凄い。
陽先輩なりのジョークなんだろうけどな。
そうして俺達は荻野邸に入り今回の騒ぎについて詳しく聞くことにした。
これが俺の四月の最終日の思い出である。
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