ーエピローグー
「さて、何から話したら良いでしょうか」
俺達は陽先輩に案内されて客間へとやってきた。
一体何メートルあるのか分からない長机の端だけを使うという贅沢な使い方をしている。
まあ離れすぎても聞き取れないからなのだけど。
陽先輩が入れてくれた紅茶とクッキーみたいなボソボソしたやつが美味い。
ちなみに美里はまだ寝てるので面白いと思って長机に寝かせてる。
「俺達が端島に居た頃から起こったって聞いてるんですけど、関係はあるんですか?」
「そうですね。理由は二つあります。一つは、月とカエデくんが不在だったこと。そして、もう一つは新学期だったこと、ですかね」
「私の邪魔をされないから好き放題できていたのと、新学期なら友達も少ない人が仲良くなるための話題作りになる」
俺がどうしてかと考えていると月先輩が答えを導き出す。
どうやらその答えには俺が居ても居なくても変わらないようだった。
確かにそうなんですけどね。
「流石、私の妹です。帰ってきませんか?」
「絶対嫌」
定期的にこんなやり取りが続く。
陽先輩は妹の月先輩のことがとても大好きなんだろうな。
妹という言葉で俺はあかりのことを思い出し、連鎖強盗は無事解決したこととお礼をアプリのメッセージで言うとすぐに返信が帰ってくる。
『流石は私のお兄ちゃん。どういたしまして、それとありがとね』
お礼を言うのはこっちだけで良いんだけどな。
あかりは犯人が美里だと分かってはいたけれど手が出せなかったのだろう。
「まあそれで美里さんの知恵と力を使って広めて行ったわけです」
「連鎖強盗を広める意味は何だったんですか?」
「美里さんと私は人を……いえ。世界を変えたかった。こんなつまらない世界、誰が望んだのでしょうか? 大小様々な妬み嫉み、少子高齢化や老後の年金問題、他国とのいがみ合い、戦争、陵辱、奴隷……この世界はつまらないことばかりでした」
あまりのスケールのデカさに驚きと呆れが俺を襲う。
どうしてそこから連鎖強盗なんてものが連想されるのかイマイチ分からない。
「つまらないと思うのはつまらない人間だけですよ。先輩の趣味とかないんですか?」
月先輩も何か言いたげだったが俺の言葉が遮ってしまい喋るのをやめていた。
目線で先輩を見るけれど大丈夫と言わんばかりに首を左右に降った。
「今思い返すとそうだったに違いありません。改めて申し訳ありませんでした」
陽先輩は座りながら深々と頭を下げる。
「謝らなくても大丈夫ですよ。揉ませてくれれば俺は何も」
「カエデくんの手を切り落とした方がいい?」
済んだことだしもう気にしてないので軽い冗談のつもりで手を揉み揉みと揉みしだく動作をすると俺の手の前には月先輩のデザインカッターが現れる。
どうやら先輩は嫉妬をしているようだった。
そしてこれといった趣味はないからなのか答えずに終わる。
「こんなスケベな子に諭されてしまうだなんて私も落ちたものですね」
「ゾンビになった人達はどうなった? それと記憶喪失の人も」
物思いに更けている姉へ間妹は髪入れずに訊ねた。
「彼らは正確にはゾンビではないのですが……ゾンビという方が説明も楽ですね。彼らは全て元に戻ってしまいました。直接確認した訳ではないのですが、怪我も治っているそうなので今は問題なく日常を送っていると思います。その時の頃の記憶もないはずですよ。記憶喪失になった人も連鎖強盗が消滅したことで元に戻りました」
ゾンビとは違うのならなんて言うんだ? と気になったがそれよりみんなが無事なのはホッとした。
「よかった」
ホッとしたのは月先輩も同じようで安堵の表情を浮かべる。
「けれど彼らが連鎖強盗という甘い罠に掛かり、犯罪に手を染めたことは一生変わりません。しばらくは停学処分の者が大半でしょうね」
そこは自業自得だろうな。
「あ、しまった」
「どうしたんですか?」
思い出したかのように月先輩が口を開いた。
「停学処分の人を天文部に入れてる。帰ってきたら困る」
「部員が二人しか居ないのに部として活動出来てたのはそういうことだったのかよ!」
敬語も忘れて俺はツッコミを入れていた。
「それは私と美里さんが入るとして。部活動を名乗るには後一人足りませんね」
「困った」
二人は腕を組んだり顎に手を当てたりして本当に困ってそうだった。
月先輩は分かるけど陽先輩も人脈がないのだろうか。
いや、逆に近寄り難い人が大半なので頼み込まれても頷ける人は居ないのだろう。
「あーそれなら俺の友達……みたいなやつを入れることにします」
手を挙げて渋々名乗り出る。
健が何かの部活に入ってるのか興味がないので知らないけど入れても問題ないだろう。
なんせ美里と陽先輩が入ってる部活だしな。
断る理由がないはずだ。
「それなら任せる。カエデくんを誘って本当によかった。きっと今回の事件は私一人では解決できなかった。改めてお礼を言う、ありがとう」
「いえいえ、別に俺は大したことしてませんよ。でもそこまで言うなら先輩の胸を触らせてくれても良いんですよ?」
「気持ち悪いからその手をやめて。反射的に折りたくなる」
俺は振られてしまう。
そこまで言われると少し悲しい。
でも挫けない。
「あはは、まだまだ先は長いようですね。ですから連鎖強盗はそんな単純な思いから生まれたものなのです」
「陽先輩は単純って言いますけど人の恋を叶えたり願いを叶えたりするのって簡単には出来ませんよね?」
「そこは……美里さんの力があってこそだったんです。彼女は制約があるけれど思い通りに願いを叶えられることが出来ました。それに気付いたのはごく最近みたいですけどね」
制約があるけれど力を使える……なんでそんなこと黙ってたんだ。
「俺の周りは魔法使いか何かなのか。それとも異能力者?」
「私が言うのも何だけどただの人間」
「先輩がただの人間なら世の中ただの人間だらけですね揉ませてください」
月先輩は自分の再生する能力が嫌だったのを思い出し、俺はすぐに胸を触ろうとする動作をした。
「どうして私ばっかりいやらしい目つきで見つめてくるの」
「心外ですね、月先輩。可愛い女の子のことはいやらしい目つきで見るのがマナーなんですよ」
「カエデくんは疲れておかしくなってしまったみたいですね。気持ちのいいことって言ってしまった私にも責任がありそうです……」
この流れ……まさか!
あの巨乳に触れるのを許してくれるのか!?
「姉として許可します。思う存分、月を触ってくださいね!」
「やっぱりこの人、殺るべきだった」
「さて、お姉さんの了承も得たことですし失礼しますね。ムフ、ムフフ」
月先輩は覚悟を決めたのか決めきれていないのか自分の胸を触らせたくないようで手で隠してじっとしていた。
だが俺の狙いはそこじゃない。
「今まで一人でずっと頑張ってきたんですよね。これからは俺が居ますのでその再生……能力? なんかも気にしなくて大丈夫ですから」
俺は先輩の頭を撫でる。
やっぱり髪質が違うのかあかりと撫で具合が違う。
あかりは柔らかい感じだけど、先輩のは柔らかさの中にも硬さがあってそれでいてツヤツヤだ。
「こんなんで惚れる訳ないんだからね」
ムスッとした顔をしているがどこか嬉しそうに見えた。
「カエデくんが根性無しだと言うことも分かりましたし、そろそろ美里さんも起きてくださいね」
「えへへ、流石に陽先輩にはバレバレでしたか」
ムクリと美里は上半身だけ起き上がり自分の後頭部を手で押えていた。
「起きたか、クソ飯不味野郎」
俺はボソボソのクッキーみたいなのを食べて美里を見下しながら言い放つ。
いつも正拳突きで起こされてる身としては可愛いもんだ。
「あ、カエデがいたいけな可愛い美少女に暴言吐いてる!」
「お前には散々酷い目に合わされたからな。これぐらいは言ってもいいと思ってるぞ。それで、怪我はないのか?」
「カエデ……うん、見ての通り本当に普通の女の子になっちゃった。てへっ☆」
ウインクをしながら自分の頭を軽く叩いてみせた。
普通の女の子はそんなことしないんだが怪我もなさそうだし無事で何よりだ。
「それより二人に言うことがあるんじゃないのか?」
「……えと、今回は荻野先輩達を巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。以後このようなことをしないよう気を付ける所存であります」
「カエデくんは謝ってもらわなくて良かったの? というか陽も加害者」
「まあこれからクソマズ料理を作ろうとしなければ俺は良いですかね。何かあっても先輩達が俺を助けてくれるって知ってますから」
俺は渾身のスマイルをお見舞する。
「カエデくんを守らないといけない理由が出来てしまいましたからね。これからは楽しい世界になりそうです」
「部員を守るのも部長の仕事」
半分冗談で言ったつもりだったのだか二人は何故か受け入れていた。
そしてすっかり荻野姉妹は仲良くなっている。
少し前の出来事がまるで嘘みたいだな。
「そうだねぇ……私も──」
体をフラフラとさせながら美里は何かを言おうとしたが気を失ったのか長机に思いっきり頭を打ってしまう。
「美里!?」
心配して呼吸や脈拍を確認してみるが正常な気がする。
「疲れて眠ってしまったんでしょうかね」
「力を失って体がびっくりした?」
なるほどね。そういうのもあるのかもしれない。
大体のことは聞けたので今日はお開きにして陽先輩が車を用意してくれて俺達は自分の家に帰ることにした。
初めてのリムジンだったが美里が心配で何も感じないまま気付けば自分の家の前に止まっていた。
クロイス @tadano_asari
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