最小限って言わないよ
「全く、今日大変なのは何となく分かったけど今寝てたら夜寝れなくなっちゃうんじゃないの?」
夜ご飯を食べながらあかりに指摘される。
家族水入らずのご飯タイムだと思ったのだが。
「ほんとだよね。そのくせ、いつも深夜まで起きてわざわざリアルタイムでアニメを見てるんだよ? 信じられないよね。だから毎日毎日眠そうな顔してるのがほんと分からないのかな、ほんっと、やれやれって感じだよね」
何故か今日は美里も一緒にご飯を囲っていた。
「どうしてお前が居る?」
「今日はママが夜勤で帰ってくるの朝方らしくて、自炊でもしようかなーって思ってたとこにあかりちゃんから晩御飯のお誘いが来たんだよ。ん〜、おいしー!」
あかりの作ったハンバーグを頬張りながら文字通りほっぺに手を当てて喜んでいる。
「おばさん忙しそうだな」
「うん。今ってほら、アレが流行ってるじゃない? そのせいで若い子の怪我人が多いんだって。お店側も警察の人も多少怪我をさせても犯人を捕まえたいだろうし仕方ないのかもね。ねぇ、知ってた? 現行犯なら警察官じゃなくても逮捕出来るんだよ?」
最後は含みのある言い方をして俺を見つめる。
べ、別に俺は犯罪なんてしないんだからね!
美里の母親は近くの病院で看護師をしている。
ただでさえ絶えず患者を見ているのに患者は数日で倍以上に増えたそうだ。
そのお陰で夕方の寝る前のことを思い出す。
「そういえば近所のスーパーも被害にあったみたいだな」
「え! 嘘!?」
「さっきニュースでやってたぞ」
どうやら知らなかったようで口からおひたしを飛ばしながら驚いていた。
「ほんとだよ、みさとちゃん。何だか私、買い物行くの少しだけ怖くなっちゃった」
「大丈夫だよ、あかりちゃん! 買い物は全てカエデが行くから」
「おい、人任せかよ!」
デデーン! と言う効果音が聞こえてきそうな勢いで言い放ちながら俺を指差す。
怖がるあかりを落ち着かせるために言ったのだろうが、ご覧の通り全て俺に丸投げだ。
俺の気持ちを一切考えない、この女こそが俺の幼馴染、東堂美里なのだ。
「んー、お兄ちゃん一人で買い物かぁ……迷子にならないか心配だよぉ」
「おい、心配してるのはそっちか! 買い物なんて二人で行ったりしてるんだし。今時、五歳児だって一人でいけるぞ」
美里とあかりは連携して俺をいじってくる。
「でもうん、そうだね。暫くはお兄ちゃんにお願いしようかな」
「おう任せろ」
自分に言い聞かせるように頷き俺にお願いする。
もとよりやる気だったので快く引き受けた。
妹であるあかりが事件に巻き込まれるより俺が巻き込まれた方が断然いいからな。
「そういえば、おじいさんの容態なんかは連絡きた?」
買い物は俺に任せれたことでさっきの話は終了し美里は思い出したかのように俺のじいさんの容態について訊ねていた。
「容態って言われてもな。ただボケたって言われてから何も」
「そうなんだ。実は部活が終わってすぐにカエデのお父さんから連絡があってね。おじいさんがボケちゃったってことは伝えたんだよね」
まるで美里の行動を見てたんじゃないかと思うくらいタイミングが良いな。
「帰ってくるって言ってたか?」
「ううん。「兄妹水入らずで楽しめ」だって」
「あのジジイ……」
「こら、そんなこと言わないの。どうやら電波も入るか入らないギリギリな所でお仕事をしてるみたいだったよ?」
「父さんこそ国に狙われてたりしてな」
冗談交じりで俺は喋る。
小さい頃、親父の職業は何なのか聞いたことがあったのだが「世界を守る正義の味方」だとか意味の分からんことを言い出してはぐらかしていた。
当時の俺は本当に正義の味方だと思って信じてやまなかった。
でも今じゃ親父が裏で怪しいことをしていないか心配になる。
「国?」
あかりは首を傾げてこちらを見つめる。
「あかりちゃんには話してなかったっけ? カエデが端島に連行されてたのは知ってるんだよね?」
「ああ、何せ知ってて何も言わなかったらしいからな」
「何も言わなかった、じゃなくて。何も言えなかった、んだよ」
あかりは焦りを感じ必死に俺に訴え掛ける。
それは俺も美里も分かってはいるんだがな。
「それでね。そこで誰も居ないはずの島に白髪ロングの女の人が!」
「姑息な手段の人?」
「間違いではないけど、それだな。その人が端島に居たんだ。本人曰く「船を運転してて迷子になってた」だとか」
まるで怪談話のごとく美里は語尾を強めて驚かそうとしていたが、あかりは白髪と聞いた時点で誰かピンと来たようで脅かしは失敗に終わる。
「へぇ、でもあそこって許可なしじゃ入れないんでしょ? ましてや船で行ったのならレーダーに映るんじゃ?」
「俺もそこら辺は疑問なんだけどな。一人しか乗れない船で来たとかでレーダーに映っても大きな魚くらいにしか思われなかったんじゃないか?」
言ってて思ったんだが、もしかしたらカヌーとかだったりしてな。
「私も船とかに詳しい訳じゃないからそう言われたらそうなんだなぁ、としか思えないね」
「それでカエデも無断で入ってるのなら国から狙われるかもね〜って冗談で私が言ったんだよ」
「なるほど。このことは他人に言わない方が良さそうだね」
理解の早い妹は何度も小さく頷いて自分の心に蓋を閉じる。
何がなんでもこの話は他言しないという意思表示だ。
「愛しのお兄ちゃんのためにもそうしてくれると助かる」
「はいはい。そう言えば、おじいちゃんの部屋なんだけどさ」
「ん? なんか片付ける物でもあるのか?」
「私も何か手伝おうか?」
照れ臭かったのか軽くあしらい、今度はじいさんが使ってた部屋の話になる。
端島に連行された日から一度も入ってないので相当散らかってそうだな。
美里もそれを察したのか協力してくれるようだ。
「ううん、そうじゃないんだよね。お兄ちゃんが居なくなってすぐに怒鳴り散らかしておかしくなっちゃったのは言ったでしょ?」
「言ってたな」
妹と久しぶりに会ったのは入学式が終わってからだったのでフラフラになりながら家に帰ってくるのが精一杯だったのは覚えている。
それ以外はあまり覚えていないのは口が裂けても言えない。
「それでね施設の人が来てくれて、おじいちゃんの荷物を全部持ってっちゃって何も残ってないんだよね。どうしよう?」
「どうしようって何がだ?」
「海軍時代に貰ったって言ってた刀も無くなってるんだよね」
「あー、なんでもばあさんじゃない好きだった人に貰った小刀だろ? 流石に刃物はそのまま預ける訳ないから大丈夫だろ」
「ボケた勢いで施設の人を切ったりしないかな」
「あかりちゃん、心配しすぎだよ。いくらおじいさんだってそこまではしないと思うよ?」
落ち着かせるように美里はあかりの手を握った。
それにあの小刀は最近手入れをしていたとは思えない。
なので錆びまくってて抜けないのがオチだろう。
「そ、そうだよね」
握られたあかりは思惑通り落ち着きを取り戻す。
「それにしても荷物を全部持って行っちゃうなんてまるで引っ越しみたいだね」
「施設に入るってことはそういうことなんじゃないのか? いつかは俺達もお世話になるんだし迷惑が掛からないように荷物は最小限にしておかないとな」
老人ホームのことはよく知らない、けれどきっとそういうものなのだろうと俺は思っている。
施設に入ってからあれがないこれがないと一々騒がれても施設もうちも困るだけだしな。
「あはは、一番荷物が多くなりそうなお兄ちゃんに言われても何の説得力もないよ」
あかりは苦笑いを浮かべる。
「何言ってるんだ、妹よ。精々限定版DVDとフィギュアくらいだぞ。可愛いもんだ。ざっと段ボール五つ分かな」
「それが最小限じゃないって、あかりちゃんは言ってるのが分からないの?」
美里は俺を見て呆れた様子だ。
だって好きなもんは一緒に持っていきたいじゃないか。
中には死んだあと一緒に火葬して欲しいとかいう人もいるが俺の場合は代々まで引き継いでもらいたい。
アニメは世代を超えて楽しまれるものなのだ。
俺の意見は二人には伝えず今日の夜ご飯が終わる。
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