不安

「ダメだ。寝れねぇ」

 

 俺はベッドに横なり天井を見上げてぽつりと呟く。


 時刻は昔で言えば丑三つ時、幽霊が出ると言われてる時間だ。

 けれどこと現代においても幽霊が100%存在するという確信はない。

 心霊番組なんかは全て作り物で心霊動画を専門に扱っている会社から買っているのだとか。

 もし幽霊が存在するなら俺しか見えない超絶可愛い美少女の幽霊なんかが居てくれたらとても嬉しいのだがな。


「リビングでアニメでも見るか」


 今の時間なら妹は寝てるだろうし、部屋でも見れるがやはり大画面が良い。

 二階から降りてリビングに向かおうとすると電気がまだ点いている。


「あれ、お兄ちゃん?」


 リビングにはソファに座りタブレットを見ながらノートに何かを書いているあかりが居た。


「何やってんだ、あかり?」

「何って見れば分からない? 勉強に決まってるでしょ。お兄ちゃんと同じ高校に入るのは簡単だけど、特待生になるのは大変だからね。学費免除は魅力過ぎるよぉ……ふわぁ」


 言い終わると同時に眠たかったのか大きな欠伸をしていた。

 この時間まで起きてるなら眠たいに決まっているが、俺はそれより驚いてしまう。


「え、うちってそんなに貧乏だったっけ!?」

「違うよ。特待生になれれば大学も推薦だけでいけるんだって。あ、気にせずテレビ見ていいよ。私も少し休憩〜」

「あかりは頑張り屋さんで偉いぞー。でも時にはお兄ちゃんを見習ってだらだらしたって良いんだからな」


 隣に座り妹の頭を撫でる。

 撫でられたあかりは嫌な表情をせず、逆に嬉しそうだった。

 何かある度に俺はあかりの頭を撫でてきた。

 運動会の徒競走で一位になった時も、絵画のコンクールで賞を取った時も、料理が上達した時も。

 そして、母さんが死んだ時も慰めるためにあかりが眠るまでずっと頭を撫でていた。


「何だかお兄ちゃんに頭を撫でられただけで特待生になれそうな気がしてきた」

「んな大袈裟な」


 目を見開き、まるで力が漲ってきたヒーローかのように妹は多分本気で言っている。

 けれどそれだけでなれるとは信じられない。

 もし、兄が妹の頭を撫でるだけで学力が向上し、特待生になれるのならば全国のお兄ちゃんは喜んで妹の頭を撫でるだろう。

 また、妹も兄に撫でられるのは不本意だが自分のために撫でられることだろう。

 そこから兄妹の恋が芽生えてもおかしくない。


「んな訳ないか」

「どうしたの?」


 セルフツッコミを入れるとあかりは上目遣いで俺のことを心配そうに見てくるが気にせずアニメを見るためにテレビの電源を入れる。

 するとこの時間ならだいたいはテレビショッピングが多いのだが、今回は違った。

 あのニュースが報じられていたのだ。


「この時間でもニュースなんて珍しいね」

「今日だけで捕まったのが六十二人か……これだけの人数は初めてだからかな。確か誰からか分からないメールが来て、そこに書いてある店で自分の嫌いな物を盗めば恋が実る、だったっけ?」

「んー、少し違うかな。”指定されたお店で自分の嫌いな物をバレずに盗むことができたら、例え好きな人が誰かと付き合っていても別れさせることが出来てその好きな人と付き合える”だったかな。噂レベルだけど本当に付き合えた子も居るって聞いたよ」


「ふーん。にわかには信じ難いけどなぁ……そのためにわざわざリスクを冒すだなんて馬鹿げてるよな」

「ほんとにそう思う。ニンゲンって愛に飢えてるのかね。一生満たされない瓶の中に愛したい愛されたいと言う欲望の水を一生汲み続けるだなんて私には無理かな」


 愚か者がする行為だと言わんばかりにあかりは静かに怒りを露わにしていた。


「たくさん嫁が居る俺には無縁だな」


 宥めるためにちょいと小粋なジョークをかます。


「二次元の、でしょ?」


 あかりの怒りは消えて代わりに呆れがやってくる。


「減ることの無い愛を俺は永遠と嫁へ注いでるんだぜ」


 俺はキメ顔でそう言った。

 サムズアップなんかもしている。

 きっと歯はキラリと光り輝いていたことだろう。


「でもこの前、嫁が死んだー! って叫んでなかった?」

「安心しろ、妹よ。アニメは何度だって見れる。この意味が分かるか? 嫁は何度でも復活するんだ、俺のために。そう考えるだけで健気だと思わないか?」

「何度でも死ぬ嫁が可哀想に……あっ、お兄ちゃん見て!」


 妹がテレビを見て驚き、座っていたソファから立ち上がっていた。


「この人だよ! 荻野月先輩!」


 ニュースは夕方頃の店内の映像を映していて、白髪ロングでどこに居ても目立ちそうな先輩が買い物をしている。


「レジカゴを使ってたから普通に買い物してそうだね」

「先輩は恋愛とかあんまり興味無さそうだったしなぁ。それより星とかの方が好きそう。部室にそれ系の本が沢山あったし」


 先輩は何を食べているのか想像出来なかったが案外他の人と同じようで牛乳や納豆、豆腐なんかがカゴに入っているのが見えた。


「でもアルビノって陽の光に弱いんだよね? 夕方はまだ陽があるんじゃないかな?」

「言われてみれば……朝も普通にしてたし、薬でもあるのかもな」

「うーん、皮膚がんになりやすいから日焼け止めぐらいしか対策がなさそうだよ」


 あかりは気になったのか目にも止まらぬ速さでタブレットに何かを打ち込み調べた結果を伝えていた。

 流石は現代っ子。俺と一歳しか変わらないのに見事だ。

 それに比べて俺はアニメのことくらいしかスマホを使うことはないのであまり速くない。


「だから天文部の部室はあんなに薄暗かったのか」

「何の部活かと思えば、お兄ちゃん天文部に入ったんだ? アルビノなら活動も夜の方がしやすいもんね」

「そう言えば部活に入ったとは言ったけど何の部活に入ったか教えてなかったな」

「お兄ちゃんって星とか詳しかったっけ? オリオン座くらいしか知らないと思ってるんだけど」


 流石は我が妹。平気で痛いところを突いてくる。


「まあ単純に俺が先輩の夢を邪魔したらしくて、それの罪滅ぼし的なやつだ。俺には星なんて夜になると輝いてるだけで微塵の価値も感じないが、人にとっては宝だからな」


 新しい星を見つけられたら好きな名前を付けられるっていうのは少し興味はあるが、それ以外は特に何も思わない。

 現代では街頭が多すぎて星の価値なんて昔以上に下がってしまったしな。


「私にとってはお兄ちゃんのフィギュアもDVDもガラクタ同然だよ」

「んなマキりんに失礼だぞ!」


 俺の一番大切にしている物をガラクタって言われると悲しい節がある。


「マキりん……? はよく分からないけど、アルビノ先輩もお兄ちゃんに邪魔をされて内心そんな感じになってたんじゃないかな? それより私はそろそろ部屋に戻って寝るよ。どうせお兄ちゃんはここで寝るんでしょ? 電気くらいはちゃんと消してね。おやすみなさぁい」


 時間が時間だからかあかりは眠かったらしく、タブレットやノートをそのままにして欠伸をしながらゆっくりと部屋に戻っていく。


 そして、そのタブレットが光っていた。


 どうやらあかりは消し忘れて部屋に戻ってしまったらしい。


「消してやるか」


 タブレットを手に取る。そこに映し出されていたのはさっきニュースでやっていた例の事件のまとめサイトだった。

 自ら調べるまで興味がなかったが、まとめられているので俺はそれに興味を唆られる。

 妹のタブレットと分かってはいるがついついスクロールをして閲覧してしまう。


 次のスポットの予想や実際に願いが叶なり結ばれた報告、他愛のない雑談、様々なスレッドが立っていた。


「もしかして、ノートも?」


 取り敢えず初めのページを開いてみる。

 するととてもではないが勉強をしてるとは思えない、まるで交換ノートように筆談が続いていた。


 お互い初対面なのか名前は名乗らず好きな物や趣味などを話し合っていた。

 どうやらあかりと趣味嗜好が合うようで文字だけ見ても凄い盛り上がりようだと分かる。

 少し前まではじいさんも居て高齢ということもあり、俺とあかりのどちらかは学校が終わったらすぐに帰宅していた。


 今は家には俺とあかりしか居ないが前々から料理などは任せっきりになってしまっているので遊びに行ったりや自分の時間がなく友達が出来ないのではないかと不安になっていたけどそんなことはないみたいだ。

 

 それから読み続けて二人で何かをしたいと話し合っていた。


 「何が良いかな?」「何をしたら面白い?」


 

 「そうだ! 手始めにさ──」


 次の分を読んだ瞬間、俺の心臓が止まったような感覚を覚える。


「お兄ちゃん、何見てるの?」

「うわぁ!? な、なんだ……あかりか」

「なんだ、じゃないよ。ねぇ、見たの?」


 あかりに声を掛けられ俺は息を吹き返したかのように声を上げて驚いてしまう。

 勝手に見たからか静かに怒っている。

 それはさっきの連鎖強盗をした人に対する怒りとは違い、目のハイライトはなくなっていて選択肢を間違えれば俺はどうにかされてしまいそう。

 あんなのを身内に見られてしまったんだ、それが知れたらあかりは何をしてくるか分からない。


 ここは誤魔化そう……。


「い、いや。アニメ見てたらタブレットが光ってるのに気付いてどうやって消すのか分からなくていじったりしてただけだ。ほら、ちゃんと自分の部屋に持ってけよ」

「うん、見てないのなら良かった。見てもどうせ面白くないだろうし」


 タブレットとノートを渡すとそれを胸に抱きかかえてほっとした表情を浮かべる。

 やっぱり相当他人に見られたくないような物なんだな。


「そうなのか? まさか彼氏か!?」

「彼氏なんてお兄ちゃんがちゃんとした真人間にならない限り不安で作れそうにないよ。今度こそ戻って寝るね。おやすみ、お兄ちゃん」 


 俺の冗談を本音で返された気がする。

 けれど怒りは消えていつものあかりになり部屋に戻っていく。


「はぁ、死ぬかと思った」


 妹が完全に部屋に入った音を確認すると緊張の糸が切れた俺は深く呼吸をした。


 それにしてもあれは……。


「いや、妹がそんなことする訳がないか」


 考えないように録画したアニメを見て忘れることにした。

 集中しようとしたがノートのことが脳裏に過ぎり神アニメだったのかクソアニメだったのか覚えていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る