お目覚めは正拳突きで

「おっはよ〜、カエデっ!」

「ぐふっ!?」


 俺は腹にボーリングの玉を乗せられたような衝撃を覚えて意識が覚醒する。

 目を開けると幼馴染の美里が笑顔で俺の腹に正拳突きを笑顔でお見舞いしていた。


「おい、何をする貴様。危うく二度と目覚めないようになるとこだったぞ!?」


 月先輩といいコイツといい俺の周りには暴力的な輩しか存在しないのか?


「美少女に腹部を殴られて死ねるなら本望じゃないかな? かなっ?」

「それでお前が警察のお世話になると思うと死んでも死にきれん……ったく朝から俺の幼馴染はわんぱくだな」


 痛む腹を撫でながら壁に掛けてある時計を見る。

 時刻は七時四十五分。あの後何時に寝たのか覚えてはいないが美里が起こしてくれなければ確実に遅刻していただろう。

 だが起こし方がとてもじゃないが野蛮だったので本人に直接礼を言うことは絶対にない。


「あ、お兄ちゃん起こしてくれた? あんまり時間がないけどご飯にしよー」


 台所から香ばしいパンの匂いと共に妹がテーブルに朝ご飯のパンを乗せていた。

 遅くまで起きていたとは思えないほど眠そうには見えなく元気そうだ。


「命令したのはお前か……」


 あかりには聞こえるかどうか分からない声量で俺はぽつりと呟く。

 それと同時に寝る前の記憶が蘇ってくるが頭を左右に振って今は思い出さないようにして食卓へと足を運んだ。

 

「あ、そだそだ。今日って全校集会だったよね」


 テーブルに着くと同時に思い出したかのように美里が話し始める。


「五限目だろ? 実に成らない校長の話なんて意味があるのかね。靴下は必ず白か紺並に不必要だと思うんだけど」

「あはは、そればっかりはカエデと同意見かな。それに頭髪検査もほんの少し茶色いって先生に思われると卒業するまで目をつけられるから大変だよ」


 深く溜め息をしながら美里は俺のことを珍しく肯定している。


「美里は小学の時、水泳やってたから塩素で茶色くなってたもんな」

「あの教頭先生凄かったもんね。今も私のクラスの人が目の敵にされてるよ」


 一年違えどあかりは美里からよく話を聞いていたし、実際に被害に遭ってる人を度々目撃していた。

 なので嫌な顔をしながら話している。

 どうして教頭と言う輩は次期校長になりたいが為にあれだけブイブイ言わせるのだろうか。

 通りすがりに挨拶をしないだけで怒鳴り、眠そうな顔をしているだけなのに反抗的な態度だと言われる。

 生徒からしたら絶対悪の理不尽極まりない存在だ。


「下手なことしたらPTAも黙ってなさそうなのにね。また性懲りも無く自分の欲望のためにやってるんだか」

「それで言うと連鎖強盗と似てるね」

「連鎖強盗? なんだそれ?」


 聞き慣れないワードに俺は反射的に訊ねる。

 連続強盗の間違いだろうか。

 けどあのハゲ教頭がそんなことをしているとは思えない。

 やってそうなのは女生徒に注意していると見せかけてお尻を触ったりなどの痴漢くらいだろ。

 まあ実際やってるかやってないかは知らん。


「あんなにニュースも見てるのに名前も知らないなんてね。いま流行ってしまってる略奪愛のアレのことだよ、お兄ちゃん。どんどんどんどん連鎖的に増えていっているからそういう名前が付けられたんだって」

「ああ、昨日近くのスーパーがホットスポット……だったか? になってたやつ」


 あかりとの会話の最中も昨日の夜のことが頭に過ぎってしまい、会話もしどろもどろになってしまっている。

 眠気も相まって余計に覚束ない。


「そうそう。にしても名前すら知らないなんてイマドキの中学生に笑われちゃうよ、カエデおじさん♡」

「誰がおじさんだ!」

「キモオタカエデの間違えだった。ごめ〜ん! 略してKMKDかな?」

「キモオタなのは認めるが勝手に略すな!」


 美里は楽しそうに俺を小馬鹿にする。

 別にそれはいつも通りのやりとりで本心じゃないということは分かっている。

 それでもツッコまずにはいられないのが性なんだよな。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。例えお兄ちゃんがキモオタや男の人が好き……だったとしても私たちはお兄ちゃんの味方だからね」

「あかりも勝手に俺を同性愛者扱いするな!」


 朝から俺の妹はとんでもないことを言い出す。

 昔はこんな風に言ってこなかったんだが、最近はあかりも俺に追い打ちを掛けるようになった。

 二人が楽しくしてるから良いのだけど、キモオタまだ許す。

 だがゲイという言葉を妹が知っているだなんて俺は少し悲しいぞ。


 朝の何気ない会話をしながらご飯を食べ終え、他愛のない会話をしながら学校へ向かった。

 もちろんあかりは中学生なので途中までだが。

 それでも来年はまた三人で一緒に登校ができそうだ。


「おはようございます、美里様。ああっ! 今日もお美しい……どうかわたくしと結婚をして頂けないでしょうか!」


 今日は朝練がないと言っていたので教室まで一緒に行こうとすると着いて早々変なのが美里に声を掛けていた。

 前髪に手を当てて爽やかそうな男は小学校からの腐れ縁である、三倉健みくらたけるだ。

 健は小学の頃にある出来事がきっかけで美里のことを好きになったらしく顔を合わせる度にこうやってプロポーズ紛いなことをしている。


「おはよう、健。健の貯金残高が100億で年収120億になったら考えてあげなくもないわ」

「よお、そんなにお金がなくても美里は売れ残……ぐふっ!?」

「なーにぃ、カエデ? 凄い失礼なこと言われそうだったんだけどぉ?」


 意識が覚醒してるからか朝くらった正拳突きより威力があり数メートル吹っ飛んだ気がする。

 こんな戦闘民族みたいなやられ方をするのはこの学園なら俺だけだろう。

 

「ちぇ、カエデが羨ましいぜ」

「俺はお前の悩みなんてひとつもなさそうな性格が羨ましい」

「悩みなんて誰だってあるだろ……あっそうだ。カエデ、体操着を貸してくれ。なんでもするから!」

「今日こっち体育なんてないから持ってきてないぞ」

 

 健は俺と美里では態度が違う。

 というか美里と他の人ではと言った方がいいか。

 普段はオレ様気取りなのだが、美里と喋るとなると従順な子犬のようになってしまう。

 まあそのお陰で美里は中学の時、健に救われたことが何回かあったんだがな。

 でもやっぱり付き合うとかは生理的に無理らしくてずっと振り続けている。

 健が距離を詰めても美里は距離を置くからな。

 今だってそうだ。俺の後ろに隠れて盾にしてやがる。


「ガーン! 戻って取ってきてくれよ〜家近いんだろ?」

「お前が自分の家に帰れ。一生帰ってくんな」

「あはは、私は先に教室に行ってるね〜。そいじゃ!」


 流石は陸上部。有無を言わせずあっという間に見えなくなってしまった。


「なあ、頼むよ〜。それともオレ様がカエデの家に行って取ってきた方が早いか?」

「ヤメロ、不法侵入で停学にさせんぞ」


 俺の肩を掴んだかと思うと揺さぶったり、揺さぶったかと思うと手を合わせて拝み倒していた。

 見てて飽きないやつだが何をしたいのか分からん。

 まあ今は体操着が欲しいのか。


「あら? どうしたのですか? 何やらお困りのようですね」

 

 そこでタイミングが良いのか悪いのか分からないが黒髪をなびかせた陽先輩がやってくる。

 あと少しで予鈴が鳴りそうだというのにどうしてこんな所に?

 生徒会で見回りでもしてるのかな。


「おはようございます、先輩。このバカが体操着忘れたらしくて家が近い俺に取りに行けって言ってきたから断ってたんです」

「まあ体操着を忘れたんですか? それなら保健室に行けば借りられると思いますよ? 数着しかないうえにサイズまでは選べませんが」

「だとよバカ」


 バカこと健は陽先輩を見て固まっている。

 今なら鉄バットで金的をくらわせても何ひとつリアクションを取らないそうな自信がある。


「そろそろ予鈴が鳴るので体操着を借りるならホームルームが終わってからにしてくださいね。事情は私から保健室の先生に伝えておきますので。それではカエデくんまた」


 軽く会釈をして先輩は消えていった。

 本当に月先輩と姉妹だと思えないほどよく出来た姉さんだ。


「はうあ!? な、なななな何だよ今の……」

「なんだってただの先輩だけど?」

 

 陽先輩が消えてから健は酷く取り乱している。

 そんなに俺が美里以外の女の人と話してるのが珍しかったのか?


「超絶美人じゃないか!? はぁ、オレ様はあの二人と結婚をするために生まれてきたのか。だけど日本は一夫一婦制……そうか!」


 陽先輩を見て、健は驚いたかと思うと気持ちの悪い妄想を膨らませた挙げ句、いきなり何かを思いついたようだ。

 健のことを知っている人ならばしょうもないことだと一瞬で分かる。


「オレ様が日本を一夫多妻制に変えればいいだけなんだッ!」


 やはり筋金入りのバカだった。

 もし日本が一夫多妻制になれば少子化を食い止めることが出来るのかもな。

 だがしかし憲法改正をしなければ重婚罪で捕まってしまう。

 俺は友達が捕まるなんて見たくないからな。

 そんなことを考えていると予鈴が鳴る。


「ほら行くぞ。お前の教室はDクラスだったか?」

「ああ、オレ様も美里様と同じBクラスが良かったよ」

「俺と同じクラスがそんなに良かったか。にしても小中ずっと同じクラスだったのに高校に入ってから別々になるなんてな」

「これも神のイタズラか。それともアレに縋れと悪魔の囁きか」


 遅刻はしたくないので教室に行くよう促す。

 どっかの馬鹿はブレザーをバサバサと脱いだり着たりを繰り返して自分に陶酔しているようだった。

 健の言っている「神のイタズラ」と「悪魔の囁き」は連鎖強盗を意味している。

 これを理解出来るのは長年の付き合いだからだろう……正直言って分かりたくなかった。


「アレは好きな人が誰かと付き合ってないとダメなんだろ? 美里に彼氏なんて天地がひっくり返ってもないから諦めろ」

「ん、知らないのかカエデ。今日からは・・・・好きな人なら・・・・・・ば相手に・・・・彼氏が居よう・・・・・・がなかろうが・・・・・・叶う・・んだってさ」

「へぇ、それでも犯罪に手を染めるのだけはやめとけ」

「流石にオレ様もそう思うわ」


 占いとかジンクス等に興味がなさそうな健だって連鎖強盗のことを知っていて俺より情報が速く詳しかった。

 今日からはさらに捕まる人が増えそうだな。

 どうせ俺には関係の無いことだと思いながら今日も始まる授業に憂鬱を覚え教室に向かった。

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