入部届と駄犬

 予定調和と言うべきか五限目の全校集会は四十五分間校長先生のありがたーいお話で終わりを告げた。

 入学式と違って立ったまま話を聞かなければならないので貧血を起こして倒れる者、眠気に負けて隣の人に支えられる者、ひそひそと談笑をして先生に怒られる者とみなそれぞれの行動をとっていてほとんどの人は話なんて聞く耳を持たない。

 例えそれが連鎖強盗の話題になっていてもだ。

 俺も話半分に聞いて生徒を見ていると前から誰かが振り向いて明らかに俺を見て小さく手を振っている。


 陽先輩だ。


 その瞬間、俺のクラスの男子がざわつきだす。


「おい、今こっちに手を振ってこなかったか?」

「あれ荻野先輩だよな? かぁ〜ついに俺にも春が来たかぁ〜」


 などとガッツポーズを決めたり片手で目を抑えて興奮したりしていた。

 そんなクラスのやつらの行動を見ていると俺に向かって手を振っている訳ではなさそうだと思い無視を決め俺はそっぽを向く。


 その行動が彼女のよく分からない闘志に火をつけてしまう。


「むぅ〜〜」


 口を膨らませて更には。


「カエデく〜ん! 山伏の山に屋敷の敷に疾病の疾とそよ風の風と書いて山敷疾風カエデくん〜!」


 何故か俺の名前を誰が聞いても書けるような呼び方で大きく手を振っている。

 流石にこれを無視することは出来ない。


 俺は嫌々ながらにも軽く会釈をする。


 それが合図となりごく一部の生徒がザワつく。主にうちのクラスだけだが。

 視線は全て俺に向かってきて目や口を開けて驚く者、さっきとは違って現実を見たくないと言わんばかりに目に手を当てる者、俺が羨ましいのか小突いてくる者がいる。


「ちょっとカエデ? ストーカーは良くないよ?」

 

 ストーカー疑惑を持ちかける者もいた。


「ち、違う! 昨日たまたま話す機会があって話をしただけだ」


 前の方に並んでいた美里が首だけこちらを向いて目が笑っていない。

 リボンカチューシャもこちらを睨みつけているようにも見えた。

 

 先生たちは校長の話に疲れきっているのか騒いでるのにも関わらず止めに入ることはなく、そこでチャイムが鳴り五限目の終了を知らせ全校集会は終わりになる。


 今日も散々な日だ……そう言えば月先輩の姿は見なかった気がしたけど休みか?

 もし休みなら部活も自動的に休みになるので今日は帰ってゆっくりアニメが見れそう。

 六限目の授業が始まるまで幼馴染やクラスメイトに色々言われながら放課後はどうやって過ごすか考えていた。



「こんにちは、カエデくん」


 俺の期待はすぐに崩れ落ちる。

 そのまま帰るのは申し訳ないので部室を覗くと月先輩がパイプ椅子に座り本を読んでいた。

 流石に部室は本を読めるほど明るくないので壁にはランタンが立て掛けられている。

 残念ながら先輩は休みではなかった。


「早いですね。もう居るなんて思いませんでしたよ」


 俺は驚いた表情を浮かべて自分も座るためにパイプ椅子を出して正面になるように座る。


「私には「五限目の全校集会で姿がなかったのにどうして居るんだ」って言ってるように見えるけど?」

「うぐっ、そんなに俺は分かりやすいですかね…… 確かにそう思ってましたけど、サボりですか?」

「人混みは苦手なの。この髪のこともあるし黙ってても目立つ」


 長い髪の先端を指でくるくると巻きながら嫌そうに応える。

 俺から見れば綺麗なのだがやっぱり人と違うのは本人としては良い気がしないものなのだろう。


「そう言えば先輩昨日スーパーで買い物してましたよね?」

「どうしてそれを?」

「連鎖強盗のニュースに映ってましたよ」


 買い物している姿を見られたくなかったのか頬を少しだけ赤らめて気になっている。

 けどニュースに映ってたことを教えるとその赤らみは本来の姿に戻ってしまうどころか白髪も相まって白っぽい。


「……カエデくんは信じる?」

「金運が上がる怪しいツボくらいには信じますけどね」

「それって全然信じてないってことじゃないの」


 呆れながらにもナイスツッコミを入れる。


「まあそうなりますかね。俺にはそんなことまでして誰かと付き合いたいと思ったことはありませんし、これからもきっと訪れることはなさそうです」

「妬み嫉みからは何も生まれない」


 先輩はぽつりと小さく呟く。

 重みのある言葉だった。


 それから数分の間、沈黙が続き。


「再来週のことなんだけど、こと座流星群がやってくる。見れる可能性はかなり低いのだけれど、カエデくんはどうする?」


 再来週か……再来週はだいたいのアニメが三話を終える。

 これが何を意味するかアニメ好きならば知らない者はいないだろう。

 即ち、四話以降を視聴するかどうかだ。

 製作者側も視聴者側もかなり大事な局面になる。

 なので答えは決まっている。


「すいません、忙しいのでまた今度で」

「そう」


 別段引き止めることもなくパラパラと本を捲って星を眺めていた。

 昨日言ってた無理強いしないと言うのは本当のようだ。

 

 勧誘は無理やりしたくせに……そうだ。


「天文部って部がついてるから部員は五名居ないと部として認められないんでしたよね?」

「名前だけは居る。しばらく学校には来ないと思うけど」

「それはまたどうして? まさか先輩が学校に通えない体にしてしまったんじゃ!?」

「カエデくんがそうなりたいと言うのなら手伝うけど違う。連鎖強盗をした生徒だから」


 またペラペラと捲りながら目は本に見ながら教えてくれる。

 だが心の奥底は沸騰したお湯のようにボコボコと湧き出ているものがありそうだ。


「活動が活発になってきてるのはきっとあの外道のせい。私は私が居る間にバカ騒ぎを止めなければならない……もはや使命」


 俺の読みは当たっていて先輩は今まで何回か見てきたけど初めて漲っていたかもしれない。

 それを見て感化される。


「陽先輩か外道かどうか今のところ分かりません。朝も俺の友達に優しくしてましたし、全校集会なんて俺に向かって手を振った挙句無視してたらご丁寧にも俺の名前を誰でも書けるように呼び続けてましたからね」


「それはご苦労様」


 俺の大変さが伝わったのか労うように声を掛けてくれる。

 先輩はよく分からない存在だが理解者になってくれる気がする。

 そのまま俺は喋り続けた。


「けど連鎖強盗なんてふざけてます。捕まえることは出来なくても特定するぐらいなら頑張れば出来そうじゃないですか?」

「特定は出来てる。犯人はアイツ。けど証拠と動機が分からない」

「陽先輩ですか?」


 訊ねるとコクリと頷いた。

 だが本当にそうだろうか?

 俺はどうしても忘れようと思ったが何度も頭に焼き付いて離れない深夜のリビングの出来事が過ぎる。

 だって犯人は──


「カエデくんが疑うのも無理はない。のちに分かる。それより今日から部活っぽいことをする。はいこれ」


 考え込んでいるとこの話はこれでおしまいと言わんばかりに先輩は何やら紙切れを俺に渡してくる。


「部活っぽいことって入部の申請書じゃないですか」

「うん、昨日渡そうと思って忘れてた。後で先生に渡すから書いておいて」


 壁を机代わりにして名前と学年を申請書に記入する。

 部活名とかは事前に印字されてあるので何も書かなくてもいいみたい。

 この紙が沢山印刷されたのかと思うと可哀想に思えてくる。

 

「はい、これで良いんですよね」

「間違いなく受理しました」


 手渡しで先輩渡すとそのまま制服のポケットへと仕舞う。

 父さんの言う通り部活に入ることになったんだが他の部活も見てみたかったと思ったりもしてきた。

 美少女の月先輩と二人きりの部活もそれはそれで最高なのだがもう少し人数もいてわいわいやる部活も体験してみたかったかな。


「それじゃあ今日は部活にある本を適当に読んでおいて」

「え、それだけですか?」

「うん。掃除はカエデくんが来るまでに済ませたし」


 要約すると今日の部活動は俺が入部届けの用紙に記入することだけで他にやることは特になしと言う訳か。

 月先輩は談笑とかあまりするような人ではなさそうだし俺も先輩に倣って本棚にある本を適当に手に取ってパラパラと捲る。


 部活が暗いせいで見づらいし星なんてそこまで興味が湧かない。

 すると本に何かが挟まっているのに気付く。


「なんだこれ?」


 それは包装された四角い物だった。

 目をよく凝らすと病院で貰える薬が本に挟まっていたんだと分かる。

 中が空かどうか確認しようかと思うと後ろから手が伸びてきてすぐさま奪ってしまう。


「見た?」


 アルビノの薬だったのか先輩は何故か恥ずかしそうに訊ねてくる。


「いえ、でもそんなに恥ずかしいものなのですか?」


「私としては汚点」


 白い髪や白い肌が汚点な訳がない。

 どの道自分でどうにか出来るものではないしな。


「汚点だなんて言わないでくださいよ。先輩は少々おっかないとこがありますけどとても素敵ですよ」

「……ありがとう」 


 デレた瞬間である。

 恥じらいながらもポケットに包みを仕舞う。

 実はこの先輩はツンデレで俺がニヤケ顔をしていた時もきっと嬉しかったに違いない。

 今回は恥ずかしいことと恥ずかしいのとが合わさり平然を装うことができなかったのだろう。


「カエデくん、気持ち悪い。ドブに埋まって一生ドブから出てきて欲しくないくらい」

「まったく、素直じゃないな〜先輩は。俺も初めてですけどキスくらいし──」

「冗談は顔だけにした方がいい。それともコレとキスしたい?」


 俺の口に指を突っ込んで無理やり広げデザインカッターを口の中に入れる。

 少しでも抵抗して顔を動かすと確実に口の中にが切れてしまう。

 また呼吸なんてしようものなら先輩の手に息がかかり逆鱗に触れかねない。

 

「よく分かってる。犬としては及第点。私がカッターを離したら「ワン」と吠えるのよこの駄犬」


 先輩は口の中に入れたカッターをゆっくりと仕舞う。

 それが合図だ。

 俺は両手を自分の胸のあたりに持っていき、軽く握って恐る恐る口を開く。


「わ、ワン……俺は月先輩の犬だワン!」

「…………はぁ。これが本当の犬だったら絶対飼いたくない。私はあなたに一切の恋愛感情を抱かないから。ごめんなさい、最近忙しくて少々苛立ってた」


 俺を駄犬呼ばわりしワンと鳴くのを強要させたくせに犬としては絶対飼いたくないと言われた挙句先輩の機嫌が悪かったらしく謝られてしまう始末。

 ドMならば上げて上げてどん底へと突き落とされた気分だろう。

 まあ俺はドMではないのだけど。


「二年にもなれば多忙なんでしょうね」

「そんなこともなくもない」


 制服を正しぶっきらぼうに答える。


 どっちなんだよ、と言うツッコミが出かかったが喉元で抑え込む。

 また口の中に刃物なんて入れられたくないからな。

 そのまま大した会話もなく、ただだらだらと星に纏わる本をひたすら眺めて時間を潰した。


 毎日こうだと疲れるんだが?

 明日は休みなのでそれだけが救いだ。

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