ヤンデレ
「それ、お兄ちゃんの好きなヤ・ン・デ・レって種族じゃないの?」
部活が終わって家に帰ると五時過ぎということもあってか妹のあかりが既に帰宅していてまたもやタブレットを見ながら今晩の献立を考えていた。
そんなあかりに今日あったことを掻い摘んで伝えると至極冷静ながらも異様な答えが返ってくる。
妹の口からヤンデレと言う言葉をあまり聞きたくなかったがこれも俺が度々リビングでアニメを見て夜中に叫び散らかしているせいだろう。
だがそれだけで「ヤンデレという言葉を覚えるか?」と問われると少々疑問に思うところもある。
そして、あかりは大きな勘違いをしていた。
「ヤンデレはあまり好きではないぞ我が妹よ。普段みんなが居るところではツンツンしていても、誰も居ない二人きりの時だけはデレてくれる人が好きなだけだ。比率で言えばツンが七でデレが三の七対三。これぞ王道にして至高、あるべき姿のツンデレなのだ!」
「あ、そういうのいいから今日から買い物よろしくね?」
「あ、はい」
俺の熱弁を華麗に無視してあかりは俺に紙切れを渡してくる。
それはメモ紙のようで内容は食材の名前ばかりが書いてある。
どうやら今日の晩御飯の献立は熱弁をしているうちに決まってしまったようだ。
「思ったけど俺、野菜の目利きなんて出来ないぞ?」
「とりあえず奥にある野菜を取ってくるだけで大丈夫だよ。あとヨーグルトと納豆はちゃんと賞味期限を見て一番長持ちしそうなやつにしてね」
「うい〜」
財布とエコバッグを持ちながらトコトコとスーパーへ向かう。
その途中、見覚えのある姿が見えた。
「あれは……陽先輩か?」
彼女は私服に着替えており辺りをキョロキョロと見ながら何かを探しているようだった。
声を掛けても良かったんだが邪魔をすると悪いし先輩と俺との距離はおおよそ八十メートルほど離れていた。
「今度会った時にでも聞いてみるか」
俺は目的のスーパーへ向かって妹に言われた通り奥から野菜を取り、賞味期限が長い食材を選んで、ついでに食後のデザートとしてアイスを三つほど買って帰宅することにした。
もしかしたら月先輩が買い物をしているかもと期待して辺りを見渡してみたがどこにも白髪の少女は見当たらなかった。
まあ今会うと何となく気まずいしこれはこれで良かったかな。
等と考えて会計を済まし、スーパーを出ると何やら辺りが騒がしかった。
大声で怒鳴り散らかす声、悲鳴にも聞こえる断末魔。
「何かあったのか?」
そう思った矢先、俺に誰かがぶつかってくる。
「──うわぁ!?」
俺はいきなりやってきた勢いに負け、その場で尻もちを着いてしまう。
相手も同じく尻もちを着くが誰かに追われているらしくすぐに立ち上がって早足で消え去る。
せめて顔くらいはと思ったが黒のパーカーを被っていてマスクとサングラスをしている。
明らかに怪しいとしか思えない。
それ以外に分かったのは背はそれほど大きくなく、ぶつかった時に感じた感触は肉付き的に女性なのかもしれないということだけだった。
「君、大丈夫かね?」
どうやら彼女を追いかけていたのは警察官二人組のようで一人はそのまま追いかけて、もう一人は俺を気遣って声を掛けてきた。
「あ、はい。今のは?」
我に返った俺は返事をして一体何だったのか訊ねてみた。
「連鎖強盗犯の一人だ」
警察官は苦虫を噛み潰したような表情を見せながら答える。
それだけでこの人は連鎖強盗においてとても苦労しているのだろうなということが分かってしまう。
それからは簡単な質問をされたのちに「妹を待たせてるので早く帰らないと」ということを伝えるとすぐに解放された。
きっと俺が高校生だから連鎖強盗の関係者で時間稼ぎのためにわざとぶつかり彼女を逃がしたのではないか疑っていたのだろう。
「ただいま〜。はぁ、疲れた」
「おかえり、お兄ちゃん。遅かったね……何かあった?」
「別に大したことじゃないが、買い物を済ませてスーパーから出たら連鎖強盗犯にぶつかっちゃってさ。多分だけど俺も仲間なんじゃないかと思われて軽く質問されてきた」
あかりをあまり心配させないように大したことないと言っているが本当は疲れた。
警察官に囲まれて現場の状況を事細かに説明させられるとかアニメの中の世界だけにしてくれ。
質問されてもいきなりのことでよく分からなかったのだが分からないでは済まされないだろうから無い頭をフルに使って頑張って伝えたんだ、そりゃ疲れるに決まってる。
「ええっ!? お兄ちゃん、怪我は?」
「何ともない。ちょっとケツが痛いくらいだ」
「ほんとに? 割れてない?」
「ケツは元から割れてるだろ」
あかりの心配の仕方がおかしい。
そのせいでどうして人間はお尻が割れているのか気になってしょうがない。
忘れてなければ寝る前にでも調べようかな。
「お兄ちゃんだけ十字に割れてたら妹として嫌だからね」
「俺だって嫌だわ……それで今日ってどこが狙われてたんだ?」
「ちょっと待ってね。えーと、ここから五キロ離れたお花屋さんだって」
タブレットを操作してすぐに答えを導き出して教えてくれる。
このご時世、調べて出ないことはないくらいに思えてくる。
「五キロ? あの人よく警察官に追われながらそんなに走ったな。しかも、花に好き嫌いとかあるものか?」
「もし本当に五キロも走ってきたのなら警察官の人も相当な体力だと思うよ、流石って感じがする。んー、確かに嫌いなお花ってラフレシアくらいしか思いつかないや」
妹も俺と同意見らしい。
しかも、嫌いな花まで同じ考えだった。
流石は兄妹と言ったところか。
「それよりご飯作っちゃうからそのぐちゃぐちゃになったアイスは片付けておいてよね」
「へーい」
連鎖強盗犯とぶつかった拍子にアイスは形を変え、警察官の質問に答えているうちにドロドロに溶けてしまった。
また凍らせれば食べれないこともないしアイスがあったお陰でちょっとした保冷剤代わりになってくれた。
アイスには感謝してもしきれないぜ。
「ん?」
使わない食材を冷蔵庫に仕舞っていく中、見慣れない物がエコバッグの中にあった。
それはうちの家ではない鍵だ。
鍵だからといって家のとは限らないか。
後であかりに聞くために鍵はテーブルの上に置いて俺はシャワーを浴びることにした。
☆
「ふぅ〜生き返る」
あかりが気を利かせてお風呂を沸かしといてくれたのでシャワーだけではなく浴槽へと浸かる。
リラックス状態は発想力や想像力が豊かになるという。
なので俺は美少女と入浴をしている妄想を膨らませることにした。
二次元ならばやはりピンクの髪色、ツインテール。
そしてまだまだ発展途上な胸、それでいてそれを気にする仕草。
「堪らねえ……二次元美少女と一緒に入浴する時代が早く来ないかなぁ」
等と美里やあかりが見ていれば確実に呆れられる妄想を楽しむ。
だけど俺の頭は今、連鎖強盗のことに切り替わってしまう。
月先輩は姉の陽先輩が犯人だと言うが昨日あかりのノートを見てしまった俺は犯人はあかりではないかと疑ってしまう。
何度も考えて何度も違うと自分に言い聞かせたがやっぱり妹だとしてもあれを見たら疑う他ならない。
あの内容は──
「そうだ! 手始めにさ恋を叶えてあげようよ。しかも、絶対に叶うことのない恋。どんなに顔がブサイクでもどんなに頭が悪くてもどんなにその子のタイプじゃなくても絶対に叶う恋。素敵だと思わない?」
ノートの続きにはそう書いてあった。
筆跡は互いに真似ているのかどちらも妹のものに似ていて俺ですら判別できなかった。
俺が見られたのはそこまでだった。
またあのノートを見られる機会があるのならば判別できるかもしれない。
けれどリスクを負ってまで見ようとも思わない。
「待てよ……犯人は二人居るのか?」
ノートで会話をしていたように見えた、なので二人居てもおかしくない。
むしろ、二人居てくれなきゃおかしいんだ。
あくまでこれは仮説だがあかりと陽先輩はどこかで交換ノートをしていて趣味が同じで意気投合、それから何か二人でやりたいと思い今回の連鎖強盗を計画する。
「……な訳ないな」
なんせ荻野って苗字を知らなそうだったし、俺もあかりと同じ中学に通ってたんだから流石に二次元にしか興味がなかったにしろあんなに綺麗な先輩が居るのなら覚えてるはずだしなぁ。
俺は妹に呼ばれるまで自分のない頭で思考を巡らせていた。
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