ホットスポット

「なぁ、あかり。荻野月って名前に覚えはあるか?」


 着替えなどを済ませてリビングに行くと妹のあかりがタブレットを見ながら自前のポニーテールを揺らし今晩のおかずは何にしようか悩んでいた。


「……荻野月? んー、聞いたことないなぁ。荻野って苗字も心当たりないかな。少なくとも小中にそんな人居なかったと思うよ。おっ、このおひたし美味しそう。最近野菜不足だしいいかも知れない」


 ちらっとこちらを見て答えてくれたが、どうやら荻野と言う苗字でも知らないようだ。

 俺の話よりおかずの方が大事そうでタブレットとにらめっこをしていた。


「それで……荻野さんだっけ? その人がどうかしたの? あっ、分かった。どうせお兄ちゃんの事だからアニメキャラに似てる! とかでしょ」


 かと思えばタブレットをテーブルに置いて俺の方をまじまじと見つめる。


 白髪のキャラは確かに沢山いるが実際に目の当たりにするとやっぱり違う。

 病気で色素が欠乏してるのが分かっていても、綺麗で何処となく人を魅了する。

 朝のことがなければ恋に堕ちる音が聞こえていたかもしれない。


「俺は見たことないはずなんだけど、何故かあっちは俺の名前も妹が居ることも幼馴染が居ることでさえ知っていたんだ。白髪で……まあ綺麗って言えば綺麗な人なんだけどさ。それだけ目立つなら覚えてないはずがないだろ?」


「それだったら私も覚えてるはずだね。それで、それで! その人とは一体どんなご関係に?」


 妹の恋バナスイッチが入ったらしく右手を握りマイクに見立てて俺の方へ向ける。


 どうして女子はこの手の話は食い付きがいいんだろうな。


「別になんもないよ。ただ強引に部活に勧誘された。俺が逃げられないように姑息な手段も使ってな。それで渋々入ることになってしまった」


「ええっ!? お兄ちゃん、それ恋だよ! 青春だよ! ブルーオータムだよ!」

「それを言うならブルースプリングな。あとそんな使い方するのか分からん。それと恋ではないと思うぞ。二年間良いように使われて終わりだ」


 あかりは興奮を抑えきれないのか自分の前に両手握りぶんぶんと上下に振って、よく分からないことを口走っていた。

 俺が女子の話をするのって美里くらいだからか楽しそうに見える。


「でもでもっ! そこから恋に発展するかもしれないでしょ。荻野月さんから山敷月さんに……やっぱり義姉おねえちゃんって呼んだ方がいいのかな?」


「だからそんなんじゃないって。気持ち悪い顔って言われたし」


 呆れながら俺はテレビをつけて夕方アニメが始まるまで暇つぶしでニュース番組を見ることにした。


「あ、なんだそうなんだ。どうせニヤけた顔でも見せたんじゃないの?」

「うぐっ……」


 急に熱が冷めた我が妹は的確に俺の行動を当てる。

 約十五年も一緒だから兄のことはお見通しなのだろう。

 てか客観的に見て俺は分かりやすい性格だからな。


「うわぁ……まただよ。やんなっちゃうね」

「俺が前にもニヤけ顔でキモがられたことがあったか?」

「違う違う。これだよこれ」


 テレビを指差しどうやらニュースの内容を見て嫌そうな顔をしたようだ。

 それは俺がちょうど端島に連行された日くらいからここいらの中高生の中で流行りだしている万引きのニュースだった。

 最初に捕まったのは一人や二人だったが、それが増えに増えて今は人数で言えばひとクラス分だ。

 それ程になるまで増え続けていった。

 そして今も万引が減ることはない。


「このスーパーっていつも行ってるとこだよな?」

「うん。今回はここが狂信者たちにはホットスポットだったんだろうね。どうして誰から来たか分からないメールを信じちゃうのかね。恋愛くらい自分の力でなんとかしなよ………はぁ、私ご飯作ってくるね」


 あかりは呆れながら短い溜め息をしてもう見たくないと言わんばかりにリビングから台所へと移動した。

 俺もこれ以上は見たくないと感じたので端島に連行された日に始まったアニメの録画を夕方のアニメが始まるまで見ることにした。


 そうして見ること五分。

 俺はひとつの答えを導き出す。

 とても残酷で俺の姿を見たらユーモラスだと誰かが言うだろう。


「クソアニメだ……」


 声優は殆ど新人で頑張って演じている姿は正直見ていて応援したくなる。

 若干噛んでいたとしても可愛くすら思える。


 しかし、演出や設定が酷い。酷すぎる。


「なんでも爆発させれば良いってもんじゃないだろ……確かにキャラは可愛いがこれじゃ可愛いの一人歩きだ」


 リアタイで見なくて良かったかもしれない。


 ソファに深く腰を掛けて天を見上げる。

 今日あった出来事全てがどうでもよくバカバカしくなった。

 そう思うと睡魔が俺を誘い、夕方のアニメを見ることなくあかりに起こされるまでぐっすりと眠っていた。

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