出会い

「ったく。じいさんのやつこんな可愛い孫をよく分からん僻地に置いていくだなんて……」


 時を同じくして、一人の少年が無人島を散策している。


 どうやら彼は元海軍である祖父と一緒にここへ観光をしようとしていたが、突然祖父が風邪を引いてしまい泣く泣く強制的に一人で来ることになってしまったようだ。


「はぁ、数時間前の記憶が今でも蘇ってくるぜ……」


 彼の頭は家を出る前の出来事が再生されていた。


 ☆


「ゴッホゴッホ……タケシよ……ワシはもう無理じゃ……せめてワシの変わりに故郷の端島を見てきてくれぬか……? ゴホッゴホッ」


 まるで今にでも死にそうなセリフを俺に向かって呟く。


 たかが風邪じゃねぇか……わざわざ医者を呼んで診てもらったってのになんて大袈裟な。

 齢八十になる俺のじいさんが今、目の前で布団に寝転がりながら咳をしている。

 髪はモヒカンのようなヘアースタイルで年なので真っ白で毛もかなり少ない、もし覚醒遺伝が発令されてしまうのならば俺も将来はじいさんのように髪が薄いことが確定してしまう。

 そんなのは絶対に嫌だ。未来の発毛技術は明るいと信じたい。


 それよりも……。


「じいさんが孫の名前を忘れるほどボケてしまったことに俺は感銘を受けている。疾風だ、カ・エ・デ! ……ったくどうして初見で読めない名前にしたんだか。親父とじいさんの人間性を疑うぜ」


 俺は頭を掻きむしり部屋に響くほどの大声で言い放ってしまう。

 これがハゲる要因か。


 風邪を引いたクソじじい……もとい、じいさんの様子を見に行こうとじいさんの部屋に来たらこの有様。


 うちは俺とじいさん、それと妹の三人暮らしなのでいくら大声で叫んでも怒られるのは妹にだけだ。

 その妹は晩御飯の買い出しで今は居ない。

 じいさんは最近耳が遠くなったのでこのぐらいで丁度いいだろ。


「ワシの……ワシの変わりに……」

「はいはい、わかったわかった! 病人は大人しく寝てろ」


 無理やり起き上がろうとする老体を押さえ付けてそのまま布団へと寝かせる。


「ワシの……ワシの……」

「一週間もすれば元気になるだろ。それからでも──」


 最後まで言い終える前にチャイムの音が聞こえる。

 誰かが遊びに来たのかと思ったが、どうせ妹が大量に買い物をして両手が塞がり開けれなくなったんだろうな。


「俺が居なきゃ自力でドアも開けられない可愛い妹だな〜まったくぅ〜」


 横になりながらもウダウダと喋るじいさんにガン無視をキメて、俺は廊下を駆け抜け愛しの妹の元へと向かう。

 玄関は、じいさんの部屋を出て真っ直ぐなのですぐに辿り着いた。


「はいはい、愛しのお兄ちゃんでちゅ………………よ?」


 そこに居たのは絶対に妹と間違えることがない黒いスーツとサングラスをした身長は二メートル近くもあり、ごくごく普通の一軒家であるうちの玄関ではしゃがみながらでしか入れない男が居た。


 肌も褐色で明らかに日本人ではない風貌が漂っている。


「イエス、ボス」


 男は左耳を抑え、インカムを使いながら誰かと会話をしているようだった。

 低い重低音が静かに、それでいて確実に俺の耳へ届く。


 ボスって誰のことだ!?

 それよりも……。


「あ、あのー、間違いではありませんか? 俺、アンタみたいな人、知り合いに居ないんだけど」


 日本語が通じるか分からないが、俺が話せるのは日本語かネット用語くらいだ。

 英語なんて高校受験のために躍起になって頭に叩き込んだが合格の嬉しさで全て忘れた。


 俺と男は見つめ合う。


 一瞬が何分も何時間にも感じて呼吸もままならなくなる。

 これが恋ならどれだけよかったものか。

 まぁこんな図体のデカい男と恋には落ちたくないが。


 俺の言葉を聞いても表情ひとつ変えることなく、男はゆっくり、ゆっくりと一定のペースを保ちつつ家の中へ、俺の元へと向かってくる。

 奥には、じいさんが居るので俺一人で逃げるわけにはいかない。

 それに狙いはどうやら俺のようだ。


 いったい俺が何をした?


 まさかレンタルDVDを滞納していたか?

 いやいや、あれは昨日返したばかりだ。

 それに滞納する前に妹が必ず教えてくれている。

 今の一度も俺がDVDを借りたなど言ったことなかったが何故か全てバレている。


 まぁ深夜にリビングでアニメを見て寝落ちしているくらいだからバレていて当然か。


 それとも夜中に今期のアニメを大声で批判していたのがいけなかったか?

 それでご近所に迷惑になっていて俺を内密に処分するつもりじゃ……。


 だってあれは仕方ないじゃないか。

 ヒロインがいきなりヤンデレ化するのはまだ許せる。

 そういう作品はいくつも見てきた……だがあの作画崩壊は手抜きと言わざるを得ない。

 ネットの掲示板だって大炎上だったんだ、あれは至極当然の反応である。


 だが夜中にどれだけ騒いでいても苦情が来たのは妹からくらいだ。


「ユア、カミング」


 等としょうもない思考を巡らせていると、気が付けば黒スーツの男は後ろへと回り込み、俺の首元に衝撃を与える。


 この技はアニメや漫画でよく見るやつだ!


 と興奮も出来ないまま俺の視界は突然真っ暗になった。


 ☆


 それから何時間経ったのか俺は分からない。

 ぼんやりとした意識の中で潮の香りが漂い、波の音……エンジンのような音が聞こえる。


「エンジン音?」


 意識が完全に覚醒し、起き上がろうとするが真っ暗で何も見えず、収穫されたアスパラガスのように足は歩けないよう両足を頑丈に縛られ、手は上で縛られているのだけが分かった。


 まるで絶対に此処から出させてやらないと言わんばかりに。


「はぁ、まじかぁ……今日から新しいアニメが始まるって言うのに」


 録画はしてあるがどうせならリアタイで見たかった。

 その前にこの状況をどうにかしないと一生見れないかもしれない。

 そんな結末は絶対に阻止しないといけない、例え今日から始めるアニメがクソアニメだったとしても。


 真っ暗でも視界が慣れてきたのか目を凝らせば壁と床くらいは把握出来るようになる。

 ここは船の一番下、家で言うなら地下の部分だろう。

 振動が酷いせいで体が超痛い。


 よくこれですぐ起きなかったものだな。

 それに船酔いもしないなんて丈夫な体に産んでくれてありがとう母さん。


 俺は亡き母親のことを思いながら目を閉じ手は頭の上に縛られた状態のまま両手を合掌させた。


 するとその仕草が鍵になっているかのように船は動きを止め、上から月夜に照らされた黒スーツの男が顔を出す。


「こういう時は美少女が良かったぜ……」


 やはり日本語が通じないのか顔色変えずに俺を掴む。

 そして甲板へ運んでくれたかと思うとそのまま浅瀬へと放り投げる。


 冷たくて痛い。


「おいてめぇ! 何しやが…………」


 俺の言葉を遮るように男は俺の土手っ腹にリュックを投げつける。


 収穫前のアスパラガスのシルエットになり掛けていたが、その反動でまた収穫されたアスパラガスの状態に戻り、俺の脇腹スレスレにナイフが刺さっていた。

 男の匙加減で一歩間違えば一瞬であの世に逝っていたかもしれない。


「エンジョイ、カエデ」


 男はそれだけ言うと船を出航させてしまう。

 俺はその光景をただただ放心状態で見つめることしか出来なかった。


 あの男が最後に言った「エンジョイ」……それにこの島が何処だか分かってしまった。


「あのクソじじいの仕業か……!」


 俺は静かに怒りを覚えながら月夜を頼りに地面に刺さったナイフを我ながら器用に使い、手に縛られた縄を切る。

 手が自由になれば足の縄なんて簡単に切れる。


「うぅ……こんだけ動いたのに夜は冷える……なんか入ってないか?」


 リュックを調べる。


 どうやら土手っ腹にクリーンヒットしていたのは二リットルの水が三本も入っていたからだった。

 後はどうやって食べるのか分からない携帯糧食、ガムなのか飴なのか実はコーティングされたマーブルチョコレートか分からない塊、唯一そのまま食べれそうなシリアルバー、今は珍しいインスタントカメラ、その他諸々。


 後は今月から入学する高校の制服、それと紙切れ。


「なんだこれ?」


 そこには「明後日には向かいを出す」とだけ書かれていた。

 明後日……ちょうど入学式がある日だから朝にでも迎えに来るのか。

 それまで俺はこの無人島で生き延びねばならない。


 考えるだけで辛くなってくる……。


「はぁ、とりあえず寒いし着替えるか」


 絶世の美女である黒髪ロングのお姉さんが俺の着替えを覗いていると妄想をしながら着替え始める。

 こうでもしてないと世の中生きていけない。


「これでもまだ寒いな……風が凌げるとこでも探すか」


 妹はお兄ちゃんである俺のことを心配していないか?

 明後日の入学式って本当に間に合うのか?

 じいさんのことなら平気で一ヶ月後とかありえるんじゃないか?


 等と不安要素を考えながらも辺りを散策をする。


 ──そして冒頭に戻るのであった。


 ☆


「お? ここなら金持ちの家っぽいし他のとこより崩壊する可能性は低いか?」


 俺は導かれるかのように一軒の屋敷へと誘われる。

 じいさんはこの島の出身って言ってたけどここがじいさんの家だったりしないよな?


「うん、しないな」


 父親は単身赴任で家に居ないけど、うちって見るからに平々凡々な生活をしてるし。

 ケーキとか誕生日以外で食ったことないし。

 寿司は妹が苦手だからあんまり食わんし。


「下は草が生えてるし上に上がるか……うわぁ、気をつけなきゃこりゃ抜け落ちるぞ」


 メキメキと音を立てながら俺は静かに上がっていく。

 なんで懐中電灯とか入れてないのかなあのじいさんは。


 などと悪態をつきながらなんとなく奥の部屋を見ると、そこだけ扉が開いていた。


「誰かいるのか? ……なんてな、無人島なんだし誰も居ないって、ええぇえええ──!?」


 そこには月夜に照らされて輝く白髪ロングの美少女が座ったまま寝ていた。

 まだ完全に春とは言い難いのにセーラー服なんて着ちゃっている。


「確か歌にこんなのがあったよな……セーラー服を脱がして?」


 嫌よダメよやっぱ脱がして〜って歌詞だった気がする。


「どっちだよ……それよりそんな格好で寝てたら風邪引くだろ。おーい、起きろー?」


 少女の肩を軽く揺すろうと少女に近寄り、手を乗せたら寒かったからなのか驚く程に体は冷たくて縁起でもないが、まるで死んでいるようだった。


「きゃっ──!?」

「ぐほっ!?」


 びっくりしたのか少女は俺の顎目掛けて目にも留まらぬ速さのアッパーを御見舞していた。

 危うく本日二度目の気絶をしかけたが気合いで持ちこたえる。

 だが突然の衝撃に耐えられなかったので俺はその場で尻もちも着いた。

 女の子にしては物凄く痛かったけど、死体じゃなくてよかった。


「え、誰?」

「通りすがりの一般人だ。こんな所で寝てると風邪引くぞ? ほら」


 少女は殴ったのを謝らずに、俺が誰かと尋ねてきた。


 寝ていたのに近寄った挙げ句、体を触った俺に非があるので、そのことについてはツッコまずにイケメンのようなセリフを呟き、これまたイケメンのように自分が着ていた制服を脱いで少女に渡そうとしたが少女は自分の手を前に出して断られてしまう。

 まるで街頭でポケットティッシュを配っているアルバイトが自分の配っているポケットティッシュだけ頑なに断り続けていたのに、他のイケメンからは受け取っている、そんな敗北感を覚えた。


「大丈夫、用が済んだしもう帰る。今回もダメだった……」

「ダメだった?」


 俺がモテないアルバイターの妄想を膨らませていると、反対に少女は空気が抜けたサッカーボールのようにぷしゅーっと脱力させながら小さくしょんぼりとしていた。

 聞き返したのに答える様子もなく、何の用事で来ていたかは知らないが可哀想に見える。


「帰るってここは船がないと帰れないぞ?」


 ここに来る用事って観光のなのか?

 今回もダメだったって言ってた気がするのだが何回かここに来てるのだろうか。


「船なら自分で運転してきた」

「本当か!? なら俺も……」

「ダメ、人数制限。私しか乗れない」


 なんだよそれ。


 一人しか乗れない船なんて聞いたことがなく、落胆していると珍しい者を見たかのようにこちらを覗き込み口を開く。


「それに明後日には迎えが来るんでしょ? おじい様のためにいっぱい写真撮るといい。昼の端島はノスタルジックで素敵。それじゃ、また学校で。山敷疾風やましきかえでくん」


 少女は俺の全てを見透かしたかのようににっこりと微笑むと部屋を後にしてしまう。

 これが俺の運命を大きく左右する出会いになることを俺はまだ知らない。

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