入学
「はぁ、疲れた」
怒涛の二日間だった。
ひとしきり端島を写真に収め、よく分からん携帯用食を固形燃料で温めている所にひょっこりとクマがやってきたり、イヤリングを落とした訳でもないのに食糧に飢えたクマが全速力が向かってきてそれから逃げて走っていたら毒がありそうなヘビが木の上から落ちてきたりと生きた心地がしなかった。
帰りの迎えも黒スーツの男が何処からともなく現れ、行きのように俺は気絶して気付いたら学校にそれも自分の教室の自分の席に座っていた。
ちゃんとした睡眠も取れず超絶寝不足でそれを堪えるのに必死すぎて入学式がどんな状況だったのか、教室での自己紹介は無事出来ていたのか今の俺には知る由もない。
早く帰って録画したアニメが見たい、それだけが今の俺が起きていられる原動力となっていた。
「疲れたって今日は入学式だけで、ほとんど座ってただけじゃない」
ぴょこぴょこと赤いリボンカチューシャが揺れながら話し掛けてくる。
いや、カチューシャが喋る訳ないよな。
苦笑いをしながら俺の前にやってきたのは幼馴染で家もお隣、ラブコメ漫画なら将来結婚間違いなしで顔だけ見ればまあそれなりに? 美少女の部類に入るであろう、
身長は俺より小さく細いが逆に言うと無駄な肉がなく身軽で靭やか。
美少女に見えて少々凶暴な一面もある彼女だが、これで結構モテるらしい。
中学の卒業式では後輩と同級生何人かが美里に告白をしていたようだが、恋愛には興味がないようで尽く玉砕していたそうな。
「入学式自体は疲れてない。今日の朝までがハードだったんだ。いや、ハードなんて言葉が生温い。ベリベリーハードだったぜ」
「どうせまた限界までアニメを見続けてたんでしょ」
「ハハハ…………それなら本当にどれだけ良かったことか」
美里を見ずに俺は黒板を凝視して乾いた笑いをぶつける。
黒板には特に何も書かれていないが、 やさぐれた某ネズミの国のキャラクターになりきれていたのか美里は苦笑いから一瞬で険しい顔になっていた。
「何があったのさ」
「守秘義務らしい」
「あーうん。またカエデのおじいさんに何かさせられたんだね。なむあみ、なむあみ〜」
守秘義務という言葉で全て納得したのか目も瞑らずに俺の方を向いてただ軽く手を合わせて擦るだけだった。
他人事だと思って何とも思ってなさそうに見える。
話せない内容なので聞けてない美里は少し頬を膨れさせたようにも見えた。
「そんな軽々しく浄土真宗を唱えるなよな。じいさんはまだ生きてるぞ。でもじいさんを見るのはもう無理そうだ」
「何かあったの?」
じいさんのことだと食い入るように心配して訊ねている。
圧倒的差別の瞬間である。
「ボケてたらしくて今は施設に入ったよ。どうやら症状が激しいようで親族の面会は本人に負担がかかるかもしれないからダメだってさ。俺としては負担を掛けて早くぽっくり逝って欲しいとこだけどな」
俺の妹である、あかりから俺のスマホに連絡があった内容を本心ではないが冗談で笑いながら美里に喋る。
もう五年近くは父親の代わりとして俺たち兄妹を見てきてくれたんだ、自分勝手なところも沢山あったじいさんだけど居なくなるのは少しばかり寂しい。
せめて今回の件で散々文句をたらしたかったものだがね。
まだ家に帰っていないので本当かどうかも疑い深い部分もあるが、あかりに限ってそんな嘘を言うわけがないので本当のことなのだろう。
「こら! 冗談でもそんなこと言わないの。でも急だね。私も挨拶しに行ったらダメかな?」
「幼馴染でよくうちに行き来してたから身内みたいなもんだしダメかもな」
俺は腕を組みながら考える。
万が一の状況があれば困るので美里も行ってはいけないだろう。
もし、暴れられたら美里が返り討ちにしてそれこそ死にかねない。
犯罪者の幼馴染なんて俺は嫌だぞ。
「そんな、カエデ。私たちは身内だなんてっ!」
何故か顔を赤くし、両頬を抑えて悶えていた。
「どうしてそこで照れる」
至極当然なツッコミを入れる。
眠いせいでそれに覇気があったか分からない、多分なかっただろうな。
「あ、それよりそうだ。カエデ、何の部活に入るか決めた?」
「んー、そうだなぁ。帰宅部かなーやっぱww」
「はい、却下〜」
俺の計画では「そっか~カエデだもんね~」と言われるかと思ったが何故か幼馴染によって夢の帰宅部は却下されてしまう。
そのせいで少しだけ目が覚めた。
「どうしてだよ!? 俺のアニメを見る時間が減るだろ! 美里はそれでもいいって言うのか!!!」
俺は必死に抵抗する。
それが無意味だと分かっていても。
アニメが見れないということは豚箱に入れられているのと同義なのだから。
「文句があるならカエデのお父さんに言いなよ。〝高校生になったらどうせアルバイトもしないで自分の好きなことばっかりするようになるだろうからせめて部活動に入れてやってくれ〟って言われてたんだよね」
溜め息まじりに痛い所を突いてくる。
親父が言っている姿を容易に想像できてしまうから余計に腹が立ってくる。
「親父め……ろくに連絡も寄越さず帰ってくる時は俺達が居ない時だし」
「あはは、きっと恥ずかしいんだろうね。もう五年も会ってないなら尚更だよ」
美里は俺の親父と連絡をよくとっているみたいで手に取るように分かるみたいだ。
「そんな恥ずかしさなんてゴミ箱に捨てろ」
少々恥ずかしいのは俺も同意だがそんなもん捨てて俺にお小遣いを寄越せ。
ひと月五千円は今の学生にとって辛いものがある。
だったらバイトをしろと言うかも知れない。
だがそんな暇があったら寝るかゲームするかアニメを見たい。
「それでカエデは何の部活に入るか決めた?」
「帰宅部しか勝たん」
「負けろ」
間髪入れずにツッコまれる。
まるで俺が何を言おうとしてたのか分かっていたかのような鋭さだった。
まあ幼馴染だしある程度予測できていたのかもな。
「そういうお前は何の部活に入るか決めたのか?」
「私も年頃の女の子だし料理部にでも入ろうかな〜って思ってるんだけど、どうかな?」
その言葉を境に俺の周りの空気が氷河期並に凍ってしまう。
美里をよく知っている人物が居たら固まっていたはずだ。
特に妹がこの光景を見ていたら確実に固まり、料理部以外を勧めるはずだ。
俺はまさにそれを実行しなければならない。
罪もない死人が出ないように……。
「い、いや。考え直してくれ。お前にはもっと相応しい部活があるんじゃないのか? ちゅ、中学だって陸上部だっただろ?」
「何よ。文化部だと定時で帰ってくるからアニメ見る時間が減るとか言うんでしょ?」
確かにそれもあるがお前は壊滅的に料理が出来ない。
そんなやつが料理部なんて入ったらとんでもない事になり兼ねない。
食中毒? そんなの可愛いもんだ。
あれは酷かった……一ヶ月お腹は下しっぱなし、病院で診てもらうも原因不明で色んな病院を点々とした。
検査入院もしてみたが結果は異常なし。
けれど原因が確信したのは二回目に美里の料理を食べてからだ。
不味いものから激辛に見えて食べてみると味が一切しない物、美味しいと言いながら作り笑いをするのが精一杯だった。
それから体の内側から殴られたかのようなとてつもない腹痛がいきなりやってきて、それでいて急激に悪寒が全身を巡る。
もちろん二度も美里が料理をしている所を見ている。
使ってる食材も至って普通でスーパーやコンビニにあるものだ。
なのにあのザマだった……思い出すだけでお腹が痛くなる。
「奥さんには働いて欲しいな。料理は俺がやる」
俺はキメ顔で美里を見る。
するとさっきの照れた顔はせず、怒った顔をしていた。
だけど本気では怒ってなさそうに見える。
「お前も働けっ! まったく、カエデはほんとアニメバカなんだから」
「もちろん漫画だって読むし、ゲームだってするぞ。アニメに影響されてギターも買ったし、バスケだって頭の中で何度も強豪校と試合もした」
「はぁ、なんでもいいや。私、陸上部の見学行ってくるから今週中には探しなよ? じゃあね!」
自分のカバンを手に取ると有無を言わせずさっさと教室を出てしまう。
そして気付けば教室には俺しか残されていなかった。
「乗り気はしないが部活でも見て帰るか」
高校生活という貴重で短い期間の中で何もしないってのも生産性がないし、たまーにだけでも顔を出せるような楽な部活があれば良いかな。
教室を出ると同時に黒髪ロングの女性とすれ違った。
あんな綺麗な人が居るなんて高校生活も捨てたもんじゃないな。
そう思いながら今期はどれだけ嫁が増えるかを考え、学校を散策するのも忘れて俺は帰宅した。
「あの顔……何処かで見たような気がするんだけど誰だったかな?」
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