アルビノ

「それってアルビノってやつなんじゃないの?」

「霜降りか?」


 午前の授業を終え、昼食になったのでご飯を食べながら先輩のことを美里に訊ねてみた。

 俺とは違って横とのつながりがあるし、何か知ってるんじゃないかと思ったが、どうやら美里は先輩のことを知らないらしい。

 それより先に容姿の疑問に思ったのか顎に手を乗せて考えていた。


「霜降……り? カエデが何言ってるのか分からないけどメラニン色素が欠乏する先天性の病気……になるのかな? 周りにそういう人が誰もいなかったし私もそこまで詳しくは知らないや」


 美里の親は医者だった。

 なのである程度の知識は叩き込まれて居たのだろう。

 全然遊んでくれなくて医学に関係する本ばっっっかり読んでいた時期があるくらいだ。


「でも確か太陽の陽の光に弱いってのは聞いたことあるかな」

「なるほどそれで……」


 そこまで詳しければ十分すぎる。

 それに合点がいった。


「なるほどって?」

「実は刃物を突きつけられながら部活に勧誘された」


 平然を装って妹が作ってくれた愛妹弁当を書き込みながら答えた。

 正直あれはクマと同等くらいの恐ろしさだったが、過ぎてしまえばどうということは無い。


「危ないじゃない!? 怪我は!?」


 美里は箸を思い切り机に叩きつけ俺をまじまじと見つめる。


「見ての通り何ともない。でもどうやら俺は先輩の夢を壊しちゃったらしくて、天文部に入らないといけないようだ……はぁ、リアタイでアニメが見れなくなるとかになったら地獄だぞ。ただでさえ部活に入れば夕方のアニメは見れなくなるっていうのに」


 未来の悲しい結末を口にしながら、俺はくしゃくしゃになったビラを美里に見せる。


「なになに……私の夢を叶えてくれませんか? …………ってこれただの自己中心的な人じゃないの?」

「俺もそう思う。天文部は名ばかりとすら感じてくる。あー、えーと……守秘義務だからあんまり大きな声では言えないけど──」


 美里の耳元で喋る。

 守秘義務とだけ書かれた紙がリュックの中に入っていたが、ボケた老人のしたことだ身内になら話しても問題ないだろう。

 高校生にもなって異性とこんなことをするのが恥ずかしかったのか美里の耳は真っ赤だ。


「端島に行ったんだ……いや、あれは半ば強制的に連行された挙句約二日間のサバイバル生活だった。その初日の夜に先輩と会ったんだ。その時「今回もダメだった」って言っていた気がする。きっと誰も居ない所で星でも見ようとしてたんだろうけど邪魔しちゃったんだと思う」


 今思えば有り得ない出会いをした。

 そして有り得ない勧誘のされ方をした。

 後にも先にもこんな体験をしたのは俺だけだろう。


「なっ、なるほどね……でもあそこって今の時期は関係者以外立ち入り禁止だったよね?」

「らしいな。じいさんは元島民だから色々と融通が効くみたいだ。元海軍だからそこら辺も顔が広いんだろうな」


 俺が喋り終わると頬を赤く染めて我に返る美里は疑問を口にした。

 自分から調べない限りそういう情報は入ってこないと思うのだがあの島は時期によっては立ち入り禁止だったり入島制限が掛けられている。

 また申請しても入れる人数も五十人程度だという。


「さすがはカエデのおじいちゃんだね。でもそういうのってさバレたら大変なんじゃないの?」

「さぁどうだろ? 俺は完全なる被害者だし、じいさんはボケちゃったし誰も咎められないんじゃないかな」

「それはどうかねー。勝手に入ったのがバレてカエデは国から狙われたりして!」

「狙われるなら美少女だけで頼む。もちろん警察官のコスプレも忘れずにな。もちろんミニスカだぞ、ミニスカ。見えるか見えないかが一番興奮するんだ。なのに最近のソシャゲときたら、パンツ丸出しなんだぜ? おかしいだろ」

「相変わらずカエデは振れんなー。私もコスプレしてカエデを滅多刺しにしてあげようか?」


 箸を握りしめニヤリと笑う美里が怖い。とてつなく怖い。


「うん、やっぱりヤンデレヒロインはこうでなくてはな」

「自分が物語の主人公とかなに勘違いしてるのアニメ好き豚野郎♡」

「ぶ、ぶひぃ……」


 人差し指を鼻に押し当て豚鼻をし、豚になりきる。

 こんなのなりきる必要は無い。

 どの道、俺は根っからのアニメ好き豚野郎なのだから。


「分かればよろしい。あ、今日も陸上部に顔を出すから帰りは遅くなるね」

「あいよ。もしかしたら俺は一生家に帰れなくなるかもしれないからその時は頼んだ」


 何だかんだでまた陸上をやってくれるのは俺個人としても嬉しい。

 入学前にかなり説得したからな、半年のブランクはあるが、頑張って欲しい。

 それに引き換え俺はあのメス先輩に殺されるかもしれない。


「あー、うん。骨くらいは見てあげるよ。生配信で」

「いや、そこは拾えよ! てか見るなら配信じゃなくて自分の肉眼で見てくれよ!」


 そんな他愛のない会話をしてお昼休みは終了する。


 ☆


 午後の授業はあっという間に過ぎ去り、放課後になってしまう。

 部活動がある面々は足早に教室から立ち去り、そうじゃない者はだらだらと談笑を楽しんだり帰宅する者は早々と帰っていく。


 はぁ、俺もあそこに混ざりたい。

 自分の机に座ったまま窓から下校する生徒を眺めて現実逃避に浸る。


「……遅くなると先輩の機嫌も損ねそうだしな」


 そういや、先輩の名前ってなんて言うんだろ。

 まあどうせ今会うんだしその時聞けばいいか。

 椅子から立ち上がりビラに書いてある天文部の部室へと向かおうとすると、また昨日の黒髪ロングの女性とすれ違う。


「先輩?」


 俺は咄嗟に声を掛けてしまう。

 やはり髪色は違えど端正な顔立ちはそっくりだ。


「はい? どちら様でしょうか?」


 首を傾けて俺が誰だか分からない様子だった。

 凛としていて動作ひとつひとつが美しい。

 見蕩れて返答するのも忘れてしまう程だ。


「あっ、すいません。人違いでした。あまりに似ていた人が居たもので」

「あぁ、妹のルナの事ですかね?」

「えと、名前は分からなくて白髪の……」

「うんうん。月で間違いありませんね。私は姉の荻野陽おぎのようと言います。私のことは気軽に陽先輩と呼んでください。姉妹共々よろしくお願いしますね」

「あ、ども。俺は山敷疾風やましきかえでと言います」

 

 人違いだとわかったのですぐに立ち去ろうとしたが、何故か会話が弾んでしまった。

 どうやら俺が今会いに行こうとしている先輩の姉にあたるらしい。

 リボンの色も緑色なので双子なのかな。


「カエデくんですね……あっ! 思い出しました。入学式の時に眠いのを必死に堪えてた子じゃないですか。今日も眠そうですね?」


 先輩は上目遣いで俺を見つめる。

 俺が好きそうな仕草を言わずしてやってくれる。

 それだけで好きになりそうだった。

 そんな先輩に覚えていてもらえて嬉しいのだが恥ずかしくなる。


「うっ、俺って遠目から見ても眠そうにしてたのか……今は全然バリバリ目は冴えてます。それよりここってどこにあるか分かりますか? 今日妹さんに勧誘されたんですよね」


 ビラに書いてあった校内の地図を指差しながら訊ねる。

 美里が言うには生徒会に属してる可能性が高いだろうし、先輩なので部室くらい簡単に分かるだろう。

 それに妹の部活なら尚更だ。


「……カエデくん。部に入るのを止める権利は私にはありません。けど、絶対に彼女と二人で出掛けてはいけません」

「え、どうして?」


 さっきまでニコニコとしていた先輩だったが、怒りにも似た表情を浮かべている。

 部活が部活だから夜間、星を見に出掛けることがあるかもしれない。

 けれど先輩は我が子に諭すかのような口ぶりだ。


 そんなに妹さんが大事だからどこの馬の骨か分からん男と一緒に居させたくない、とかなのだろうか。

 それなら入部すら拒否してくれてもいいんですよ。


「い・い・で・す・か?」


 人差し指をビシッと俺の方へ向けると怒るまではいかないが注意を払う。


「は、はいっ……」


 勢いに負けて俺は頷くしかなかった。


「素直な子は好きです。それでは」


 小さく手を振ると先輩はどこかへ向かうのか歩いていく。

 先輩の圧が強すぎた俺は、軽く会釈をすることしか出来なかった。


「あ、そうだ、カエデくーん。天文部は三階の理科準備室の隣ですよ〜!」


 その場にいる者ならば誰でも聞こえるような大声で天文部の場所を教えてくれた。

 ちょっと恥ずかしいし、俺と美人の先輩はどんな関係なのかとひそひそと噂する声が聞こえる。

 この場にいてもいい思いをしないので先輩と反対側の階段を使ってそそくさと天文部の部室を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る