ゲーセンとピザ屋

 食器を洗いシーツを洗濯機に入れて回す。

 今日は良い天気で毎朝こんなゆっくり生活出来ればどれだけ幸せなことか。

 

「これで彼女でも居たら勝ち組なんだけどな」


 洗面所の鏡で自分の顔を見ながら溜め息をする。

 平々凡々、中の中。言い方を変えれば至極普通。

 まあ普通が一番って言うけどやはり隣の芝はなんとやらと言うやつだ。


「てか彼女が居たら朝ご飯もこうやって掃除しなくても全部やってくれるんじゃ?」


 ヒモまっしぐらな俺の思考を完全に遮断させるかの如くチャイムが鳴る。

 誰か来たようだ。あかりが戻ってきたか?


「はーい」


 家のドアを開けると、そこには見覚えがある人が立っていた。

 この前の黒スーツの大男じゃなかったのはホッとしたが何故アンタが。


「おはよう、カエデくん」

「あ、おやすみなさ……いだだだだ!?」


 そこに居たのは月先輩だ。

 会いたくなかったのでドアを閉めようとしたが俺の手を掴んで一昨日のように手首を捻られてしまう。

 せっかく休めると思ったのにどうして……それに。


「なんで制服なんだ……」


 アニメや漫画ならばここは私服で一緒にデートをするのが定番だ。

 なのに先輩は俺の夢を……いや、全世界の男の夢を容赦なく踏みにじる。


「学校に用があってそれの帰り。それより出掛けるから準備して」


 捻る手首を押してその反動で俺は後ろに下がることしか出来ず、先輩は玄関だが家の中に入ってくる。

 結構痛いんだけど、と思っていると手を離してくれた。


「出掛けるってどこに?」

「今日のホットスポット」

「ピザ屋ですか?」

「……どうしてそれを? まだネットでも書き込まれてないのに」


 口が裂けてもあかりのノートに書いてあったとは言えない。

 もし先輩が俺の妹もこの事件に関わってると知ると何をしでかすことか。


「昨日学校で誰かが喋ってるの聞こえたんですけど、月先輩の情報が古いんじゃないですか?」

「まあいい。ここで待ってるから制服に着替えて」

「えー……」

「文句あるの?」

「いえ、ありません」

「よろしい。お金は私が出すから心配しないで」


 お金の心配をしている訳ではない。

 せっかくの休日に先輩が押しかけてわざわざ連鎖強盗が起こるであろう現場に足を運ぶのが面倒なだけだ。

 それにあかりには掃除をしておいてと言われた。

 俺は怒られる覚悟を決めて自分の部屋に戻り制服に着替えるとスマホと財布、家の鍵を持って先輩の元に戻った。


 ☆


「いざと言う時に連絡先を交換」


 バスの中で先輩が携帯を出してくる。

 スマホでなくフィーチャーフォン、所謂ガラケーの方だ。

 髪が白いだけでなくガラケーも真っ白でまるで新品みたいでとても丁寧に扱っているのが分かる。


「珍しいですね、今どきガラケーだなんて」

「母の形見……だから」


 俺が訊ねると先輩は目を少しだけ細めガラケーを大事そうに撫でている。

 まさかそれが形見だったなんて。


「そうでしたか、すいません。何も考えずに」

「気にしなくていい。カエデくんも母親は居ないんでしょう?」

「なんで知ってるのか気になるけど名前とかも知ってたしもう気にしません。隠すことでもないですし。五年前に病気で亡くなったんです。あ、別にもう昔のことなんで悲しいとか寂しとかはありませんから気にしないでください」


 両手を広げて前に出して左右に振って気にかけないように促す。

 こういう話題って親の死がフラッシュバックをして落ち込んだり悲しんだり泣いてしまう人までいる。

 俺達はそんなことはないし先輩は更に核心を突いてくる。


「そっちじゃなくて本当のお母さん」


 抑揚もなく淡々と聞いている。

 五年前に死んだのは本当の母親ではなく、あかりの母親だ。

 そのことを知っているのは美里とあかりくらいで健や他の仲の良い友達は誰も知らない。


「……やっぱり何でも知ってますね。俺が幼い頃に事故で亡くなったってじいさんから聞いてます」

「あれは……事故死ではない」 

「事故じゃないって──」


 どういうことですか? と訊ねようとしたがバスが停車をし駅前に着いたことを知らせる。


「着いた。先ずは適当に時間を潰す」


 先輩は言いたくないのか、そそくさと立ち上がってバスを出る。

 もちろん置いてけぼりをくらいたくないので先輩の後をすぐに追う。

 早足で着いていかないと見失ってしまう程速かった。


「ここ一度行ってみたかった」

「はぁはぁ……ゲームセンターじゃないですか。もしかして一回も?」

「ない。前までは体に悪いって止められていた。あと不良がいっぱい居るって嘘を吐かれてた」


 俺の息が上がっているのに、月先輩は呼吸が乱れておらず、ほんの少しだけ口角が上がり喜んでいるような気がした。


「俺が小さい頃はこの建物自体有害物質の塊って言われてましたし、昔は夜になると不良の溜まり場になってたみたいだし嘘ではないですよ」


 アスベストと言えば大体の人は理解出来るだろう。

 このゲームセンターの外観は立派で綺麗だが中は黒い石綿が直に見える程天井に貼り付けられていた。

 なので数年前に閉店したのち新しいゲーセンとして生まれ変わった。

 思えば家でゲームばっかりしていたのでリニューアルしてから来るのは初めてだな。


「あれは何?」


 物珍しそうに先輩は指を差す。

 差した先にあったのはごく普通のUFOキャッチャーだ。


「え、まさか先輩ってUFOキャッチャーも知らないんですか?」

「あぁ、名前だけなら聞いたことがあったけどあれがそう」


 色んな角度から筐体を眺めている。


 プレイをする前にこうやってどこから仕掛ければ良いのか確認してる人が居るけど欲しいものでもあったのかな?


「UFOが居ない」


 と思ったがガラス越しに景品のぬいぐるみを見てとても残念そうにしていた。

 UFOをキャッチャーするのではなく、UFOがキャッチャーをするのだ。

 どうやら月先輩は俺より数年前を生きてるように思えてくる。

 さっき何でも知ってると思ったけど撤回で。


「実際にやりますか?」

「必要ない」


 UFOが居ないと分かったからか興味がなくなったようだった。

 まさか天文学に関係があることしか興味が無いのかな。

 けれど先輩はホラーテイストの黒いウサギのミニストラップを何度も何度もチラ見している。

 あからさまに欲しそうだった。


「せっかく来たんだから一回だけやりましょうよ。あれなんか簡単に取れると思いますよ?」

「カエデくんが言うなら仕方ない」


 黒いウサギを指差して勧めると俺の名前を出して仕方なくやってくれるようだ。

 その様子は渋々ではなく嬉しそうだった。

 力が強かったり小走りで走っても息切れ一つしなくても、やはり女の子としての一面を備えてる。


 まさかこれがギャップ萌えと言うやつか?

 先輩は俺を萌えキュンさせるために行動してるのではないだろうか。

 白髪ロングのツンデレギャップ萌えキャラ……くそ、最高じゃねえか。

 これで俺があの黒いウサギを取ると見たことのない笑顔でお礼を言うだろう。


「取れた……」

「あれ?」


 俺の考えたシナリオは呆気なく崩れた。

 拳くらいの小さな人形のストラップだけど頬擦りをして喜んでいる。

 その姿を見たら別に恋に発展とか全然しなくてもよかったなと思える。


「記念になった。ありがとう」

「別に俺が取った訳ではありませんが、どういたしまして」


 先輩は見る物全てが初めてらしくて二人でメダルゲームや音ゲー、格ゲーなんかも一通り遊んだ。

 気が付けば時刻は十一時を回ろうとしている。

 ピザ屋が狙われるならそろそろかもな。

 ゲーセンを出た俺達はピザ屋まで歩いて向かう。

 駅前に居るのでもう目的の場所まで目と鼻の先だ。


「でもどうしてわざわざ向かうんですか?」


 ふと思った疑問を口にする。

 今更と言われればそれで終わりだ。


「盗みを働かなくても犯人は周囲できっとその現場を楽しんで見てる」

「見る必要なんてあるんですかね? リスクしかなさそうな気がするんですけど」

「……あの女はそういう女。この前のスーパーも花屋も周りにはあの女が居た」


 奥歯を噛み締めながら悔しそうに喋っている。

 もし月先輩の話が本当ならば、にわかには信じ難いが陽先輩も連鎖強盗に何らかの関係を持っていてもおかしくなさそうだ。


「着いた」

「え、ちょっと先輩!?」


 辺りで様子を伺うだけだと思ったが店の中に入ろうとしていたので俺は驚いてしまう。

 その場で立っている訳にもいかず俺も中に入る。


 中に入ると先輩はすぐに店員さんに話しかけていた。


「予約していた、荻野です。そうですか、分かりました」


 俺は椅子に座って店内を見渡す。

 連鎖強盗のホットスポットになってるからか、俺のクラスでも話題になってるピザ屋だからか中高生が多い。

 学年は違えど同じ学校の人もチラホラ見掛ける。

 そこで一人の男子高校生がキョロキョロしながらトイレへ向かっていった。

 ネクタイの色は緑だったので月先輩と同じ二年の人だろう。


 うんこか?


 と考えていると先輩が戻ってくる。


「後十分で出来るそう」

「まさか予約をしてたなんて」

「じゃないと怪しまれる。カエデくんと違ってちゃんと考えて行動してるから」

「さいですか」


 軽く溜め息を吐いているとうんこから帰ってきたのかスッキリした顔の男が出てくる。

 あんなスッキリした顔を見ると、もしかしたらうんこじゃなく特大なうんこだったのかもしれないな……。


「それで何か怪しいことはあった?」

「んー、特には。俺ここ来るの初めてなんですけど学生が多いなーってくらいですかね」

「そう」


 それだけ言って頷くと壁に貼ってあるメニューを眺めている。

 特段珍しいメニューはなく、至って普通のラインナップだった。

 

「え、スリッパがない?」


 トイレの近くが何やら騒がしい。

 店員が数名集まり、焦っているようにも見える。

 どうやらスリッパが無くなってしまったようだ。

 トイレのスリッパを盗むなんてよっぽどのマニアか……まさか!?


「先輩!」

「うん、カエデくんはここで待ってて」

「え、俺も行きますけど?」

「そろそろピザが出来る。それを持って近くの公園に居て、後で連絡する」


 整理券を俺に押し付け駆け足で店を出てスリッパを盗んだ人を探しに行った。

 

「108番でお待ちのお客様〜」


 押し付けられた整理券を見たら108番だった。

 呼ばれた店員を見ると俺は驚く。


「陽先輩!?」

「うふふ、カエデくん見てましたよ。月とデートですか?」


 ニヤニヤ顔で訊ねてくる。

 妹が男とデートをしてるのは嬉しいのだろうか。


「まあそんなところです。あ、勘違いしないでくださいね、丼もいけますから」

「丼? ここはピザしかありませんけど」

 

 大ボケをかましたが陽先輩には効いていない。


「今のは忘れてください。それより先輩はここでアルバイトしてたんですね」

「今月から始めたんです。似合ってますか?」


 ピンクと茶色のチェックのワイシャツにポニーテルをしている。

 胸もそれなりに大きい、これこそ発展途上国ではなく先進国だ。


「はい、とっても似合ってます!」

「嬉しいです。はい、これ。公園に入って右から二番目のベンチがオススメですよ。何やら恋が実るとかいう噂があるみたいです。頑張ってください」

 

 ピザを手渡ししてくれると俺の耳元で囁く。

 そんなことされたことがなかったので全身がゾクゾクして鳥肌が立つ。

 同時に陽先輩の発言は危険だと本能が言っている。

 この前まで「二人で出掛けてはいけない」と言っていた人が今は止めることなく、恋の応援までしている。

 俺は月先輩に恋愛感情を抱いていないしデートというのは嘘だが、陽先輩の言動はおかしい。


「分かりました、二番目ベンチですね」

「熱いうちにお召し上がりください。ありがとうございました〜」


 その場を切り抜けるために元気よく返事をしてピザ屋を後にする。


 左右の道を見ても月先輩らしき面影はない。

 仕方ないので言われた通りに近くの公園へ向かうことにした。

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