神かくし(4)

「先輩、待ちましたよ」

「今来たとこだ」

「でしょうね」


 土曜日、駅前。

 僕は直前まで行くか行かないか悩んだが、やはりいかなければ終わらないだろうということで、重たい腰を起こして家を出た。

 それなりに急いだから、待ち合わせ時間から三十分も経っていない。


「二十分は経ってますけど?」

「昼飯おごる」

「わーお、事務的」


 本当は昼飯など食べずに、十五分で全て終わらせてゆっくりと家で天井でも眺めていたいが、僕一人ではあんな小さな鈴を街中で見つけられるわけもない。そもそも、街中にあるかどうかすらわからない。

 このはた迷惑な後輩の気が済むまで遊んでやらないことには、どうしようもない。

 とりあえず、これ以上引き伸ばされても嫌なので釘だけは刺しておく。


「今日中に解決しなかったら、悪いが山井健吾には死んでもらう」

「怖っ……。というかそれわたしへの説得になってます? まあわかりましたよ……先輩に本気で嫌われちゃうのも嫌ですし。あ、でもご飯食べたあと一箇所だけ寄らせてください!」

「言ったな。一箇所だけだぞ」

「わーい!」


 ‎こうして見ると、大袈裟に喜ぶ可愛い美少女でしかない。通行人もチラチラとこちらに目を向けている。

 けれど、誰一人こいつの最悪さは知らないのだろう。現に、今もなおあの山小屋に閉じ込められている山井健吾のことなど気にとめず、それどころか自分の欲のために利用している始末だ。

 最終的に助けだすなら問題ない、という考えなんだろうが、あんな場所に一人で何日も死が迫る中で過ごさなければならない恐怖をこいつは考えられないらしい。

 もう既に発狂して自死でも――いや、それはないな。

 一度連れていくと決めた相手に自死や発狂を許すほど、神様という存在は優しくない。はずだ。


 どちらにせよ、僕にはこの後輩のご機嫌取り以外の選択肢はないんだから、深く考えることじゃない。


「――と、いうわけで昼飯あそこでいいか?」

「そこはもうちょい深く考えましょうよ。視界に一番最初に入ったからってだけで決めましたよね、今」

「うん」

「悪びれないなあ?!」


 文句は言うものの、店の扉を引く僕を止めようとはしないところから、本気で嫌なわけではないのだろう。

 まあ、金を払うのは僕だけど。


「喫茶店か」

「え? それすら確認せず入ったんですか?」


 喫茶店の食べ物というのは、思うより量が多い。食の細い僕なんかからすれば、皿に乗ったパスタ一つで満腹を少し越える。

 目の前では、僕と同じパスタを注文したほこらが、フォークを使ってクルクルとパスタを巻いて口に運んでいた。

 僕はとっくに食べ終わっている。同じタイミングで運ばれてきてどうしてこうも差が出るのか。


「先輩はもっとこう、"味わう"ってことを知った方がいいですよ。どうせ食事なんて栄養を取れてお腹が膨れればいいとか思ってるんでしょ? あ、そうだ。わたし今度お弁当作ってきますよ。屋上に忍び込んで食べましょう」

「いいから早く食え」


 そう言いながら、ひとまず、露骨に嫌そうな顔をすることにした。



 ほこらに連れられて、次の目的地へとやってきた。


「本屋?」

「はい、本屋です」


 軽やかな足取りで店の中へ入っていくほこら。そのままレジの前を通り、一直線で漫画コーナーへと向かっていく。

 完全に予想外のことだったので、しばらく固まってしまった。


「どうしたんですか先輩?」

「いや、漫画、読むのか?」


 神奈ちゃん(ほこらの妹)にお使いでも頼まれたのかとも思ったが、あの子漫画読まないしな。


「いやあ、最近はまりましてねえ。今まで気にもしてませんけど馬鹿にできませんねえ……。面白いのなんのって」

「まさかお前にそんな俗な趣味持つとは……」

「親戚のおじさんの家に連れてかれた時に、たまたま棚にあったのを読んでそこからまあハマっちゃって。先輩も読んでみます? 一部から七部まで全部持ってますからいつでも貸しますよ?」

「しかもめちゃくちゃ長いシリーズにハマってる……」

「なんと今日、八部の一巻が発売します!!」


 目が輝いている。

 手には一冊の漫画本。やたら僕の顔に近づけて見せようとしてくるので、それを払って早くレジに行くように促す。


「え……先輩って、目的の本だけささっと買って店内を時間かけて見舞わさないタイプですか……?」

「そもそも本屋に来ることがない」

「若者の活字離れ!」

「授業でずっと教科書読んでるから字は足りてる」

「先輩ってハンバーガーの中のレタスを野菜って言い張るタイプですか?」

「いいから早く行けよ!」


 結局、ただをこねたほこらに付き合う形で、小一時間ほど店内をさまようことになった。

 なんで一度じっくり見た棚を一周した後にもう一回じっくり見るんだ。並んでる商品は変わってないだろう。


 けれど、本棚をじっくり凝視するほこらの顔は柔く、楽しそうで、


「趣味を見つけたんなら、もう少し大人しくなってくれるとありがたいんだけどな……」


 ぽつりと漏れた僕のつぶやきに、『一番は先輩ですよ』といいたげなウインクをきめられた。

 というかそもそも、こんなことをするために僕は今日出てきたんじゃない。


 やっとのことで会計を終えて、店を出る。一軒付き合うという約束は果たした。もうそろそろ切り出してもいいだろう。


「――で、鈴は? 当然場所はわかってるんだろうな?」


 答えは帰ってこない。見ると、買ったばかりの本の袋を顔に近づけて匂っている。どう考えても聞いていない。

 匂うならせめて中身を匂え。袋の匂いしかしないだろそれ。


「おい!」

「……はい? 呼びました?」


 とても帰りたい。


「ああ、ちゃんとわかってますよ。別に焦らなくても鈴は逃げたりしませんって。ちゃんと隠し場所はぁん…………?」


 得意げな顔をしていたほこらが急に変な音を立てて壊れた。

 油をさし忘れたのか、ゆっくりと軋むように首が動いている。


「あっりゃあ……想定外だわあ……」


 不吉なことを呟くほこら。その視線は、一人の通行人を追っている。

 そこには中学生か……下手をすればまだ小学生ぐらいの女の子が歩いている。

 ちらりと見えた横顔は、なにかを憂うような顔をしていて、落ちた視線は手に握りしめたなにかに向いている。


 その手の中にあるものがなんなか、僕には見えなかったが、口をパクパクさせているほこらを見て大体察しがついた。


「ほこらさん、鈴はどこにあるって? 山井健吾を助け出すために必要な鈴はどこにあるって?」

「いやあ……はは、逃げちゃってますね。えへ」

「えへ、じゃない!」


 本当はゆっくりしたかった休日の午後、僕は全速力で小さな女の子を追いかける。

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