神かくし(2)
山井健吾。
四月から入学してきて三ヶ月。その悪名は学校中に轟いていると言っていい。
悪名というか、悪癖というか、彼にはとても迷惑な性質がある。
悪戯癖、と言うべきか。
入学してからずっと、彼は同級生先輩教師誰彼かまわず迷惑行為を行っている。
例えば、他人の靴をどこか別の場所に隠したり、どこか適当な扉に黒板消しを挟んだり、騒ぎになったものでは、三年生の授業中のクラスにいきなり大量のカエルを放った、なんてものもあった。
生活指導を受けた時の言い分は、『人が驚く顔が見たくて見たくて仕方がない。どうしても止められない』とのことらしい。
高校生にもなってなにがどうなっているんだと、僕も噂を聞いて思っていたが、僕には関係ないと、特別興味を持つことはなかった。けど、まさかこんな風に関わってくるとは、さすがに想像もつかなかった。
「――で、なんで僕はこんな真夏の放課後に山登りなんてしなくちゃならない」
「いやあ、口で説明するより直接会った方が早いと思って――あ、そこぬかるんでるんで気をつけてください」
「おわっ、僕この靴ちょっと前に新しくしたばかりなんだぞ!」
「まあまあ、帰ってすぐ洗えば落ちますよ」
「じゃあ帰らせてくれ」
つらつらと文句を言いつつも、足を進めている僕はもっと誰かから褒められてもいいと思う。
僕の住んでいる街には、東西に大きな山がある。
東の山は薄暗く、人の手も加えられておらず、そもそも人が寄り付かない。
以前行った時には、いくらかの木に藁人形が打ち付けられていた。
誰の目にも触れられず、ひっそりと自殺するのにもいい場所でもある。とりあえず、まともな神経をしていれば寄り付かない場所だ。
そしてこれは全くの余談だが、僕とこのほこらという後輩が出会った場所でもある。
今登っているのは西の山で、熊がいるという話もあり、安全とは言えないが、登山用の道が整備されていたり、生えている野草を取りに地元の人がやってきたりもする。
けれど、人が集まる以上それだけに事故もある。
ただ野草を取りにきただのはずが足を滑らせてそのまま帰らぬ人に――なんてこともよくある話だ。
僕が今この山を登らされているのは、ここに山井健吾がいるからで、そしてこの後輩が絡んでいる以上、事態は遭難や山の事故よりもややこしいことは明白だ。
正直、帰りたくて帰りたくて仕方がないが、今は整備された山道を外れてけもの道を歩いている。
一人で帰っても、それこそ遭難の可能性もあるし、僕一人では熊にでも出会ったらまず太刀打ちできない。
来てしまった以上、黙って僕よりほんの少し小さいぐらいの背中に着いていくしかないのだ。
「うわ、先輩めちゃくちゃセンダングサ付いてますよ」
「センダン……ああ、これか」
といつの間にか制服にまとわりついていたひっつき虫を取っていく。
「くそ……この制服だって新品なのに……」
「新品かどうかはどうでもいいですけど、学校帰りそのままの格好で山って、見つかったら凄く怒られそうですよね。山を舐めているのかー! って」
「そう思うのなら連れてこないで欲しかった」
「山井君がどうなってもいいんですか?!」
「半分ぐらいはどうなってもいいと思ってるよ……」
雑談を交えつつ、ひっつき……センダングサを取る。
左側を取り終えて、右側を取っているうちにまた左側にびっしりとついている。
もう帰ってから取ろうと、諦めてほこらを見ると、ほこり一つついていない綺麗な制服姿をたなびかせて、ニヤッと笑った。
「コツですよ。コ・ツ」
「僕はなにも言ってないぞ」
「まあまあ、後でちゃんと取ってあげますから」
ずんずんと、ほこらは前に進む。
あまりにもセンダンなんとかに気を取られていると見失いそうだったので、僕も足を早める。
もうどれだけ歩いたのか。空は明るいままだから、時間はそんなにたっていないだろうが、足の悪い道はとても長く感じる。
「まだつかないのか?」そう僕がほこらに問いかけようとした時、気持ちよく視界が開けた。
「あれです」
そこにあったのは、一件の小屋だった。
濃い茶色の、いつからそこにあるのか、なぜそこにあるのかさえわからない小さな山小屋。
辺りを見渡しても、無造作に木の枝が転がっている以外に特別おかしなところはない。
ただ奥にもう一本、今僕達が通ってきたみたいな荒れた道が伸びていた。
「山井君がいなくなる前日、嫌な匂いがしました。ここ何ヶ月かで、先輩と一緒に巻き込まれたあれやこれの最中に感じた、嫌な匂いが。けれど、そんなものは日常のありとあらゆる所に溢れています。一々かかずらっていてはキリがありません。でも、その次の日に山井君はいなくなった。さすがにタイミングがタイミングだったので、微かに残った匂いを辿って、そうしたらここに着きました」
つらつらと説明をしながら、ほこらはゆっくりとその小屋に近づいていく。
「あ、先輩はそこにいてください。今知らない人が来たら多分凄く怯えちゃうと思うので」
コンコンと、ほこらは扉を叩く。
その中に、山井健吾はいるのだろう。
僕は山井健吾と面識なんてない。どんな姿をしているのか、どんな声をしているのかは知らない。
ただ、返ってきた返事は確かに男の声だった。
「つ、月垨さん?」
「はい、そうですよ。月垨です。安心してください」
「うん……うん……それで、なにか見つかった? 俺が助かる方法は見つかった? 嫌だ嫌だよ俺死にたくないこんなところで死にたくない……もうやめる……悪戯もやめる……人の嫌がることは二度としない……だから……だから」
「大丈夫ですよ。今、とても頼りになる人に協力して貰っています。きっと助けますから、もうしばらく我慢してください」
「うん……うん……ありがとうありがとうありがとう」
俺を繰り返すその声は、あまりにも聞いていた評判とは結びつかない弱々しい声だった。
そういえば、ほこらは彼があと5日で死ぬのだと言っていた。それを、彼本人も知っているということか。
今の状況は、出ると何かが起こるのか、それともそもそもあの小屋から出られないのか――。
「と、まあこういう状況です」
「よくわからないが、なんだか惨たらしいことはわかったよ」
ほこらが僕の方へ戻ってくる。
さっきはあんなに親身に語りかけていたが、表情は楽しそうだ。
別にそこにはなにも思わない。こういうやつだ、こいつは。
「はあぁ〜……」
対して僕は、酷く疲れた顔でわざとらしくため息を吐く。
凄く今更かもしれないが、とりあえずは、今回も完璧に巻き込まれてしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます