神憑き怪奇とめぐり逢いて

林きつね

神かくし(1)

 うだるような暑さが体を焼く七月の中頃、月初めの席替えで、不幸にも一番日当たりのいい窓際の席を引き当てた僕は、灼熱に身を溶かしていた。

 そんなある日の休み時間――


「神様ってさあ、いると思う?」


 同級生であり同クラスであり僕の前の席であり友人でもある戸橋也治とばし やじの、脈絡と中身のない話が耳に入ってくる。

 無視をしようと思ったが、僕は思わずここ一週間の出来事を想起してしまった。

 そしてそれは、と出会った春休みにまで記憶はさかのぼる。


 それらをふまえて、僕は心から、願うように答えを返す。


「いなければいいと思う」

「うわあ、つまんねえ」


 椅子を傾けて、首だけを後ろに折り曲げる気持ちの悪い姿勢で、戸橋は会話を続ける。


「お前、オカ研だろ? オカルト研究会。そういう神秘! みたいなの見つけろよ〜」

「自分で探せ。お前も同じオカ研だろ」

「やだよ。人数足りないから入ってやってるだけでそういうのに興味ないの〜」


 じゃあなんで神様がいるかどうか話を振ってきたのか、とは口に出さない。

 短い付き合いだが、こいつが何も考えずに喋っていることはよくわかっている。


「それにさあ、俺が出張ってお前らの邪魔しちゃ悪いだろ? ええ?」

「茶化すな。僕だって好きであんな部に入ってるわけじゃない」

「はあ?!」


 戸橋の体が大きく傾いて、僕の机の上に逆さまの頭が乗っかってくる。

 椅子はもうほとんど地面と接していないが、器用にも、足を机にひっかけて倒れないようにしている。


「そりゃないだろー! あんっな美人な後輩に好かれて、同じ部活で毎日毎日二人っきりでなにしてやがる! ええおい! 言ってみろほら!」


 急に怒りだした戸橋を、無視しようかと思った所に、授業開始のチャイムがなる。

 それと同時に戸橋も勢いをつけて体勢を元に戻した。

 休み時間の喧騒が静まっていく中で、ガンッという大きな音が響いた。


 僕があの後輩と日頃なにをやっているのか。なにに巻き込まれているのか。

 あいつもいると、何事にも無関心でいたい僕に次々と意味不明な出来事が襲いかかってくる。

 とりあえずは、さっきも思い返したが、ここ一週間の出来事を振り返って見ようと思う。

 いやほんと、神様なんていなければいいのに――。



 オカルト研究部、部室。

 なにか活動と呼べる行いをするにはあまりにも狭い空間で、僕はその日出された課題をこなしていた。

 日当たりが悪いが風通しも悪い。ここ十年で一番の猛暑と呼ばれている今年の夏を過ごすにあたって最悪極まりない状況だが、とある出来事があって手に入れた扇風機が、心地の良い冷たさを運んでくれる。

 このまま何事もなく、ただ課題を終えて、気温が下がってきた頃合に学校を出たい。

 そう思いながらペンを走らせ、まるで一区切りついたタイミングを見計らったように、立て付けの悪い扉がギシギシと音を立てながら開かれた。


「やっほー先輩、事件です!」


 月垨つきがみほこら。

 僕の後輩。この学校の一年生でありオカルト研究部所属。

 長い黒髪に、線の細い身体に凛とした佇まい。まるで深窓の令嬢を思われる風貌だが、性格は明るく無邪気で、同級生だけでなく先輩や先生はては保護者からも人気がある人気者……らしい。


「頼むからそっとしておいてくれないか」

「まあまあ、今回は危険はありませんから」


 そう明言された瞬間、僕はこの件に関しては無関心を貫こうと誓った。あまりにもろくでもないことは確実だからだ。


「あ、その顔! 無関心発動しましたね? そうはさせませんよーおりゃあ!」


 ほこらは僕の背後に迫り、そのまま覆いかぶさってくる。どうやら僕の後頭部に胸を押し当てているらしい。

 線は細いが、出るところはしっかりでている。

 それが月垨ほこらのチャームポイントらしい。この前自分で言っていた。


「課題が終わったから帰っていいか?」

「この男まじですか?」


 大マジだ。

 否応なく巻き込まれるならともかく、いやそれも嫌だが。

 自分からに首を突っ込むのは絶対に嫌だ。


 僕の頬を指でつつきながらほこらが言う。


「話だけでも聞きませんか?」

「聞かない」


 僕の頬を二本の指でつつきながらほこらが言う。


「わたしと二人っきりで、ちょっとした冒険……もといデートができるんですよ?」

「僕にとってそれは何一つ嬉しいことじゃない」


 むーと不貞腐れながら、僕の目の前の椅子に座って言う。


「危険はありませんよ?」

「なお関わりたくない。別にこのまま何もしなくても危険がないことには変わりないんだろう?」

「まあ確かにそうですけど……」

「ほらな。話は終わりだおつかれ。鍵閉めるぞ」

「でもわたし達以外には危険がありますよ?」

「…………なんだって?」


 ニコッと、何も知らない人が見れば一発で惚れてしまいそうな笑顔をほこらは顔に浮かべる。

 対して僕の顔は、心底しまった、という感じだ。


「関心、持っちゃいました?」

「いや、だって、お前なあ」


 僕が言葉に詰まっていると、ほこらはいそいそと立ち上がって棚を漁り、お湯を沸かし、そのままあれよあれよと二人分のお茶を用意した。

 お話しましょう、ということらしい。


「いやね、実はわたしのクラスメイトが一人行方不明になっちゃいまして」

「あー警察だ警察。そういうのは警察。僕には荷が重い」


 溺れるものが藁を掴むに等しい抵抗を試みる。無駄だとはわかっているが。


「いなくなったのは、わたしのクラスの山井健吾君」

「山井健吾ってあの?」

「あの」


 思わず反応してしまう。

 けれど、四月からこの学校に入ってきたその名前は、今では結構な有名人だ。僕達二年生どころか、三年生にまで話が伝わるほど。

 ちなみに、いい意味ではない。


「二日間も家に帰ってないらしくて、大事にはまだなっていませんが、学年内ではちょっとした騒ぎになってます」

「まさか、そいつを僕と探すってんじゃないだろうな?」

「いえいえそうではないですよ。それにもう見つけてきました」


 一瞬間が空いて、頭を抱える。

 今こいつはなんと言ったのか。『見つかった』のではない『見つけてきた』そう確かにそう言った。


「なんというか、匂ったんですよ」


 と、自分の鼻を指さしながらほこらが言う。

 どうせ、「オカルト研究部としての鼻が」とか言うだけだから、そこにはつっこまない。


「で、結局それが正解だったから、僕のところに話を持ってきた、と」

「話が早くて助かります〜。ええっと、まあ単刀直入に言いますと、彼、ほっとくとあと5日で死にます」


 そう言うほこらの顔は、まるで青空の下にいるみたいに笑顔だった。

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