神かくし(終)

 後日談と、そうだな、言うタイミングがなくて結局言えなかった話でもしよう。

 あの後、山井健吾は学校の近くに置いておいた。ちょうど下校時間になってしたし、誰かが気付くだろうと思って。

 その後はまあ騒ぎにはなったらしいが、僕にとってはどうでもいい。


 山井健吾は閉じ込められていた一週間の記憶をすっかり失っているらしい。

 ほこらに聞いても何も知らないと言っていたから、まあ精神がおかしくなって記憶が飛んだか、もしくはあの産まれかけた神様の影響か……。

 だがまあ、それ以外に支障はなく、ちゃんと家に帰って学校にも通い始めたそうだ。


 改めて、とんでもなく面倒なことになったと思う。ほこらの悪趣味が、悪趣味では済まなくなる寸前だった。

 思えば、あの妹が鈴から聞いたらしい山井健吾の声も、そういった異常事態の前触れだったのかもしれない。


 山井健吾の妹といえば、随分妹は兄のことを嫌っていたようだったが、二人の関係性がその後どうなのかとか、その辺は全く知らない。それこそどうでもいい。

 僕は僕に降りかかった騒ぎを終わらせただけだ。


 そしてこれはほこらが愉快そうに語っていたことだが、山井健吾はめっきり悪戯をしなくなったらしい。

 まるで今までの問題児っぷりが嘘のように、真面目に授業を受けているらしい。

 あまりの変わりように、本当の山井は死んでいて、別の存在が成り代わっている。だなんて噂もあるぐらいだ。

 全く勘弁して欲しい。これで本当に偽の山井健吾と本物山井健吾に別れたらどうしてくれる。とボヤいたら、「あー、ありそうですねえ」なんてほこらが笑いやがった。


 後日談はこんなところ。

 後は、僕にとってそれは当たり前すぎて、わざわざ説明しなかったことを一つ。まあ、余談ではあるが、月垨ほこらのことだ。

 月垨ほこらは人間じゃない。神様だ。

 昔からこの地にいる、本物の神様。

 今年の春休みに、山井健吾の一件があった西の山とは反対側の、東の山で僕が出会った神様だ。

 もっとも、僕が初めて出会った時は女子高生の姿なんてしていなかったが。そもそも姿なんてなかった。

 それでも僕は出会ってしまった。そして、見初められた。逃げることを許されなくなった。憑かれた。


 そしてそれは、全く笑えない出来事になった。

 あいつは、あの神様は、僕に惚れたがために世界を変えた。

 月垨ほこらという女の子が存在しない世界から、月垨ほこらという女の子が当たり前のように存在する世界に変えた。

 人々の記憶も、記録も、十六年前から彼女がこの世に生きる人間であることを示している。

 けれど、本当は違うということを、僕だけが知っている。

 僕に惚れたがために、僕と一緒にいたいがために、僕が終わった時僕のすべてを手に入れるために、あいつは世界を変えたのだ。


 神様というものに関わると、人はどれだけ不幸になるか、ほとんどの人はしらないだろう。僕だって、未だに実感がわかない。だが、生きているうちも、死んでからも、僕という存在は一生月垨ほこらという神様という存在に囚われ続ける。

 気が狂ってしまいそうだろう? 僕が何事にも無関心じゃなかったら、記憶が消える程度じゃ済まなかっただろう。

 おまけに、神様に憑かれているせいで、その手の怪奇現象に僕は巻き込まれ続ける。この先も、ずっと。

 そしてそれら全てから、月垨ほこらは僕を守ってくれるのだろう。ほかの何物にも、僕という存在を渡さないために。


 そんなわけだから、暇があれば、また別の現象について語る時もくるだろう。それこそ、僕とほこらが出会った時の話もいつか話せるような時がくるかもしれない。

 そういうわけで、余談終わり。





「――そういうわけで、一切挟めないのにハサミって名前なのが俺は気に入らねえってわけだよ」


 と、授業中にもかかわらず後ろを向いて心底どうでもいい話を延々と続けてくる戸橋の話を、僕はノートを取りながら聞き流す。

 聞き流しすぎて結論以外なにも聞いていなかった。


「そうだな、世の中には不思議がいっぱいだ」

「おう、だろ。お前絶対話聞いてなかったろ」

「それがわかってるなら前を向けよ」

「本当に聞いてなかったのかよ! 授業中になにしてんだお前」

「授業だよ!」


 あとちょっと過去回想。


 というかどういう話の道を辿れば、神様とかオカ研とかからハサミへの屁理屈に話題が変わるんだ。


「いやあ……こうやって授業中に延々と話しかけても文句言わねえのお前ぐらいでついな」

「じゃあ文句言ったらやめてくれるのか」

「多分やめねえ」


 即答された。こいつもほこらとは別の方向で厄介だ。まあ、こいつは全うな人間であり、僕の方からも友人として認識している奴ではあるけど。


「なあ、戸橋」


 ふと、頭に浮かんだことを戸橋に聞いてみることにした。なんの脈略も中身もない話だが、たまには僕の方からそんな話をしてもいいだろう。


「神様と熊、どっちが怖い?」

「熊だろ。神様なんていねえもん」


 戸橋はそう言うと、前を向いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る