神かくし(5)

「ちょっとそこのきみ、待って!」

「えっ?!」


 とぼとぼと歩く女の子には、すぐに追いつけた。

 ただ、追い抜いて回り込む形で呼び止めたせいか、めちゃくちゃビビられている。

体を庇いながら後ずさりして、今にも逃げられそうだ。


「えっと、なんですか……?」

「…………」


 なんだろう。

 一大事らしかったから、急いで追いかけたが、この後なんていいのか全くわからない。

 その手に持ってるものを見せてくれ? 頂戴?

 駄目だ。まだ呼ばれていない警察のサイレンが頭の中で鳴っている。


「先輩、チェンジ」


 いつの間にか追いついていたほこらに肩を叩かれる。

 さすがにどうにか出来る気がしないので、大人しく引き下がる。


 すぐにほこらは笑顔を作って、ストンと腰を落として女の子と同じ目線になった。

 そして、聞いたこともないような柔らかい声で言った。


「急にごめんね。私達、山井君と同じクラスで、私は月垨っていって、こっちの人が――」

出雲いずも

「兄と、同じクラスの人……」

「兄ぃ?」

「先輩静かに」


 制されて黙る。

 いや、妹がいたなんてさっぱり知らなかったから、驚いた。

 ほこらには特に驚いた様子はないが、知っていたのか。まあ、同じクラスだしな。

 けれど、それだけ近しい間柄なら話は早い――と思いたいんだが、心無しか、山井健吾の妹らしい少女は、警戒の色を強めているように見える。


「あ、兄のこと、なにか知ってるんですか……?」

「うん、ちょっと事情があって家に帰れなくなってるみたいなの。それで、家に帰るためにはその妹ちゃんが手に持ってるやつが必要なんだけど、少しお姉ちゃん達に貸してくれないかな?」


 随分と雑だな。とは思うが、とりあえず静観する。


「これがあると兄が帰ってくるんですか……?」

「そう。ちょっと事情は複雑で今は説明しずらいんだけど、ともかくお兄さんが――」

「この鈴は一体なんなんですか?!」

「ありゃあ……」


 妹の警戒は全然緩まない。まあ、それもそうか。どう考えても僕達は怪しすぎるし、特別山井健吾と仲がいいわけでもない。

 彼女の中では、僕達が本当に山井健吾のクラスメイトであるかどうかの確証すらないんだろう。まあ、僕は違うけど。


 このまま無理そうなら言う時は隙を見て奪い取ればいい。多少荒っぽくても、お兄さんが無事に帰ってくるのならそれでいいだろう。


「こ、この鈴は気がついたら家のポストに入ってました……」

「お前そんなところに」

「しーっ! しーっ!」

「なんだろうと思って手に取ったら、鈴から兄の声が聞こえてきたんです……『出してくれ』『助けてくれ』って……」


 ほこらをにらむと、全力で首を振って否定された。どうやら、これも想定外のことらしい。

 けれど、これは利用できるな。


「……ああ、実はそうなんだ。今山井……君は閉じ込められてて、その鈴があれば家に帰れるんだ。その鈴を譲ってくれればあとは僕達がなんとかしよう」

「この鈴があれば、兄は帰ってくる……本当に……」

「ああ、約束する!」

「帰ってこなくていい!!」


 …………なんて?


「いや、帰ってこなくていいことないだろ」

「帰ってこなくていいんですあんな人!!」


 それは、あまりにも魂のこもった叫びで、さすがに山井健吾に同情してしまうほどだ。


「いつもいつも誰かに迷惑かけてばっかりで、それでいつもお父さんとお母さんが謝ってそれでもまた迷惑かけて!! そしたら急にいなくなってまたお父さんとお母さんに心配かけて頭下げさせてあんな人、もういなくなっちゃえばいい!!」


 小さな女の子が、ここまで心の内をぶちまけるということは相当ということだ。僕もほこらも、何も言えないしなにも出来ない。

 ただ額を抑えて、このどうしようもない空気に耐えることしか出来ない。

 そして、そんな僕達をさらなる悲劇が襲う。


「これがあったら、お兄ちゃんは帰ってくる……じゃあこれがなくれば、もうお兄ちゃんは帰って来れない!」

「あっ」「あっ」


 本当に、あっという間だった。山井健吾の妹の手から勢いよく離れた鈴は、綺麗に弧を描き、道を横切り、そのまま道端の柵を超えて川へと吸い込まれていった。

 僕たちがその光景に唖然としている間に、山井健吾の妹もどこかへ走り去っていってしまう。


「うっそぉん……」

「…………どうするんだこれ?!」

「さ、幸いここの川はそこまでの水かさはありませんし、流れも緩やかです探せばまだ見つかるかも!」

「待て待て待て待て待て!」


 柵を乗り越えようとするほこらを必死で抑える。


「さすがにこれはわたしのミスです! だからわたしが責任取りますぅー!!」


 捕まえれば捕まえるほど暴れるほこら。あまりの状況に僕も少し冷静さを失っていたのだろう。

 ほこらがこの状況を楽しんで、わざとやっていると気がついたのは、押し問答の末、結局僕が入って探すことになった後だった。



「先輩、どうですかー?」

「ないぞー。上から見れないかー」

「すみませんわかりませーん」


 そんなやり取りを何回か続けて、結局夕方になってしまった頃、ようやく僕は石の下に挟まった光る物を見つけた。


「あった、あったぞほこら!」

「え?! 先輩すごい!!」


 探したくもなければ見つけたいものでもなかったが、いざ見つかると存外嬉しいもので、この時の僕は珍しく年相応の晴れやかな顔をしていたと思う。

 せっかくの新品の制服を水浸しにしてまで探しあてたそれを、天高く掲げてほこらに見せる。我ながららしくないことをしていると思うが、まあこれでこの一件にようやく型をつけられると思うと――


「あーーーーっ!!」


 僕がそのことに気がついたのは、ほこらが絶叫してから数秒経過した後。

 なんだかんだ面白い顔をしているほこらの顔と、自分の手を見て、なにかまずいことが起こったのだと察する。

 たしかに僕は鈴を拾った。小さい鈴に、赤く太い紐がついたあれを。

 けれど、天高く掲げていた手は空っぽで、真上には一匹のカラスが大きく旋回していた。

 そのカラスのくちばしの先に、キラリと光るものがあったのは、どうか見間違いであって欲しかった。


「…………なんでこんなコメディドラマみたいなことが起こるんだよ!!」

「あ、先輩そういうのは見るんですね」


 怪奇現象とは一体なんだったのか。力尽きた僕はそのまま川の中に倒れ伏し、そして風邪を引いてしっかりと二日間寝込んだ。

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