神かくし(6)

「おかしいだろ〜……」

「はい、先輩リンゴですよ」


 部屋で呻く僕。頼んでもいないのに勝手に僕の部屋に上がり込んで僕の看病をするほこら。

 それがここ二日間の風景だ。

 ただの風邪だと思っていたが、予想以上の高熱で、寝ること以外何も出来そうにない。

 学校に休みの連絡を入れるのも億劫で、昼前に目が覚めたらこいつがいた。正直しんどさで追い払う気力もないので、もう好きにさせている。


「熊には襲われる心配はないのに風邪は引くっていう線引きが僕にはわからない……」


 正直昨日はほとんど意識が朦朧としていたからか、なにを言ったかの記憶がない。

 ほこらがいたことはわかっているが、なにか致命的な失言をしていないか不安で仕方がない。

 そんな僕の不安を察してか、「ずっと唸ってましたよ」とごくごく普通の看病を続けるほこらが余計に怖い。


「そりゃそうですよ。熊は襲いかかってる脅威ですが、先輩は自分から川に飛び込んで自分から川に倒れ込んだんです。いくら現実的脅威から縁遠い環境にいても、自分から刃物で首をかっきれば死にます」

「しっかりしてるのか穴があるのかよくわからない理屈だな……」

「それが怪奇現象というものです」


 それを言われれば、僕から言うことはなにもなくなるわけだが……そう、風邪で寝込んでいるが、僕達は今渦中にいる。

 一週間の期限のうち、最初の二日は初めからなくて、三日目にあの山にいって、四日目にほこらと出かけて色々あって川に飛び込んで、そして五日目は唸って、六日目は今日なわけだが、まあこの調子だと一日布団の上だろう。


「明日でいよいよ最後ですねえ……。このまま先輩治らなかったらどうしましょう。山井君死んじゃうんですかあ……いい人……ではあまあ、ないですけど、妹さんからもあの扱いですし……」

「……まあ、僕は明日には治って動けると思う」

「そですか、よかったです。にしてもまさかカラスに持ってかれるとは……見つけようないですよあんなのさあて、どうしましょうかねえ」


 状況は打つ手なしに近い。

 どうするか――か。

 答えはある。最初からある。ほこらが部室にやってきて、今回のことを話始めた時から既に。

 言い出さなかったのは、僕だ。最初から僕が全力でそれを言っていれば、全て三日目には終わっていたことだ。

 でも僕はほこらに付き合った。

 僕はいつだって、なんにだって無関心でいたいと思っている。だから、無関心でいようとした。思惑に対して、何一つ踏み込まないまま終わらせようと思った。

 けれど、こうなってしまった以上仕方がない。

 山井健吾だって、十分すぎるほど辛い思いをしただろう。だから――


「もう、いいんじゃないか? ほこら」

「なんです?」

「もう山井健吾をいいんじゃないか」

「まあ、先輩がそう言うならそうしましょうか」


 驚きも罪悪感もなく、それが当然のことのように、今回の黒幕ほこらはいつもの調子でそう言った。



 全ては月垨ほこらの狂言だった。マッチポンプだった。自分が巻き起こしたことを、僕のところに持ってきて、僕に解決させようとした。

 なぜそんなことをしたのか、わざわざ聞くまでもなく理由は二つ。

 一つは単純に僕と遊びたかったのだろう。現象に捕らわれている間は、僕の気持ちがどうであろうと一緒にいられる時間が多い。オマケにちゃっかり休日デートまでこなしやがった。

 さすがにあの小屋や木は元々あったものだろうが、縄と鈴は確実にほこらが用意したものだ。

 小屋に山井健吾を閉じ込めて、それっぽい仕掛けを作って、周囲にだけじゃなくて、次の日まで時間を伸ばすためにわざわざ山井健吾の自宅のポストにまで鈴を隠した。

 妹の件は完全に誤算だっただろうが、まあそういう言霊の一つや二つ、家族の中でならあるだろう。多分。


 そしてもう一つ、なぜそれだけのために山井健吾に白羽の矢が立ったのかという話だが、単純だ。山井健吾は月垨ほこらを怒らせた。それに尽きる。

 怒らせた理由は、まあ僕への危害だろう。

 山井健吾は誰かれ構わず悪戯を仕掛ける。僕も、その誰彼構わない中に入ってしまい、靴を隠された。

 けれど僕は、関わるのが面倒だったから、そのまま無関心を貫き、学校前にある制服屋で新しい靴を買った。

 きっと、それが不味かったのだろう。さすがに僕は被害者であって、僕の責任だとは言うつもりはないが、少なくとも原因は僕のこの行動にある。

 山井健吾の悪戯の動機。それは、

『人の驚く顔が見たくて見たくて仕方がない』

 というものだった。

 だから、彼は躍起になったのだろう。

 物を隠されても眉ひとつ動かさず、当然のように新品を購入して済ませる僕の顔を、なんとか歪ませてやろうと。


 その後も、僕をターゲットにした悪戯は続いた。

 制服を隠された。けれど僕はすぐに新品を買った。

 廊下を歩いていたら、頭になにか落ちてきた。けれど僕は、頭になにが落ちてきたか確認すらせず、その事を忘れた。

 他にも正直あまり覚えていないが、決して少なくない回数、僕は山井健吾の悪戯の被害にあった。けれど僕の対応は変わらない。

 損失があればそれを直して、損失がなければそのまま忘れる。

 僕の無関心な対応に、山井健吾はさぞ業をもらしたことだろう。


 これは、僕の想像ではあるけど、ただの悪戯で収まる範疇で、きっとほこらはここまでのことはしない。

 普段は人として振る舞う彼女に、その一線を越えさせるようなことをさせたということは、先に線を超えたのは山井健吾ということになる。

 おそらくは、僕に何かとんでもない悪戯を仕掛けようとしたのだろう。

 悪戯では済まされない、それこそ1歩間違えれば布団の上で唸る程度は済まないことになる、何かを――。

 そんな月垨ほこらにとっての逆鱗に、彼は触れてしまった。

 だから、とことんまで痛い目に合わされた。

 一週間近くもあの誰もこない山小屋に閉じ込められて、"死"という恐怖に無意に踊らされて、ほこらが僕との時間を過ごすための道具にさせられた。

 不憫だとは思う。明らかに罪に見合っていない重い罰だ。


 山井健吾はもう十分苦しんだだろうし、ほこらももう十分楽しんだだろう。そして僕もいい加減飽きた。最初からずっと飽き飽きしていたけど、もうそれすら通り越して飽きた。

 だからもう、終わっていい。


「はーあ、わたしの計画なら後三週間はなんとか伸ばせるはずだったんですけどねー、残念」

「もう僕は付き合わない。明日、山井健吾を出しに行くぞ」

「はーい」


 試しに熱を測ってみると、微熱にまで下がっていた。

 事態の収束まで、後一日。

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